第37話 お忍びだって言ったよなぁ⁉︎
ー5月2日ー
作戦行動二日目。
現在時刻、午前11時28分。
晴れ、気温は摂氏22.7℃、湿度58.9%、南東の風、風速1.3メートル。
まさに5月といった気候の今日この頃…
『暇だなー。』
「そうだな。」
ゴーストタウン捌幡浜には、平和が訪れていた。
『こちらHQ、綾人です。定時になりましたので、状況報告をお願いします。』
「Aチーム、俊秋だ。地点:スコッチモーテルは異常なし。敵影も確認できない。」
『Bチーム、新だー。ポイント:マクミランも同じだなー。』
作戦行動が開始された6時半から、1時間おきにこの定時連絡は行われている。
すでに5回目ではあるが、代わり映えのしない報告ばかりが続いている。
『皆さんは大丈夫ですか?昨日は大変でしたし、体調を崩されたりはしていませんか?』
「ああ、体の方は問題ない。」
むしろ、精神に大きなダメージを負った気はするが…
『こっちもピンピンしてるぞー。』
『それは良かったです。』
これで通信終了。
と、いつもならなるところだが、今回は違った。
『それでですね、皆さんに頼みたいことがありまして…。一度、本部に戻ってきてもらえますか?』
頼みごと、ね。
正直、綾人の裏にいる人物のことを考えると、断りたいことこの上ないが…
『全員かー?』
『はい、全員来ていただけると…』
まあ、これも仕事だ。
綾人を困らせるわけにもいかないしな。
「アルファチーム、了解した。」
『ベータチームもいいぞー。』
『ありがとうございます!下に車を手配していますので、そちらに乗ってください。』
「わかった。」
『了解だー。』
十数分後。
旧捌幡浜市役所内、作戦本部。
「みんな呼び出してごめんね〜。来てくれてありがと〜。」
俺たちを待っていたのは、想像していた人物ではなく、最高責任者だった。
「はるちゃんとまなちゃんも〜、ここで直接話すのは初めてだね〜。調子はどう〜?」
「うん!バッチリだよ!」
「私も問題ありません。綾香さんも元気そう…。ではありませんね。」
確かに、今の綾香さんは、なんというかこう、しょぼ〜んとした感じが漂っている。
「今回の招集に関わりがあるのですか?」
「あはは〜、まなちゃんは鋭いね〜。いろいろあってね〜、ちょっと手を貸して欲しいんだ〜。」
「では、早速話を聞かせてもらえますか?」
やっぱり、教師モードの愛美先生は話が早くて頼りになる。
「そうしたいんだけどね〜、まだ揃ってないんだ〜。あと二人来るはず…。とか言ってたら来たみたいだね〜。」
綾香さんの視線が、扉に向けられる。
その先にある廊下からは、無駄に大きい足音と、ガハハという聞き覚えのある豪快な笑い声が響いてくる。
「邪魔するぜ!」
扉が吹き飛びそうなほどの勢いで開かれる。
明らかに力加減を間違えた一撃に、ヒンジの一つが外れ、扉は傾いてしまってた。
その罪悪感からなのか、犯人はニッと歯を見せて笑ったまま、固まってしまっている。
「おー、おやじどのー。」
沈黙した筋肉を再起動させたのは、同じ筋肉に連なるものだった。
「あ、新⁉︎なんでここにいるんだ⁉︎」
息子の声に反応して、「おやじどの」こと史也さんは率直な疑問を口にする。
『やあ★』
史也さんの後ろからは、中み…
『……………★』
自衛隊関係者らしい、うさぎが入ってきた。
『みんなのマスコット「うさじろう」だよ★』
マスコットらしく言葉は発さず、プラカードに文字を書いてコミュニケーションを取るシステムも変わっていないようだ。
文末に星マークがつく、妙に鼻につく点も同じだ。
「なんでっていわれてもなー。」
「あーちゃんが呼んだんだ〜。」
「はぁ⁉︎おい、あーちゃん!どういうことだ⁉︎」
「どういうことって〜、どういうこと〜?」
「忘れたのかぁ⁉︎俺はここに、倅の様子をこっそり見るために来たんだぞ⁉︎対面させてどうするんだ!」
「そうなのかー?」
「アー、ソウダッタネー。ワスレテタよ〜。」
「おいおい、やりやがったな?あーちゃんよぉ⁉︎」
「ごめんね〜。」
和やかな雰囲気が続いたのは、この時までだった。
「でも、それだけの事が起きてるんだよー。」
普段はほんわかゆるゆるで明るい腹黒綾香さんが、よりしょんぼりした口調に変わる。
「本題に入るねー。」
その宣言に、場が静まり返る。
「山岳部側、堡内支所にいるパパたちとの通信が途絶えたの。」
思ってもみなかった情報が開示され、全員に緊張が走る。
「原因はわかってないの。通信を試みても、電波が悪い感じなんだ。ただの故障とかならいいんだけど…」
「確か、ここと堡内支所は有線で繋がっていませんでしたか?」
「うん。でも、ちょっと前から調子が悪いみたいで、有線もうんともすんともいわないの。」
「隼人の奴なら、通信がダメでもなんとかして連絡を寄越しそうなもんだけどなぁ…」
「あーちゃんも同じ意見だよ。直通の地下道があるから、パパなら伝令ぐらい送ってきてもおかしくはないと思って、しばらく待ってたんだけど…。でも、現時点でなにも連絡がないから、向こうで何かあったと判断せざるを得ないところかな。」
山岳部側に配置されている人員は少ない。
通信ができず、伝令すら送ることができないほど逼迫した状況に陥っているというのであれば、そこにいるメンバーに何らかの危機が迫っている、あるいはすでに訪れている可能性がある。
そして、そのメンバーには…
「あやちー。」
新が、その名前をボソっとつぶやく。
でも、あの綾音だぜ?
世界が滅んでもちゃっかり生きていそうな奴だ。
そんなまさか…
「私たちにできることはありませんか⁉︎」
『その言葉を待っていたよ〜♪』
綾音を心配する奏の申し出に、目尻と口角を上げ、誘導尋問の成功に歓喜する。
きっと、いつもの綾香さんなら、こんな感じの答えが返ってきていただろう。
だが、今回は違った。
「むしろ、あーちゃんの方からお願いするよー。」
この綾香さんらしからぬ異様なまでの謙虚さが、事態の深刻さを再確認させる。
「地下の連絡通路に車を用意したから、みんなで堡内支所に行ってもらえるかな?その後は、向こうの状況次第だね。とりあえず、パパに会って、話を聞いてみてよ。ただ、こっちにも狙撃手は必要だから、一人は報告ついでに戻ってきて欲しいな。」
そう言いながらも、綾香さんの視線は愛美先生たちの方を向いている。
「なるほど、ここに戻るのは、私か春華さんということですか。」
「ああ、そっか。車使わないといけないもんね。」
戻ってくるのは狙撃手でなければならない。
移動手段は車である。
したがって、戻る人間は、車の免許を持った狙撃手でなければならない。
この条件を満たすのは、愛美先生と春華さんだけ。
となれば、必然的にこの二択になる。
「どっちが戻ってくるかは、向こうの様子を見てから、二人のスタイルに合わせて決めていいよ。こっちは、まなちゃんとはるちゃんの二人なら、どっちが戻ってきても戦力的には十分すぎるぐらいだから。」
綾香さんの言葉に、愛美先生は考えるような素振りを見せる。
「…………。春華さん、『トライブ』は持ってきていますか?」
「トライブ」
その聞き慣れないはずのワードに、俺はなぜか懐かしさを感じていた。
「うん、一応持ってきてるよ。」
「では、決まりですね。」
そう言うと、愛美先生は向こうの状況などお構いなしに、高らかに宣言した。
「私が戻ります。」




