第4話 クラス担任の決め方、知ってますか?
「さあ、今日は2時間ブチ抜きで『戦闘実技』の授業だ!」
チャイムが鳴ると同時に、見知らぬ女性を連れた夏先生が高らかにそう宣言したと思えば、
「その前に『戦闘理論』のお時間だけどな。」
少し間を空けて、静かに授業開始を告げた。
そして流れるように女性の紹介へと、
「そんでもって男子諸君!喜べ!今日からこのクラスに女子転校生がッ!」
移行しようとしたその時だった。
今となっては珍しい紙媒体の出席簿が、ゴンッという鈍い音を響かせると同時に夏先生の頭に突き刺さった。
自身はその直線美を一切崩すことなく、攻撃対象に大きなコブと確かなダメージを与える圧倒的な破壊力を前に、さすがの夏先生ものたうちまわっている。
「あー、痛てぇ…。めちゃくちゃ痛てぇ…」
しばらくして、患部を押さえ、ようやくといった様子で立ち上がった夏先生は、
「愛美さんよー。これは酷いんじゃねーか?なにも叩くことはないでしょ?」
そう言って不満を表明する。
しかし、当の加害者は悪びれる様子もなく淡々と反論した。
「和泉先生が必要ないことを言って話を脱線させるからです。自業自得ですよ。それから、学校では『先生』をつけて下さい。」
「はいはい、わかりましたよ。まなみせんせー。」
「教師ならもっとハキハキ喋って下さい。文末は伸ばさないように。」
「あいよー。」
とりあえず今の会話でわかったことは2つ。
この女性は転校生ではなく教師だということ。
そして、夏先生はどうしようもないということだ。
「とりあえず自己紹介したらどーですか?愛美先生。」
「それもそうですね。」
女性が一歩前に出てくる。
「はじめまして、1-3HRの皆さん。私は副担任の湊愛美です。担当教科は和泉先生と同じく『戦闘理論』と『戦闘実技』になります。今回のように二人の場合もあれば、私一人で授業を行うこともあるかと思います。よろしくお願いしますね。」
薄々勘付いてはいたが、この人があの湊先生か。
女子寮の寮監で、そこに住んでいる奏たちから話は聞いたことがある。
曰く、「真面目で優しい先生」らしい。
夏先生との絡みを見る限り、とてもそうは思えないんだが…
「俺らは同い年で、唯一の同期なんだわ。」
夏先生が聞いてもいない補足を始める。
まあ、二人の仲が悪いようには見えない。
むしろ、夫婦漫才を見せつけられているような気がしてならない。
「今年は二人で一つのクラスを持てとお上から指示がでたんだが、二人そろって担任をしたくなくてなー。なんたって、めんどいからな。」
って、おい担任。しっかりしてくれよ。
「まあ、譲り合いの精神にもとづいて、紳士淑女的にドンパチやったというわけだ。」
絶対もとづいてないよな…
「最後はじゃんけんで決まったな。はぁー、あの時チョキを出していればなー。」
あれ?思ったよりも…?
「って、生徒の前でなに言ってるんですか⁉︎」
再び鈍い音が教室に響いた。
夏先生のとんでもない暴露話のせいで、もう奏たちの愛美先生評を信じることはできなくなってしまった。
「えー、皆さん。このお調子者が言うことを真に受けないで下さいね。さっき言っていたこともすべて嘘……。ではないかもしれませんが…」
そんな言い訳じみた言葉を並べられるとより…
「ですが、皆さんのことはちゃんと和泉先生が見守っていきますので、安心して下さいね。」
美人だし、真面目そうにもみえるのに、このどこか残念な感じ…
うちの担任と副担任は似た者同士なのかもしれない。
「さてさて、気を取り直して授業を始めよーじゃないか!」
まだ痛むのか、夏先生は頭をさすりながらも、本日二度目の授業開始を告げた。
「入学式の日に配ったプリントにも書いた…。それ以前に、済陽学園の入学案内パンフレットにも書いてあったと思うんだが、戦闘科の1年は拳銃による射撃演習が必修になる。弾を撃つには本体が必要だからな。次の『戦闘実技』の時間では、君らの相棒探しが主要目的になる。いやー、楽しみだねー。」
これが入学して初めての実技演習。
そして、俺にとっては初めての銃になる。
確かに楽しみではあるが、同時に緊張もする。
「が、まあ、さっきも言った通り、今は『戦闘理論』のお授業なんでね。これからやるのは『なぜ武器が必要なのか』についての座学だ。」
そういえばそうだったな…
「俺が全部話してもいいんだが、今回は愛美先生がいるからな。せっかくだしお任せするとしよーじゃないか。」
夏先生が教壇を降りる。
入れ替わるように愛美先生がその位置に立つ。
「それでは皆さん、教科書の12ページを開けて下さい。」
紙をめくる音が教室中にこだまする。
それらが鳴り終わるのを待って、愛美先生は再び口を開く。
こういう風にちゃんと待ってくれるあたり、夏先生に通ずるところがある。
「かつて日本は『銃砲刀剣類所持等取締法』。一般には『銃刀法』と呼ばれていた法律の下で、銃や刀剣の所持を厳しく制限する、世界有数の武器規制国家でした。特に銃への風当たりは強く、法による規制に加え、海外で銃を使用した犯罪が頻発したこともあり、当時は「銃アレルギー」とも呼べるような国民感情がある程度定着していたといえるでしょう。」
違うところといえば、愛美先生は口調が丁寧で、しっかりと板書をすることだろうか。
「一方で、規制を厳しくしすぎた結果、望ましくない効果を産むこともありました。クレー射撃などの競技人口が伸びず、世界から大きく遅れを取ったこと。猟師のなり手が現象したことによって猪や鹿をはじめとする害獣が個体数を増やし、各地でさまざまな被害をもたらしたことなどはその最たる例になりますね。」
それでも、やはり全体で見ると二人は似ている。
さっきみたいに、教科書には載っていない情報を提供することで学習の質を上げることもそうだが、
「ここまでの内容で質問はありますか?」
問いかけへの反応が薄い生徒に対する愛美先生の言葉は…
「大丈夫そうですね。ただ、『ある』『ない』に関わらず、意思を明確に示すことは大切です。今後はその点も意識していきましょう。」
夏先生によって俺たちに課せられた今年の目標そのものだった。
「それでは、次に進みましょう。教科書をめくって下さい。」
再び紙の擦れる音が教室に響く。
「先ほど述べたように、昔の日本は銃や刀剣を所持することがとても難しい国でした。しかし、ある二つの出来事をきっかけに、政府は大きな方針転換を迫られることになります。」
俺たちのような学生ですら武器を所持できるようになるほどの出来事…
「それが、『魔獣』と呼ばれる存在の出現と、『能力の可視化』です。では、まず魔獣について触れていきましょう。」
愛美先生が黒板に向き直り、
「『魔獣』と呼ばれる存在には、いくつかの大きな特徴があります。」
チョークを走らせ、重要な情報を書き出していく。
「一つ目は、その見た目によって『猪型』や『鹿型』などと表現されるように、『既存の生物と似た外見を持つ』ことです。ただ、魔獣の体格は通常の生物と比べると、明らかに大きい、もしくは小さいという場合が多く、見分けることが困難ということはほとんどありません。それでも、過去には『誤って魔獣が動物園で飼育されていた』という事例も報告されていますので、安易に判断するのではなく、注意深く観察することがとても重要です。加えて、この点から『魔獣』は『生物』が進化、または変異したものと考えられていますが、立証はされておらず、推論の域を出ないというのが現状です。」
板書の情報もそうだが、言葉にする情報も密度が高い。
「また、通常、自然界で生物の命が尽きた場合、亡き骸が残り、それがさまざまな過程を経て消失していきますが、魔獣はこの枠組みから外れています。魔獣は死亡すると同時に跡形もなく消失し、その場に自身の亡き骸という痕跡を残すことはありません。これが二つ目の特徴であると同時に、魔獣研究が進歩しない理由でもあります。」
俺たちもノートの白地にそれらを写していく。
「次が最後の特徴であり、銃刀法撤廃に繋がった最大の理由になります。それは、通常の生物にはない強力な『能力』です。この『能力』のために、魔獣による人的、物的被害は、生物のそれと比べると甚大なものになる場合がほとんどです。実際の例として、猪型の突進によって家屋に大穴が空いた。土竜型が地中を掘削したことによって道路が陥没した。蝙蝠型が発する超音波によって大規模な電波障害が発生したなどが挙げられます。」
最後の文字を書き終えた愛美先生は、生徒から黒板が見やすいよう端に移動する。
「被害の大きさゆえに、魔獣の存在が確認されてから人類の脅威と認定されるまでに時間はかかりませんでした。世界各国で対策が練られ、日本では猟師による狩猟が進められました。しかし、銃を持つ猟師の多くが高齢で、魔獣を相手に長時間の狩猟を毎日行うことは体力的に無理があったこと。罠が魔獣の強力な力によって破壊されるため、当時は主流だった罠猟が機能しなかったことなどから、総合的には失敗したといえます。その後、自衛隊が投入されることになりましたが、予算や人員の都合によって日本全国をカバーできず、最終的に政府は『銃刀法』を廃して、武器所持規制の緩和などが盛り込まれた『対魔獣・害獣等基本法』。通称『対獣法』を制定し、民間ハンターを育成することに方針を転換していきました。」
時計を見た愛美先生が、短く息を吐く。
気が付けば授業終了5分前。
授業を次に進めるのは難しく、終わらせるには少し早い微妙な時間だ。
「本当は『能力の可視化』についても終わらせたかったのですが、仕方ありません。切りがいいので、そちらは次の授業にまわして、今日はここまでにしましょう。」
愛美先生の言葉を聞いて、教室の隅にいた夏先生が前に出てくる。
「そんじゃ、場所を移すとしますか。手袋だけあればいい。サクッと準備してくれ。」
指示に従って机の上の教材を片付け、鞄からグローブを取り出す。
「遅れずについてこいよ。」
そう言うと、夏先生は俺らを引き連れてある場所へと移動を始めた。