心実、夢への歩み
「…ねぇ、パパ。相談があるんだけど。」
あの日の夜、心実がそう話しかけてきた。僕は読んでいた本を置いて心実の方をみる。その手には何枚か紙を持っている。
「ん?どうしたんだい?。取り敢えず座りなよ。」
僕が声をかけると心実は隣に腰を下ろす。
「…あのね、パパの知り合いに簿記に強い人いないかな?。あのね、私…税理士になりたいの。だから今のうちから簿記の勉強を始めたいんだけど、誰かに話を聞いてみたくて。」
心実が持っていたのは税理士になる為の道筋や、その為の勉強時間の目安、試験の範囲などがまとめられているものだった。
「…んー、簿記か。…一応僕も簿記の2級までなら持っているけど…。税理士の資格を持っている人はいるけど、経理部の部長を任せているからね。かなり忙しいと…あ、1人紹介出来るかもしれない。」
大学生の時に簿記の2級までは取った。それで会社設立時の流れとか会計について知れたからそこでやめたんだけど。うちの会社では経理部があり税理士資格を持った人も在籍してくれている。だけど彼はかなり忙しいと思う。だが僕の近くに確か税理士資格を持っている男がいた。
「え、本当!、…でも経理部なら同じぐらい忙しいんじゃ。」
心実が当然の疑問をぶつけてくる。
「あぁ、彼は僕の秘書をしてくれているんだ。だから僕が仕事を減らせば時間は取れると思うよ。」
税理士資格を持ちながら僕の秘書をしてくれている男。高丸君だ。
「…秘書なのに税理士資格を持ってるの?。ならその人は経理にいるべきじゃない?。」
またもや心実の正論が炸裂する。…そうなんだよな、普通はそうなんだけど…彼は普通じゃ測れない。
「高丸君は…なんて言うかな…、その…何でも出来るんだ。だから僕のサポートをしてもらっているんだ。秘書っていうより…うーん、ブレーンかな。」
高丸君の知識は多岐に渡る。だからどんな取引先とも専門的な話を出来る。ただしスケジュール管理は苦手なのでそこは早見さんに頼りきりだけど。きちっとした早見さんと奔放な高丸君は良いコンビだと思う。
「…ふーん、パパがそこまで言うなんて優秀な人なんだね。」
「うちに来てくれた人は何かしら人より優れていると思うけど…彼は特にね。」
高丸君が来てくれて本当に良かった。この1年助けられてばかりだ。
「そっか、じゃあ会ってみたいかな。どうしたらいい?。」
「そうだな…心実明日は部活だよね。…となると…うーん、定時になっちゃうしな。」
流石にプライベートなことで残業をさせるわけにはいかない。晩ご飯に誘えば良いんだろうけどそうなると美咲が一人で晩ご飯を食べることになってしまう。
「来週の月曜日は?。日曜日が演奏会だから月曜日はクラブ休みなんだ。」
「ん?…月曜日なら大丈夫かな。なら学校が終わったら会社に来るといい。高丸君には伝えておくから。」
頭の中で月曜日の予定を確認する。僕自身も午後からは予定はなかったはず(早見さんに確認しないと確信は持てない)だし、高丸君も今はプロジェクトに派遣していない。大丈夫なはずだ。
「ちゃんと可愛い可愛い娘が来ます。って言っていてよ。」
「…そうだな、僕の愛する娘が来るって伝えておくよ。」
「…ご、ごめん。冗談だから…やめてください。」
僕の言葉に顔を真っ赤にする心実。やはり思春期の女の子にとっては親からそう言われるのは死ぬほど恥ずかしいらしい。
「…じゃあ、お願いしたからね。…お、おやすみ。」
まだ少し顔を赤くした心実が部屋に帰っていった。
「うん、おやすみ。」
(…もー、びっくりした。突然愛してるなんて…。そりゃ私が揶揄ったんだけど。不意打ちはだめだよぉ。…あー、顔が熱い。…でも…嬉しいな。)