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第2部

残暑はもうほとんどなく、一年のうちで今が最も過ごしやすい季節ではないだろうか。

何せ、我が最愛の妹がその美しい体を全て晒していても風邪をひかないのだから。

夏場の暑さによって汗をかいた凜や、冬場の寒さでかじかんだ体に血が巡って赤く染まる凜も大変に素晴らしいものだが、やはりスタンダードにその美しさをそのまま見せてくれるこの季節が一番だ。

ちなみに春はだめだ。

凜が花粉症持ちだから。

「水、取ってこようか」

少し疲れた様子で、服も着ないままソファに倒れている凜に声をかける。

まだ息が荒く、しっとりと汗ばんだ体は規則的に脈を打っている。

口は動かさなかったけれど、ほんの少し首を上向けたことで肯定の意思を汲み取る。

リビングにくっついたダイニングキッチンの戸棚からグラスを二つ取り、片方には水道水を、もう片方には冷蔵庫から取り出した冷えた森の天然水を注ぐ。

二つとも大体同じくらいの量注いで凜のところへ持っていく。

水道水の入った方を差し出すと、冷ややかな視線を送られる。

「逆でしょ?」

俺はあちゃと言っておどけてみせる。

「見られてたか」

「見なくてもいい加減わかるし。よくも飽きずに毎回やる」

髪で口元を隠すそのしぐさは何度見ても飽きない魅力を持っている。

凜はグラスを受け取るとゆっくりとそれに口をつける。

コクコクという擬音がぴったりな可愛らしい飲み方だ。

白い喉が音とともに上下するのをぼんやりと眺めながら、グラスに口をつける。

暖かな日差しが注ぐこの季節の水道水はまだぬるい。

部屋には一瞬沈黙が下り、外から聞こえる車の音や鳥の鳴き声だけが空間を支配する。

凜はじっとグラスを見つめていた。

「・・なんかあった?」

努めて優しく、できるだけ追及している風にならないように問いかけた。

凜はただ、ぶっきらぼうにこう答えた。

「・・・なんもない」

問いかけられた瞬間、凜の肩は小さく跳ねた。

俺が気が付いたことに凜も気が付いているはずだけれど、凜はそれ以上何も言わない。

俺の開いた口がパクパクと息を吐いた。

しばらくじっとしていた凜だったが、脱ぎ捨てていた服を取るとソファから立ち上がった。

ちらとこっちを見てから、やはり何も言わずに部屋を出ていく。

ドアが占められる前に凜を呼び止めた。

「お母さん、今日も遅くなるってさ。また二人きりの晩餐だな。」

凜は無言で続きを待っている。

「ごはん、なにがいい?」

凜は今度こそこっちを振り返らず、後ろ手にドアを閉めながら言葉を置いていくように出ていった。

「・・・なんでもいい」




すっかり夜の帳が下りたころ、凜と俺は遅めの夕食を取る。

今日のメニューは悩んだ挙句に、スタンダードなごはんとみそ汁におかず二品、牛肉とにらの炒め物とお野菜のおひたし、それとポテトサラダにした。

凜は特に好きでも嫌いでもないそれらの料理をただ黙々と食べている。

4人掛けの小さなテーブルの上からは食器のかすかな音が時折聞こえるだけだ。

それなりに広いリビングなのに照明が足りないのか部屋も暗く感じる。

俺はテレビのリモコンを取った。

「テレビつけようか」

凜はいつも無言で頷く。

テレビの音がこの広い部屋を満たしてくれる。

俺からは見えないテレビの画面の光を瞳に映しながら、凜がつぶやいた。

「お母さん、わたしたちのことどうでもいいのかな」

料理を口に運ぶ手は止められ、黒曜石のような大きく輝く瞳に映る光だけが揺れている。

画面では今ブレイク中のお笑い芸人が小ネタを披露していた。

凜に聞こえないよう小さく息を吐いて、俺は少しだけ大きな声を出した。

「うちは広いよな。そこそこ都会なこの街で床暖房付きの一軒家だ」

少しだけのつもりだったけれど、凜はたいそうびっくりしたようで数センチ飛び上がったように見えた。

「急になに」

口をへの字に曲げジトっとした目を向けてくる凜。

驚いた余韻なのか、箸を持つ手がかすかにふるえている。

わざと大袈裟にした表情とその手の正直さのギャップがまた堪らない。

「俺たちの生活の話だよ」

俺は素知らぬふりで澄ました笑顔を浮かべる。

「俺たちは何不自由なく生活できてる。それはお母さんのおかげだろ?」

俺の言葉に凜は表情を少しだけ崩す。

「つまり、満足に生活できるんだから文句言うなってこと?」

少し怒った、俺を責めるような口調だった。

こちらをじっと見つめる瞳は瞬き一つしないせいで揺らいでいる。

俺はゆるく首を振った。

「そうじゃないよ。別に文句くらい言っていい。でも、その不満はお母さんが俺たちのことどうでもいいと思ってるからじゃないってこと」

凜の皿には料理がもうほとんど残っていない。

凜は左手に持っていた茶碗をちらりと見ると、箸と茶碗を置いた。

「もう食べないのか?」

俺が聞くと、凜は頬杖ついてその筋の通った小さな鼻をふすっと鳴らした。

分かってるくせにと言わんばかりの視線。

「今日だって本当は仕事じゃないんでしょ」

わざわざ言わないってことは。

俺は諦めて笑う。

「ほーら」

口を尖らせてすっかり不貞腐れてしまう。

あっさりと見抜かれてしまった真実に返す言葉もない。

けれど、事実は事実だ。

「お母さんは仕事だって言ってたんだよ」

あっさりとわかる程度しか気遣われていなくても。

「それに基本放任だけど、俺たちの事放っぽったりはしないだろ?」

ネガティブな見方しかしちゃいけないわけじゃない。

「それは、お母さんが俺たちのこともきちんと大切に思ってくれてるってことだよ。まぁ普通の家庭とはちょっと形が違うかもだけど」

自然と顔が緩く笑みの形を作った。

内心うまく言ったものだと思っていたせいかもしれない。

対して凜の視線は非常に冷ややかだった。

しらーという擬音がぴったりなとても冷めた目だ。

「なに一人で悦に入ってんの。キモ」

そしてがたりと音を立てて椅子から立ち上がり、正面に座る俺の横までやって来る。

俺の頬に手を当てて、でもと続ける。

「お兄ちゃんが慰めてくれてるのはよく分かったよ。ありがと」

ひどく大人びた妖艶なしぐさで目を細める。

凜に向き直った俺の脚の間に自らの脚を入れ、凜はさらに体を近づける。

「とりあえずは納得してあげる」

お互いの吐息がかかるような距離で視線を絡める。

「でも、それじゃ足りない」

世をはかなむような視線。

「今日はもうしませんでした?」

その美しさに呑まれた。

思わず顔を引く。

「分かるでしょ。慰めだけじゃどうにもならないの。わたしが本気で言ったらすぐに日和るくせに。これくらいいいでしょ?」

引いた分だけ凜は顔を寄せる。

俺はのけ反るような体勢のまま腹筋で震えながら体を支える。

「でもさっきのでもかなり疲れてそうだっただろ」

凜は視線をそらさない。

「わたしはこういうやり方しか知らないの」

俺の言葉など一顧だにせず詰め寄って来る。

「でもごはんまだ残ってるし」

「ごはんとわたしどっちが大事なの」

「お母さんも帰って来るよ」

「帰り遅いんでしょ」

凜が不意に顔をそむけた。

ひどく傷ついた顔をしている。

「嫌なの」

瞳を潤ませ、湿った声でそう囁く。

そんな風に聞かれては断れるはずもない。

「嫌じゃないよ。むしろ大歓迎だ」

凜は俺の言葉に雫を瞳にためたまま、勝気な笑みでこたえた。

「ただ男ってのは途中で終わられると辛いんだよ」

俺は一応ブレーキをかけるように言う。

「そんなの女だって一緒だから。そういうのしらけちゃうからやめてよ」

凜は俺の忠告など一切気にかけることなく俺の服を脱がしにかかる。

慣れた手つきで細い指がボタンを外していく。

「ほら、お兄ちゃんも。観念して」

預けられた体を抱きとめ、抱え上げて部屋まで移動する。

そのまま服を脱がして、二人でベッドに上がった。

唇を重ねる。

ここからはもう止まれない。

結局この日はお母さんが帰ってくるまでずっとしていた。

随分と激しかったし飯も食い途中。

あとの始末や言い訳が色々大変で困ったものだ。


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