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後編

映画を観終わった僕と香は近くのレストランで夕食を食べていた。


その移動中もずっと手を繋いでいたので、手に汗が浮いていないか気が気でなかった。


食事を済ませ、少し話していると、祖母がずっと黙っていることに気づいた。


隣りにずっと立っているが、ただただ僕と香の事を眺めているだけである。


香がトイレに行くというので、他の人にバレないように祖母に話しかけた。


「どうしたんだよ。急に静かになったから、黙られても気持ち悪くて気になるんだけど」


『私には変な力が備わっていてね。人の心を読む以外にその人の今後が分かるようなんじゃな』


「今後?もしかして僕と香がこうなることも分かっていたのかよ」


『もちろんじゃ。だからデートに誘えと言ったんじゃよ。時間がもうないからの』


「どういうことだよ。時間がないって」


『気を確かにもつんじゃよ。かおは重い病気にかかっておる。おそらく二十歳までもたんじゃろ』


どういうことだよ。二十歳まで持たないって僕たちもう十七歳だから三年も無いってことじゃんか。


「どうして早く言ってくれなかったんだ」


『言ったら、お互いに好きな気持ちを伝えられなくなるじゃろうが。洋一の性格を考えると、死ぬまで好きって言いそうもないからの』


「そんなことって……」


「ごめんね。トイレ少し混んでて」


香は俯いている僕を見て「どうしたの?」と声を掛けるも香の顔を僕は見れないでいた。


「どうして言ってくれなかったんだ」


僕は俯いたまま言った。


「何の事?」


香は最後までしらばっくれるつもりだろうか。


「全部分かってるんだよ。香の病気の事」


最後には顔を上げ怒鳴るような声になってしまっていた。


香は肩をビクッと震わせ驚いた表情の後、悲しい顔をして答えた。


「誰かから電話でもあった?」


「そんなのないよ」


「じゃあ何で分かったの?さっきまでそんなそぶり見せなかったじゃん」


――死んだばあちゃんが教えてくれたんだ。


そんな事言えるはずもなく、僕は黙っていた。


「私が洋君に何も言わなかったのは本当にごめん。だけど、洋君には最後まで洋君のままいてほしかったの。私の好きな洋君で。私の病気のこと知ったら洋君、心配するでしょ。好きな人に心配なんてかけたくないもん」


言うと香は泣き出してしまった。


こういう時、男はどうすれば良いのか。


そんな事考えられるはずもなく、お互い気まずい時間が流れた。


僕の頭の中も少し落ち着いてきた頃、また祖母が話しかけてきた。


『そろそろ落ち着いてきたじゃろ。洋一の正直な気持ちを伝えればええ。それで、かおがどう思うとな。でないと後悔するぞ。このままかおが死ぬまで黙っているつもりか?』


僕は顔を上げ、香に声を振り絞って話した。


「何かごめん。急に何で言ってくれなかったんだって、香にしてみれば何でってなるよね。僕恐かったんだ。香が死んでしまうかもしれないという事に。でも、一番怖いのは香だもんね。僕は何があっても香のそばにずっといるから。だから最後まで病気と闘おうよ。そして少しでも長く生きて、こうやって少しでも多く一緒にいようよ」


香は更に肩を震わせ、泣きながら頷いたのであった。




それは唐突にやってきた。


香が入院したのである。


電話をもらったのは夜の九時を過ぎたところであったが、いてもたってもいられず病院に駆け付けた。


香と香の母親は驚いていたが、香の母親も「ありがとね」と病室で二人にしてくれた。


「驚いたよ。そんな急を要する事じゃないのに」


「香のお母さんから入院って聞いて、詳細も何も聞かずに飛び出してきちゃった」


「ちょっと貧血っぽくなっただけで検査入院なんだよ。でも嬉しい。ありがとね」


僕は照れて頭の後ろをかいた。


香の母親がドアの隙間から顔を覗かせ、今日だけ泊まれるよう便宜を図ったことと、家へは連絡しておくことを話した。


香の母親の気遣いに頭が上がらない気持ちであり、何も考えず飛び出してきた自分を少しだけ恥じた。


「病室って、病人以外の人も泊まれるんだね」


「泊まれるなんて初めて知ったよ。もしかして香の母さんってすごい人?」


香は首をかしげると微笑んだ。


僕もつられて微笑むと僕は思った。


――こういう時間も少しずつ減っていくんだろうな。


そんな悲しい気持ちを表に出してはいけないと思いつつも、香には伝わっていたのか「洋君が暗くならないでよね」と僕にデコピンをしてきた。


「ごめんごめん。表情に出てた?」


すると香は表情を曇らせ、何事か考えるように俯いた。


「本当の事言っていい?」


「本当の事?」


すると祖母が僕の耳元でささやいた。


『かおは、覚悟を決めたようじゃぞ。覚悟して聞け』


何のことかさっぱり分からなかったが、香の口元に集中した。


「実を言うとね、洋君のそばにずっといる人、私にも見えてるし、声も聞こえてるの」


驚きのあまり、椅子から落ちそうになってしまった。


――ばあちゃんの事…なんで…


「そしてね、洋君のそばにいる洋君のおばあちゃんとね、私は同じ力があるようなの」


「えーーー!」


あわてて僕は口をふさいだ。


ここが病室だと忘れてしまいそうだ。


祖母と同じ力ってことは、心が読めたり、相手の将来も分かっちゃうってあう…あれか…?


え!?


「てことは、僕が香の事をその…好きだってことは、僕が好きになったころから分かっていたってこと?」


「それが違うんだよね。そうだったらもっと早く洋君に告白してたかな。何か病気になってからなんだよね。相手が強く思っていることが分かっちゃうんだよ。頭の中にスゥっと入って来るんだよね。相手が考えていることが」


「でもばあちゃんが見えるっていうのは」


「それは洋君のおばあちゃんが死んだ時には、私は病気になっていたから…いつからって言われたら、多分洋君と一緒かな」


非現実的なことが一辺にいくつもひっくり返り、僕自身まで病気になりそうであった。


「ごめんね。先に洋君の気持ちを知っておいて告白するなんて、ズルいよね」


「そんなこと…」


僕はそんなことないとは言えなかった。


最初に病気の事を言ってくれなかったことに少し怒ってしまったけど、更に僕の気持ちまでバレていたなんて。


だけど、それは全部香がそうしたくてしたわけではない。


だから僕は香に「怒ってないと言えば嘘になる」と言い、続けた。


「だけど、香の大きい病気って、最初から不平等だと思うんだ。世の中には自堕落な生活を送っている人達は一杯いるのに、普通の生活をしている香がこんな病気に罹るなんて。だからその力は、神様が香に授けてくれたんじゃないかな。多分、その力は香には使う資格があると思うんだ。だから、僕はもう怒りもしないし、正直、こうやって香と一緒にいる事が出来て嬉しいんだ」


すると香は自分のおでこを摩り「なんか頭痛くなってきた」と言い始めた。


「大丈夫?看護婦さん呼ぼうか?」


僕が慌てて身体を支えようとすると、香は笑って「そうじゃないよ」と言った。


「洋君がそんな嬉しいこと言うから、幸せすぎて、熱くなってきちゃってこと。色々悩みが溶けて頭がおかしくなってきた」


「何だよそれ」


二人で笑い合うと、さすがに疲れたのか、一時間もしないうちに香は眠りについた。




屋上に涼みに来た僕は、祖母と一緒に空を見ていた。


「ばあちゃんさ、俺、頑張るよ。香のために出来る事は限られているかもしれないけど、なるべく一緒にいて、たくさん話して、そしてばあちゃんに見えている香の将来を変えてみせるよ」


『まあまあ、大人になったこと。洋一なら大丈夫じゃ。わしの孫なんじゃからの。けどな洋一、お前さんがこんつめんことじゃよ。お前さんが倒れたら、かおの横で寄り添う人がいなくなってしまう。頼んじゃよ、洋一』


「頼んだよって結局ばあちゃんも一緒にいるんだから、お互いに頑張ろうってことになるんじゃないかな」


『バカもの。もうわしの力は必要ないじゃろが。わしも爺さんが恋しくなってきた』


「消えちゃうの?」


『そんな悲しい声出すでない。一人の女性を守り抜く男がそんな声出してどうする。もう洋一なら大丈夫じゃ。今の心を忘れぬようにな』


僕は祖母になんて言ってよいのか分からなかったが、祖母には全てお見通しのようであった。


『そんな顔してるが、洋一の心は前に進んでいるじゃないか』


僕の目にら自然と涙が溢れていた。


祖母の葬式でも涙が出てこなかったが、何故だろう。


『やっと泣いてくれたか。火葬場の煙を見ていた時、洋一だけぽかんとしておったからの。もう安心じゃ』


そういうと祖母は天高く登って行った。


『最後に、わしは人の将来がおおよそ分かったが、洋一の将来だけは分からんかったよ。だけど、今は手に取るように分かる。頑張るんじゃよ』


僕は祖母の手を掴もうと手を伸ばすも僕の手からすり抜けて行った。祖母は空高く舞い上がり、空の彼方先へ消えていった。




その後、香の容態は奇跡的に回復して行った。


僕と祖母が分かれたあの日を境に。


いまでも香と話すことがあるのだが、この病気って僕のその祖母の仕業ではなかったのか。


そうでなければ僕は人の命がこんなにも尊いものだと気付かなかったであろうし、恐らく香りと何十年も一緒にいなかったであろう。


香が入院した病院にその十数年後また香は入院する事となった。


新たな命を宿して。


僕と香は今でも話すのだ。


僕の祖母が見えていた将来を僕たちが変えたのではない。


そもそも祖母はこういう将来が見えていたのではないか。


それはもう分からぬことであったが、今でも僕のそばには祖母がいておせっかいをやいているような気がしている。

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