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神の祝福と約束の試練  作者: 三田高志
第一章 まやかしの平和
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第一章 1話 その声は終わりの始まり


 ――それじゃ、月並みな挨拶だけど。


 ――いや、そういうのもういいから……。


 ――ま、いってらっしゃい。


 ――……あいよ。じゃーな。


◇  ◇  ◇


 物事には必ずはじまりがあり、そして終わりがある。

 宇宙にだってビッグバンというはじまりがあったらしい。終わりがいつなのかは全く不明だけど、この二橋海斗(ふたはしかいと)という、どこか達観した様子の高校二年生の人生にだってはじまりはあった。だけど彼は宇宙規模の存在じゃない。今しがた、彼の人生は終わったはずだった。


「いやー、どう考えてもおかしいな」


 この中世ヨーロッパ風の街並みに、大通りを闊歩する馬車。車を引く生物的にそれを馬車と呼んでいいのかは海斗には分からなかったが、少なくとも彼はこれまでの人生でその大型生物を見たことがなかった。見た目はアメリカに生息するバッファローに近いが、頭と胴体が大体同じ大きさで、その分左右の額からぐるぐると生えるツノがかなりご立派に育っている。


「制服はどこに行ったんだろうね。そしてこのポケットに入ってる財布は誰のだろうね」


 カイトが覚えている限り、最後の記憶は暴走したトラックが自分を撥ねて、全身の骨とか内臓とか筋肉がグッシャグシャに折れ曲がって信じられないほど全身が痛かった記憶だ。その少し前、自分に向かってきたトラックを避けようとして、でもこのまま轢かれたほうがワンチャン異世界転移とかして人生楽しくなるんじゃねえの? と投げやりに思ってしまったことを全身全霊のフルスロットルで後悔したほどだった。


「やっぱこれ、異世界転移だよなあ……トラック事故マジ舐めてたわ」


 財布から一枚とりだしたお札を見る。日本円なら福沢諭吉が印刷されるところの代わりに見たことのない女性の肖像画があしらわれていて、その胸元から下を三匹の龍が猛々しくも華やかに彩っている。一万ギルス・カトレア国紙幣と日本国紙幣・一万円と印刷されるべきところに書いてあるのを読むことができ、その背景には北に砦、西に山岳地帯、東に深い森、南に群生諸島をなす大陸のようなものが刷られている。

 もちろん、この札が一万ギルス札だと認識できたものの、海斗はこのカトレアという謎の国の言語など知らない。


「そしてこれが語学チートってやつなんだろうな……見たことねえ文字を読めるって不思議」


 ただこういうのが好きな海斗的には簡単に結論を出すことができた。ふと財布をズボン――まだ履き慣れておらず少しごわごわする皮のズボン――の尻ポケットに差し込み、海斗はあたりを見渡す。異世界のお決まりである獣人族の姿は見当たらないが、民衆の髪の色は千差万別。そして、出店のエリアなんかを見てみるとガスコンロや電子レンジみたいな製品を活用していて、意外と文明レベルは高いようだ。


 ふと肉屋らしき出店の前で立ち止まると、『コウヤドリの肉 一塊千五百ギルス』『シシニクの肉 一塊三千五百ギルス』『バッファローの肉 一塊六千ギルス』と書いてある。見た目的にはそれぞれ鶏肉、豚肉、牛肉のそれに近く、それぞれの塊が大体一キログラムくらいはありそうだったので、海斗は一ギルス大体一円くらいの価値かと理解した。


『トミ、シミヒャン』

「え、何ですか」

『ワ? ワンサハシミッセンガ?』


 肉を見ていたところで現れた、二メートル近くありそうなゴリマッチョなおっさん。深緑色の短髪に同じ色の顎髭を生やして、左目は開いているものの縦に斬られたような古傷もあり、もはやマッチョのテンプレートみたいな顔つきだ。そんなおっさんが良く分からん言葉で海斗に何かを言っていた。


『トヤネガミギョうぶか? 言葉分かるか? 言葉」


 すごいな語学チート。率直に海斗は感心した。オッサンの言っていることを理解しようとした瞬間、まるで日本語をしゃべるかのように意味がすぐ分かるようになった。そしてやっぱり、知らない筈の言語を理解するというのもすごく不思議な感覚だった。


「あ、ぼーっとしてたみたいで。何でしょう」

「おう、言葉喋れるんじゃねえか。何だい兄ちゃん、見ねえ顔だな。最近移り住んだ料理人かなんかか?」

「あ、すみません。大体のものの価値を見てたというかなんというか……」

「何でえ、どっかの学者かなんかかよ。難しい話は嫌いだからよ、肉買いたいときは言ってくれよ」


 うまく屈強な店員のおっさんをやり過ごし、大通りに戻る海斗。とりあえず話していた言語も良く分からんものだったし、そもそもカトレアなんて国は地球上になかったはずだ。それにしてもこの財布一体誰のだよ……と、大小さまざまな疑問がカイトの脳内を巡っていたわけだが。


 かれこれ考え、ここは異世界で間違いないだろうと結論付けた。


 結論付けたなら結論付けたで、なんだかテンションが上がってきた。急に魔法が使えるような気がしてきたし、こういう転移モノには神様から与えられた才能、すなわちチートってものが不可欠なのだ。その能力を良くも悪くも活用して、転生者は無条件に現地の女の子にモテモテになったりする。海斗も生前そういう変な予備知識的なヤツは身に着けていたので、いやがおうにも気持ちが高まってきたのだ。


 さあ、異世界ライフを満喫しよう。決意を新たに、海斗は所持品を再確認する。


 上着は七分丈の綿製の白シャツに、下は革製のごわごわするこちらも七分丈のズボン。靴下は履いておらず、ズボンとは別の素材の、固い革製の靴を履いている。靴に近い材質の財布を取り出して、再度中身を確認してみると、先ほどの一万ギルスの紙幣が三枚のみ。カードや小銭の類は一切入っていなかった。現在の貨幣価値に換算すると三万円か……とつい考えてしまう。


「ん、大体の現状は確認できたぞ。とりあえずこれからこの世界で生活するための情報収集かな……」


 日本での生活に未練などなかった。何を頑張ってもうまくいかなかった十七年間だった。挙句、高校に入って一年半、地味なボッチとして誰からも無関心。いじめられすらしないというある意味での孤独を味わっていた。きっとトラック事故で死ぬ、なんて衝撃的な死に方をしても誰も関心なんて持たないだろう。ホームルームで二橋が死んだって周知されて、それでおしまい。そんな世界に用はない。俺はこっちの世界でまた頑張ろう。中学生まではあれだけ頑張れたんだから大丈夫なはずだ……!


 そうやって決意を新たにしているところで、海斗の方を叩く人物が現れた。

 振り返ると、自分と同じくらいの年齢・身長の優しそうな男が笑顔で立っていた。


「あんた、さっきから何してんの?」


 雰囲気は優しかったが、全身を軽武装で覆ったその姿とは裏腹の、本当に優しそうな笑顔だった。


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