休日の朝 シェフ善一
「…ん…って今日は土曜日か。…少し早く起きすぎちゃったな。」
目を覚ましてまず思ったのは今日が土曜日だということ。僕の仕事は土日休みの完全週休2日制。つまり僕は今日この時間に起きる必要は全くない。起きても多分誰も起きていないだろう。心実は演奏会がなければ土日はクラブが休み。その代わり演奏会前には両方あるし二部練をやる。メリハリのあるクラブだと思う。そんな訳で心実も休日なので多分8時ぐらいにしか起きてこない。美咲にも休日は早起きしなくてもいいと言っている。だから多分7時半ぐらいに起きるはずだ。
「…二度寝する気分じゃないし…そうだ、この前テレビで見たあれを作ろう。」
ふと、この前テレビで見た料理を思い出す。確かそれはフランスの軽食だったはず。なら朝ごはんに食べても問題ない。僕はベッドから起き上がり洗面を済ませて台所へ向かう。
「…一応レシピを検索しておこう。四十代になってから記憶力が不安だからな。」
僕はタブレットの電源を入れ御目当てのメニューの作り方を検索。自分の記憶とすり合わせ段取りを決める。
「…大体合ってたか。よし、まずはホワイトソースを作る。」
熱したフライパンにバターを入れる。溶けたら薄力粉を少しずつ入れていく。混ぜていって粉気がなくなったらダマにならないように牛乳を入れていく。この時あまり早く混ぜると逆効果になる。とろみがついたらコンソメ顆粒を入れて味をつける。
「…うん、こんなものかな。バターに塩が入ってなかったから自分で入れたけど…大丈夫そうだ。」
「次は食パンにバターを塗って、ホワイトソースをかける。その上に…えーと、ベーコンとアボカドを入れよう。そして同じくバターを塗った食パンで蓋をする。」
中の具材は本当はハムらしいけどなんでも良いらしい。僕は冷蔵庫の中で目についたアボカドを入れたけど…大丈夫だよね。
「…で蓋役の食パンの上にホワイトソースを乗せる。この時外周を覆うようにする。そして真ん中に卵を乗せて更に上からチーズをかける。」
これで僕の作りたかったクロックマダムがほぼ完成した。あとは焼くだけで完成だけどそれは2人が起きてからの方がいい。チーズが乗ってるから絶対に出来立ての方が美味しい。新聞を読みながら朝のニュースを聞き流す。このゆっくりと流れる時間が僕は大好きだ。暫くすると美咲と心実が起きてきた。2人は僕が既に起きていることにびっくりしていた。心実に至ってはびっくりしすぎてシャワーを浴びに行ってしまう。美咲に今日の朝食はもう作ってあると伝えると謝罪された。いや、僕がたまたま早く起きただけだから気にしないでほしい。
「…それじゃあ焼き始めるとするか。」
事前に作って置いたクロックマダムをオーブンの中に入れて焼き上げる。目安は上に乗せたチーズがぐつぐつとなり焦げ目がつくぐらいらしい。じっとオーブンを見つめているとシャワーを浴び終わった心実がやってくる。そして美咲から今日の朝食は僕が作ったことを聞いたらしい。ソワソワとこちらを見ている。餌を待ちきれない犬みたいでとても可愛い。美咲も何を作ったか気にしているようでタブレットの検索履歴を見ている。
「…よし、こんなものかな。…心実、お皿を持ってきて。」
「はい!。…これでいい?。…ごくっ…」
心実にお皿を持ってきてもらう。その上に乗せられるクロックマダム。チーズの表面には薄く焦げ色が着きまだ熱で波打っている。それを見た心実が唾を飲む音が聞こえたが…聞こえなかったことにしよう、心実は自覚していないようだし。
「あら、おいしそうね。ありがとうございます、あなた。」
「凄い!これなんて料理?。」
テーブルに着きそれぞれの皿を眺めた2人の笑顔が嬉しい。心実にクロックマダムだよと教えると名前かっこいい!とテンションが上がっていた。
「…じゃあいただきます。」
熱いうちに食べ始める。どうやらナイフで半分に切って食べるらしいのでそれに倣う。半分に切ると中から熱々のホワイトソースが溢れ、ベーコンとアボカドも姿を見せる。それによって美咲と心実はまた歓声を上げる。
「…う!…美味しい!。…パパ美味しいよ!。」
一口食べた心実がそう報告してくれる。それは良かった。いくら見た目が美味しそうでも実際が美味しくなければ意味はない。僕も一つ食べてみる。カリッと焼けたパンにホワイトソースとアボカドの濃厚さ、ベーコンの塩味、チーズのコク、そして上に乗せられた卵の味。全てが良い感じに調和していた。
「これは成功だな。…作ってよかった。」
「ふふっ、こんなに美味しいものを食べちゃったら普段の朝ごはんが味気なくなっちゃうかしら?。」
「いや、毎日これはしんどいかな。今日みたいにゆっくり出来る日じゃないと。」
「そうね、朝一でこれは…少し重たいかもしれないわね。」
「えー、私は別に毎日これでも大丈夫なんだけど。」
普段の朝食の時間に食べるには少し重いという意見で一致する僕と美咲。だけど心実は平気なようだ。これが若さか、と実感することになった。