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神の祝福と約束の試練  作者: 三田高志
第一章 まやかしの平和
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第一章 4話 それは仕事か道楽か

 カイトたちがいた場所は、カトレア大通りという道で、その名の通りここカトレア国・王都カトレアの大動脈となる道だ。王都カトレアの中心にはカトレア城がそびえ立っていて、その城門から内壁まで伸びる道となるらしい。


 王都カトレアは外壁と内壁から成り立っていて、内壁の中がカトレア城下町で王の直接の支配下、内壁と外壁の間を各貴族が統治していて、農業や畜産、鉱業などにそれぞれが従事している。

ただ、現在理由あってカトレア王の座は空位となっており、王に変わって東派、中央派、西派の派閥の長となる公爵、ようは最高位の貴族たちが貴族連盟という形で代理政権を立てている状態、とのことだ。


 ミナカがかなりカトレア情勢について詳しかったため、カイトはこの国についての知識を得ることができた。ただ、これはミナカの言葉を借りれば冒険者になるための予備知識でもあって教えられたものらしく、クルスも復習を兼ねてしっかり聞き入っていたようだ。


 カトレア大通りをカトレア城門が見えるくらいまで進んだところで、少し大きな筋道を右に入ればレンガ造りの二階建て、横にかなり広い建物を見つけることができた。


「さてさて、話が長くなったけどさ。ここが王都カトレアの冒険者協会本部だよ」


 二階の高さまで伸びた大きな門構えは、建物の全体から見ればかなり左半分に寄ったところに開いていてなんだか違和感。だがそんな違和感も、カイトが協会本部の建物の中に入ってみると解決した。


 本部の中は木材づくりで、入り口から見て縦半分に区切られている。そして、協会の中から見ればその扉はちょうど『冒険者側』の真ん中に設置されていたので、簡単に先ほどの違和感を解決することができたのだ。そして、仕切りの向こうでは協会の事務員さんだろうか、スーツ姿の男女が書類仕事にいそしんでいた。仕切りは机を兼ねていて、ちょうど日本で言うところの銀行や郵便局、お役所なんかの窓口をカイトは思い出していた。


「俺らの担当者のところに行くぞ。ちょっとついてきな」


 クルスに言われるがまま、カイトは協会本部の一番奥まで案内される。その一番奥の窓口に座っていた女性は、クルスやミナカの姿を見ると椅子から立ち上がり、窓口と窓口の間、仕切りの分け目になっている腰の高さの西部劇風のスイングドアから三人のほうへ駆け寄ってきた。


「あら、お二人さんお揃いですね。クルスさん、何か問題でも起こりましたか? それにミナカさんは今日はお休みでは? それとこの方は……」


 受付のお嬢さんも、これまたかなりの美人だった。ミナカが可愛らしい系の美少女だとしたら、この方は何ともお姉さんらしい魅力にあふれている。


 ポニーテールにくくった金髪はしなやかで、切れ長の緑色の瞳や真っ白い肌によく似合っている。そして、ワイシャツに薄緑のスラックスを着込んだその姿は、彼女の抜群のスタイルを存分に主張している。特に胸部周辺はものすごく強調されていて、第一ボタンが閉まっていないのは、男性陣からしたらその胸の所為ではないかとすら考えてしまうくらいだ。


 異世界には美女が多い。この説は揺らがないんだと、カイトはまた心の中でガッツポーズ。


「うん、あたし今日非番。暇だったからクルスにちょっかいかけてた」

「俺は言われた通りに町の巡回の仕事に当たってたんだけど、こいつが冒険者になりたいって言うから」

「まあ、冒険者の志願者ですね」

「はい喜んで。どうぞよろしくお願いしますお姉さん」


 カイトが美女に浮かれてまた挙動不審に陥っているので、今度はクルスがカイトの背中をバチンと叩く。


「……ってーな、何すんだ!」

「うるせーな、何してんだ。これからこのリエルさんが冒険者についてのイロハを教えてくれるから、ちゃんと話を聞いとけ。ま、リエルさんがすごく美人なのは認めるが……」

「ほーう、あたしの前で女を口説くとはどんな度胸だいクルスくん」

「あっ……いや違うんだミナカ」


 ミナカがクルスの首根っこを掴んで協会の外へ出て行ったため、残されたリエルさんという協会の人と二人になるカイト。


「えっと、なんかすんません」

「いいんですよ、あのお二人はいつもああですから」


 ニコッと笑って言葉を返したリエルをみて、カイトは頬が紅潮するのを感じる。男子高校生にとって美女の笑顔は凶器なんです本当にありがとうございます。


「さて、では本題に入りますね。改めまして、私はリエル・エヴァンスと申します。冒険者協会の中でも、直接的な冒険者担当になります」

「あ、カイト・ブリッジスです。改めてよろしくどうぞ」


 今回は日本語でふたはしかいと、とひらがなで発音するように意識して名乗ったのに、また英訳されてしまって、有能すぎる語学チートもいかがなものか、と一人で勝手に苛立ってしまう。


 ただ、会話が本題に入ったところからリエルさんがとてもりりしい表情に変わり、まさに仕事のできる女化していたので、つられてカイトのおふざけモードも自然となりを潜めていた。


「それでは、立ち話も何なのでこちらへどうぞ」


 リエルさんに言われて、窓口のほうへ居場所を移す。冒険者側の椅子にカイトが腰掛け、また窓口の間のスイングドアからリエルさんが向こうの協会側に戻り、カイトの正面に腰掛けた。


「カイトさんは冒険者希望ということなんですが、実際のところどの程度の知識をお持ちでしょうか? なにぶん命にかかわる難しい仕事ですので、皆さまには一番初めに正しい知識を身に着けて、誤解があり希望に沿わないようであれば、そのまま帰っていただく方も多いです」


 どれだけ冒険者の知識を持っているか問われても、それについてはゼロだ。一切のプラスもない。生前に読んでいた異世界転移モノの小説だって、作品によって冒険者の定義なんてバラバラだ。なので、真面目モードのカイトは正直に答えを返した。


「ごめんなさい、正直に答えたほうがよさそうなので話しますと、そもそもあんまり冒険者って奴のイメージができてないんです」


 不安そうに答えたカイトを安心させるように、またニコッと笑って答えるリエル。あ、これこの人の営業スマイルなんだ、と場違いなことを考えてしまうカイト。


「大丈夫ですよ。血縁の方に冒険者の人がいた、とかでなければ大多数の国民は『正しい』冒険者のあり方を分かる人は少ないので、それもあって事前説明、という形をとらせてもらっていますので」


 ここまでニコニコと笑顔で話していたリエルだったが、ここで神妙そうな顔つきに変わり、声のトーンも落として話を続ける。


「隠してもしょうがないので、私はいつも冒険者のデメリットから話すようにしています。……といってもデメリットはたった一つなんですけど……それは、九割以上の人間の死因が魔物による何らかの被害によるもの、ということです。


 具体的に話しますと、食人種の魔物にその場で食べられたり、人型種の魔物に非常食として魚のように捌かれたり……無難なので言えば、単純に力で負けて拷問よりひどい仕打ちを受ける魔物の玩具になったり……小さいころ、虫の足をちぎったりしませんでしたか? あれに似たようなことをされると思っていただければ分かりやすいですね、この話は。


 戦って即死したり、傷を負って血が止まらなくて死んだり、というのは比較的楽な死に方です、冒険者の中では」


「……めっちゃ不安になってきました」


 話が話なので、真剣に聞き入っていたカイトだったが、魚のように捌かれる、くらいの下りから完全に顔が青ざめて、もう完全に冒険者になる心が折れたような様子だった。


「でも、大丈夫ですよ。冒険者協会としては、冒険者様を全力でバックアップして、そのような事態にならないよう全霊を持って取り組ませていただいておりますし、貴族連盟と武具商会、そして冒険者協会が三位一体で冒険者様の被害が少なくなるよう取り組んでいます。この三位一体のシステム自体や、この形式がとられるようになった経緯はご存知ですか?」


「いえ、さっぱり」


 カイト自身、さっきの冒険者の死にざまの話が怖すぎて冒険者になろうとしていることを後悔し始めていたが、このカトレア国の世の中のことについては何にしても必要になるだろう、ということで、しばらくこのままリエルの話を聞くことにした。


「分かりました。しっかり説明いたしますね。北方の都市、リンドブルムがもう十余年も続く魔王軍との戦争、人魔大戦の最前線となるわけですが、この戦争に勝利するために私たちが取り組んだことは冒険者様の地位向上でした。かつての冒険者様と言えば、その名の通り未開の地を探索して物資を探し求めて、その過程で魔物を討伐するのが一般的なお仕事で、その分安定せず、どこか見下されたようなお仕事でしたが、開戦当初魔物の討伐のプロとして起用されたのも冒険者でした」


「つまり、当時はならず者みたいなやつらに魔王軍との戦争をさせていたってこと?」


「そう言うことです。なので、仕事としての地位も低い、なったらなったで魔物と戦争させられて惨い死を迎える、というので一時、冒険者の成り手が格段に減ったのです」


 そりゃそうだ、とカイトは納得する。現代の日本社会で言えば、給料も少ないのに過労死のリスクが異常に高いなんて仕事、誰もやりたくないからだ。


「なので、まずは当時の冒険者たちが冒険者同士の組合を作りました。これが冒険者協会の母体になるわけです。そして、まずは待遇改善を求めて貴族連盟と接触を図りました。貴族の方々も自身の土地や財産がなくなってしまい、魔王軍に支配されては元も子もないので、この要求を飲みます。


 そして、当時の優秀な貴族家は独自に武具商会と連携を取り、自身の仕事を執り行う冒険者に武具を与え、部下となりうる冒険者を増やそうとした。こうして武具商会との三位一体の流れが出来上がったというわけです」


 なるほど。冒険者の歴史、みたいなものは学ぶことができた。ようは魔王軍が現れて戦争が始まったから、各々ができることを考えて実行した結果、冒険者は傭兵みたいな形に落ち着いたってわけか。理解できているのかできていないのか微妙だが、カイトなりに話をかみ砕くことはできたようだ。


「こういった流れから、現在では貴族連盟が冒険者様と武具商会に投資し、仕事を生むことで各々の身分を保証、武具商会は冒険者の装具を作ることで直接的に冒険者様の命を保証、冒険者協会はその方々にあった仕事をあっせんすることで間接的に冒険者様の命を保証する、という三段構えでの地位確保が確立しました。


 結果として、最前線のリンドブルムへ赴くこととなるレベル四の冒険者になるまでの死亡者は、週に百人中一~二名程度に収まるようになりました。冒頭でお話しさせていただいた、冒険者様の死にざまの話を肝に銘じて、ミスなくお仕事に取り組むようにしていただければ、基本的にそうなることはないのです」


 そういうふうに言われれば、冒険者という仕事は何重にも安全管理が行き届いていて、仕事としての身分もある程度高く、かなりおいしい仕事なんじゃないかと感じる。ただ、カイトは一つ思い出す。自分が冒険者になれるとテンションを上げていた時、変な奴だとクルスやミナカからいじられたことだ。


「あの、一つ質問いいっすか」

「ええ、なんなりと」


 リエルさんが例の営業スマイルを返してくる。


「世の中的にやっぱりまだ冒険者になりたいって人が少ないみたいなのは何故ですか? やっぱり一週間といえど七日間ですし、その間にそれだけの人が死ぬってリスクが高いからですか?」

「あ、えっと……一週間は二十五日間のことです……すみません。どちらにせよ、冒頭にお話しした名誉ある死が望めない、と言うところに国民は恐怖を覚えているようですね。王都は平和なのだから、自分から惨い死を選ぶことはない、というわけです……はい」


 リエルさんごめんなさい知らなかったんです。この世界では一週間が二十五日もあるなんて知らなかったんです。だからそんなこの人大丈夫? みたいな視線をこっちに向けないで! カイトの心の中の魂の叫びは、当然リエルに届くわけはないのだが、どこか引きつった営業スマイルでリエルは続ける。


「なにか、他に質問はありませんか? なければ、カイトさんは冒険者のお仕事、いかがいたしますか?」


 カイトは考えてみる。大体一か月で一、二パーセントの死亡率だが、そこそこ身分が高い仕事。冒険者とは名ばかりで、どちらかといえば軍隊のようなものに近いイメージだ。まだ見ぬ異世界転移特典という名のチートがそのうち発現するだろうことを加味すると、別に死ぬことを考えることはないんじゃないか。何より、この世界での知人がもうかなり増えてしまった。


「そうですね、いったんやってみたいと思っているんですが、もしやる場合は今後、どういった流れになるんですか?」

「ありがとうございます! あなたの勇気、皆さんが尊敬すると思いますよ!」


 今度のリエルさんは本当にうれしそうで、その笑顔は多分素のものだったんじゃないか、とカイトには見えた。


「もし、このまま冒険者を始める場合、市民権をお持ちでない方には冒険者協会から十日間の滞在証明を発行します。その間に協会側では武具商会に冒険者様の情報をを紹介、冒険者様側では貴族様の雑用や警備をしていただくことで、貴族様方に顔を売っていただくことがお仕事となります」


 なるほどね。だから俺が貴族だったら、それを貴族が運営するんだろう奴隷商館に連れていくとまずかったんだな。貴族側に貴族を奴隷にしてくれなんて言いに行ったら、このシステムだと余裕で冒険者なんて廃業だ。


「分かりました。やってみます、冒険者」

「承知しました。では、滞在証明を発行しますので少々お待ちくださいね」


 ミナカとクルスのやり取りの理由がすっきりきっぱり晴れたところで、カイトは正式に王都カトレアへ滞在することを許可されたのだった。


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