第一章 8話 ワーム狩りの女
『ワーム狩りの女』はリエルに誘導されて、いつもの窓口に腰掛けていた。薄汚い藍色のローブのフードを外すことはなく、表情もうかがい知れぬままリエルと応対している。
いつもカイトに八方美人的な対応をさせたらきっとカトレア国一なんじゃないか、と思うほど癒される営業スマイルを振りまいてくれるリエルだが、『ワーム狩りの女』の対応に関しては心底嫌そうな様子で仕事を進めている。その様子に、カイトは何だか心を抉られるような思いがする。
ひそひそ陰口をたたかれ、誰にも公平に接することができるだろう人物にさえ嫌われる。高校入学から一年半、いじめすらされず誰からも相手にされずに来た二橋海斗にとって『ワーム狩りの女』は、彼女の気持ちが分かる分、少し同情さえしてしまう存在だった。
「おい兄ちゃん。どうしたんだよ、『ワーム狩り』に興味があんのか?」
ピンク色の綺麗にそり上げたモヒカンに上半身裸のまま鈍色の装具を着込み、大柄な自分の背丈よりも大きな剣を背負う、このインパクトのあるいで立ちに覚えはあったが、会話するのは初めてだ。荒くれ物のような鋭い視線をカイトに向けていたので、カイトは少しビビりながら言葉を返す。
「い、いや……俺は冒険者になったばかりだから、あの人のこと何も知らないし」
「ああ、そうだろうと思ってな。一応知らない奴にはあいつの話をするようにしてる。俺のことはモヒカンってみんな呼ぶぜ。お前は?」
さて、今日も来ました自己紹介のお時間です。大体、カイトのほうは英訳されないのは何故だろうね。突如ひらめいた疑問から、カイトは名前を英訳して名字をそのまま言うつもりでモヒカンに返事をしようと思う。しかし、斗って英語でなんて言うんだろう。北斗七星くらいしか分からん。よし、海の星でシーザスター二橋って名乗ってみよう。
「カイト・ブリッジス」
うん、まあ知ってたけどね、とうなだれるカイト。その様子を見てモヒカンが笑う。
「はっは。綺麗好きで頭のおかしい新人ってのはお前のことか! 噂よりはマトモそうじゃねえか」
「何なんだよそのありがたくない噂は」
「いいじゃねえか。ルーキーは目立ってナンボだぜ。それに今のレベル一には『ワーム狩り』と『綺麗好き』、それに『ミナカさんの恩人』までいて話題には事欠かねえって噂なんだ」
ミナカの恩人? やっぱりクルスとミナカの間には何か特別な関係があるんだろうか。カイトの疑問をよそに、モヒカンは話を続ける。
「でな、カイトよ。あの『ワーム狩り』はその日暮らしの金が手に入るくらいのワームだけを毎日狩って、それで終わりなんだ。いや、もちろんワーム退治のプロってことで貴族さんの評価はいいらしいんだがな」
確かに、貴族側からしたら害虫駆除業者みたいなものか、とカイトは変に納得する。
「冒険者ってのは色々とつながりが大事だろう? レベル一のままだと武具商会に入る金も雀の涙ってもんだ。もちろん、冒険者との横のつながりも大事なんだが、いつもワームの仕事を一人で受けるもんだから、俺らのウケもよくねえ。一緒に仕事する奴に命を預けるわけだから、誰も今の『ワーム狩り』とは組みたくねえよな。だから、本人に何とか気づいてほしくて陰口叩いたり、担当のリエルさんに相談したりしてよ。リエルさん、本当はあんな嫌がったみたいなの、やりたくねえだろうな」
つまり、要約すればワーム以外の仕事を受けるのが一番あの女のためになることらしい。そのことに気付いてほしくてみんなで何とかしようとしているけれど、なかなかみんなうまくいかないようだ。
「んー、それなら話は簡単なんじゃねえの」
「あ? どういうこったい新入り」
「だから、冒険者はあいつが信頼できないから命は預けられない。ワームの仕事は稼げないから受けたくない。貴族のウケはいいけど、稼げなければ武具商会にも迷惑がかかるから、他の仕事も受けさせたい。だけど、冒険者は仮にも仕事に命を懸けるわけだから直接一緒に仕事するような手伝いができない。そう言うことだろ?」
「ま、大体カイトの言う通りだぜ」
「それなら俺が試しにあの女と一緒に仕事してみるよ。俺から見れば先輩だし、仮にもワームに関してはプロなんだろ? 新入りの俺からしたらメリットしかねえよ。どうだ?」
中学生までで頑張ることを挫折して、高校生からはボッチ生活をしていた。だけど、異世界に転移してからまた少し人生が楽しくなってきた。本音を言えば、そうやって生き方で人生は変わる、というのを少しでも女に伝えられたら、ということもあっただろう。カイトはそんな変な気持ちも持って、モヒカンに返事していた。
「そうだな……確かに、おめーから言わせればそうかもな。分かったよ、『ワーム狩り』にほかの仕事をさせるようなことがあったら、食堂で酒の一杯や二杯奢ってやるぜ」
「言ったな。酒は苦手だからバッファローのステーキで手を打とう」
「言ってろ『綺麗好き』め」
がはは、と笑うモヒカンの後押しを受けて、カイトは嫌そうな様子で話し込むリエルのほうへ一歩踏み出した。