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前編

火葬場の煙突からは煙がモクモクと上がっていた。


僕はその煙を家族と見ていた。


僕は煙の行方を見ながら思った。


――曇って、死んだ人の集合体なんじゃないかな。


そして、雨は死んだ人のなみだというわけ。


そんなこと在りえないのは分かっているが、はじめてこういう場にいるとそういうことを考えたくなるものだ。


僕等家族が見送ったのは、父方の祖母。


要するに父の母という事だ。


長男であった父はここ最近ずっと忙しくしていたが、この時ばかりは家族と一緒に落ち着いて感慨深げに祖母を見送っていた。


『皆、悪いねぇ。わざわざ見送ってもらっちゃって』


祖母はいつもの調子で呟いていた。


「こういう時は皆で見送るもんだよね」


家族が皆僕を見て、妹が「どうしたのいきなり」と問うてきた。


「だって、悪いねぇって言うから」


「誰が?」


僕以外の三人が声を合わせて言った。


確かにこの三人の声ではなく、祖母の声であった。


――ばあちゃん?


『あの煙を見てもわたしゃここにいるんだがね』


僕以外の三人には聞こえないようで、怪訝な目で僕を見ていた。


「ばあちゃんっこだったからショックで頭おかしくなっちゃったのかしら」


母が僕に言うと父も同調して「それにこういう経験初めてだろうからな」と僕を可愛そうな目で見ている。


――どういうことだ?


『どういうことって、そういうことだよ』


僕は辺りを見回すと奥のすぐ後ろに祖母の菊枝が立って、自らが混じっているはずの煙を見ていた。


「ばあちゃん!?」


母は耐えきれないように涙を流していた。


父はどうして良いのか分からないようで天を仰いでいた。


妹はというと、完全にひいていた。


『あんまり私のことをまじまじと見ると変な子だと思われるよ。久美さんなんて泣き始めちゃったじゃないか』


顎で母の方をしゃくると、僕に微笑み口の前に人差指を持っていき『内緒じゃよ』と言い、再び煙に目を戻した。





それから祖母は僕の前にだけ姿を表わしている。


他の人がいる時に話しかけてくるから、気が散ってしょうがない。


祖母なりに淋しいのであろうか。


「洋君、また上の空になってる」


僕には小さい頃から一緒の幼馴染がいる。


よくある展開ではあるが、最近彼女は大人っぽくなり、身体つきも大人になりつつあっていた。


けど、ドラマや小説みたいに何も起きる気配は無く只々幼馴染として時を過ごしていた。


ちなみに僕の名前は洋一。


一昔前によくあった名前のようで、皆からは古一君とからかわれることが多い。


僕は別に自分の名前を古いだとか思ったことは無いのだが。


彼女の名前はかおり


よくある名前で少し僕はうらやましかったりする。


「別に上の空になってるわけじゃないけど」


僕と香は今日も一緒に登校している。


そんな道での他愛もない会話である。


上の空になっているのは他でもない祖母が話しかけてきているのだけれども。


祖母は余計な能力みたいなものまで備わってしまったようで、僕の心の中が分かるようであり、先ほどからしきりに『デートにでも誘え』と囁いている。


すると香がいきなり思ってもみないことを言い出した。


「ねえ、今度映画観にいこうよ。観たい映画あるんだよね」


香は映画の前売り券を二枚出しながら微笑んでいた。


『どっちが男だかわかりゃしねえ』


祖母はあきれていた。


僕も同感である。




次週の日曜日、隣町の映画館に行くと決り、年甲斐も無くすごい楽しみにしていた。


幼馴染といっても、最近は登校時に一緒になるくらいで、一緒に遊びに行ったりすることは稀であった。


物心ついてお互いに誘いづらくなっていたのである。


何故、いきなり香が僕を誘ったのか分からなかったが、今日という日をめいっぱい楽しもうと決めていた。


それも祖母が余計な事を言わなければであるが。


香の家に迎えに行った僕はインターホンを鳴らすと妙に緊張してしまった。


この家のインターホンを鳴らすのも久しぶりの事なので、何かどぎまぎしていた。


すると香の母が出て来て、僕の顔を見た途端に満開の笑みを浮かべて中で待つように促した。


「洋ちゃんが家に来るのなんて何年ぶりかしらね。香もああ見えて、女の子だからちょっと敬遠していたのかもね」


香の母が言うと僕はどう返して良いのか分からず微笑み返すことしかできなかった。


「今日は香をよろしくね。洋ちゃんとデートものすごい楽しみにしていたんだよ。毎日のように何の服着て行こうかってうるさかったんだから」


「余計なこと言わないでいいの」


香が二階の自分の部屋から降りて来た。


僕はその香から目を逸らすことができなかった。


制服姿とは違い髪を軽く巻いて、ワンピースで肩を出した香は僕にとってはもったいないくらいの相手であった。


相手もなにも今日が最初で最後の可能性もあるわけだが。


例のように祖父が僕につぶやいた。


『ありゃべっぴんさんになったね。洋一にはもったいない。私が、かおの母だったら洋一だけは反対じゃがな』


祖母ももちろん香が産まれた時から知っているので、香の事を『かお』と言って可愛がっていた。


――前はデートに誘えってしつこかったくせに。


僕は心の中で毒づいた。


香がトイレに行くというので、僕は忘れ物が無いか今一度カバンの中を確認していたら、目の前に封筒を差し出された。


「これでなにか美味しいものでも食べて来なさい。洋ちゃんだったら安心して香を預けられるから」


香の母の申し出に断ろうと思ったが、香の母の真摯な眼差しに断るのは悪いと判断し、有難く受け取った。




僕と香は映画館に向かった。


隣り町であるがそもそも僕たちが住んでいるところが町の端なので徒歩十分少々で着いてしまう。


それにしても緊張する。


いつも制服で歩いているのとはやっぱり訳が違って妙に緊張する。


僕の心を察してか、祖母はさっきからニヤニヤしながら僕の隣を歩いている。


この時ばかりは祖母に感謝した。


二人きりだったら、一言も話せそうにないからである。


といっても実質的には二人きりなのであるが。




映画館に着いた僕等は前売り券を引き換え開演までの時間を近くのカフェで過ごしていた。


「そういえば洋君って彼女いないの?」


急に香りが言うので驚いてしまい、持っていたコーヒーをこぼしそうになってしまった。


「なんなのさ、いきなり」


「私の記憶が確かだと、去年の春ぐらいまでは可愛い彼女いたよね」


「そんなこと、どうでもいいだろ」


僕は恥ずかしさから、冷たく反応してしまっていた。


『バカ子!そんな返し方あるか!』


祖母はすごい勢いで僕に言った。


――バカ子って、どんな言葉遣いしてんだよ。


「どうでもいいかもしれないけど、私にはどうでも良くなかったの」


「どういうことだよ」


「だって……」


香は暫く黙っていたが、意を決したのか急に顔を上げ、僕に言った。


「私は洋君の事が好きなの。友達としてとかじゃなく異性として」


僕の頭の中は瞬間に真っ白になった。


その後、僕がどう返したのかあまり覚えていない。


かろうじて覚えているのは僕が小さい声で「俺も」と言った事くらいであった。

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