第3部
「行ってきます」
無人になった家に向かって挨拶を投げかけ出掛ける。
前日にどんな夜を過ごしていようと学校がある。
俺は凜と並んで人工的な住宅街の中を歩いてく。
家にいるときよりも几帳面に揃えられ結ばれた二つの髪が風にふわふわとなびいている。
昨日の疲れを特に感じさせることもない軽やかな足取りだ。
「おにいちゃんってシスコンだよね」
揺れる凜の髪をぼんやりと追っていた俺に凜が問いかけた。
「また唐突だな。愛の確認?」
首を傾げ口の端を歪めて見せると、容赦ないひじの攻撃が横腹に跳んでくる。
「調子乗んな」
ジト目でこちらを睨んでくる。
そしていじわるくにやっとわらい。
「ほら、こんなとこまで付いてくるって完全にわたしのこと超好きじゃん。学校に行くとしばらく会えないから少しでも一緒にいたいんでしょ?」
いじらしく肩をぶつけてくる。
凜の体の柔らかさと程よい押し具合が心地いい。
俺は真剣な表情を作るとまっすぐに凜を見て言う。
「ああその通りだ。俺は凜が好きで好きで仕方ないんだ。寝ても冷めても凜のことばかり考えてしまう。だから今の当たってきてくれたのも実はすごく気持ちよかったんだ」
俺の言葉に凜は間髪入れずに反応する。
「キモ!」
二人の距離が物理的に遠のいた。
「なんだよ。恋人気分を味わいたかったんだろ?いいじゃん。愛してるぜ」
凜の頬がさっと染まった。
赤い顔のまま精一杯顔を歪ませて言い返してくる。
「だから調子乗んなって言ってんじゃん。まじキモイ。自分のシスコンを押し付けないでよ」
凜は早口にまくしたてた。
俺はそれに笑いながら謝る。
「ごめんって。そうそう、ほんとはお兄ちゃんが凜のこと大好きなだけなんだよ。凜にかまってほしくてつい言っちゃうんだ。だから許してくれよ」
そして、そろそろ目的地に着くからと凜が何か言う前に話を終わらせてしまう。
「ほら、友達も待ってるぞ。早く」
凜は唇を尖らせて不満気だ。
「なんかむかつく」
そしてカバンを当てることで俺に不満をぶつけた。
しばらく上目遣いにじっと睨んでいたけれど、それでも凜は小さく呟いた。
「じゃあ、行ってきます」
それから胸元で控えめに手を振って走り去っていった。