第一章 6話 その男、天才につき
協会本部の少し大きな筋道を挟んで向かい側には、冒険者御用達の、これまた協会が直営する食堂や銭湯が並んでいる。
ほとんどの冒険者がその日酒を飲むことに生きがいを覚えているらしく、大半の冒険者が仕事から戻ってくる夕方以降はまず食堂が大混雑し、宴もたけなわになるにつれて隣の銭湯が混雑する、というのが日課だ。
人混みが嫌いなカイトは、この流れに反して仕事から戻ったらまずは銭湯に向かい、そのご食事をとるようにしていたので、もっぱらキレイ好きで変な頭のルーキーがいると噂されていたのだが、カイト自身は知る由もなかった。
ブリッツ商会、もといケーラ・ブリッツの紹介を受けた翌日も貴族領地の巡回の仕事を済ませ、すぐに銭湯に向かったカイト。今日は特に人が少なく、ほぼほぼ貸し切り状態だ。
日本でのそれに品質は遠く及ばないものの、一応石鹸やシャンプーが備え付けてある――シャンプーの容器も日本のそれに似て押したら出てくる形式のアレなんだが――ので、そこからシャンプーを何押しかして頭をわしゃわしゃ洗う。そして、シャンプーを洗い流して目を開くと、目の前にカイトのどストライク、この世にこの人以上に好みの外見はいまいと思う、その人の顔面、つまりケーラ・ブリッツの笑顔があった。
「うわーすげえ、本当に世の中を舐め腐ったような眼だ! どんな生活してたらそんな目になるの?」
萌えない。心がキュンともトゥンクともしない。性別はケーラ! とか、女の子がこんなに可愛いわけないよね! とか、そんな変な感じにテンションが上がったりもしない。確かに、目の前のその笑顔は、女の子であればドストライクだけど、現実の男の娘なんて異世界で出会ったってプラス要素があっても、男の子と変わりはしないじゃないか。いや、だってさ、顔面だけは男の娘かもしれないけど、首から下の裸体はただの華奢な男だよ? 何か密着しそうだし逆に気持ち悪いわ。腰にタオル巻いてくれててホントよかった。
カイトがそんなすごくどうでもいいことを考えている間があったので、ケーラが追加の一言。
「おーい。僕の言葉分かる? 僕は天才だけど、ちゃんとキミに分かる言葉を話しているつもりだよー」
「うるせえ離れろ気持ち悪い」
言いながら無邪気な笑顔を顔面近くから引っぺがす。異世界小説を読んでいた時、主人公さんは大体こういうのにも赤面したりして対応してたけど、こんなにリアルな男を出されてはそんな気は起きないけどなあ。そんな考えが、カイトのケーラに対する対応をさらに雑にさせていた。
「なんだよー。冒険者って単純だから、こういうスキンシップ的な何かを大事にするんじゃないの?」
「何がスキンシップだ。で? そんな天才、ケーラ・ブリッツさんがバカな一冒険者に何の用で?」
「そうだった。でも、久しぶりのお風呂だから浴びながらね。僕忙しいから」
カイトに聞かれて思い出したように隣の洗面台に座り、お湯を浴びて頭をわしゃわしゃしながら言葉を続けた。
「今日は君につけてもらう装備の採寸をしに来たんだけどさ。裸になってもらうなら風呂行くのが早いかなって。キミ、綺麗好きで毎日一番風呂に入ってるんでしょ? その辺の感性は僕にはないなあ」
なんか言ってることが良く分からない。ケーラの頭が良すぎて、行間に潜ませた意味がカイトには読み取れないのだ。
「つまり、どういうことだってばよ」
「君の装備を作るのは僕だから。君の裸体を見ればサイズは分かるから、あとは僕が防具を作るだけだよ。あ、僕が防具を作る以上、死んじゃったらキミの責任だからね。僕の防具は絶対に人を死なせはしないよ、使用方法さえ間違わなければ。キミはそこには自信を持っていいから。で、忙しい僕が効率よく君に会うには何日かに一ぺんのお風呂をこのタイミングに持って来れば確実だったんだ」
解説を聞いてもなんだか話が良く分からず、ケーラがいかに天才で自分がいかに凡人かを思い知るだけだったので、カイトは強引に話題を変える。
「てかなあ。俺は死にたくはねえからさ。そんな奴の前で死んだらお前のせいだとか言うなよな」
「事実だから仕方ないよね。キミ、僕が担当についたのをもっと喜ぶべきだよ」
「言ってろ」
「ま、今は信じてもらわなくてもいいけど。そのほうが装備を付けた時に喜んでもらえそうだし。一応僕も商会の研究者の端くれだから、冒険者が装備を付けて喜んでくれるのはやりがいの一つだしね」
天才の特徴だろうか、一言一言が上から投げかけられるし、長くて早口だ。カイトはそんな特徴を冷静に把握するほど、すでに首から上だけはカイト基準の絶世の美女だということは忘れて、一知人として話すようになっていた。
「だったら明後日、俺がレベル一冒険者になる日に装備を商会からもらえるんだろ? その日を首を長くして待ってりゃいいよ」
「お、言うねえカイト。そっちこそ期待して待ってなよ。それじゃ僕はこの辺で」
「おいちょっと待て。採寸はしねえのか」
「採寸? もう君の裸体を見たから大丈夫だよ? まさか僕が巻き尺の類を使わないといけないなんて思ってんの?」
「さっすが天才だ! 恐れ入った!」
「なーんかイマイチ僕のこと信用してくれてないよねえ、それ」
そりゃそうだ、とカイトは思う。いきなり日本人の神聖な儀式たる風呂を邪魔された挙句上から言葉を投げかけて天才自慢ばかりされた上、採寸は裸を見れば分かるなんて言われれば、さすがのカイトも皮肉の一つ二つは飛ばしたくもなるだろう。
「ま、キミは明後日から僕に全幅の信頼を置くようになる。これは確定事項だから。それじゃ」
「あいよ。またなー天才」
最後の一言まで、カイトは皮肉たっぷりの口調でケーラを見送ったのだった。