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第4部

「ごめんね。連日付き合わせちゃって」

凜と別れてから7時間半ほどが経過したころ。

西に傾きかけた日がまだ空を赤く染めていない時間。

クラスメイトであり、生徒会の会計を務めている女子、近藤綾香が紅潮した顔を俯かせてそう言った。

言ってから照れ笑いのようなものを自然と向けてくる。

「気にしなくていいよ。どうせ俺も暇だったし」

学年の中でも人気な女子である近藤はゆったりとしたペースで俺の横を歩いている。

最近少しだけ話すようになっただけの関係だが、他愛もない会話は途切れさせることなく続けられていく。

歩き始めた時はばらばらだったはずの互いの歩くペースも今はぴたりとそろって綺麗に並んで歩いている。

会話にもペースにも、ともに行動していて何事にも気遣わなくていい立ち振る舞い。

そして。

「あ。あの公園だよね、千賀くんがいつも妹さんを待ってるのって。・・・・もう着いちゃったね」

朝凜と別れた公園の前に着き、近藤は初めて表情に影を落とす。

入り口で近藤を見送るべく立ち止まっていると、瞳をあちこちに動かし、それから上目遣いに問いかけてきた。

「妹さんの学校は何時くらいに終わるの?」

意識的にせよ無意識的にせよ、近藤は自分のことを分かっていて、見せ方や扱い方を知っている。

教室で会計の資料整理を頼まれたとき、周りの人間は俺がそれを断ることを良しとしないと、分かっていて尚且つそれ以上の効果を持って俺にあのタイミングで声を掛けてきた。

「学校自体はうちと同じ時間に終わるけど、部活があるからそれまでは待つよ」

そして今もあの時と同じように、整った顔を小さく傾げ、腕を寄せて豊かな胸元を強調するように抱きながら、甘く囁くように懇願する。

「なら、もう少しだけお話しできないかな」

俺は断る理由を持っていない。

二人でベンチに座った。

互いの間に荷物を置くものかと思ったけれど近藤が俺とは反対側に置いたので、さすがに俺だけが間に置くわけにはいかなかった。

「その、えっと・・・」

公園に着くまでは軽快に喋り続けていたにもかかわらず、ベンチに座ってからは一向に話を振ってこない近藤。

感情が読みやすく、男にとって魅力的に見える変化だ。

「昨日全部片付けたのにまたあれだけ仕事が入って来るってのは、生徒会は噂以上に大変なんだな」

とりあえず沈黙を裂くために放った会話も。

「それ、実はね、私が依頼される前の仕事とかも全部集めてきたの」

日の光とともに紅桃色に変わる。

セミロングの髪をくるくるさせながら堪えるようにして告白する。

「だから本当は、普段はこんなに忙しかったり仕事が多かったりはしなくて、私が、その、千賀君に頼めないかなって・・・・・怒った?」

人気がない公園は、常とは違う二人を周囲から隔しそのささやかな会話だけを響かせる。

握りこまれた手を視界の端にとらえ、俺は目を逸らした。

「いや、怒らないよ」

近藤がびくりとしたのが分かった。

え、えと、と早口に言う。

「あ、あれね。その、千賀君作業すっごく速いから。ほら、どうせいつかやらなくちゃいけない仕事だしまとめて先にやっちゃおう、みたい、な」

最後の方は尻すぼみになる。

「あの、ごめん」

近藤は静かに謝った。

「何も謝ることないだろ。先に片付けるのは全然いいことだし、俺は別に何も気にしてないし」

近藤の顔は今にも泣きだしそうだ。

「作業が速い奴に応援を頼むのは当たり前だろ。俺より早い奴がいたらそいつに頼むだろ?」

助け舟を出したつもりだった。

このまま何もなかったことにしてしまえばいいと思って、余計なことを言ってしまった。

「違うの!」

近藤は俺の言葉を否定した。

「違くて・・・そうじゃなくて・・・」

真剣に悩んで、向き合って、立ち向かう姿を素直に『いい』と思った。

自分で蒔いた種だ、きちんと今ケリをつけるべきだ。

そう思うと同時に、この娘でもいいじゃないかと思った。

変だから。

そろそろ元に戻ってもいいかもしれないと。

近藤が次の言葉を紡ごうとするのと合わせて、俺も答えを口にする準備をしていた。

「私は千賀君が」

「お兄ちゃん!」

二人以外誰もいなかった公園に鈴が割れた音が響いた。

凜は表情から察しただろう。

状況も心境も。

「え、えっと妹さん?」

凜に戸惑う近藤。

そして事態に気付いて赤くなる前に、凜はもう一声俺に向かって言った。

「帰るよ」

俺はすぐに立ち上がる。

「え、あの、千賀君」

近藤は今度こそ本当に困惑している。

でも、こっちは気遣っていられなかった。

「ごめん。あいつが待ってるから」

行こうとする俺の服の裾をつかまれた。

「妹さん、だよね?」

縋るように向けられた瞳を見返して、努めて平静に答えた。

「そうだよ」

近藤はそれから何かを言おうとしたが言葉が出てこないのか、開かれた口は音を伴っていなかった。

続きを待つことなく、俺は今度こそ背を向けた。

「じゃぁまた明日」

後ろでか細く聞こえた声は頭まで届かなかった。

眩しく差す赤の中、細めた目はただただ無表情に俺が来るのを待っている凜をとらえ続けていた。


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