異世界警察24時スペシャル
今回、試験的に冒頭以外の発言者の表記を省いてみました。
解りにくいようなら、従来のやりかたに戻します。
黒崎 「主として異世界ファンタジーの世界観や考証に様々な難癖をつけてくる、いわゆる異世界警察さん。今回はツイッタランドで見かけたいくつかの実例をふまえつつ、彼らの主張に難癖をつけてみようかと」
チロン 「おー。いかにも御主人らしい、意識高い系さんを事実と弁証で小突く素敵な理屈こねこね論陣の予感がするのです」
「なお、ここでいう異世界警察とは、ただ〝なろう系〟を腐してマウントをとりたがるアンチではなく、とかく異世界ものに苦言を呈する書評家めいた一部の物書きさん&読者さんのことであります」
◆ ◆ ◆
〈異世界にサンドイッチがあるのはおかしい〉
〈異世界にジャガイモがあるのはおかしい〉
〈中世ヨーロッパ風の異世界でトマトを食べてるのはおかしい〉
〈西洋風の異世界に日本的な要素があるのはおかしい〉
〈異世界で金貨が使われてるのはおかしい〉
「これらは実際に異世界警察から寄せられた〝苦言〟だ。こうした主張の根幹には、〈異世界は斯くあるべき〉という謎の確信があるように感じる」
「出ました、御主人の大嫌いな〈べき論〉」
「僕様が大嫌いなのは無意味な束縛につながる〈べき論〉だけで、公正な規範や礼儀としての〈べき論〉は支持するよ。
話を戻そう。
サンドイッチやジャガイモはこっちの世界の人名・地名に由来しているのだから、異世界に同じ名前のものがあるのはおかしい──という主張は、理屈が通ってるようにも聞こえよう。が、フィクションをフィクションとして娯しんでる人間からみれば、石頭かつ近視眼的な発想に思えてならない」
「石頭?」
「それを言っちゃあオシマイよ的な、すこぶる野暮な思考だってこと」
「──?」
「わからないか? 件の〈サンドイッチ理論〉に則ると、現実世界の人名・地名・伝承・史実等に由来する事物の一切合切が使えなくなっちゃうんだよ」
「あ、そっか。ですよね」
「もちろん、ファンタジーのド定番であるエルフやドラゴンなどもダメ。少なくともそれらの名称は使えないし、厳密に言うとそれらに相当する存在そのものが許されない」
「つまり、異世界を舞台にするなら、その世界の何もかもをゼロから創造しなくちゃいけないと」
「ああ。たとえば〝キツネ〟という名称の語原は古日本語の〝来つ寝〟で、古代中国から伝わった異種婚譚に由来する(※諸説あり)。したがってサンドイッチ理論を採るなら、中国も日本も存在しない異世界に同じ名の生き物がいるのはおかしいさな」
「うーん……確かにそうですけど、そんなこと言ってたら異世界の物語なんて書けないのです」
「そう。だから野暮と言ったのさ。猫の視点で市井の人間模様を描いた『吾輩は猫である』に対し、〝猫がこんなことを考えてるわけがない〟と批判する人がいたら、どう思う?」
「んー……素晴らしくヤボいのです」
「だろ? 異世界警察の主張も同じようなものでさ、彼らがドヤ顔で指摘してくる疑問点の多くは、人並みの読解力のある読者なら先刻承知の部分だったりする。
現実には存在しない荒唐無稽な事象が〝もしも実在したら〟という空想──思考実験こそがファンタジーやSFの面白さであり、ファンはそこに様々な〝虚構〟があることを承知のうえで楽しんでるのよ。
異世界警察の主張のほとんどは、そうした暗黙の了解を無視してる。
単に気付いていないのか、気付いたうえで無視してるのか……
前者なら野暮だし、後者なら陰湿さな」
◆ ◆ ◆
「では続いて、冒頭に挙げた異世界警察からの〝苦言〟を具体的に検証してみよう」
「あいさー」
「まずは、サンドイッチやジャガイモといった名詞に関する問題。これは〝言語〟の描写に直結していて、実はちょっとした発想の転換で解決できる」
「発想の転換?」
「俗に言う平行世界や多元宇宙のような設定でないかぎり、異世界の住人が日本語を使ってるとは考えにくい。サンドイッチ理論なら尚更ね。つまり、異世界ものの物語の台詞は、現地語を日本語に訳して記述してるわけで──」
「ふむふむ。てか、それって当然なのです」
「なら、その解釈を名詞にも適用すればいい。サンドイッチ等は〝それに類似するものを便宜上そう意訳してる〟と考えるのさ。
エルフやドラゴンも同じく、それらによく似た存在に現実世界の概念をあてがった呼び名で記述してる、と解釈すればいい。
転生・転移ものなら、主人公以前にもこちらから渡来した者がいて、そいつがサンドイッチを伝えた、という設定にする手もある」
「おー。それならお手軽に辻褄が合うですね」
「じゃ、次。中世ヨーロッパ的な異世界でトマトを食べてるのはおかしい問題」
「あのー……ボク様、何がどうおかしいのか解らないのですけど」
「僕様も解らない」
「あう。ふざけんな貴様、なのです」
「いや、解らないのは当たり前。だって、この苦言、根本的に的外れなんだもの」
「──と、いうと?」
「原産地の南米からヨーロッパに伝わった当初、トマトは色鮮やかな実を愛でる観賞用だった。毒があると誤解され、誰も食べなかったんだ。食べるようになったのは近代のことで、空腹に堪えかねた一人の庭師が決死の覚悟で盗み食いしたのが起源、とも言われてる。トマト問題は、こうした史実を論拠としてるんだけど──」
「ふむふむ」
「そこには大きな思い違いがある。物語の舞台は、あくまでも中世ヨーロッパ風の異世界であって、中世ヨーロッパではないってことだ」
「……ですよね。そんなの当たり前すぎて、ついつい忘れてたのです」
「異世界なんだから、現実世界の歴史に忠実である必要はまったくない。したがって、トマト問題なんてものは最初から存在しないのよ」
「お次は、西洋風の異世界に日本的な要素があるのはおかしい問題。これは、ちょいと厄介かも」
「厄介? どうしてです?」
「ケース・バイ・ケースだから。異世界に西洋的な文化があるのなら、東洋的な文化だってあっていいはず。中世欧風ファンタジーに忍者が出てきたり、日本刀みたいな武器があったり、冷奴に醤油かけて食ったりしてもいいんだよ。本質的には。
ただ、そういう〝和〟の要素との親和性は作品の雰囲気によりけりで、違和感なく盛りこめる場合もあれば、まったく似合わないこともある」
「じゃあ、異世界警察さんの苦言も場合によっては一理あるのですね」
「そうだな。これに関しては、一概にイチャモンとは言えない面がある。
それまで日本的要素がまったく見られない純欧風ナーロッパだったのに、いきなり箸でウドンを食ってるシーンが出てきたりすると、異世界警察ならずとも違和感ありまくりなわけで──つまるところ作者の力量次第というか、それとなく〝和〟を込めた世界観を醸せるかどうかというセンスの問題なんだよな。
とはいえ、異世界に日本的要素があること自体がおかしいって主張は、やっぱり石頭と言わざるを得ないが」
「最後は、異世界で金貨が使われてるのはおかしい問題」
「うーん……これも何がおかしいのか謎なのですが」
「だろうね。僕様も未だに謎だもん」
「あう」
「中世欧風の世界なのに金本位の貨幣制度が普及してるのはおかしくね? って意見かと最初は思ったんだけど──この異世界警察さん、どうやら異世界に金という物質が存在することが気に入らないようなんだよね」
「……はい?」
「異世界の物理法則は我々の世界とは完全に異なる。ゆえに金という物質は存在しえない。──ってことらしい」
「…………ふーん」
「まあ、そういう反応になるよな。正直」
「異世界の物理法則はこっちと完全に違う、なんて誰が決めたのです?」
「件の異世界警察さん」
「それって単なる思いこみというか、決めつけというか……お気持ちなのでは?」
「うん。たまーにいるんだよね。異世界なのだから当然、何もかもが現実世界とは異なってるに違いない──と思いこんでる人。そのわりに、我々と同じような人間が存在することは容認してたりするんだけど」
「むむー。やっぱり謎なのです」
「まあ、つまるところは単純な思い違いなんだろうけどね。そもそも〈異世界〉は〝現実世界ではない別の場所〟を意味する。それ以上の意味は無い。現実世界ではないという要件以外の制約は無く、あらゆる可能性が許容される。
異世界は斯くあるべき、と定型化できるものではないんだよ」
「なるほど。異世界警察さんは、その基本的なところで思い違いをしてるのですね。自分なりの異世界のイメージを定型化して、それ以外は間違ってると信じこんじゃってる──」
「うん。そう見えるね。傍目には」
◆ ◆ ◆
「てなわけで、今回は異世界警察さんからの苦言に難癖をつけてみました。では、最後に僕様が一番言いたかったことを繰り返してトンズラさせていただきます」
「ちゃおー」
『現実には存在しない荒唐無稽な事象が〝もしも実在したら〟という空想──思考実験こそがファンタジーやSFの面白さであり、ファンはそこに様々な〝虚構〟があることを承知のうえで楽しんでるのよ』
──終劇──
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