違和感の正体 美咲
「………うーーーん、…あ、…いまなんじ…。」
お昼寝から目を覚ます。私はいつも3時ごろに眠気に襲われる。外にいる時は平気なんだけど家の中だとその誘惑には抗い難い。だから30分だけ眠ることにしているんだけど…なんだが外の様子がおかしい。
「…ふぇ…、…えぇぇぇぇ‼︎。もう5時半⁉︎。大変、晩ご飯の用意が…!。」
いつもより外が暗いから雨でも降るのかなと思いながら時計を見て示されている時間に驚いた。いつも善一さんが帰ってくる時間までもう10分ぐらいしかない。私はベッドから飛び起きた。
(…ど、どうしよう。今から作る?…でも作り置きもないし…。スパゲティーならなんとか。でも昨日の晩ご飯も蕎麦だったわ。流石に2日続けて麺類は偲びないわよね。…考えろ、考えるのよ私。)
(…スーパーに買いに行く?。出来合いの物になっちゃうけど…、…それかお刺身。多分つま用の大根とかもあるし…。ご飯は炊いてある。…そうと決まれば…)
私はダッシュでスーパーに向かう事を決める。家から一番近いスーパーまでは自転車で5分。買い物する時間を含めて全部で15分。善一さんは帰ってきてすぐにお風呂に入るから…、ギリギリなんとかなるはず。私は財布を持ち外出用の服に着替えようとする。けど…人生はそんなに甘くない。
「ただいまー!。」
善一さんが帰ってきてしまった。いつもより早い。お仕事お疲れ様です。じゃなくて…ど、どうしよう。
(…こうなれば善一さんがお風呂に入っている間に行くしかない。…史上最速の女になるしか。)
私は善一さんを出迎えに玄関に向かう。そしてそれとなくお風呂場へ誘導する。善一さんはいつも帰ってきてすぐにお風呂に入るけど1度リビングに寄ることもある。今日はそれを避けないといけない。
「うん、ありがとう。」
私の行動になんの疑問も抱かず脱衣所に向かう善一さん。私の心に罪悪感が芽生える。だけど今は…、やる事をやる。善一さんが脱衣所に入ったのを確認した私は自分の部屋に戻り服を着替える。家を出るのは善一さんがシャワーを使い始めてから。息を殺しそのタイミングを待つ。
(…今だ!。)
浴室からシャワーを流す音が聞こえる。私は静かに、且つスピーディーに玄関を飛び出す。ミッションスタートだ。自転車に飛び乗り一路スーパーへ。ペダルを漕ぎながらプランを練る。
(お刺身が第一候補、出来れば柵がいいんだけど。良いのがなかったら…お惣菜…かぁ。…そのまま出すのは嫌だから手を加えないと。あとは…味噌汁を…)
1度も信号に引っかかる事なくスーパーに到着する。
(…お刺身コーナーはこっちね。)
(…うーん、あんまり色が良くない。柵は汁が出てるし。)
残念ながらお刺身は断念する。お惣菜を見にいかないと。
「…色々あるけど…、…唐揚げ…は善一さんが私の味付けが好きだって言ってくれるのよね。とんかつ…は心実がチーズを挟んだものが食べたいって言ってたわ。…天ぷら…は出来れば揚げたてを食べさせてあげたい。…」
お惣菜コーナーの惣菜はどれも美味しそうなんだけど買おうとする度に頭の中で家族の好みが浮かぶ。
(…私の手作りじゃないから…好みには合わせられないのよね。…………)
心の中で葛藤がおこる。自分のミスを隠す為に家族に八割の満足を押し付けて良いのか。そして答えは初めから出ている。
(私の仕事は家族が笑顔でいられるようにする事。だから…)
結局何も買わずスーパーを出る。決めた、善一さんには素直に告白しよう。私は再び自転車に跨り家路を急ぐ。
(…あ!…浴室の電気…。そうよね、…頭になかったけど善一さんはそこまで長風呂じゃなかったわ。)
帰ってきて電気が消えた浴室を見て私の立てていた計画の甘さを知った。スーパーで何も買わなかったのはかえって良かったかもしれない。素直に謝れる。
「…善一さん!ごめんなさい。私…お昼寝しちゃって。晩ご飯の用意が…」
リビングに入るとやはり善一さんはお風呂から上がっていた。素直に自分のミスを謝罪する。そしてまだ何も出来ていないことも伝える。疲れて帰ってきた善一さんには本当に申し訳ない。怒られることも覚悟していた私に善一さんは、
「美咲、僕は別に怒ってないよ。ミスなんて誰でもするものだし。寧ろ嬉しいかな、美咲がそこまで家族の事を考えくれて。」
と言って抱きしめてくれた。汗だくの状態で抱きつくのに抵抗はあったが善一さんの優しさの前に私は抵抗できない。私は素直に告白して良かったと思った。でも今回の事はしっかりと反省する。同じミスはしない。それが笑顔で許してくれた善一さんへの贖罪。甘えてばかりじゃ駄目だから。
「今味噌汁は作ったんだ。残りは一緒に作ろうか。」
善一さんとの共同作業。休んでてと言っても善一さんは手伝ってくれる。嬉しい、嬉しいんだけど…その…
(…私汗臭くないかな。…近い近い近い!。…焦って逆に汗が引かないよー。)
別の理由で私は消耗した。