第一章 7話 カトレア国民 カイト・ブリッジス
ケーラとの銭湯の一件があったので、カイトはその二日後に当たる今日のことをとても期待して待っていた。ケーラから期待して待つように言われたのだから、ハードルは限界まで上げておこうと、どこか意地悪な発想がカイトにはあったようだ。
カイトが朝から協会本部に出向くのは、カトレア国に転移しておよそ十日、もはや日常となった光景だ。協会本部の建物に入って最奥のエリアへ行くと、リエルがまた素敵な営業スマイルを浮かべながらカイトの元に駆け寄ってきた。
「カイトさん! いよいよ今日から正式にレベル一の冒険者ですね! ケーラさんからレベル一冒険者の装具が届きました」
「ああ、なんか今日届けるみたいなことは聞いてました」
銭湯でケーラが話していたことをかいつまんで説明する。
「そうだったんですね! 確かに、レベル一の装具とは思えないようなものが届いてますよ!」
カイトが聞いた話によると、リエルは若いながらなかなかのベテラン担当者らしく、かなり信用のおける担当者らしい。なので、ケーラが自信満々の鼻高々に話していたことも全部事実だったのか、と初めて考え始める。
「まもなくケーラさんが来られると思うので、そうしたら装具をつけてみて、説明を受けてくださいね」
「んー? 誰が間もなく来るって?」
「あらケーラさん! ちょうど今、カイトさんが到着されたので、装具の説明をお願いしますね」
「やあ、リエルさんにカイト。僕がこっちに出向くなんて、滅多にないんだから感謝してよね、本来は冒険者側から商会を訪ねてほしいもんだけど、まあカイトは今日からレベル一だからそれに免じて許してあげよう」
相変わらず早口で一言一言が長く、生意気なことを言いやがる。そんな思いが、またカイトを毒づかせる。
「おう、俺だって別にお前のことを待ってたわけじゃねえんだ」
「でも僕来ないと仕事に出れないでしょ? それは待ってたってことだよ。僕が来ないと話が進まないんだからね」
「……良く分からんがお前から説明を受けんといかんらしいので頼むわ」
「そうだね、僕忙しいし」
銭湯では座ったまま会話していたので分からなかったが、ケーラはかなり小柄で身長まで女の子レベルだ。体格差がある割にケーラはてきぱきとカイトに額当てや肩当て、胸当てを順番につけていく。そのサイズは、銭湯で裸のカイトを見ただけで作ったはずなのにぴったりで、それについてはカイトも少し驚いた。
ただ、見た目はいろんなRPGなんかで見かける鉄の色主体の初期装備、という感じで、華やかさに欠けるのがカイト的にはマイナスだ。
「あとは腰当とひざ当てだね」
そんな中、ケーラが左右のひざ当てを付け終わったとたん、自分の中に力がみなぎるような気がしてきて、さらに驚くカイト。
「ん? なんだこれ? いきなり何かパワーアップしたような気が」
「え? まさか身体能力強化ですか?」
「うん、リエルさんが言う通り、それは装具の効果だね。レベル一の冒険者に使っていい素材だけで身体能力強化、発現するのに苦労したんだから。しっかり働いて、貴族の皆さんからしっかり資金巻き上げてくれないと困るよ」
「……本当にレベル一の装備で身体能力強化を?」
「うん、僕天才だから。どれだけ天才か分かったでしょ?」
カイト自身はそれがどれだけすごいことか分からなかったが、リエルさんの様子から察するに常識では考えられない事態が目の前で起こっているらしい。
「それだけじゃなくて、装具自体の強度も可能な限り強くしてるからね。レベル一のスライムやワームじゃ、まず傷一つ付けられない。実際、中身の冒険者の腕がよければこの装具だけでレベル三くらいまで余裕でこなせる性能だと思うけど、レベルが上がれば使える素材も増えるからさ。カイトのレベルが上がれば、僕ももっとすごい装具を作ってあげるよ」
「……ちょっとカイトさんすみません」
カイトが付けた胸当てに手で触れ、また輪をかけて驚いた様子のリエル。
「カイトさん! やっぱりこの人……ブリッツ商会にして大正解です! 私、こんなことができる人間がいるなんて思いませんでした!」
「俺はべつになんだか良く分かりませんが……死んだら僕の責任ってくらいすごい装具なんですかねコレ」
「何言ってるんですか! この装具を付けてレベル一のクエストで死ぬわけないじゃないですか! 死んだら孫の代まであなたの汚名が響き渡るレベルですよ!」
ケーラから直接死んだらキミのせいだ、なんて言われていたこともあって、その言葉をそっくりそのままリエルに聞いてみたら、それ以上の言葉で返されてしまった。この装具一つで、リエルの信頼をすっかり勝ち取ってしまったようなのだ。
逆に言えば、ケーラ自身はやっぱり本人が言うような大天才であって、カイト自身もケーラのことは信頼すべきでもある。
「ま、そういうことだから。頑張って稼いでね、カイト。ほんとカイトが稼いでくれなきゃこの装具の研究は赤字なんだから」
手をひらひらさせながら、ケーラは早足で協会本部を去っていった。
「……本当に頑張ってください、カイトさん。あの方と一緒なら、人類悲願の魔王討伐だって果たせる気がするんです」
「ま、あいつ自身は金の話ばっかで魔王討伐とかどうでもよさそうですけどね」
一息ついて例の協会本部一番奥の窓口に座り直す二人。
「さて。気を取り直して、本日からカイトさんはレベル一の冒険者となりますので、証明のブレスレットと、カトレア国民権証明書です。今日からカイトさんは正式に冒険者で、正式にカトレア国民です」
「ありがとうございます」
カイトは証明書を受け取り腰当についているポーチにしまう。ブレスレットを手に取ったところでまたリエルが言葉を続ける。
「そのブレスレットは冒険者様の階級を示すもので、同時に死亡した冒険者の証明にもなります。人間の肉体は朽ちますけど、鉄の類は朽ちませんので……カイトさんも、お仕事中にブレスレットを見つけたら回収するようにお願いします。残された家族の方の形見になったりもしますので……本当に、お願いしますね」
「……分かりました。できるだけ回収します。自分にも万が一があったら、そうしてほしいですし」
よく見てみると、ブレスレットの内側に『レベル一冒険者 カイト・ブリッジス』と刻印してあった。この腕輪だけでも帰還させてあげることも、冒険者の一つの大きな仕事だというわけだ。その辺の感覚は、いろんなゲームや異世界小説で似たような設定があったため、なんとなくだがカイトも持ち合わせていたため、自然と言葉が出てきた。
「それで、これからの流れなんですが、レベル一の冒険者様には三種類の魔物の討伐に当たってもらいます。虫の幼虫が超大型化した見た目の『ワーム』、いろんなものを溶かす酸のゼリー『スライム』、魔石エネルギーの残りカスの集合体『ウィスプ』です。この三種類の魔物を規定数倒されますと、子鬼『ゴブリン』と獣人種『コボルド』を一体ずつ倒すという、レベル二への昇格試験を受験できます。なので、当面の目標はこの昇格試験、ということになりますね」
「なるほど、まずはレベル二になってミナカに追いつけ、ってことですね」
レベル一で担当する魔物が、いわゆるザコモンスターの雰囲気をモクモクと醸し出していたため、ひとまずカイトは安心する。そもそも、大体の異世界転移の流れは、こういうザコに苦戦しているとほかの誰にも与えられない天賦の才能、すなわちチート能力が発動するのが王道だ。なので、自分もその流れにようやく乗ったとカイトはかなり楽観視していた。
「ええ、まあミナカさんはお強いので、じきにレベル三へ昇格されるでしょけど……レベル二からは、昇格は試験制度ではなく評価制度になりますので」
「へえ、結構すごいんですねあいつ……というかですね」
リエルと話していたため最初は気にならなかったのだが、どうやらレベル一の昇格制度を話してくれていた辺りから周囲が少し騒がしい。大っぴらにうるさいのではなく、ひそひそとなんだか皆が話していて、とても落ち着ける雰囲気じゃないのだ。
「えっと……俺なんかマズイことしました?」
「いえ……すみません。カイトさんではなくて……先ほど来られた方ですが」
リエルが申し訳なさそうに協会本部の入り口を手で示す。すると、薄汚い藍色のローブに身を包み、表情は口から下しかうかがい知れない盗賊のようないでたちの、おそらく小柄な女性が立っていた。
『うわーまた汚い……ワームばっかり狩ってるから金がないんだろう』
『え、アレがワーム狩りの女? 思ってたより何倍も汚いね』
『お前あいつ口説いて来いよ、お前のワームが喜ぶだろ』
『さすがに無理だぜ、俺のアレが本当にワームになっちまう』
ひそひそ声に耳を傾けてみると、どうやらあの女は『ワーム狩りの女』という、なんだかみんなから嫌われた存在らしいことをカイトは理解した。
「カイトさんすみません……あの方はいつもああなので。いったんあの方からご案内していいですか? 本部の風紀も乱れてしまうので……本当に申し訳ございません」
「ああ、それはいいんですけど、あの人大丈夫ですか?」
「大丈夫だったら、こんなこと皆さんしませんよ。すみませんが、いったん失礼しますね。申し訳ないのですが、お席も開けておいていただけたら助かります」
「ああ、お気になさらず」
言われてカイトは窓口の椅子から席を立ち、窓口後方の壁際から様子をうかがうことにした。