第34話 お忍び訪問
2挺の射撃武器、冬華のSR-25と、春華さんのM39 EMRが、轟音をあげている。
銃弾が次々と放たれ、二人の標的となった魔獣が、一匹、また一匹と倒れていく。
魔獣はすぐに、まるで初めから存在していなかったかのように四散し、残るのは、地面を抉る7.62mm口径の銃痕だけだ。
それを、俺はただ、二人の後ろから眺めることしかできない。
「………暇だな。」
現在地は、とある地方銀行の捌幡浜支店だった建物の屋上。
通称「地点:プライス」だ。
大通りを少し進んだところには、昔は賑わっていたであろうショッピングモール、「ポイント:スコッチモーテル」があり、地上班のメンバーが制圧に向かっている。
「スコッチモーテル」の安全が確認されるまで、大通りの魔獣の進行を食い止めるのが俺たちの任務だ。
「そろそろ、向こうもポイントについた頃か?」
俺は通信機の周波数を専用回線に合わせる。
「こちらAチーム、俊秋だ。Bチーム、聞こえてるか?」
『おおー、とっしーかー。こっちは聞こえているぞー。』
「こっちは『ポイント:プライス』から、大通りの魔獣を狙撃しているところだ。そっちの様子はどうだ?」
『んー?ぷらいす?「ぷらいす」ってどこだー?』
『大通りに面した銀行跡地です。アルファチームの狙撃位置ですね。』
『おおー、さすがせんせー。』
相変わらずというか、新はブレないな。
『こっちはようやく目的地に到着したところだー。魔獣もいなくて楽だったなー。』
「その目的地、ちゃんと名前があっただろ?」
『そういえばそうだなー。なんだったかなー?かなやん、覚えているかー?』
『ここは「ポイント:マクミラン」だよ。』
『おおー、それだー。変な名前だよなー。』
『あはは…。こっちも準備ができ次第、お仕事を始める予定だよ。』
『5分程度で始められると思います。』
「わかりました。新、こっちは地上班の『スコッチモーテル』制圧の連絡を待って、移動する予定だ。移動前にまた連絡する。」
『わかったー。』
地上班はすでに「スコッチモーテル」に到達している。
やや広めの敷地ではあるが、毎年拠点として使用されているようで、自衛隊も普段から定期的に巡回しているみたいだし、そこまで時間はかからないだろう。
「向こうもすぐに始められるみたいだね。」
少し考えていると、通信を聞いていたらしい春華さんから声をかけられた。
「そうですね。向こうが狙撃を始めたら、こちらからもわかるはずです。始まったら、銃身の放熱も兼ねて、少し休憩しますか?」
俺の言葉を聞いて、春華さんは少し驚いたような顔になる。
「銃身の放熱に気を配れるなんて、普段から銃を使っている人でもなかなかいないのに、俊秋くんすごいね。」
「普段は奏と組んでるんで、知識として知っているだけですよ。なんでも、精度が落ちるらしいですね。」
「そうそう、銃身も金属でできているから、熱膨張で変形した結果としてね。故障の原因にもなるし、放熱は大事だよ。特に、すぐに修理や補給ができない、こういう実戦の場ではね。」
見た目的には、かなり若く見える春華さんだが、それとは裏腹に実戦経験はかなり積んでいるようで、醸し出される雰囲気はベテランのそれだ。
いったい何者なのだろうか。
親しくなってきたとは思うが、俺たちはまだ年齢すら把握できていない。
「とはいっても、魔獣もそんなにいないし、『スコッチモーテル』の制圧もすぐ終わりそうだし、それまで撃つ分には問題ないと思うよ。」
「にぃに、わたしも問題ないよ♪」
「了解。補給は『スコッチモーテル』で受けられるよう手配するから、ここは手持ち分で狙撃を続けよう。地上班から制圧の連絡が入り次第、移動する。」
「うん、わかった♪」
「オッケーだよ。」
しばらくして、その時がやってきた。
『よぉ!アルファチーム!待たせたなぁ!すこっちもーてる?の安全は確認したから、いつでも来てくれい!』
インカムに、地上班の人から連絡が入る。
「わかりました。これから移動を開始します!」
『おうよ!待ってるぜ!』
返事をするのも束の間、端末を操作しながら、冬華と春華さんに声をかける。
「『スコッチモーテル』制圧完了。移動の準備をしてくれ。」
「うん!」
「ちょっと待ってね。」
そんなやりとりの間に、周波数を本部に合わせる。
「こちらアルファチーム、俊秋だ。本部、聞こえるか?」
『こちらHQ、綾人です。どうぞ。』
「アルファチームはこれから『スコッチモーテル』に移動する。地上班と合流後、補給を受けるから、すまないが、しばらくの間狙撃はできない。」
『わかりました。ベータチームの方でフォローしていただけるようですので、問題ありません。お気をつけて。』
「助かる。ありがとう。」
そして、再度端末を操作する。
「アルファチーム俊秋だ。」
『新だー。とっしー元気かー。』
「何もしていないからな。それよりも、こっちはこれから『スコッチモーテル』に移動する。しばらくの間、狙撃は頼んだぞ。」
『奏だよ。こっちはまだまだ余裕があるから、心配はいらないかな。俊くんたちも気をつけてね。』
「ああ。こちらの狙撃準備が整ったら、また連絡する。」
『了解だー。』
通信終了。
「準備オッケーだよ。」
「わたしもいつでもいいよ♪」
「よし、移動しよう。」
電気の通っていない建物の屋上から、地上まで、俺たちは階段を駆け降りる。
大通りに出て、10分程度歩いて「スコッチモーテル」に入店する。
「3人ともお疲れさん!ようやく一息つけるな!」
寂れたショッピングモールの2階に上がったところで、俺たちはやけにゴツいおっさんに出迎えられた。
通信でも話したこの人が、地上班のリーダーだ。
「それにしてもねーちゃんたち、スゲェじゃねえか!いったい何匹の魔獣を倒したんだ?これまで何人もの狙撃手を見てきたが、あんたらは間違いなくトップクラスだ!」
ガハハと豪快に笑う様は、これまで周りにいなかったタイプで、とても新鮮に感じる。
「にーちゃんの方は……。はて?なんかしてたっけか?」
なにかしたかと言われると…
「………なにもしていません。」
自分で言ってて悲しくなる。
「ハッハッハッ!冗談だ!そんなにショボくれるなって!」
消沈する俺を見て、ゴツいおっさんは、これまた豪快に背中を叩いて励ましてくれる。
バシバシバシバシバシバシバシバシ………
「痛ッ!」
背中に半端ないダメージが蓄積されていくのを感じる。
「ちょ!これ以上はッ!」
「ガッハッハッハッ!気にするんじゃねぇぞ!まだ始まったばかりだからな!にーちゃんの活躍の場もどっかにあるさ!」
これが20万円の対価。
俺は、初日の早々に脱落するのか?
「ちょっと!俊秋くんが痛がってるでしょ!」
病院送りになる前に助けてくれたのは、春華さんだった。
「俊秋くんはちゃんと働いてくれてるんだから!それと、その初対面みたいな言い草はなに?ふみやん?」
はい?
あの、春華さん?
「ガハハ!すまねぇな!久しぶりじゃねぇか、春ちゃん!元気してたか?」
もしかして、このゴリラとお知り合いで…?
「見てのとおり、元気にしてるよ。それより、ふみやん。今までどこにいたの?ブリーフィングの時は姿を見なかったような…」
前から思ってはいたが、この人も相当顔が広いな。
「あーちゃんに頼んで、別室に通してもらったんだ!見つかったら、それでしまいだからな!」
「…?歴ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「ちゃうわい!倅だよ、せ が れ!今日はアイツの働きぶりを、歴と一緒に、こっそり見に来たんだ!」
話の流れ的に、「歴」さんなる人は、この人の奥さんだろうか。
夫婦で息子の仕事ぶりを見に来る。
まるで授業参観の様ではあるが、それが羨ましくも思える。
「倅?名前は確か…」
いったい誰なんだ?
「『新』くんで合ってる?」
はい?
「おお、合ってるぞ!よく覚えててくれたな!俺は嬉しいぞ!」
おいおい、まさか!
「一応確認するんだけど、新くんは狙撃班のベータチーム配属で間違いない?」
「おお!そうだ!確か狙撃班って言ってたなぁ!あいつ、狙撃なんて細けぇことできなかったはずだが…。世の中不思議なことだらけだよなぁ!」
もう間違いない。
この人は俺たちの友人、古川新の父親だ。
言われてみれば、似ている様な気がしなくもない。
特に、口調は違うものの、言葉選びなんかはそっくりだ。
それじゃあ、歴さんって人は、前に新の家で会ったあの優しそうな人か…。
それはそうと、息子の様子を見に来たのに、肝心の息子の居場所を把握していないのか、この人は。
「新は、俺と同じ狙撃手の護衛なんで、狙撃はしてないと思いますよ。」
「お、そうなのか⁉︎もしかして、にーちゃんも倅の知り合いか⁉︎」
「俺は和泉俊秋っていいます。こっちは…」
「妹の冬華です♪よろしくお願いします♪」
俺たち兄妹の隙のない連携から繰り出される、完璧な自己紹介。
入念な打ち合わせと、際限ない努力によって培われた、どんな人でも感心すること間違いなしの、俺たちの得意技だ。
「聞いたことある名前だなぁ…。ちと待ってくれよ…」
しかし、「ふみやん」さんは、太い腕を組み、目を閉じながら首を傾げて、自分の記憶をたどっている様子だ。
…………もっといい反応を期待していたんだがな。
「ああ!思い出したぞ!『とっしー』と『はなちゃん』だな!」
いや、むしろ期待以上だったようだ。
「そ、そうです。」
俺は、あまりの勢いの良さに、思わずたじろいでしまう。
「そうかそうか!いつも倅が世話になってるな!俺は父親の古川史也だ!よろしくなぁ!」
そうして差し出された右手を、俺はついうっかり握ってしまった。
「こ、こちらこそッ!よろしくお願いしますッ!」
まるで万力に挟まれたような痛みを堪えながら、俺は必死に返事の言葉を紡ぐ。
「…………ッ!」
腕が持っていかれそうになるほどの、激しい上下運動を加えられた俺の右手には、史也さんの手形がくっきりと残っていた。
これは、冬華とは握手させるわけにはいかないな。
「ところで、『あやちー』と『かなやん』ってのはどこにいるんだ⁉︎その二人にも倅が世話になってるみてぇだからな!挨拶しとかねぇと!」
この人、自分がここに来た目的忘れてないか?
「『かなやん』は新くんと同じチームにいるよ。『あやちー』の方は山岳部側だから、すぐには会えないと思うな。それと、二人とも繊細な女の子だから、さっきみたいな握手は禁止ね。手加減を知らないんだから。」
あの、春華さん?
俺も十分繊細なんですけど…
「ガハハッ!わかったわかった!その代わり、『かなやん』って子を後で紹介してくれよな!」
「あれ?『あやちー』はいいの?」
「山岳部側なんだろ⁉︎そっちはいったん歴に任せるさ!」
「あ、歴ちゃんはあっちなんだ。」
「おうよ!新の奴がどっちになってもいいようにな!今回は、こっちが当たりだったわけだ!今日も俺の運勢はバッチリだな!」
「ああ、いつものアレだね。今日も当たったんだ。」
そんな和やかに、あるいは豪快に進んでいた会話は、突如打ち切られた。
『緊急連絡です!無人偵察機が敵影を捕捉しました!旧捌幡浜港から、数えきれないほどの魚型魔獣が、大通りを通ってHQ方面に進行しています!「ポイント:スコッチモーテル」への到達予想時間はおよそ10分ほどです!ポイント到達前に、至急、迎撃に当たってください!』
切迫した様子の綾人からの無線に、緊張が走る。
「もう少し話していたかったが、仕事じゃしかたねぇ。春ちゃん、積もる話もあるが、今は目の前のことを片づけるとしようや!」
「うん!ふみやんも気をつけてね!」
「おうよ!二人も気ぃつけて行けよ!」
「はい。」
「ありがとうございます♪」
「そんじゃ、またな!」
そう言うと、史也さんは地上班のメンバーのもとへと向かっていく。
「おう!みんな今の通信聞いたか⁉︎標的は魚型だってよ!三枚におろして、刺身にして食ってやろうぜ!」
史也さんから飛ばされた激励に、猛々しい喚声が返ってくる様子が、離れた場所にも届いている。
「めちゃくちゃ頼もしいですね。」
「豪放」
そんな言葉がよく似合う、勢いでみんなの士気を上げるタイプの人だ。
「そうでしょ?ふみやんを見てたら、『落ち込んでられないな』って気持ちにさせてくれるんだよね。あの豪快さには、私たちも何度も助けられたな。」
地上班は、間違いなく大きな戦果を挙げるだろう。
そして、上がった士気は他のグループにも伝播していく。
「負けてられないですね!」
「うん!さあ、私たちは…」
『アルファ、ベータ両チームへ。こちらHQ、綾人です。』
「アルファチーム、俊秋だ。聞こえている。」
『ベータチーム、新だー。こっちも大丈夫だぞー。』
『アルファチームの皆さんは、ポイント:スコッチモーテルの屋上駐車場から大通りへの狙撃をお願いします。ベータチームは、ポイント:プライスへ移動して、同じく大通りへの狙撃をお願いします。補給班にお願いして車を手配していますので、そちらに乗って移動しつつ、補給を受けてください。』
「了解だ。」
『わかったー。』
「俺たちはこのまま屋上に登って、大通りの狙撃にまわる。補給物資は俺の方で手配するから、二人は狙撃に集中してくれ。」
「うん♪」
「任せといて!」
意気込みを新たに、階段を駆け上がる俺たちに、再び通信が入る。
『んー?なー、かなやん。俺の双眼鏡知らないかー?』
『ここにあるよ。あと、インカムが入りっぱなしかな。』
『おおー?ホントだなー。誰にも聞こえてないはずだから、大丈夫だー。』
残念ながら、俺たちのもとに届いてしまっている。
奏の声が少し遠いことから、新がインカムを誤操作したと考えるのが筋か。
「新にーは、やっぱり新にーだね♪」
「ああ、あれはあれで、安心するといえばするんだが…」
今回は参観日なんだ。
頼むからしっかりしてくれ。
本話では、特定の場所やグループに対して、通称なるものが使用されていますが、実は、それぞれ元になったものがあるんです!
・NATOフォネティックコード
A = アルファ
B = ベータ
D = デルタ (第13話で登場)
F = フォックストロット (第32話で登場)
S = シエラ (第13話で登場)
・英語
HQ = Head Quarters = 本部
・とあるゲームのネタ
ポイント:プライス ≒ 大尉 = 囚人627号
ポイント:マクミラン ≒ 先生 ≒ ビューティフォー
ポイント:スコッチモーテル = SM = ショッピングモール
→ウイスキーホテル = WH(※フォネティックコード) = ?
みなさん、知っているものはありましたか?
もし知っていたら、こっそり教えてください!




