あなたの現実が事実とは限らない件
黒崎 「いきなりだが、チロン。問題だ」
チロン 「きゅきゅっ!?」
二人の男が、同じ店の同じラーメンを食べた。
A氏は「美味い」と思った。
B氏は「不味い」と思った。
さて、どちらが正しい?
チ 「そんなの分かるわけねーだろヴォケ、とか言ったら折檻ですか?」
黒 「折檻です。全身にハチミツ塗って、くまなく念入りに舐めまわします」
チ 「ひー。なまらマニアックなのです」
黒 「ま、冗談はさておき、『分からない』というのは正解だ」
チ 「ぶっちゃけ当たり前なのです」
黒 「でもな、世の中には、その当たり前のことを理解してない人が少なからずいるんだよ」
黒 「前述のA氏とB氏は同じラーメンを食べたのだから、そのラーメンの味という〝事実〟は一つ。けれど、美味いと感じたA氏にとっては美味いというのが〝現実〟だし、不味いと感じたB氏にとっては不味いというのが現実。つまり──」
チ 「事実をどう解釈するかは人それぞれで、人の数だけの現実が存在する……?」
黒 「そう。我々が認知する〝現実〟には個人の嗜好や志向による認知バイアスがかかっていて、必ずしも〝事実〟を直視できてはいないことがある。なのに、自分の現実を事実だと盲信する人が、なんと多いことか……」
チ 「じゃあ、事実を知るにはどうすればいいのです?」
黒 「ラーメンの味みたいに絶対的な正解が存在しない事象に関しては、『常識』というものを判断基準にするしかない」
チ 「んー。御主人みたいな非常識マンが常識を語るとは片腹痛いわ、なんて口が裂けても言えないのです」
黒 「……お前の口は裂けてるようだな。心の声がダダ漏れだぞ」
チ 「実は横漏れ機能搭載なのです」
黒 「微妙にツッコミを入れにくいネタやめれ。話を戻そう。常識ってのは絶対的かつ普遍的な定理だと思われがちだが、実際には、その社会を構成している人々の判断基準の最大公約でしかない。より多くの人が共感ないしは黙認する価値観、と言えば分かりやすいかな」
チ 「なるほど。確かに英語だと〝常識〟はCOMMON SENSE──〝共通の感覚〟なのです」
黒 「元々その概念を和訳するために造られた熟語だからね、〝常識〟は。ちなみに、ここで言う常識には正義や倫理という概念も含まれる。で、何が言いたいかというと、視野を広く持とうよってことだ」
チ 「端折り過ぎてイミフなのです……」
黒 「自分の意見が世間一般の常識とイコールとは限らないから、できるだけ広く情報を集めて精査する習慣を身につけないと、独り善がりの痛い子ちゃんになっちゃうぜベイベー、ってこと」
チ 「ふむ。なんとなく分かったことにするのです」
黒 「本当は、よく分かってないだろ」
チ 「てへぺろ♥」
黒 「古っ」
チ 「てゆーか、なんで今回はこんなテーマを選んだのです? いつもはウェブ小説界隈の香ばしいネタを拾ってるのに」
黒 「いや、このテーマもウェブ小説界隈と無縁ではないんだよ。実のところ、この業界(?)にも唯我独尊系の痛い子ちゃんが多いから」
チ 「たとえば?」
黒 「最たる例は、自分の嗜好にそぐわない作品を徹底的にディスる人」
チ 「いわゆるアンチな人?」
黒 「つーか、俗に言う『毒者』の一種かな。人の好みなんざ十人十色なわけで、自分の嫌いなモノが万人からも嫌われてるとは限らないし、むしろ自分が少数派かもしれない。そのあたりに考えが及ばず、気に入らないという理由だけで〝悪〟だとして叩く人さ」
チ 「それってウェブ小説界隈に限った問題じゃないと思うのです。他のジャンルにもいるのです。そういう人」
黒 「ああ。実際、あらゆる創作物に共通する問題だ。ただ、何故かウェブ小説界隈には特に多い気がする。もともとユーザーとネットとの親和性が極めて高いから、なのかも。
ともあれ、何かを声高に主張するなら、それが世間一般の常識からみて妥当かどうかってことを、まず考えたほうがいいさな。世間に迎合しろという意味ではなく、その主張が〝常識〟の枠内か否かを確認すべきってこと。
たとえ常識の枠外でも、主張すべきことは主張していいと思うけど──実際問題、常識から外れた意見の大半は、わざわざ〝主張すべきこと〟ではないからね」
チ (じーっ……)
黒 「……何故、ここで僕様を見つめる?」
チ 「わけを言ってもいいのです?」
黒 「折檻される覚悟があるならな」
チ 「あう。横漏れ機能をオフにして、おくちチャックモードに移行なのです」
──終劇──