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1章 未完のフィルム


 1章 未完のフィルム


 悟道会直系、月影組。

 彼らは組葬専門の極道だ。

 

 少し前まで業務を取り仕切っていた獄釜組の地盤を丸ごと受け継ぎ、業務を行っている。


 昨今の暴対法により、様々な行動が制限された。

 その最たる例が組葬だ。


 組の名前で行う葬儀。

 大きな組ともなれば全国から親分達が顔を出す。


 示威行為として禁止されたそれを行えるのは、この山全てが組の所有地で私有地だからだ。

 山奥で行われる行為に誰も口出しはしない。

 

「いや、ここはもっと派手な花をだな」

「いえ、オヤジの言いつけ通りにやらせて貰います」

「何だと。兄ぃの葬儀にちょっと色を付けようって気はねぇのか。それでも若頭か!」

「他ならぬオヤジの頼みですよ? 言う通りにするのが孝行でしょう」 


 でもちょっと誰か来て欲しい。

 月影 はとりは言い争う2人の間で天を仰いだ。

 

 組葬の打ち合わせは生前に行われる。

 お骨になった後、改めて、という形を取るのが通例だ。


 今日、事務所にやってきたのはある3次団体の若頭と舎弟頭の2人。

 年上ではあるが、月影から見ると子分相応の立場になる。


「お話は纏まりそうですかー」

「すんません、ちょっとこの親不孝者矯正しますんで!」

「お待ち下さい、ちょっとこの頑固者にお灸据えますんで!」

「あ、はい」

 

 暫く続くなこれは。

 そう思い、月影は茶を煎れ直す。

 

 悟道会系、桜雲おううん組、若頭。

 百合根 霧馬。

 

 30代前半だろうか。

 昨今よく見る、あまりヤクザらしくないヤクザだ。


 悟道会系、桜雲組、舎弟頭。

 水仙 入道。

 

 こちらは60代程だろうか。

 今時珍しいコテコテなヤクザと言った風体だ。


 ああでもないこうでもないそうでもないと言い争いを続ける2人を見る。

 組長が慕われているのは良い事だと思うので気が済むまでやらせておこうと茶を啜った。

 

 そういえば月影組の若頭兼舎弟頭はどうしているだろう。


 ●


 梅が散り、もうすぐ桜とはいえ、まだまだ寒さは続く。

 雪白はマフラーを巻き直し、寒さが入ってこないようにした。


 悟道会直系、月影組、若頭兼舎弟頭。

 雪白 青。


「犬君は映画撮影見た事ある?」


 車の後部座席で雪白は野良犬のような男に話しかけた。

 手元の資料に目を通す。


「無いなぁ。どんなんやろ」


 悟道会直系、蛇塚組、若衆。

 犬養 颯。


 2人は蛇塚組のシマの中で行われる映画撮影の現場に向かっている。

 露骨に筋者の風体の人間が行くと人目を憚る為、雪白も現場に向かう事になった。


 蛇塚組に顔を貸す。

 月影が極道になる切欠になった仕事であり、それを雪白が引き継いでいる。


「この雲越 零士、さん? って知ってる?」

「儂は知らんなぁ。だいぶ古い人やろ?」

「30年くらい前かな? 私の若い時に亡くなったんですよね」

 

 助手席から40代前半程の男が話しかけてきた。

 僅かに化粧品の匂いがする男だ。 


 悟道会直系、月影組内獄釜組、若衆。

 酒天 竜頭。

 

 酒天の言葉に2人が目を丸くする。


「そうなんですか?」

「ええ。ニュースで流れてたのを覚えてますよ。何やら色々トラブルがあって自殺とか……」


 そうだ、と思い出したように酒天が続ける。


「確か桜雲組が絡んでたんじゃなかったな。今日、月影の親父が打ち合わせしてた」

「……兄さん大丈夫かなぁ」

「大丈夫やろ。絶対大丈夫やろ」

「ははは」


 不安そうに呟く雪白に犬養が断言する。

 その様子を見て酒天が笑った。

 

 車が停まる。

 ドアを開け車から降りると、犬養が同じ事しとる、と笑った。

 

 駐車場に向かう車を見送り、現場へと目を向ける。

 広場は別世界だった。

 

 エキストラと役者が居た。

 カメラや照明が設置されている。

 

 沢山の人間に様々な指示が飛ぶ。

 責任者らしき男、おそらく監督であろう男が頭を下げながら来た。

 

 酒天の方に向かって。


「雪白さんですね。お世話になります」

「あ?」

「いえ……」


 雪白は訂正しようとする2人を制した。

 口にはいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 

 それに気付かず、男は自身が監督である事を告げ、挨拶をした。


「いやぁ助かります。そちらさんがいれば呪われたフィルムなんて恐るるに足らずですよ」

「……呪われたフィルム?」

 

 酒天の質問に監督が答える。


「ええ。この映画、途中までは撮り終わっていたんですが……」


 続きを撮ろうとすると何かしらの事故や事件が発生する。

 その度に企画が頓挫したらしい。


 そうこうしている内に30年もの月日が経ってしまった。

 当時の俳優は年を取り、また機材も変わった事から一から取り直す事になったようだ。


「そうまでして完成させたい映画で?」

「そりゃそうですよ! 自殺に色んな陰謀が絡む監督の遺作ですからね!」

 

 酒天の質問に監督が鼻息荒く答える。

 おぉ、と雪白が感心していると背後に物々しい気配を感じた。


 駐車場から荒々しい足取りで男が小走りでこちらに近付いている。

 40代前半、喪服を着た男が酒天に向かって声を上げる。


 悟道会直系、月影組内獄釜組、若衆。

 茨城 湯透。


 車を駐車場に止め終わったようだ。


「酒天、お前雪白君差し置いて何してんだ……」

「えっ」

「あっ」

「あ?」

 

 1人は青ざめ、3人は慌てたような声を出し、事態を理解できていない茨城が怪訝な表情を浮かべた。


 ●


 何やら事務所が騒がしい。


 怒号、とまではいかないが何やら物々しい声が聞こえる。

 月影は組長室から顔を出す。

 

「どうしたの?」

 

 男達が頭を下げる。

 よく見ると雪白が茨城にもちもちされている最中だった。


「あれ、雪白君おかえりー」

「ただいまー」

「月影の親父……。その」

 

 聞けば向こうの人間が雪白と酒天を勘違いしたらしい。

 それを見て、舐められているのではないか、と茨城が吹き上がっているようであった。


 月影は雪白の頬をもちもちする。


「何だよー、面白い事してー」

「えへへ」

 

 ぶちっと何かが切れる音がした。

 不味い、という表情で2人は顔を見合わせる。 


「2人共そこに直れぇー!」

「逃げろ逃げろ、もっちんもっちんにされるぞ」

「ひええ」


 背後から聞こえる怒鳴り声と静止の声を背に月影達は事務所から抜け出した。


 ●


 事務所から抜け出した2人は桜雲組の組長宅へ向かっていた。

 

 組葬で弔われる本人に挨拶を、というのも妙な話だが、

ああも意見が割れている以上、本人の意見を聞いておきたかった。


 組において組長の言う事は絶対。

 そして実務を取り仕切るのは若頭だ、舎弟頭では無い。


 舎弟頭はあくまで相談役である、組の継承権も無い。

 故にあの2人の意見が真っ二つなのは良くないのだ。


 月影は携帯電話で地図を見ながら目的地を探す。

 静かな住宅街を歩いていると、それらしき建物が見えた。

 

 何の変哲もない一軒家。

 似つかわしくない高級車が止めてあり、いかつい男が洗車している。


 用件を告げるとすぐに奥に通される。

 消毒液の匂いの中に焼き鳥の甘辛い匂いがあった。


 まず目に入ったのは棚の中にある映画のフィルムだ。

 撮影用の機材も置いてある。


 清潔な部屋の中にベッドがあった。

 90程のか細い老人が横たわっている。


 悟道会系、桜雲組。

 桜日 雷太。


 終戦後すぐの混乱に桜雲組を立ち上げ、活動。

 勢力を伸ばし、様々な分野で暗躍していたらしい。


 特に芸能分野での活動が主だったようだ。

 そして――。


「客か」


 もう10年程、寝たきりであるらしかった。


 ●


「美味いか」

「はい!」

 

 雪白が隣で焼き鳥を御馳走になっている。

 その様子を見て満足そうに桜日が目を細めた。

 

「戦後から変わらん」

「?」

「その焼き鳥な。ガード下の屋台の頃からの付き合いだ」 


 懐かしむように焼き鳥を食べる雪白を見る。

 その視線に雪白が首を傾げた。


「……いいんですか?」

「俺はもう匂いだけだ」


 もう噛めん、と諦めたように桜日が言った。

 その言葉を聞いて雪白が串をじっと見た後、再び食べ始める。


 月影は何も言わずに言葉を待つ。

 

「葬式な、俺の言う通りにして欲しいんだが」

「はい」

「式までのアイツらの面倒も見てやってくれ」

「いいんですか?」

「ああ」


 しょうがない、という風に桜日が溜息を吐いた。

 

「ったく若頭と舎弟頭がいい年して……」

「……悪気は無いんですよ?」

「わかってるよ」


 このままじゃおちおちあの世にも行けねぇ、と笑いながら言う。

 それに月影は笑って返した。

 

「ご馳走様でした!」

「へい」


 雪白の声に桜日が満足そうに答える。

 よろよろと手を上げ、雪白の頭を撫でた。

 

「そういやアンタの兄弟のシマで映画撮影だって? 雲越 零士。懐かしいな」

「ええ。そういえば……」

「ああ」

 

 雲越の自殺は桜雲組とのトラブルが原因と言われている。

 実際の所はどうなのか。


 月影には判断がつかなかった。


「アイツは誰にも自分の作品を弄らせなかった。それが許されるくらい凄い奴で」

 

 一呼吸。


「馬鹿な奴だった」


 その声には何とも言えないものが混ざっていた。


 ●


「違うと思いますよ! 関係無いと思います!」

「さては雪白君焼き鳥に釣られたな?」

「はい!」


 元気よく返事をした雪白はもちもちする事にした。

 2人は迎えが来るまで公園で待っている。


 自販機で飲み物を買い、雪白に手渡す。

 礼を言った後、雪白がベンチを見つけてきた。


「映画撮影はどうだった?」

「えぇっと……」

 

 月影の問いに雪白が考え込む。

 何とか感じた事を言葉にしようとしているのを見て月影は待つ。


「前に演劇や絵を見た時にはカメラがなくって」

「うん」

「あれをカメラに通したらどう見えるんでしょう」

「……」

 

 その言葉に月影は答えない。

 両手の指で四角を作り雪白の方に向ける。

 

 意図を察した雪白が両手でピースを向けた。

 右にスライドさせると、雪白が中央に入り込んでくる。

 

 そのまま止まっていると雪白がこちらに顔を寄せる。

 月影は雪白を笑いながら受け止めた。


 ●


 山の中には様々なものがある。

 組の事務所、葬儀用の会館、会食用の施設。


 廃村、そして今いる廃寺だ。


 獄釜組の先代組長と、先代若頭はこの寺に眠っている。

 ボロボロで床にも天井にも穴が空いているような廃寺。

 

 その縁側で茨城は酒天の膝を枕に寝転がっている。

 呆れたような溜息が頭上から降ってきたが無視した。


 顔を横に向けると湖が見下ろせた。

 

 忘れもしない光景の舞台だ。

 先代獄釜組が敗れ、月影組が生まれた時の――。


「いつまで拗ねてんだ!」

「うおっ!?」

 

 足音に起き上がる間も無く縁側から落とされた。

 受け身を取り、声の主を見る。


 40代後半程の男。

 喪服に黒コート、先代と同じ格好。

 

「や、八瀬の親父!」

「おう」


 悟道会直系、月影組内獄釜組、組長。

 八瀬 澄。


 獄釜組の組長であり、茨城とは渡世の親子関係に当たる。


 どっかりと八瀬が縁側に座る。

 

「2人がああなのは今更だろうが」

「い、いやそれは」

 

 そして月影とは従兄弟叔父の関係。

 諸事情あって実の親戚関係に当たる。

 

 縁側に上がり、正座する。

 八瀬の咥えた煙草に火を着ける。

 

「阿用郷の兄貴に聞かれてねぇだろうな」

「うっ、いえそれは、無いです。俺まだ生きてるんで」 

「ならいい」


 現在、最も恐れる人物の名前を出されて背筋に冷たいものが走る。

 下手な事が耳に入ればその瞬間、生きたまま食い殺されかねない。

 

 八瀬が煙を吐く。

 

「触れ回るような内容じゃねぇだろ」

「……押忍」

 

 ぐうの音も出ない。

 茨城は八瀬の言葉に大人しく返事をする。

 

 月影が極道になった経緯も、組が出来た経緯も決して表に出てはならない。

 裏社会の中ですら一部の人間しか知る事を許されない事情だ。

 

 であれば尚の事、舐められたくはない。

 脳内に浮かんだ感情に驚く。

 

 鬼門の兄貴――先代若頭――の事を笑えねぇな、と茨城は肩を落とした。


 ●


 ニュースが流れたのは次の日の朝の事だ。

 監督が事故に巻き込まれた。

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