善リンクスの仕事
「…では提案通りという事で大丈夫ですね。」
「こちらとしてはなんの問題も有りません。良い付き合いが出来ると思います。」
「いやいや、それはこちらの台詞ですよ。いやぁ、善リンクスさんには良い縁を繋いで頂きました。」
今僕の目の前で2人の男性が固い握手を交わしている。場所は会社の会議室。今日この時をもって2つの会社の業務提携が締結された。お互いが100%満足のいくものではなかったかもしれない。だけど80%は満足出来る契約になったはずだ。一方的なものではなくお互いに尊重し合う。関わった人が笑顔で終われるように最大限に努力する。それが善リンクスがかかげる唯一の経営理念だ。
「…ふーぅ。…今回も満足のいく結果に落ち着けましたよ。」
「相沢君は良くやってくれたよ。お疲れ様。」
「いや、俺の努力なんて…。チームのお陰ですって。俺はただそのリーダーってだけです。」
今回の業務提携はうちが扱う規模の中では結構大きなものだった。その為目の前の相沢君を専任にし、更にサポートを兼任で4人つけた5人体制であたってもらっていた。相沢君は謙遜するが彼が2社ともに満足がいく提携になるように心を砕いていたのは知っている。今年で34になる相沢君は若手が多いうちの会社では中堅より上の部類に入る。今回みたいにチームで進める時はリーダーにしておきたい人物だ。
「あ、お疲れっす、相沢先輩!。2人とも満足そうって事は上手くいったんすね。」
相沢君と2人で談笑していると秘書の高丸君が入ってくる。そういえば高丸君は相沢君の大学の後輩である。と言っても歳が離れているから直接は関わりはないはずだけど。
「あぁ、まぁな。お前の協力にも感謝してる。」
「それじゃあ今日の夜、飲み奢ってくださいよ。あ、俺だけだとみんなに恨まれるんでチームの全員っすよ。いくら俺が先輩の可愛い後輩だからって特別扱いはダメっすから。」
…これは。…どうやら高丸君は今回のチームメンバーに相沢君が奢る流れを作るように依頼されたようだ。人当たりの良い彼は誰とでも気軽に会話が出来る。今回のチームは相沢君以外二十代だったはず。少しお疲れ会には誘いにくいかもしれない。そこで高丸君に白羽の矢が立ったのだろう。
「誰が可愛い後輩だ。…わかった。いつもの店でいいか?。確認した後予約しておいてくれ。」
相沢君も高丸君がやってきた理由は分かったようだ。特に異論は唱えずに了承する。
「ありがとうございまーす!。んじゃ失礼します。」」
相沢君の返事だけ確認すると高丸君は部屋を出て行ってしまう。やはり目的はそれだけだったらしい。
「…まったく、高丸には参ったものです。いつも口車に乗せられていますよ。」
「彼は自由人かつ、それを維持できるだけの能力を持っていますからね。むしろ、自由でいる為にあれだけのスキルを身につけているのかもしれませんよ。」
僕だって伊達や酔狂で高丸君を秘書にしているわけじゃない。彼は会社の中でも屈指の才人なのだと確信している。恐らく彼なら望めばどこの企業にだって通用する(採用されるかは別だけど)。実際仕事は完璧だし彼に助けられたこともある。だけど彼はそれをひけらかさない。そこも好感が持てる点だ。
「勿論、分かっています。社長が新入社員を秘書にすると言った時は驚きましたが今では皆が納得しているのですよ。」
…あの時は早見さんが荒れたな。「自分ではダメなのですね。」と意気消沈していたからな。
「…それでは私は失礼します。報告書をまとめなければならないので。」
「はい、お疲れ様です。あ、飲み代出しましょうか?。」
「…いえ、今回は遠慮させていただきます。部下の労を労うのは上司の役目です。かつて社長がしてくれたように。」
「そうですか、懐かしいですね。…また飲みましょう。」
「はい、是非。…では失礼します。」
相沢君が去って1人になった部屋で黄昏る。今日は良いお酒が飲めそうだ。