第44話 後夜祭 - What is your suit and number? -
本部からの援軍要請により奏や冬華たちが去った後も、何度かの出撃があった。
時に春華さんと、時に史也さんと、時に3人で。
そして俺は今、なぜか一軒家の和室で客としてもてなしを受けている。
「えっと、先ほどは助けていただきありがとうございました…」
出撃要請に俺は春華さんと共に出発し、先行していた別チームと合流。
しかし、想定よりも魔獣の数が多く、これをさらに別のチームと協力して効率よく叩くために、一旦戦力を分散させて魔獣をキルゾーンへ誘引することにした。
いわゆる「釣り野伏せ」と呼ばれる戦術だ。
この時、俺と春華さんは別行動を取ることになり、春華さんから状況終了後の合流地点としてある座標を指定された。
先行してたどり着いたその場所には、ボロボロの街並みには似つかない、綺麗な状態の和風な一軒家がポツンと建っていた。
その様子を窺っていたところで魔獣の奇襲を受けたわけだが、そこでゴーストタウンと化した捌幡浜にはいないはずのこの家の住民に助けられた。
「気にせんでもよい。お主一人でもどうにかなっとったじゃろう。」
家主は「ただの年寄り」を自称し、それに合わせたような口調で話すが、そこまで歳を取っている様には見えない。
60前後といったところだろうか。
とりあえず名前だけでも教えて欲しいんだが…
「それにしてもお主、珍しい刀をぶら下げておるな。」
銃火器の存在するこの時代に刀をぶら下げて魔獣退治なんてしてる奴が珍しい。
現代の一般人からしたら刀なんてものは美術品の一種でしかない。
………この人も刀を使ってたけど。
「緋色の鞘に黒の刀緒、特徴的な片落互の目の刃文。もう一振りは白地に墨で柳が描かれた鞘、そして一切の揺らぎのない細直刃の刃文。『時雨』と『吹雪』じゃな?」
思わぬ言葉に、俺は反射的に眉をひそめる。
「『どうして?』って顔しとるな。」
対してこの家主は、そんな俺の様子に満足したように「はっはっはっ!」とゆっくり笑い声をあげる。
「今は秘密じゃ。時が来るまでな。」
「時?」
「そうじゃ。それがいつなのかはわからぬが、必ず訪れる。」
「はぁ…」
「信じておらぬな?まあ、今はそれでもよい。」
そう言うとじっちゃんは立ち上がり、襖を開けて小さな日本庭園風の庭を眺める。
「代わりと言ってはなんじゃが、今教えられることを話してやろう。もうすぐ来るであろうもう一人の客人についてじゃ。」
もう一人の客人。
それはつまり…
「あの子は、ある人物を探しておる。ここまでは知っておるかの?」
「『もう一人の客人』というのが、俺の想像している人と同じなら。」
「ではこれはどうじゃ?その探し人はあの子の恋人。いわゆる婚約者じゃ。」
「なんとなく、そういうのじゃないかとは思ってましたけど…」
「婚約者」っていうのは想定外だが。
「ほう、なかなか鋭いの。」
「デリカシーはないらしいですけどね。」
「そうじゃろうな。」
「……………」
いざ肯定されるとなかなか心にくるものがあるな。
「自分の周りのことはよく見えてなさそうじゃしな。」
「それはどういう?」
「自分で気づかねばならぬことじゃ。精進せよ、若者。」
「はぁ…」
「そう拗ねるな。詫びといってはなんじゃが、とっておきを教えよう。さっきから話題の探し人、儂の息子じゃ。」
…………。
……………………え?
「探し人はお主もすでに知っておる人物じゃ。気づいておらぬかもしれんがの。もちろん、お主はその者の居場所も知っておる。だが、まだその時ではない。」
「時…」
「そう、春ちゃんが知る時ではな。わかったかの?」
誰のことかもわからないまま、じっちゃんから発せられる形容し難い威圧感に、俺は気がつけばうなずいていた。
「お久しぶりです。大きい先生。」
「久しぶりじゃの。春ちゃんや。」
しばらくして、もう一人の客人こと春華さんが到着した。
「それはそうと、儂のことを『大きい先生』と呼ぶんじゃな?」
「はい、あいつに会うまでは。」
「すまんのぉ…」
「いえいえ!先生はなにも悪くありせん!頭を上げてください!」
じっちゃんからの謝罪を春華さんは全力で止めにかかる。
そんな二人の社会人的会話に参加できないでいた俺に、春華さんが気を利かせて話題を振ってくれる。
「秋くんは燈花里園出身だよね?」
「そうだが…」
「ほう、そうじゃったか。おりょうは元気かの?」
「おりょう?」
「涼くんのことだよ。君たちの大きい先生ね。」
「ああ、先生は元気にしているが…。さっきから気になってたんだが、春華さんの言う『大きい先生』っていうのは…?」
「儂のことじゃ。燈花里園は儂が妻と一緒に建てたからの。」
「そうなんですね。」
「思ったより驚かぬな。」
「いえ、驚いてますよ。最近驚くことばかりで取り乱し疲れているだけで。」
「苦労しとるようじゃの。」
「ちなみに私も燈花里園出身だよ。ついでに言えば、捌幡浜に来てるあーちゃん、隼くん、歴ちゃん、ふみやんに愛ちゃんもね。」
「全員孤児院の出身…?」
「燈花里園は元々ただの保育園じゃった。春ちゃんたちはその頃に通っていた子たちじゃ。孤児とは違うの。」
「燈花里園が孤児院に変わったのは魔獣という存在の出現以降だね。」
「まあ、いろいろあっての。そういう要請が強くなったのじゃ。しばらくして儂と妻は引退したんじゃがな。」
「それを引き継いだのが、今の大きい先生だと?」
「そうじゃ。ちなみに、現役時代儂は『大きい先生』じゃったが、儂の妻は『小さい先生』じゃった。」
「今は朝ちゃんが『小さい先生』って呼ばれているよね。」
「てっきり身長で呼び名が決まったのかと思っていたな。」
「ちょっとしたことでも、案外歴史があったりするよね。」
「お主らが参加しておる捌幡浜防衛戦もな。」
すっかり忘れていたが、今は作戦行動中だったな。
「すでに大詰めのようじゃな。皆頑張っておるようじゃし、おそらくはこのまま終局となるじゃろう。それで、春ちゃんは後夜祭には参加するのかの?」
後夜祭?
そんなイベントがあるなんて聞いてないが?
「今回そちらはあーちゃんたちに任せようかと思ってますけど…」
「あやつが参加する、と言ったらどうかの?」
じっちゃんの一言に、春華さんの目の色が変わっていく。
「来るんですか?」
「来るの。」
「それなら!」
「あやつから春ちゃんへの伝言を預かっておるぞ。」
「え?」
「『花嵐を返して欲しければ来い。』だそうな。」
「………ッ!」
少し間を空けてじっちゃんが再び問う。
「もう一度聞くぞ。どうするかの?」
「行きません。」
さっきまで行く流れだった春華さんが、唐突に手のひらを返した。
「もし伝える機会があればお願いしてもいいですか?」
「迷惑かけてるのはこっちじゃからの。春ちゃんの願いならばいくらでも聞こう。」
「ありがとうございます。」
春華さんが目を伏せる。
「じゃあ…」
「よぉ、お前が来ているとは意外だったな。」
指定された合流地点で、遅れてやってきた彼は私の背後からそう声をかける。
「あなたのせいで当てにしていた戦力が一人減ったからでしょう?」
旧捌幡浜市魔獣掃討作戦。
捌幡浜防衛戦とも呼ばれる先の戦いを表とするなら、これはその裏で行われる非公開の作戦行動。
関わっている人間は表の1割にも満たず、内容はおろか、その存在を知る者自体そう多くない。
もちろん、私の妹弟も例外ではない。
そんな「後夜祭」と呼ばれるイベントにおける私のパートナーは…
「それに関しては、謝罪せざるを得ないな。」
「私には必要ないわ。おかげであなたの横にいられるのだから。」
「そーかい。」
聴き慣れた呆れ声すらも私には心地いい。
「せっかくイメチェンしたのに、中身は相変わらずだな。」
「前提を間違っているわ。私はイメチェンなんてしていない。当然、中身も変わっていないわ。だから、あなたへのアプローチも欠かさない。」
「いつもどーり、ってか?」
「カードには表と裏がある。あっちの私も、こっちの私も、私という人間を構成する要素であって、その本質は同じ。見えている面。いえ、見せている面が違うというだけよ。」
「重要なのは書かれた絵柄と数字だと?」
「そうよ。」
「その理論だと俺はお前の表も裏も見ているはずだが…。さて、お前の絵柄と数字はいったいなんだろーな。」
意地悪な人。
「乙女の内面を探ろうというの?」
「表面に書いてるだろ?普通。」
「覚えておくといいわ。人間とカードは違うのよ。」
「カードの例え出したの誰だよ…」
そんな文句を言いながらも彼は続ける。
「まあ、たった二面しかないよりはその方がいい。」
私の絵柄も、数字も、全て見透かしているくせに。
『やっほ〜♪みんな元気かな〜?HQから、コールサイン「ラケシス」だよ〜♪』
「なにが『みんな』なのかしら?個別回線じゃない。」
『こういうのは雰囲気なの!ふ・ん・い・き!ほらほらー、コールサインは〜?』
こういう悪ノリするところがこの人たちのいいところでもあるのだけど、9割方は悪いところだわ。
「『アテネ』よ。『ハーミット』と合流したわ。」
「そーいうこった。わざわざ個別回線まで使っていったいなんの用だ?」
『釘を刺しに来たんだよ〜。前にも言ったでしょ〜?いつでも出るとこ出るからね〜。「プリエステス」とか、「プリエステス」とか、「プリエステス」にね〜。』
「それはどっちに対する釘刺しなんだ?」
『どっちにも、だよ〜。』
「あら?私の幸せを願ってくれないのかしら?てっきり味方だと思っていたのだけれど…」
『幸せの前には障害がつきものなんだよ〜?わからずやだけど誰よりも子供のことを思っている親からの妨害工作なんて、典型例だよね〜♪』
「そう。余計なお世話ね。」
『それがいいんだよ〜。壁は高い方が乗り越え甲斐があるでしょ〜?』
呆れてものも言えないわね。
『というわけで、後夜祭でペアを組む「アテネ」と「ハーミット」のコンビには、配給者からの特別オーダーを提供するよ〜♪』
「配給者から注文?いい歳して冗談キツいぜ。」
『違うよ〜。命令を配給してるの〜。あと、次年齢の話したら後悔することになるからね〜。』
冷然とクレーマーに対応するような口調となった配給者に、当のクレーマー本人は変わらない様子でおどけてみせる。
「おー、コワイコワイ。ここは隠者らしく引き下がるとしますかね。それで?そのオーダーってのはなんだ?」
『簡単だよ〜♪後夜祭での作戦行動中、指示は全て「ハーミット」が出し、「アテネ」はその指示に対して自分の信念に基づいて応えること。このルールさえ守れば、「ハーミット」はどんな指示を出してもいいよ〜。もちろん、「アテネ」に作戦立案を指示してもオッケー。そして出された指示に従うか従わないかは「アテネ」次第だよ〜。』
「なんだそれは?いったいなにを考えている?」
「そうね。意味不明だわ。」
『理由とか理屈とかじゃないんだよ〜。重要なのは、「ハーミット」がどんな指示を出して、「アテネ」がそれにどう応えるのか、だよ〜。それじゃ、期待しているからね〜。通信終了〜。』
そういって一方的に通信を切られた。
本当になにをしたかったのかしら?
身内ながら掴めないことばかりだわ。
「だってよ。お前の母親どーなってんだよ。」
「あなたの幼馴染でもあるわよ。」
「もっと可愛げのある幼馴染が欲しかったぜ。」
「『マーテル』がいるじゃない。『プリエステス』だってそうでしょう?」
「酒狂いの間違いじゃねーか?」
「そんなこと言っていいのかしら?暴動が起こるわよ?」
「お、なんだ?チクるつもりか?」
「先に言っておくけど、私はあなたからの指示に全て従うわ。配給者からのオーダーなんかなくてもね。あなたが私に『ここで脱げ』と言えば脱ぐし、『慰み者になれ』というなら喜んで躰を差し出すわ。」
「なるほど。冗談はさておき、俺はここで『チクるな』と言えばいいわけだ。」
「冗談ではないのだけど、まあ、そういうことになるわね。」
「なるほどなるほど。冗談ではないという冗談は隅に置いとくとして、俺からの指示は一つだ。」
「冗談ではないという冗談も冗談なわけだけど、いったいなにかしら。」
「抗え。配給されたクソッタレな運命にな。あとは好きにしろ。」
「そう。」
本当に意地悪な人。
「あなたからの指示なら、そうするわ。」
「おう、どんどんやれ。」
「じゃあ、さっそく脱ぐわ。」
私は自分の服に手をかけながらそう言ってのける。
「それはしなくていい。」
「それがあなたの指示なら。」
「これは指示じゃねぇ。要望だ。」
「なら、早速指示どおり抗うことにしようかしら。」
「いい性格してるぜ。」
「こういう子は嫌いかしら?」
「いいや。俺がお前のことを嫌いになるわけねーだろ?」
「あら?今のはそういうことと受け取っていいのかしら?」
「言ってろ。」




