第38話 頼んだからね
「皆さん!よかった、来てくれたんですね!」
旧捌幡浜市役所堡内支所。
奏、冬華、新、春華さん、愛美先生、史也さん、うさぎ、そして俺の8人は、30分ほどの時間をかけ、無事目的地に辿り着いていた。
「早速ですが、こちらの状況を教えていただけますか?」
応援に駆けつけた俺たちを見て、安堵の表情を浮かべる隼人さんを尻目に、本部への情報伝達役でもある愛美先生が、早急に仕事へと取りかかる。
「10時40分頃の最初の魔獣出現報告を皮切りに、立て続けに同様の報告が寄せられ、以降、魔獣の対応に追われていましたが、戦線を維持することはできていました。」
隼人さんは、司令室内のモニターに、当時の各部隊の展開状況を移しながら、順を追って説明を始めた。
「しかし、定時連絡を行う11時の少し前、10時55分頃から、山岳部全域で、大規模な通信障害が発生し、これを契機に、瞬く間に戦線が崩壊しました。現在、山岳部配属メンバー40名のうち、重傷者が3名、軽傷5名、いずれも医務室で歴さんが治療に当たっています。」
「歴さん」っていうと、確か…
「んー?おふくろどのもいるのかー。」
「ああ!そのとおりだ!お前がどっちに配属されるかわからなかったからなぁ!俺は沿岸部、歴は山岳部に分かれるようにしたんだ!必ずどっちかは、お前と同じ持ち場になるようにな!」
「おおー、そうなのかー。」
「二人とも、その話は後にしてください。」
マイペース親子に対して、愛美先生の冷たい視線が突き刺さる。
「す、すまねぇ…」
「了解っす。」
そこに隠されてもいない圧力を感じ取った父親は気圧されたような、感じ取れない息子はいつもどおりな返事を返した。
こんな状況で呑気なもんだとは思うが、親がいない俺にとっては、そんな光景すら羨望の対象だ。
「隼人さん、続けてください。」
「はい。堡内支所の周囲200m圏内に、4人1組のチームが5組、合計20人が展開し、魔獣に対応しています。無線通信ができないため、それぞれのチームには、自動二輪車を駆ることのできる、『山岳部作戦本部と各チーム間の連絡』兼『補給物資運搬』役を各1人ずつ、計5名を配置しています。」
ここで、隼人さんからの情報をメモしていた愛美先生が、あることに気づく。
「山岳部配属のメンバーは40名。そのうち、この堡内支所には、司令室の隼人さん、医務室の歴さん含め10名。展開中のチームに20名、その補助に5名。計35名。」
手帳の上を滑っていたペンを止め、愛美先生は切り出した。
「残りの5名はどこですか?」
この問いに、隼人さんは目を伏せる。
「…………行方不明です。」
新にもたらされた情報は、考えうるなかでも最悪に近いものだった。
「仔細にお願いします。」
「もちろんです。」
それでも、愛美先生は冷静だった。
「通信障害発生時、各地には合計7つのチームが展開していましたが、連絡が困難な状況でチームを広範囲に展開するのは危険と判断し、各チームに伝令を送り、堡内支所周辺まで撤退させることにしました。11時15分頃、派遣した伝令全員と、6つのチームが帰投しました。」
隼人さんは、再びモニターに映し出された地図を指しながら説明を続ける。
「最初に行方不明となったのは、ここ、宮ノ内小学校跡こと『地点:ダン』に展開していたJチームの3名です。派遣した伝令によると、『ポイント:ダン』の建物内には真新しい戦闘痕と血痕が残されていたとのことです。痕跡の情報から推測するに、『ポイント:ダン』において、ジュリエットチームと魔獣の戦闘が発生し、チームの構成メンバーが負傷、『ポイント:ダン』を放棄し移動したと考えられます。」
「負傷の程度はわかりますか?」
「推測にはなりますが、血痕の量から、そこまで大きな怪我ではないと思われます。ただし、山岳部側は自然豊かな地形であり、衛生環境がいいとは必ずしもいえない面があります。些細な怪我も、放置すれば破傷風や敗血症などを引き起こす可能性はあるでしょう。また、『ポイント:ダン』放棄後の行動については、一切情報がないため、その後についてはわかりません。」
「わかりました。では、残りの2人についてもお願いします。」
「はい。ジュリエットチーム行方不明の報告が入った後、その捜索のため、捜索班として二人一組のRチームを編成し、11時20分頃に『ポイント:ダン』へと出発しました。このロメオチームの二人が、残りの行方不明者になります。」
現在時刻は午後0時26分だ。
「ミイラ取りがミイラになったということですか…」
「残念ながら、そうなります。ただ、ここから『ポイント:ダン』までは、歩いて30分ほど。現場の確認、周囲の捜索をしていると仮定して、緊急発煙筒の狼煙による連絡がないことを踏まえて現在時刻から逆算すれば、ロメオチームについては無事である可能性は高いと思われます。」
「状況はわかりました。最後に、行方不明者5名の名前を教えてください。」
「まず、ジュリエットチームのメンバーが…」
隼人さんが、行方不明者の名前を一人ずつ読み上げていく。
愛美先生も、書き漏らさないよう手帳にペンを走らせている。
そして、最後の一人。
いて欲しくはなかったその名前が、実の父親から、まるで他人のことかのように読み上げられた。
「天山綾音。以上の5名になります。」
最後の文字を書き終えたらしい愛美先生が、ペンを止める。
同時に、わざとらしく鳴らされた手帳を強めに閉じるパンッという音に、止まっていた思考が現実へと呼び戻される。
悲観している暇はない。
事態は一刻を争うものだ。
今できることは、素早く状況を把握し、迅速に行動すること。
「では、次に…」
そう俺たちに伝えるかのように、愛美先生は質問を続けた。
「通信障害の件ですが、原因はわかっているのですか?」
「はい。作戦区域内で、『ばっとん』と呼ばれる蝙蝠型魔獣の群れが確認されています。もともと蝙蝠は、超音波を使用して周囲の状況を把握することで知られていますが、『ばっとん』が出す超音波は、人間が使用する通信電波に干渉する性質があるようです。おそらくは、これが原因で通信障害が発生しているものと思われます。」
「綾香さんから、有線による通信も難しいと聞いていますが、隼人さんの意見はどうですか?」
「あーちゃんと同意見です。通信施設の所管は自衛隊にあるため、私たちでは対応ができません。すでに連絡をしてはいますが、現時点で復旧作業は行われていないはずです。一応、有線による連絡を何度も試みてはいますが、残念ながら作戦本部との交信はできていません。」
その話を聞いた全員が、自衛隊関係者であるうさぎに対して、恨めかしい視線を送る。
『僕はただのマスコットだよ★』
『難しい話はよくわからないんだ★』
『つまり僕は悪くないんだ★』
うさぎたちがしっかり仕事をしていたら、ここまでひどい状況には陥らなかったかもしれない。
せめて、有線の通信環境さえ整えてくれてれば…
友人を巻き込まれた俺たちの怒りは、最高潮に達している。
だが、今ここで、うさぎに対して怒りをぶつけたとしても、綾音を救うことはできない。
「こちらの状況は以上のとおりです。皆さんには、来ていただいて早々に申し訳ないのですが、行方不明者の捜索と、『ばっとん』の討伐をお願いできればと思います。」
「もちろん!」
「人肌脱がせてもらおうじゃねぇか!」
「ありがとうございます!」
やる気を見せる大人たちの中で、愛美先生は冷静に告げた。
「私は、綾香さんに情報を伝えるために作戦本部に帰投します。そのまま沿岸部側の狙撃班として行動するため、堡内支所には戻らない予定です。後のことは皆さんにお任せします。春華さんと史也さんは、実力、経験ともに一線級です。二人をリーダーとしてチームを分け、それぞれの作戦に当たると良いかと思います。」
「承知しました。一つ、作戦本部に戻られる前にお願いがあるのですが、よろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「一度、医務室に寄っていただけないでしょうか?設備、物資の面で、ここでの治療には限界があります。歴さんに会い、必要に応じて重傷者を作戦本部に搬送するなどの対応をお願いできればと思います。」
「わかりました。それでは、私はここで失礼します。」
そう言い残し、愛美先生は廊下に出る扉に向かって踵を返す。
レバー式のドアノブを下げ、あとは扉を押すだけ。
その時、愛美先生の動きが止まった。
「春ちゃん、ふみやん、隼くん…」
レバーを握りしめたまま、首を少し横に動かした状態で、どこか悲しげに友人たちの名前を口にする。
「………あとは頼んだからね。」
教え子が行方不明である。
その捜索のために、さらに教え子を送り出さなければならない。
友人たちもそれに協力する。
苦難を前にして、去らなければならないのは自分一人だけ。
愛美先生の顔には影が落ち、その表情を確認することはできない。
だが、何もできないというやるせない気持ちは、俺たちにも痛いほど伝わってくる。
「うん!」
「任せときな!」
「全力を尽くします!」
この頼もしい返答に、いったい何を思うのだろうか?
「……信じているよ。」
ただ、その言葉だけは、不思議と3人以外の誰かにも向けられているような気がした。




