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MS07「だ〜れだ」


「だ〜れだ」


 女は後ろから男を目隠しした。

 町唯一の高層ビルの最上階にあるイタリアンのレストラン兼バー。一番奥の個室にあるテーブルの男は筋骨隆々の浅黒い体を黒いスーツで包んでいる。顔には無数のピアス。首や手足の先端にも大型のアクセサリー。すべて金色で店内の薄暗い灯でも煌々と輝いている。そして顎から唇にかけて大きな切り傷。

 名前をキリシマという。危険そうな外見の男だが、実際に危険だ。

 移民で溢れかえるこの町の裏社会を取り仕切っている男で、下の街から吸い上げた金はこのビルにいる彼に集まることになる。


「アオイ。からかうのはよせよ」

 ライオンが猫なで声を出したらこんな感じだろうという口調でキリシマは言った。アオイと呼ばれた女はキリシマを目隠ししたまま、ピンク色のワンピースに包まれた体をくねらせた。日に焼けた弾力のある体がくねる。

「質問で〜〜す」

 アオイは舌ったらずな声で言った。腰と同じく声もくねっている。

 声のせいで実際以上に頭が悪く思われるに違いない。

「質問?」

「今〜〜私つけているネックレスは何の形をしているでしょうか」

 アオイは舌ったらずな声で質問した。ちなみに彼女はここ数週間のキリシマのお気に入りだ。

「ハート形」

キリシマは即答した。彼がアオイに買ってやったネックレスだ。小さなダイヤを無駄遣いのように散りばめたハートのネックレスだ。実際に無駄遣いとしか思えない代物だが、アオイここしばらく身につけていた。当然、別のものを身につけたらキリシマに殴られるだろう。

「すご〜〜い」

 アオイはさも感心したような声を出した。もしかすると本当に感心しているのかもしれない。


「じゃあねえ。今から3つ質問するから〜〜正解したらいい事してあげる」

「いいこと?」

「い・い・こ・と」

「いいぜ、質問しな」

 こちらも腑抜けた声でキリシマが答えた。


「あの……こっちの話が終わってないんだけどな」

 僕はキリシマに話かけた。

「その話はもういい。公社が俺を殺したがってるってだけだろう」

「でも、確かな情報なんだ」

「どうでもいい」


 キリシマが恐れられているのは、キレたら何をするかわからない凶暴性だけではない。昔は有望な空手家だったという鍛え上げられた肉体も強力な武器だ。以前、目の前に突きつけられた拳銃を逆に奪ってみせたという。実際、彼が殴り合いで無類の強さを発揮するのは何度も見ている。正直、仕事上の付き合いでなければ関わり合いたくない男だ。

もっとも僕も裏社会 に身を浸した会計士だ。兄妹だってロクな仕事についちゃいない。

「でも、殺し屋を雇ったって話だよ」

「この街の殺し屋は全員知っている」

「新しいやつを連れてきたのかも」

 キリシマはテーブルを指で叩いた。指が僕の方を向いていたので、ドキッとする。

「そんな素人に俺が殺されると思うか?」

 キリシマが再び指でテーブルを叩いたので、僕は話をやめることにした。そんな僕を尻目にアオイが間の抜けた声でゲームを開始した。


「質問」

「おう」

「私のパンツは何色でしょうか」

「黒だろ」

「正解」

「お前には黒が似合うからな。言いつけ通りにしてるようだな」

 ……じゃあ、質問の意味がないな、と思ったが黙っておいた。

「じゃあ、次は進藤さんに協力してもらおうかな」

「僕?」

 指名されたので緊張した。

「今から進藤さんが一つ食べ物を選ぶから、それを当てて」

 アオイは僕に目配せした。

「わかった。やればいいんだろ」

 僕はステーキ用のナイフでリンゴの切り身を刺した。なるべく音がしないように。

「それ近づけてみろよ」

 キリシマが命令した。それはズルいんじゃないかとも思ったが、予想通りな言動ではある。僕は立ち上がってキリシマの横に立った。キリシマの手が僕の手首を握った。こいつ、額に目でもあるのか?

 キリシマはナイフの切っ先に鼻を近づけた。

「リンゴだな」

「正解〜〜」

 嗅覚の鋭い男だ。目隠しされていても周囲の情報を敏感に感じ取っている。

「じゃあ、最後の質問だね」

 アオイはキリシマの耳に唇を近づけた。


「私は誰?」


「ふざけているのか?」

「答えて」

「アオイだろ」

「違いまーす」

 予想外の答えにキリシマも一瞬、戸惑ったようだった。

「あれか? アオイは本名じゃないってことか? わかるわけないだろ」

「アオイは本名だよ」

「じゃあ、何が間違っているんだ?」

 アオイは耳元で囁いた。目を抑える手に力を込める。

「アタシ、実は殺し屋なの」

 キリシマの動きは敏捷だった。

 アオイの手を払いのけ、振り返ろうとした。

 その瞬間、僕が持ったステーキナイフが喉に突き刺さった。

 

「やったね。お兄ちゃん」

 アオイは両手でピースサインをしながら僕に言った。僕はなんとかナイフから強張った指を外したところだ。

「お前、勝手にアドリブ入れるんじゃねえよ」

「だって〜〜」

 妹は舌ったらずな声で不満を言った。

 この外見と喋り方に騙されるが、兄妹の中では一番、肝が座っている。

「ここからどうするの」

「とりあえず、ここから逃げる。その後は公社が匿ってくれる約束だ」

「不安〜〜」

「仕方ねえだろ。こうしないと僕が公社に殺される」

 僕は立ち上がり、キリシマの死体を見つめた。目を見開いていたのでナプキンをとって顔にかぶせる。

「お互い、一寸先は闇ってわけだな」


「お兄ちゃん、それイマイチ」

 妹が僕に言った。 




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