4章 ある芸術家の生死
4章 ある芸術家の生死
「……息子が居たのか」
月影は黙って頷く。
雲越が見定めるような目で見た。
絶対的な自信と信頼。
我らが作品の前に立つ資格はあるか、と雲越が問う。
「……」
己の作品は未だ未完成だ。
盃と身に余る信頼を受け出来ている。
発見された飛行機、パニックになった機内の中で、静謐さを保っていた2席。
両親は飛行機で月に消えたという表側だけではなく、機内で優雅に作品として生きた。
あの月の夜、狂気と哀しさを断ち切った夜。
そういう生き方しか出来なかった鬼達は、人として生きようとしている。
発見される事、伝わる事を確信して芸術家として貫いたは誰の為か。
一瞬、作品の境地に手が届いただけの、未だ未完である月影を見て彼らが安堵して逝ったのは何故か。
「秋風に、たなびく雲の、絶え間より、もれ出づる月の、影のさやけさ」
月影は両手にナイフを構える。
瞳が月光を反射した。
「……御照覧あれ」
受け継いだルールは1つ。
一切の倫理を捨て、作品か生き様で語れ。
●
月影の言葉に男達が獰猛な笑みを浮かべた。
ふっ、と強く吹き付けるような音と同時に蛇塚が前に出る。
マフラーを振り焼き鳥の串を叩き落とす。
瞬間、踏み込んだ桜日が蛇塚の足元を長ドスで切りつけた。
飛び上がった蛇塚が桜日の顔面を狙う。
ぐい、と桜日が体を捻り蛇塚の蹴りが肩で受け止められた。
吹き飛ばされがてら切っ先が蛇塚の顔面に向かう。
刀身にマフラーを引っ掛け軌道を逸らす。
着地、蛇の威嚇音のような音をさせながら地を滑る。
長ドスの反対側を陣取りながら蛇塚が機会を伺う。
桜日も蛇塚に切っ先を突きつけながら蛇塚の動きを見る。
風が吹き付け桜吹雪が起きる。
花弁で視界が塞がれた所に雲越が仕掛けてきた。
月影は拳を避け間合いを取る。
一瞬遅れて、バチリと拳が閃光を放った。
雲越の全身を再び雷が包む。
少し膝を落とし、すり足で様子を窺う。
ジリジリと見合い、2人の動きが円を描く。
徐々に速度を早め、再び拳とナイフが交差する。
雷光の帯が何筋も月影を襲い、ナイフが何度も雲越を狙う。
ナイフを仕舞い、裾を摘む。
拳を避けながらリズムを取る。
足で間合いを計りながら月影はステップを踏む。
雲越が距離を詰める為に大きく足を開いた。
踏み込み雲越の足の間に足を差し入れ、肘裏に絡めるガンチョ。
思い切り足を引き相手を後ろへ引き倒す。
倒れる雲越が流れに乗って後方転回。
足払いを跳んで避け、上段の回し蹴りを体を反らして避け、中段の蹴りに手を付き逆立ち蹴り返す。
ゴン、と木が叩かれる音が響いた。
蛇塚の拳が長ドスの持ち手の頭を叩いた。
居合の出鼻を挫かれた桜日が前のめりになった蛇塚を袈裟斬りにしようと刃を上に向ける。
蛇塚が刃の横っ面を殴る。
方向転換し、真横に切りつけようとする刃を叩き落とし踏み折った。
一際眩い閃光が闇を裂いた。
人の形をした雷が月影を照らす。
月影は再びナイフを構えた。
互いに睨み合い、真っ向から打ち合う。
電気の弾ける音、肉を殴打する音。
月影のナイフが雷を切り、蛇塚の拳が桜日を打ち据えた。
光が消え闇が戻る。
月影はナイフを仕舞う。
倒れた雲越が月影を見ながら言う。
「……根本まで運んでくれるか」
「はい」
月影は雲越に肩を貸し、大桜の根本まで運ぶ。
蛇塚も乱暴に桜日を根本に運んだ。
「……満足か、零士」
桜日の言葉に雲越は答えない。
だが表情に怒りは無い。
光の粒となって雲越が消えた後、桜日が笑顔で水仙と百合根を見た。
「じゃあな」
「……お疲れ様です」
「お疲れさまです」
2人の声に送られ桜日の姿が消えた。
●
トンネルを潜ると阿用郷達が待っていた。
犬養と華風が雪白に引っ付く。
泥染が月影達に礼をした。
阿用郷が携帯電話を片手に近付いてきた。
むぎむぎされている雪白を見ながら報告を受ける。
撮影クルーは安全な場所で解散したらしい。
上と改めて話し合いを設けるそうだ。
「それと、桜日の親っさん亡くなったそうで」
「……そう」
阿用郷の報告に月影は言葉少なく返す。
予感はしていた。
あの場に立った時だろう。
作品の共同制作者として最後の仕事を全うする為。
そして――。
「……」
「? どないしたん兄弟」
「何となく……」
こみ上げる感情に名前を付ける事は無く、月影は蛇塚をもちもちした。
朝日が木々の間から差し込んでいる。