第5話EX 教師としての素質
「Pull The Trigger 101」
そんなふざけた名前の施設で、綾たちは拳銃選びに奔走させられている。
「綾音、お前はどーするんだ?もうハンドガンは持ってるんだろ?」
そう綾に声をかけてくるのは、綾が属する第1班担当の和泉俊夏先生だ。
自分で言うのもなんだけど、綾が信頼をおいている人間は少ない。
その数少ない中の一人とよく似た名前を持つこの教師を、綾はまだ量りかねている。
「急にどうすると言われても困るわ。綾にはどういう選択肢があるのかしら?」
「簡単な話だ。これからも今持っているハンドガン一筋でいくか、今日二挺目のハンドガンを選ぶか。それだけだ。」
例えば、ここで選択肢の提示だけがなされていたなら、綾はこの人の教師としての素質を疑っていたでしょうね。
ある選択に対して決断を下せと言うだけなら誰にでもできるもの。
でも、この人は違ったみたい。
「二挺目を選んだ場合、新境地開拓への道と、期末考査の実技試験で使用する銃に選択肢が生まれることになる。その分、手続きや整備なんかの手間も増えることにはなるがな。選ばなかった場合は、今の銃を極めていくことになるが、もし極められたとしても、その先の可能性が増えることはないな。」
選択した先がどうなっているかを示すのはもちろん、
「そーいうわけで、俺としては二挺目の購入をオススメするわけだ。補助金が出るから実質無料だしな。」
納得するのに十分な理由を添えて、生徒を導くことも欠かさない。
素質が「ある」か「ない」かと訊かれれば、今のところ、綾は「ありそう」だと答えるわね。
その反面、この人と話していると、まるで同世代の男友達と会話しているような錯覚に陥ることがある。
話し方、その内容、軽口の多さ。
とても教え、導く側のそれとは思えない。
だけどそれは、生徒との距離が近いと言い換えることもできる。
気楽に相談できる教師を挙げろと言われれば、多くの生徒がこの人を選ぶでしょうね。
実際に、学年や性別を問わず、いつも誰かが相談や雑談をしにきているようで、この人が一人でいるところはあまり見ない。
間違いなく、この学校トップクラスの人気教師だ。
姉さんにも好かれているみたいだけど、姉さんはこの人のどこを気にいってるのかしら?
「そうね。良さそうなものがあれば考えるわ。でも、今ここにそんなものがあるのかしら?」
これは聞くまでもないのだけどね。
「世界最強のハンドガン」という肩書を持つ、威力と引き換えに過大な重量と反動を持つ「Smith&Wesson M500」。
サイコロの「4の目」みたいな配列の四つの銃身が特徴的な、安全性と操作性が皆無のマグナムデリンジャー「COP .357」。
2挺の銃をくっつけて1つにしたような見た目で、そもそも握ることのできない角材、「Arsenal Firearms AF2011-A1」。
そう、ここにあるのは紛れもなく…
「まあ、『頭おかしいやつ』だからな。」
なぜ用意したのか不思議に思っていたのだけど、今ならわかる気がするわ。
こんなもの見せられたら、嫌でも購入しようなんて気は失せるもの。
「だが、まったく使い物にならないわけじゃないぜ?」
そう言いながら、夏先生はガンケースの留め具を外していく。
「そうだな…。ものは試しにコイツはどうだ?」
そして綾に手渡されたのは、金ピカの角材…
もとい、金メッキが施された「Desert Eagle」だった。
「この色…。なんの冗談かしら?」
「俺に訊かれてもな…」
この人にしては珍しく言葉を詰まらせ、知らねーよと首を傾けながら両手を広げる。
「残念ながら、この学校にあるデザートイーグルはこれ一つだ。金ピカだから、『ゴールデンイーグル』なんて言う奴もいるけどな。持った感想はどーよ?」
「どうと言われてもね。グリップが太すぎるわ。それにこの重量。引き金にはなんとか手がかかるけれど、安定して撃つことはできないわね。」
「そいつは残念だ。っても、こいつを生徒に何発も撃たせる気はまったくないわけだが。」
「じゃあ、どうして用意しているのかしら。」
「そらお前、見せびらかしたいだけに決まってんだろ⁉︎そいつは日本じゃレアもんなんだぜ?」
やっぱり素質は「ない」のかもしれないわ。
「…というのは冗談半分で、本当の目的はお前なら察しているんじゃないか?」
「そうね。」
こういう見透かされているようなところは、なんとも気に喰わないわね。
「どのみち、綾には必要ない銃ね。見せびらかしたいのなら、筋肉にすればいいわ。『強い』ものはなんでも好きだから、きっとすぐに喰いつくわよ。」
あてつけた言葉とともに、放り投げるようにデザートイーグルを返して綾は小さな反抗を示す。
「まあ、あいつなら間違いなく喰いつくだろーな。だが…。いや、だからこそ渡せないな。何をしでかすかわかったもんじゃねーし。」
これを難なくキャッチしたうえにガンプレイを決めた夏先生は、余裕の表情で答える。
後に残ったのは、空振りに終わったやるせない感情と、腕の疲労感だけだった。
「デザートイーグルはムリでも他に撃てる銃はあるはずだ。例えば……」
そう言いながら、夏先生はガンケースの山をひっくり返す。
「これとか?」
ちょっとした宝探しの挙句に発掘されたのは、他のと比べるとひときわ小さいガンケースだった。
その中に入っていたのは…
「綾はこれをどこにしまえばいいのかしら?」
Remington社製の「Derringer 」。
数あるデリンジャーの中で最も有名なモデルと思われる、全長が12センチメートルほどしかない、携行性と隠匿性に重点をおくバックアップ用の銃。
映画とかでは油断している相手の不意を突いたり、自決するときなんかによく使われている印象が強い。
そんなこの銃のよく見る隠し場所は…
「女性の場合、胸の谷間だな。」
そんなセクハラまがいの回答に、口元が緩みそうになるのをすんでのところでこらえる。
「そう。でも残念だけど、綾には無理ね。あと、これからは綾に話しかけてこないでくれるかしら?」
「ひ、ひでぇ…」
綾は知っているわ。
この人が同じような場面で、同じ質問を受け、同じ答えを返したことが過去に一度だけあることをね。
「望み通りの答えだったろ⁉︎何が不満なんだよ?」
「確かに、望み通りだったわ。だから綾の希望にも応えてくれないかしら?」
「おいおい、冗談だろ?」
「それはどうかしら?」
「どっちにしろ、俺は教師なんでね。仮に冗談じゃなかったとしても、その希望には応えられないがな。」
そういう割には、幼気な女生徒を前に迂闊な発言をしたと思うのだけど…
「綾が然るべき場所に訴えても、あなたは教師でいられるかしらね?」
「俺を脅す気か?」
まあ、こっちから振ったわけだし、綾はこの程度気にしないけどね。
多少は気をつけるべきだと思うけど。
とりあえず、お遊びはこのぐらいにしておきましょうか。
「そんなつもりはないわ。訴えるつもりもね。今のところは…」
「将来的にはあるのかよ⁉︎」
「さあ?あなた次第じゃかしら?」
「ったく、揃いも揃っていい性格してやがるぜ。」
夏先生は舌打ち気味にそう言う。
「これが『天山あやね』よ。忘れないことね。」
綾の言葉に、夏先生はもう一度舌打ちをする。
「忘れたくても忘れらんねーよ。」
当然、そうでしょうね。
「話を戻すが、こいつを普通に装備するなら、一般的なハンドガンと同じで腰や太もも回りになる。ただ、一人の男として、後者が最適であることを強調しておきたい。」
あら?おかしいわね…
今回は綾から誘ったわけではないはずだけど?
「そんなこと言っていいのかしら?あなたはさっきの会話から何も学んでいないの?」
「何を言っている?俺は男のロマンの話をしているだけだ。どこに問題があるって言うんだ?」
清々しいまでにとぼけてくれるわね。
「仕返しということかしら?」
「サァ?イッタイナンノハナシヲシテイルノカ、オレニハサッパリ。」
「まあいいわ。」
付き合っていたらキリがなさそうだものね。
「この銃、射程も威力もたいしてないのでしょ?魔獣相手に実用性はあるのかしら?」
「ないな。全く。」
自分で薦めたくせに、この即答はなんなのかしら?
「あらゆる手を尽くした上で、それでもって時に一か八か賭ける。…っていう限定的かつ終局的な場面では役立つかもしれないが、そんな状況まで追い込まれることはまずないし、仮にあったとしたら、そいつの猟師としての素質を疑うな。」
「丸腰と見せかけて不意をつくなんてのはどうかしら?」
「一部の例外を除いて、基本的に本能のまま生きている魔獣相手に、人間レベルの知能があってはじめて成立する高度な駆け引きなんてものができるわけねーだろ?丸腰だろーがなんだろーが、奴さんたちには関係ないのさ。だからこそ、この銃に使い道があるとすれば…」
話が進むにつれて、綾たちを取り巻く空気が変わっていくのを感じる。
いつものおちゃらけた雰囲気はどこにもない。
口調も変わり、親しみやすさもどこかに行ってしまった夏先生は、
「人を殺す時ぐらいだろうな。」
ただ低い声でそう告げた。
「わかってんだろ?」
そう言われているような気がする。
もしかしたら、実際に言われたのかもしれない。
でも、綾だって子供じゃないわ。
当然、それはわかっていた。
わかりきっていた事実だ。
でも…
「綾は、そんなことをするために済陽学園に来たわけじゃないわよ?」
「だろうな。」
淡々とした、そっけない言葉が返ってくる。
綾を真っ直ぐ見すえるその目には、近寄りがたい、威圧感のようなものすら覚える。
「別にお前だけじゃない。ここにいる全員がそうだろうよ。」
この人は、本当にあの夏先生なのかしら?
「ただ、この学校を卒業した後の進路には、そういうことをしなければならない可能性を持つ組織もいくつか含まれている。特に、お前の才能は他の誰よりもそっち向きだ。もちろん、それを選ぶかどうかを決めるのはお前自身だけどな。」
「嫌なこと言うのね。」
「それが教師ってもんだ。人に自分の価値観を押し付けながら、そいつの人生がどうなろうと責任は取らない。業の深いお仕事さ。」
それでも、この人は生徒を然るべき道へと導いていくのだろう。
だからこそ、気に喰わないのだけどね。
「返すわ。今の綾にも、これからの綾にも必要ないものだから。」
「そーか?そいつは残念だ。」
気が付けば、目の前にはいつもの夏先生がいた。
そして、言葉とは裏腹に、あまり残念そうには見えない夏先生は、
「そーだなー。ちと早いかもしれねーが、あれがいいかもな。」
小声でブツブツとつぶやいていたかと思うと、
「ちょいと外すわ。その間お前がリーダーな。ほかの連中をまとめて、テキトーにやっててくれ。そんじゃまあ、よろしく!」
親指を立て、綾に余計な仕事を押し付けてどこかに行ってしまった。
「本当、気に喰わないわ…」
10分ほど時間が経った頃、綾たちの班には「頭おかしいやつ」と入れ替わりで別のハンドガンの山が廻ってきた。
時を同じくして、道すがら愛美先生担当の第2班にちょっかいを出していた夏先生が、他のガンケースとは違う、シルバーの少し小さいアタッシュケースを持って戻ってきた。
「それが綾へのお土産かしら?」
「まあ、そーなるな。」
「なら、早く渡してくれないかしら?」
「せっかちだなぁ…」
あなたがマイペースすぎるのよ。
「こいつはいつでも渡せるんでね。まずはこっちを優先させてもらーか。」
夏先生は台車に乗った黒いガンケースの山をペシペシと軽く。
確かに、20分という制限時間があるものを優先するのは理解できる。
この班に所属する、ハンドガンを持たない他のメンバーのことを考えるとなおさらね。
ただ、さんざん思わせぶりな言動をして綾の好奇心を煽っておいて、それでおあずけというのは納得いかないわ。
「さっきまでのとは違って、こいつらは良い意味で名の知れた、評価が高く、実績のあるものばかりだ。間違いなくオススメできる一品たちだな。」
そう言われると気になってくるのだから、綾も単純なのかも知れない。
「それで?中身は何かしら?」
「開けてみてのお楽しみってやつだ。とりあえず、そうだなぁ…」
そう言いながら、夏先生は山の中から3つのガンケースを取り出した。
「さあ、ここに三挺の銃がある!お前に一挺撃たせてやろう!さあ選べ!」
なにかしら?このノリは?
どんな思惑があるのかはわからないけど、選んでやろうじゃない。
「これにするわ。」
「ほぉ、Glockのハンドガン、G17にするんだな?」
「やっぱりいらないわ。」
グロック?この人は綾にグロックを薦めるというの?
当然、綾の愛銃が何か知った上でやっているわけよね?
「ほぉ、グロックのハンドガン、G18にするんだな?」
何も言っていないにも関わらず、夏先生は次のケースを開け、新たな一挺を薦めてくる。
しかも、この銃は…
「綾に予備を買えと言うのかしら?」
夏先生はそっとG18の入ったガンケースを閉じ、次のケースを手に取る。
「ほぉ、グロックのハンドガン、G19にするんだな?」
「それもいらないわ。」
その答えを聞き、夏先生はガンケースを閉じながらため息をつく。
「お前は御三家ポリシーというものをご存知ないのか?三つの選択肢が提示されたんだから、嫌々でも、嬉々とした表情を取り繕って、どれか一つ選ぶのが筋ってもんだろ?」
本当に何を言っているの?この人は?
少なくとも、綾の辞書にそんなポリシーは載ってないわ。
「で?どれにするんだ?」
「どれもいらないわよ。」
綾の使っている得物はG18C。
二番目に出てきたG18の改良版よ?
改良前の銃を持つ必要性も、同じ系統の銃を複数持つ意義もあまり感じられないわ。
「そんなこと言われてもな。残念ながら、ここにはグロックしかないぜ?」
「綾へのお土産を忘れていないかしら?」
「まだその時ではないな。」
「じゃあ、その時が来たら呼んでちょうだい。」
今の綾は、この人が持ってきた「お土産」にしか興味が持てない。
だからこそ、この場からの離脱を試みようとするのだけど…
「おいおい、待てよ。ここに優秀な銃が腐るほどあるってのに…。グロックが泣くぜ?」
まあ、止められるわよね。
誤解のないように言っておくけど、これでも綾はグロックのことをちゃんと認めているのよ。
比較的小型かつ軽量で持ち運びしやすく、十分な装弾数と、どんな悪条件でも発砲できる高い信頼性を兼ね備えている。
中でも、最も評価すべきは、手の小さい綾でもしっかり握り込めるグリップの細さを実現しているという点ね。
体格に恵まれず、あらゆる選択肢が狭い綾にとって、グロックは欠かせない存在よ。
でも、一挺あれば十分だわ。
………それにしても
これ、本当に全部グロックなのかしら?
グロック社製の銃はG「17」というように、それぞれバリエーションごとに数字が割り振られている。
確か、「C」や「L」といった符号が付く細かなモデル違いを除くと、「17」から「43」までの、27種類のバリエーションがあったはずだわ。
「ここにあるだけでも、27種類のグロックがお前を待ってるっていうのによ。」
ここにあるだけでも………?
それはつまり、まだ表には出ていないものがあるということかしら?
「いったいこの学校は何挺のグロックを保有しているのよ…」
思わず出てしまった綾のつぶやきに、律儀にも夏先生は答えをくれた。
やっぱりこの人は良い先生ね。
「昔からいうだろ?Gを1挺見たら、100挺はいると思えってな。」
「初耳ね。」
その答えが下らないことを除けば。
「俺としては、今持っている銃と操作性が同じってのは大きなアドバンテージだと思うんだけどなぁ…」
そして、肩をすくめながら、夏先生は件のアタッシュケースを取り出す。
「ほら、受け取れ。こいつが欲しかったんだろ?」
思いのほかあっさりと差し出されたそれを、綾は少し戸惑いながら受け取る。
「どういう風の吹きまわしかしら?」
「どうもこうも、ワガママなお姫様にはこれ以上何を言ってもムダだと思っただけだ。それに…」
「それに?」
「生徒が意欲を見せているんだ。伸ばさない手はないだろ?」
あぁ、やっぱりこの人は…
「どーしたんだ?」
「なんでもないわ。」
これはもう、「ある」としかいえないわね。
「それじゃあ、遠慮なく開けさせてもらうわ。」
「おう、そーしろそーしろ。」
留め具を一つずつ外していく。
それらがすべて外れ、蓋を開けた時、
「……………え?」
綾は困惑という名の迷路に迷い込んだ。
<桑原奏の92FS>
・製造メーカー「Beretta (ベレッタ)」
・製造国「イタリア」
・正式名称「92FS」
・通称「M92FS」
・ハンドガン
・ブラックカラー
・装弾数15+1発
・ある人物により、大幅な改修がなされている。その内容は次のとおり。
・フレームにピカティニーレールが増設されており、そこにLAMを装着している。
・バレルにはサイレンサーに対応したネジ切りが施されている。
・トリガーの引き加減に応じて、セミオートと3点バーストを撃ち分けることが可能。