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Final Gift  作者: トキハル
本編
38/49

第35話 ぎょぎょぎょ

 その光景を前に、私たちはただ立ち尽くしていた。

「なー、かなやん、せんせー。見えてるかー?」

 一般的に人は、このような質問を「愚問」と呼ぶのだろう。

 それでも、

 わかっていてもなお、

 いや、むしろわかっているからこそ、

 言わなければならない時というものがある。

 今が、その時ってやつかな。

「見えてるよ。うん、見えてる。」

「そうですね。さすがに、どのような魔獣かまではわかりませんが、見えてはいますね。」

 通称(コード)地点(ポイント):プライス」の屋上にたどり着いた私たちの眼前には、大通りを埋め尽くす魔獣の群れが広がっていた。

 それは、スコープを覗くまでもなく補足できるほどだ。

「こんなにいるとは思わなかったなー。」

 屋上に出て初めて把握した魔獣の規模に、一種の絶望感すら覚える。

 しかも、それだけでは済みそうにはないかな。

「ええ。ですが、これは狙撃手にとっては辛い相手になりそうですね。」

 愛美先生の指摘には、私も同意見だ。

「んー?どういうことっすかー?」

(うお)型というだけあって、おそらく体表は鱗で覆われているのでしょう。その結果と思われますが、ここからでも、水面に反射する光のような、太陽光の照り返りを観測することができます。それをスコープを通して見続けるのは、あまり目に優しくないでしょうね。」

 私たち狙撃手にとって、目は大切な商売道具だ。

 視力が高ければ高いほど、狙撃手としての適性があるとも評価し得るこの世界で、それを損なわせるような仕事はなるべく控えたいというのが、正直なところかな。

「しかたありません。楽をする努力をすることにしましょう。」

 愛美先生の提案に、私たちは首をかしげる。

「魔獣には、通常の生物と同じように、種に応じた生態があります。例えば、猿型の魔獣は、群れる習性があり、統率も取れていることが多く、とても厄介な相手です。しかし、群れのボスを討伐すれば、統率を失い、勝手に瓦解していくことがあります。同じように、その生態に起因する弱点を突けば、無理せずこの場をしのぐことができるかもしれません。」

 愛美先生の言うことはもっともだ。

 でも…

「先生、それだと魔獣を全て討伐することができないんじゃ…?」

 少なくとも、私はそう思った。

 しかし、そんな私の指摘を、愛美先生は冷たくあしらった。

「私たちの仕事は、『魔獣を全滅させる』ことではありません。この『旧捌幡浜市役所及びその周囲の防衛』です。その意味で、魔獣を徹底的に狩る必要はありませんし、そもそも、それができるのであれば、この街はこんなことにはなっていません。」

 普段のなんでも受け止めてくれる優しい先生からは想像できない、突き放すような言いぶりに、なにか秘めたるものを感じるのは気のせいだろうか…

「少し大人気ないことを言いました。今のは忘れてください。」

 それも束の間、愛美先生はすぐに、いつもの先生へと戻っていった。

本部(HQ)に連絡を入れて、魔獣の具体的な情報を聞き出しましょう。こちらも魔獣を観察し、HQ側に伝えることで、その正確性を高めることも期待できます。アルファチームに協力を要請するのもありですね。」

「了解っす。んー、本部ととっしーたちの周波数は…」

 新くんが端末を操作して、周波数を合わせる。

「新だー。とっしー、あやとん、聞こえるかー?」

『アルファチーム、俊秋だ。聞こえているぞ。』

『HQ、綾人です。古川先輩、どうかしましたか?』

「愛美先生がー、魔獣の弱点を突いて楽したいって言っててなー。参考になる情報とかないかー?」

『気持ちはわかるなー。あの魚の群れ、あんまり見続けたくないもん。』

『ああ、さっき春華さんと冬華も、目に悪そうって言ってましたね。』

『そうそう、それそれ。』

『遠目に見る分には、キラキラしてて綺麗なんだけどね…』

 やはり、狙撃手同士というべきか、考えることは同じみたいかな。

「魚型魔獣の生態に関するデータなどがあれば、そこに突破口があるかもしれません。HQのデータベースはいかがですか?」

『今ざっと確認したところですが、一言で「魚型」といっても、種類が多く、無人偵察機(UAV)からの情報を合わせても、HQだけでは特定ができません。お手数ですが、そちらで魔獣を確認して、その特徴こちらにフィードバックしていただけますか?』

「わかりました。すぐ確認します。」

『こっちも確認するね♪』

 綾人くんからの要望に、狙撃手はスコープを、護衛兼観測手(スポッター)の二人は双眼鏡をそれぞれ覗く。

「えっと……。ベータチーム、奏だよ。とりあえず、魔獣の外見を伝えるね。端的に表現するなら、『足の生えた魚』かな。腹部が白くて、背中が黒い魚に、腹ビレのあたりから二本足が生えていて、ちょっと気持ち悪い感じかも。それが胸ビレを広げて、上体を上げて走っているよ。サイズはまちまちだけど…。小さいのはだいたい30cm、大きいのは90cmぐらいかな。」

『俊秋だ。こちらから確認できるのも同じような見た目の個体だ。確か、この前やったゲームに似たようなやつがいたな。「ガノス」って名前だった。』

「なー、とっしー、『ガノス』じゃなくて『トトス』じゃないのかー?」

 うちの男たちは、この緊急時にいったいなにを言い合っているのかな?

『え⁉︎「ガノトト」じゃないの?』

 春華さん⁉︎

「『ガノス』でも『ガノン』でもなんでもいいですから…」

「せんせー、『ガノン』は魚じゃなくて猪っすよー。」

「もう!名前はなんでもいいんです!」

 あまりの不毛さに我慢できなかったのか、愛美先生が声を荒げる。

「それよりも、データベースに『足の生えた魚型魔獣』に関する情報はありますか?」

『ちょっと待ってください、今確認しています。』

 とりあえず、名前が今出たものじゃなければいいかな。

『ありました!その魔獣はおそらく、「ぎょ」と呼ばれる種類のものです!』

「はい?」

 ぎょ?(ぎょ)(ぎょ)

「もう一度名前を聞いてもいいですか?」

『「ぎょ」です。』

「『ぎょ』ですか。」

『はい、「ぎょ」です。』

 なんなのかな?その名前は?

 まだ「ガノス」とかの方がマシだったような…

『「ぎょ」は、二足歩行で移動する魚型魔獣の総称になります。個々の能力は、基となった魚の種類によって大きく異なるようです。外見から、基となった魚の種類を判別することはできませんか?』

 いろいろあって、私は()()をしないから、魚の種類とかはわからないかな。

「新くん、先生、なにかわかりますか?」

「んー。切り身にしてくれたらなー、どの魚かわかると思うんだけどなー。」

 むしろ、そっちの方が難しいんじゃないかな?

「私は肉派です。魚には詳しくありません。」

 あ、ダメだ、このチーム。

「新だー。ベータチームは全滅だなー。誰も魚に詳しくなかったー。ごめんなー。」

 そんな報告をしなければならないという現実に、妙な気恥ずかしさが込み上げてくる。

 「博識(ヴィッセン)」なんていう、それっぽい才能(ギフト)を持っていても、積極的に学ばなければこの程度だ…

 こうなると、頼りになるのはあの子だ。

『アルファチームの冬華だよ♪』

 燈花里(ひかり)園の料理番。

 苦手な料理はないと言っても過言ではない冬華ちゃんなら、具材でもある魚について、それなりに詳しいはずだ。

『あれは「アジ」じゃないかな。背中が黒っぽいから、沖合いを回遊する「クロアジ」だと思うよ♪』

「おおー、あれが『アジ』かー。はなちゃん、さすがだなー。」

『うちの自慢のシェフだ。当然だろ?』

 俊くんも相変わらずだな…

 そのいつもと変わらないやりとりに、緊急時であることを忘れて安心感を覚える。

『会長、「アジ」というのは間違いないですか?』

『それは間違いなけど…。綾くんは、わたしの名前を間違ってるんじゃないかな?』

『ごめんなさい、冬華ちゃん。』

『わかればいいんだよ♪』

 冬華ちゃんや綾人くんも、過度な緊張を感じず、とても頼りになる。

 綾人くんが尻に敷かれている感じもするけど…

『ところで綾くん、「アジ」だったらなにかあるの?』

『いえ、ただ、どうにかなりそうだと思いまして…』

『どういうことだ?』

 綾人くんの言葉に、俊くんが続きを促す。

『魚型魔獣「ぎょ」の生態研究データによると、「ぎょ」は陸上で活動することはできるものの、呼吸方法は通常の魚と同じく、えら呼吸ではないかと推測されています。この仮説が正しければ、「ぎょ」は陸上において、無呼吸状態で活動していることになります。つまり、「ぎょ」は息継ぎのため、定期的に海に戻る必要があり、戻らなければ、酸欠により自壊することになると思われます。』

 それはつまり…

「放っといても大丈夫ってことかー?」

『陸上での連続活動時間は、個体差はあるものの、およそ10分から1時間程度。サイズが大きい個体ほど、より長時間の活動が可能な傾向にあるようです。仮に1時間の活動が可能だとして、現在の「ぎょ」の進行速度と合わせると、皆さんの現在地はもちろん、HQにも十分到達可能ではあるため、完全放置という選択肢はありません。』

『なるほどね。じゃあ、大きい個体を優先的に狩ればいいわけだ。』

『そうなりますね。狙撃班のみなさんは、大きい個体の狙撃をお願いします。小さい個体と撃ち漏らしの処理を、地上班のみなさんにお願いすることにします。』

『………………ん?』

 綾人くんのちょっとした一言が、狙撃手全員に電流を走らせる。

『綾人くん、今なんて言ったのかな?』

『え?みなさんには大きい個体を…』

『その後だよ。』

『えっと…。小さな個体と()()()()()の…』

 春華さんがフフッと小さく笑う。

()()()()()…。()()()()()ねぇ…』

 その含みを持たせた威圧的な物言いに、直接責められているわけではない私ですら萎縮せざるを得ない。

『綾人くん…。君は地雷を踏み抜いたよ。』

 いかなる役職も、それぞれに体現すべき理念や信条がある。

 敵に位置を悟られない隠密性。

 敵に恐怖心という心理的圧迫を与える存在感。

 そして、狙撃手を狙撃手たらしめるこれらの要素を体現するために最も重要なことが、敵を確実に仕留める正確性。

 ()()()()()の発生は、狙撃手の恥ともいえる。

『え?え⁉︎どういうことですか⁉︎』

 その発生を前提に作戦を立案され、それを直に伝えられたとあっては、狙撃手の名折れもいいところかな。

『いい?狙撃手に「撃ち漏らし」は禁句だよ。受験生に「落ちる」って言ってるのと同じだからね。』

 そのとおり!

 そのとおりなんですけど…

 春華さん、冬華ちゃんと綾人くんが今年中学3年の受験生ってこと、忘れてませんか…?

『すみません、気をつけます。』

『わかればいいんだよ。』

 どこかで聞いたような会話だ。

『それじゃ、綾人くんに私たちの実力を見せつけてやりますか!ねぇ、冬華ちゃん?』

『はい!』

 結果的に、春華さんが冬華ちゃんを巻き込む形で、アルファチームの士気は大きく上がったのかな…

『僕は地上班と連絡を取ります。皆さんは先程の手筈で、狙撃の方をよろしくお願いします。』

『了解だ!』

『うん♪』

『ちゃんと見ててよね!』

「わかったー。」

「任せて!」

「ええ!」

 返事は見事にバラバラだが、私たちの心は一つの目標に向かって一致している。

 ……………はず。

「私と桑原さんは、このまま狙撃を始めます。古川くんは、補給班に弾薬の手配をしておいてください。弾種は、私も桑原さんも『7.62mm×51 NATO』です。」

「了解っす。」

「それでは、作戦行動を開始します。桑原さん、始めましょう。」

「はい!」

<立花春華のM39EMR>

・製造メーカー「Sage International (セージ インターナショナル)」

・製造国「アメリカ」

・正式名称「M39 Enhanced Marksman Rifle」

・通称「M39EMR」

・セミオートマークスマンライフル (バトルライフルに分類されることもある)

・ブラックカラーのアッパーフレーム、ホワイトカラーのロアフレーム、サンドカラーのハンドガード

・装弾数20+1発

・M14を近代化改修した銃

・スコープとは別に、サイドマウントレールにオープンタイプのドットサイトが装着され、遠近どちらにも対応できるようカスタムされている。

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