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2章 作家主義


 2章 作家主義


 映画という媒体に作家性というものはあるのか。


 フランス発の映画批評理論、作家主義という視点で見ればある、という事になる。

 美術家、作曲家、小説家、と同じように監督の表現物である、という考えだ。


 だが映画というのは集団制作である。

 俳優や小道具、大道具の力を無視して語れないのも事実だ。 

 

 どちらの側面も持ち合わせた媒体であり、議論が完結する事は無いのだろう。


 ●

 

 真っ暗な部屋の中で桜日は映画を見ている。

 今見ているのはヤクザの映画だ。


 ヤクザや時代劇、戦争。

 死の匂いが強く感じ取れる題材、脚本。


 雲越は主に、特に自殺の直前はそういう題材を扱った。


 本編が始まる。

 

 ある男の一生。

 生まれた時から違和感を抱え、折り合いを付けられない。

 

 自分がそのような生き物であると自覚しながら男は極道の世界に足を踏み入れる。

 

 そんな中、友人や弟分、子分が出来ていく。

 男は徐々に世間との付き合い方を覚え。

 

――そして桜の下で死ぬのだ。


 ●


「……」

「……」

「……」

 

 月影組が取り仕切る組葬では出される膳も自前で用意される。

 料理の上手い組員が作るのだ。

 

 山の中の葬儀ホール、その一室。

 人目に触れないように2人を案内し、何か軽く摘める物を組員に頼む。


 桜雲組の組員に引き摺られるように2人がやってきたのは夜も更けた頃だ。

 葬儀の内容で口論になり、普段からの不満が爆発。


 ただの組員が幹部に物申せる訳も無く、月影の所に連れて来たのだ。


 沈黙が重い。

 

 目付きが鋭いやたらに殺気立った組員が料理を配膳し、退室する。

 百合根と水仙の間に挟まれ、月影は徳利を持った。


「まぁ、どうぞ」

「……頂戴します」

「そちらも」

「……へい」


 それぞれに酌をし、そして受ける。

 酒で口を湿らせていると2人がそれぞれ勝手に愚痴り始めた。


「俺はオヤジの命令で動いてるんだ。それを勝手にあれやこれや口出しして。オヤジの命令は絶対でしょう」

「大変ですねぇ」

「最近の若いのは気が利かねぇ。まともな指示出せるような頭があればヤクザなんかやってねぇんだ。

そこを気配りしての弟分や子分だろうが」

「成程」

 

 相槌を打ちながら月影は酌をする。

 こういう時は黙って聞くのが良い。

 

 2人は互いを無視して好き勝手に愚痴を零す。

 つまみには煮物や焼き魚が出されていた。


 酌をしながら一口食べる。

 煮物はじわりと出汁が染みており、焼き魚はふっくらと焼き上げられている。


 次の膳も問題無さそうだ。

 

 月影が食べたのを切欠に2人も料理に手を付けた。

 黙々と料理が食べ進められる。

 

「?」


 事務所の方から荒々しい足音が聞こえてきた。

 組員達の切羽詰まった静止の声が聞こえる。

 

 何事か、と部屋の中に緊張感が満ちる。

 水仙がいつでも動けるように膝を浮かせた。


 スパァン、と襖が開かれる。

 廊下で膝立ちになっている八瀬ともう1人。


 40代後半程の男が立っていた。

 蛇のような男だ。


「……えっ兄弟?」


 悟道会直系、蛇塚組、組長。

 蛇塚 藤吾。


 月影とは5分の兄弟、そして極道になる切欠になった人物。


「へ、蛇塚の親っさん? ご無沙」

「何、人の兄弟に酌させとるんじゃオドレらぁー!」


 百合根が挨拶する間も無く、蛇塚の拳が百合根と水仙に飛んだ。


 ●


「何も殴らなくてもいいじゃないか」

「アカン」


 痛みに呻く2人を月影は介抱する。

 新たに料理を用意して貰い、蛇塚と向き合う。

 

「兄弟ー、俺ら直系やで直系ー。コイツラより上やんけ」

「……」

「そ、そんな目で見てもアカンで。大体、俺以外に酌するのが気に食わ……、

違うんです今回はヤクザの上下の話で御家族の触れ合いとは全然違う話ですねん」


 蛇塚の言葉に八瀬が鋭い視線を向け、部屋の外に向かって弁解が始まった。


 月影は仕方が無い、という風に蛇塚に徳利を向けた。

 蛇塚がそれを受ける。 


「それでどうしたの急に?」

「おぉ、ニュース見たか? 監督事故に巻き込まれたやろ」

「うん……」

 

 雪白が慌ただしく情報を集めたのを見ている。

 骨折で入院、意識はあり、病院から指示を出しているそうだ。

 

「こっちからも人出すから兄弟も行ったってくれへんか」

「そうだねぇ……」

 

 そう言って月影はちら、と2人を見る。

 

 雪白や犬養の事は心配だが、こちらも放っておけない。

 先日、桜日から頼まれた事もある。


 どう都合を付けようか、と考えていた時だ。

 

「御心配無く。葬儀はこちらで引き継ぎます」


 悟道会直系、月影組内獄釜組、舎弟頭。

 阿用郷 維那。

 

 60代程の喪服に黒コートを来た男が廊下に立っていた。


 八瀬が手で顔を覆った。

 百合根が首を傾げ、水仙がげっ、と潰れたカエルのような声を上げる。

 

「では、よろしくお願いします」

「はい」

 

 月影の言葉に阿用郷が頷いた。


 ●


 朝は空気が冷たい。

 月影は家から直接、蛇塚組の事務所に向かう。


 訪れるのは数カ月ぶりだ。

 物々しい事務所の入口に、見張りとは趣が違う男が立っている。


 40代前半。

 白のダブルスーツに黒コートを肩に羽織った、今時、Vシネでも見ないような風体の男が出迎える。


「御無沙汰しております叔父貴、どうですかあちらは」

「ええ、特に問題も無く」

「それは良かった」


 蛇塚組若衆、3次団体大島組、組長。

 泥染 龍麻。

 

 見張りにも挨拶をした後、泥染に連れられ事務所に入る。

 蛇塚の子分達が一斉に頭を下げた。

 

 先に到着していた雪白と犬養が寄ってくる。

 雪白を受け止めた後、まだ見ぬ顔を探して事務所内を見回す。

 

「叔父貴! こっちです!」

 

 20代前半、スーツにスカジャンを羽織った男がソファーを指した。

 その人物の顔を見てホッとする。 

 

 蛇塚組若衆、3次団体華風一家組長。

 華風 飛鳥。

 

 月影達は勝手知ったる様子でソファーに座る。

 華風が茶を持って来た後、打ち合わせが始まった。


 ●


 未完の作品は年老いた芸術家の話らしい。

 過去を思い返しながら死に向かう芸術家。


 若い頃のように体も動かず、意欲も枯れた。

 その中でどのように芸術家として生きるか、という話であったようだ。


「しかしまた懐かしい名前が……」

「泥染さん知ってるんです?」

「30年位前ですからね。丁度学生の頃で、あの当時は……」

 

 泥染が月影をチラッと見た後に言葉を続ける。


「御両親の事件の直後だったと思います。報道も陰謀だ何だで凄い事になってて」

「陰謀」

「ヤクザとトラブルがあったとか、脅迫されてたとか……。まぁあの時代だとあってもおかしくないですね」

 

 聞けば内容が気に食わないからと脅迫状が届いていたような時代であったらしい。

 今は平和で何よりである。


「呪われたフィルムの噂もすぐ報道されてましたね」

「未完の作品ですよね」

「そう。撮影途中で事故が……、ってのも桜雲組がやってるんじゃないかって週刊誌が書いてたり」

  

 もし何か関わっているとすれば水仙辺りだろうか。

 百合根はまだ子供の頃の話だ。


「製作途中で自殺なぁ……。けど遺書もあったんだろ?」

「せやけど実際、変な事は起きてる訳で……。自殺に見せる方法なんか幾らでもあるやろ」

「まぁなぁ」

 

 華風が資料を見ながらぼやき、手元を覗き込みながら犬養が考え込む。

 雪白が月影の顔を見た。

 

「あの、桜雲組さんに兄さん何か聞いてません?」

「いや……流石に……」

 

 陰謀に関わってますか、と聞くのは幾ら何でも憚られる。

 うまく隠しながら聞く腹芸も出来ない。 

 

「阿用郷さんならうまく聞いてくれるかな」


 そう言って月影は携帯電話を手に取った。

 

 ●

 

「で、どうなんだ」

「直球か!」

 

 スピーカーフォンを切った後、阿用郷が何の腹芸も用いずに聞いてきた。

 思わず水仙は突っ込む。


 だが阿用郷に動じた様子は無い。

 それを見て逆に水仙がたじろいだ。


 流石に内容が内容なので、百合根の視線も厳しい。

 水仙は正直に答える。


「い、いや、そりゃ生きてる間に何回か会った事はあるが兄ィとの付添でだよ」

「……オヤジと?」

「あぁ。若い頃からの……、それこそ極道になる前、戦前からの付き合いらしくてな」

  

 阿用郷が簡素に次の質問をする。


「極道になってからは」

「俺が知ってる限りじゃプライペートな付き合い止まりだったなぁ。

タニマチって訳でもなさそうだし、シノギなんて雰囲気じゃなかったし……」

 

 ああ、と水仙は昔の事を思い出す。

 

「アイツの作品には誰も口出せねぇんだって笑って言ってたからな。

喧嘩したとか険悪になったとかそんな雰囲気は……」

「口も出せないってのは?」

「ああ。小道具とか大道具とか、俳優とか全部あの人が決めてたんだと。脚本も自前って聞いたな」

 

 スポンサーの意向すら跳ね除ける。

 そういう凄い奴なんだ、と桜日が笑って話していたのを思い出す。


「まぁ……、もし関わってるならウチが真っ先に呪われるでしょうね」

「だろ!?」

 

 百合根の言葉に水仙は頷く。

 そして阿用郷に食って掛かる。

 

「大体、関係あるなら作って流した方が儲かるだろ!? 何で作るの止めるんだよ!」

「……」


 阿用郷が携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

 月影と話をしているようで、今の会話を伝えていた。

 

「……月影の親っさんはなんて?」

「納得したようだ。暫くしたら現場に向かうらしい」

「現場って……監督入院してるんだろ?」

「ネット繋いで指示出ししてるんだと」

 

 成程、と水仙は溜息を吐いた。

 最近はネットだのスマホだの横文字とややこしい機器が多すぎる。

 

 視線を感じ、顔を向けると百合根がこちらを見ていた。


「どうした?」

「叔父貴も連れてって貰ったらどうです」


 百合根の発言に一瞬思考が止まる。

 少しだけ間を置いて水仙は嗜める。


「いやお前、そんなヨソの組の仕事にな」

「オヤジの事ですよ。……意見が割れた所は勝手に決めませんから」

「いや、うん……。そこは気にしてねぇよ……」

 

 百合根の言う事は最もだ。

 昔気質な桜日が堅気に手を出したなどと噂されるのがどれだけ屈辱か。


 ヤクザとはいえ汚名を返上できるならばしたい、何があってもだ。

 問題は。 

 

 ちら、と水仙は阿用郷を見る。


 人喰らいの獄釜組。

 月影は彼らの本質を知っているのか。


 今はただの葬儀屋などと言っているが、水仙は20年程前の抗争で見た。

 その名に違わぬ殺し方を見た。


 百合根は若頭、桜雲組の跡取りだ。

 大事な跡取りを1人で獄釜組の事務所に放置など有り得ない選択肢だ。

 

 視線の意図を汲んだのか阿用郷が薄っすらと笑う。


「撮影は夜だ。打ち合わせの後でも間に合う」

「あ、ありがとうございます!」 

「……悪いな」 

 

 礼を言う百合根に合わせて、水仙も礼を言う。

 目の前で阿用郷が再び月影に電話をかけた。

 

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