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Final Gift  作者: トキハル
本編
34/49

第31話 春?秋冬

 綾香さんにそそのかされるがまま、俺たちは利用申込書の「保護者」欄に、「和泉俊夏」と書き込んだ。

 なんともいえない罪悪感を感じながらも、俺たちの…

 いや、綾香さんの悪行は止まることを知らなかった。

「あの、『続柄』はなににすれば…?」

 「先生」?

 それを保護者というには無理があるだろう。

 「大人」?

 俺たち(「子供」)に対する保護者というものを大きく捉えれば間違いではないが、誰も納得するわけがない。

 「苗字的に親戚かもしれない人」?

 もはや、ただの他人ですと言っているようなものだ。

「『父』でいいんじゃないかな〜?」

 どう考えても黒いことを、綾香さんは躊躇うことなく勧めてくる。

 これ、重要な書類じゃないのか?

「さすがにそれは…」

「大丈夫だよ〜。逐一お役所に提出しているわけじゃないからね〜。二人がお役所に目をつけられなければ〜、こんな紙切れになにを書いても問題なし(モーマンタイ)だよ〜。」

 黒い。

「それに〜、いっかい始めたらどこまでやっても同じなんだよ〜。」

 この人、黒すぎる。

 さすが家族というべきなのか、天山家の女性陣はそろいもそろって腹黒い。

「書けた〜?受け取るね〜。」

 結局、俺たちは夏先生との続柄を「父」ということにして書類を完成させた。

 大丈夫なのだろうか?

 これって犯罪だったりしないのだろうか?

「ちなみに〜、もし問題になったら〜、二人が勝手にやったことにしてあーちゃんは逃げるからね〜。」

 もしかして巻き込まれた?

 そんな不安感だけが募っていく。

 それは冬華も同じようだ。

 ただそれでも、この人が綾音の母親であることに間違いはない。

 娘の友人に滅多なことはしないと信じたい。

「それで〜、」

 俺たちの心配をよそに、綾香さんは話を次の段階へと進めていく。

「二人の目的は零点規正(ゼロイン)なんだよね〜?」

 射撃武器(スナイパーライフル)のスコープというものは、ただ装着すればいいというものではない。

 一定の距離における、照準(レティクル)と実際の着弾点が一致するように調整しなければならい。

 この作業をゼロインという。

 ゼロインを行う際の理想的な環境は、風などの要素に左右されない室内で、かつ標的までの正確な距離がわかる射撃場であることだ。

 夏先生がいうには、媛山市でその条件を満たすのは、済陽学園の射撃場とここだけらしい。

 正確なゼロインは、本番での正確な射撃に繋がる。

 後ろめたいことまでしたんだから、元を取らなければ帰れるはずがない。

「室内100yd(ヤード)レンジでいいかな〜?」

「はい!お願いします!」

 冬華がうなずき、ようやく射座(レーン)へと案内される。

 そう思っていた矢先、俺たちに水を差す存在が現れた。

「残念ですが、それは無理ですね。」

 その声の主が、カウンターの奥にある暖簾をかきわけるようにくぐりながら姿を見せる。

「パパ!」

 綾香さんがパパと呼ぶその人は…

「綾くん?」

 冬華の同級生、天山綾人のそっくりさんだった。

「うちの綾人を知っているんですね。初めまして。僕は二人のあやねと綾人の父、天山隼人(あまやまはやと)といいます。息子がお世話になっています。」

 なんというか、こう…

 綾人の親だなっていう感じだ。

「和泉冬華です!こちらこそ、いつも綾く…。綾人くんや綾音ねーたちには、いつもお世話になっています!」

「兄の俊秋です。よろしくお願いします。」

「なるほど。あなたたちが…」

 隼人さんは、俺たちを吟味するように視線を動かしていく。

 身長は俺よりも低く、170cmあるかないかといったとこだろうか。

 だが、人を測るようなその視線には、身長差なんかものともしない威圧感がある。

「娘たちから話はよく聞いています。お二人ともしっかりしていますね。」

 隼人さんからさっきの威圧感は消え、優しい笑顔でそう言った。

 とりあえず、不合格は免れたということでいいだろうか?

「さて、お二人は室内100ydレンジをご希望ということですが…」

「そうだった!パパ!無理ってどういうこと〜⁉︎」

 ハッ!という、今思い出しましたといわんばかりの顔で、綾香さんが隼人さんに詰め寄っていく。

「今は満員でして、レーンが空くまで待ってもらうしかないですね。」

 対する隼人さんは、いたって冷静な様子で淡々と俺たちに向かって答える。

 結婚までするだけあって、綾香さんの扱いに慣れてる。

「じ〜〜〜〜」

「な、なんですか?」

「あっきーが、また失礼なこと考えてるって、あーちゃんレーダーが反応してる気がするんだよ〜。」

 なんてレーダーを搭載してるんだ。

「………気のせいですよ。」

「む〜。その間が気になるな〜。」

 綾香さんがみるみるうちに膨れていく。

 やはり天山家の人間は気が抜けないな。

「まあまあ、あーちゃん落ち着いて。可愛い顔が台無しだよ。」

「パパぁ〜」

 なんたって、慰めの言葉をかける夫に対しても…

「あーちゃん、『台無し』はヒドいと思うな〜。」

 なかなかのハードパンチを繰り出すほどだ。

「あ、ごめんなさい。」

「あとあと、あーちゃんのこと可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど〜、あーちゃんは大人の魅力も欲しいんだよ〜。」

 大人の魅力?

「あーちゃんは若いからね。僕は今のままでいいと思うよ。」

「でもでも〜、可愛いだけじゃ物足りないよ〜。あーちゃんはもう4()0()()になるんだよ〜?」

「「え⁉︎」」

 俺たちは思わず声をあげる。

 40歳。

 そのあまりにも見た目とは似つかない事実に、未だ脳が追いついてこない。

「『え⁉︎』じゃないよ〜。あーちゃんにとっては死活問題なんだよ〜。」

「あはは…。二人が驚いているのはそこじゃないと思うけど…」

「およ?」

 だが、よく考えれば当然のことかもしれない。

 この人たちは、高校1年生になった綾音や、大学1回生の綾嶺さんの親だ。

 綾嶺さんベースで考えても、18歳の子供を育てているんだから、それなりの年齢でもなんらおかしいところはない。

 むしろ若いと言ってもいいほどだ。

「話を戻しましょうか。」

「そうだった!パパ!満員ってどういうこと〜⁉︎」

 この展開、前にもあったような気がする。

 あれはいつのことだったのか…

 インパクトの強い出来事ばかりで、時の流れが早く感じる。

「あーちゃんの記憶では〜、100ydレンジは一つ空いてたはずだよ〜?」

「あーちゃんが裏で対応している間に、春華(はるか)さんが来て、最後の100ydレンジを」

 先を越されたということか。

 まあ、射撃場なんて、カラオケとは違って何時間も入り浸るもんじゃないし、ちょっとぐらい待つことになっても…

「はるちゃん?はるちゃんがいるの〜?」

「うん。」

「もっと早く言ってよ〜!」

 綾香さんの笑顔が影を帯びていく。

 俺はこの様子に既視感を覚える。

「これで二人が待つ必要はなくなったね〜。」

 そう、綾音が悪いことを考えているときの顔だ。

「さぁ!はるちゃんのところに突撃するよ〜!」



「ここでははじめまして、かな?私が立花春華(たちばなはるか)です。二人ともよろしくね。」

 それは一瞬の出来事だった。

 綾香さんが突撃命令を出したと思えば、俺たちはあれよあれよという間に、この落ち着いた感じの女性のもとへと連行されていた。

 最初こそ、隼人さんが綾香さんを止めようとしたものの、綾香さんの耳打ち一つであっさりと掌を返し、この「突撃」を容認した。

「俺は和泉俊秋です。こっちは…」

「妹の冬華です!立花さん、よろしくお願いします!」

 立花さんも立花さんで、どういうわけか、初対面の俺たちをあっさりと受け入れた。

 ただ、どうしてだろう…?

 この人、どこかで会ったことがあるような気がするんだよな…

「うんうん。これで『春』と『秋』と『冬』がそろったね〜。」

 突撃命令を出した指揮官の急な発言に、俺たちはそろって首をかしげる。

「あーちゃん、どういうこと?」

「はるちゃんは『春華』だから『春』でしょ〜?それと同じで〜、あっきーが『秋』、ふーちゃんが『冬』。四季が揃うまであと一人だよ〜。」

 なるほど、俺たちの名前か。

 さっきはスルーしたが、知らない間につけられているあだ名といい、誕生日の季節がわかることといい、結構便利なもんだな。

「『夏』、『夏』ねぇ…」

 最後の一人こと、名前に「夏」のつく人物。

 記憶の中にいる該当人物を探っている様子の立花さんとは違い、俺たちにはすでに候補が思い浮かんでいる。

 そう、俺たちの「保護者」こと父(大嘘)の夏先生だ。

 これは綾香さんもわかっているはずだが、名前を出さないということは、春華さんと夏先生は面識がないということだろうか?

 あの笑顔の裏でなにを考えているのか、俺にはまったく読めない。

「名前といえば、『立花さん』って呼ばれるのも久しぶりかな。」

 そんなことを考えている間に、話が次の話題へと移ってしまった。

 こうなるともう、夏先生はお役御免だ。

「みんな『はるちゃん』とか、『春華ちゃん』って呼ぶもんね〜。」

「そうだね。」

「『春華』って呼び捨てにする人もいるよね〜。一人だけ。」

 最後にさりげなく付け加えられた「一人だけ」に、すごく悪意を感じる。

「そうだね!」

 これには立花さんも語気を強めて返す。

「一旦考えないようにしてたのに、あーちゃんはどうして言っちゃうかな⁉︎というか、()()はホントどこにいるのかな⁉︎これだけ探し回っているっていうのに…」

 「あれ」扱いされてはいるが、立花さんにはすでに尋ね人がいるようだ。

 その人が「夏」かどうかはわからないが、夏先生の出る幕はそもそもなかったみたいだな。

 それはそうと、人を探しているという割には、どうして射撃場なんかにいるのだろうか?

 こういうところに出没する人物ということか?

「あーちゃん知らない?」

「知らないよ〜。」

 おどけて答える綾香さんの様子に、俺の対天山家女性陣危機感知レーダーが反応している。

 あいつらの発言を鵜呑みにするな!

 俺の本能がそう訴えかけてくるようだ。

 つまり…

「知ってるんだね。」

 ということだ。

「え〜、あーちゃんを信用してくれないの〜。カナし〜な〜。あーちゃんたちのゆーじょーはその程度のものなの〜?」

 綾香さんが、あからさまな嘘泣きを繰り出す。

 しかも、どことなく煽っているようにも感じる。

 こんなことで信じる奴なんて…

「そうですよ!あーさんを信じましょう!」

 いた。

 それもすぐ近くに。

 というよりも…

「ふーちゃん!ありがと〜!」

 うちの妹だった。

 抱きついてじゃれつく綾香さんと、そのせいで身動きが取れなくなっている冬華。

 そんな二人を見て、立花さんは俺に当然の疑問をぶつける。

「ねえ、俊秋くん。冬華ちゃんは急にどうしちゃったのかな?」

「あー、その、俺たちいろいろあって、両親がいないんですよ。そのせいか、冬華は家族愛とか友情とか、そういうのに弱いんで、今回もそれかと…」

 正直、この手の話はあまり好きじゃない。

「そっか…。ごめんね、私がもっとしっかりしていれば良かったんだけど…」

 内容の性質上、明るい話題でないことは明らかだ。

 こちらは特別気にしてはいないが、どうしても会話相手の表情は暗くなる。

「大丈夫ですよ。両親はいないですけど、代わりに面倒を見てもらった燈花里園ではよくしてもらいましたから。」

 こういう時は話を終わらせるか、話題を変えるのがベストだ。

 「ご両親がいないのにえらい」なんてのはよく言われてきたが、未だにどういう顔をしていいかわからないからな。

 とはいうものの、話題を変えるというのは、狙ってやると案外上手くいかないものだ。

「燈花里園?涼くんのところ?」

 なんて憂慮は憂慮のまま終わり、今回は上手くいったようだ。

 というか、立花さん、思ってもいなかったところに喰いついたな。

 まさか、大きい先生とも知り合いだったとは…

「そっか………」

 いったいどういう関係なのだろうか?

 銃を持っているなら、銃整備士(ガンスミス)としての大きい先生と知り合いということも考えられる。

 だが、それ以外にもなにかがある気がする。

 もしかして、立花さんも燈花里園にいたとか…?

「………しなきゃね。」

 しばらく考え込んだ後、なにかを決意したかのように呟いた立花さんは、再度俺に問いかけた。

「とても失礼なのを承知のうえで、いくつか質問してもいいかな?」

「……?はい。」

 それは、これまでにない切り口だった。

「ご両親は、いると思う?」

 両親がいない。

 その事実を取り上げて、遊び半分でからかってくる奴はたまにいた。

 だが、立花さんの真剣な顔が、そういう意図ではないことを物語っている。

 内にどんな考えを持っているのかはわからないが、この質問にはしっかりと答えなければならない。

 不思議とそんな気がする。

「俺たちは、俺たちの両親が死んだとか、そういう情報を聞いてはいないので、いると信じています。」

「それじゃあ、もしご両親が見つかったとして、俊秋くんは会いたいと思う?」

 親が子の元を離れる時、そこにはどんな理由があるのだろうか?

 「亡くなった」という可能性を除いても、考えられる候補は多い。

 その中には、親にも子にもどうしようもないものもあれば、親の都合だけが反映されたものもある。

 俺たちの親は、なぜ子供(俺たち)と離れ離れになったのか。

 その理由を聞いた時、俺たちはなおも会いたい、一緒にいたいと思えるのか。

「……………」

 わからない。

 そもそも、その「理由」がわからない。

 だから、俺がまずすべきことは…

「とりあえず、話をしてみたいとは思います。」

 立花さんは静かに、俺が言葉を紡ぐのを待っている。

「どうしてこうなったのか訊いて、そのうえで、どうするかは俺たちが決めます。」

「例えば、ご両親が、『これからは一緒にいたい』って言ったとしても、俊秋くんには『断る』という選択肢があるってことかな?」

「一緒にいることが、俺や、冬華のためにならないなら。」

「そっか…。まあ、子供を振り回しておいて一緒にいたいなんていうのは、親側のエゴだもんね。」

 どうして俺は、初対面の人とこんな話をしているのだろうか?

「俊秋くん。薄々気づいているとは思うけど、私もね、探している人がいるの。」

 そしてどうして、俺は、この人相手なら()()()()話せる、となんか思っているのだろうか?

「尋ね人を探す者同士、これからも仲良くしてもらえると嬉しいかな。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「うん、ありがとう。それじゃあ…」

 立花さんはその視線を、まだじゃれついている綾香さんたちの方へ移す。

「あーちゃん。冬華ちゃんに免じて、今日のところは騙されておくことにするよ。」

 脱線に脱線を重ねていた話が、ようやく軌道線上へ戻っていく。

「それと、二人も私のことは名前で呼んでくれないかな?『立花さん』はくすぐったくなっちゃう。」

「じゃあ…、『春華さん』で!」

「うん、いいね!それじゃあ二人とも、改めてよろしくね!」

「はい!」

 こうして俺たちは、振り回され仲間の立花春華さんと知り合った。

 この出会いが、もしかしたら俺たちの運命を変えることもないこともないこともないかもしれないことも…

「あれ?にぃに、携帯鳴ってない?」

「ああ、ちょっと待ってく……、れ………」

「ど、どうしたの⁉︎顔が真っ青だよ!」

「ああ…。冬華、俺は今日死ぬかもしれない。」

「えぇ⁉︎どういうこと⁉︎」

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