第29話 Not Guilty
「どーしたんだ?奏?スゲェ疲れた顔してるぞ。」
射撃場に来て早々、私の顔を見て夏先生はそんなデリカシーのない一言を放った。
まさかとは思うけど、愛美先生にも同じようなこと言ってるのかな?
ただまあ、その観察眼はさすがと言うべきなのか、私が疲れていること自体は事実だ。
そして、その原因ははっきりしている。
「ホントだなー。かなやん大丈夫かー?」
私を心配して気遣ってくれる新くん。
そう、彼のせいだ。
まず前提として知っておいて欲しいのは、女子高生という生き物は、同性しかいない空間においてはかなり適当だということ。
もちろん、ここで言う「適当」の意味は、「適切」ではなく「大雑把」の方だ。
女子寮居住区画。
女子寮生にとって、そこは「原則」男子禁制、女子だけの楽園だ。
まだ5月にもなっていないが、その暖かい廊下には、薄着の生徒も少なくない。
ちょっとだけならと、文字どおり半裸で出歩く少数の振り切った人までいる。
そんな場所に、いないはずの男子が突如として現れたらどうなるか。
女子寮が混乱と混沌に包まれたのは容易に想像できるだろう。
ところで、本人に自覚はないみたいだけど、新くんは女子人気が高い。
高身長に鍛え上げられた体、整った顔立ちに対して、小学生のような無垢な言動が、女子生徒の心を鷲掴みにしているようだ。
今回は、これも悪い方向に働いた。
羞恥心から悲鳴をあげ、廊下でしゃがみ込む薄着の生徒。
戸締りそっちのけで飛び出して来た野次馬に、新くんを取り囲むファンたち。
私は私で、なぜ新くんと一緒にいるのかと、その場で「事情聴取」という名の尋問をされる始末。
まるで人気アイドルでもやって来たかのような騒ぎっぷりだった。
しかも、当の本人は、
「みんな元気だなー。」
こんな様子だ。
ホント、綾ちゃんがいなくてよかったよ。
ちなみに、新くんは女子寮の入寮許可書を持っていた。
昨日愛美先生が発行した許可書を、夏先生から受け取ったらしい。
愛美先生から許可を貰っていないと聞いた時は本当にビックリしたんだから!
まったく、心臓に悪いよ…
それにしても、どうして寮内周知がなかったんだろう…?
なにかの手違いだったのかな?
最終的には、「ライフリング」というガンショップから帰寮した愛美先生によって事態は終息に向かったが、たかだか2階から1階に降りるだけのことに1時間もの時間がかかってしまった。
と、いうことで…
「まあ、遅刻が許されるわけではないがな。」
長時間待たされた夏先生はかなりご立腹の様子だ。
射座に転がっている空薬莢の数がそれを物語っている。
「覚悟はできてるんだろーな?二人にはデンジャラスでエキサイティングなイベントを用意しといてやる。」
私たち、生きて帰れるかな?
「手始めに、掃除の任務を与えよう。よろしく頼むわ。」
パッと見た限りでも100を超える空薬莢を指差した後、夏先生は射撃場の奥へと消えていった。
「それじゃあやるかー。」
「う、うん。」
「ホウキとチリトリ持ってくるなー。」
「ごめんね、ありがとう。」
射座の奥、50m地点には、よく見る円形のターゲットが立っている。
「あははは…」
その中心、10ポイントエリアだけが綺麗にくり抜かれた状態で。
「ありえない…、かな。」
「さて、本題といこーか。」
ちょうど掃除が終わったタイミングで、夏先生は戻って来た。
「今日集まってもらったのは他でもない。まともな得物を持たない諸君に、新たな相棒を見つけてもらう。そのための試射会だ。」
一緒にやって来たどこかで見た台車には、どこかで見た大小2種類のガンケースが乗っている。
傍らに並べられているのは銃弾の箱だろうか…
「7.62×51mm」「.308Winchester」「.45ACP」「9×19mm」などのよく見るものに加え、愛美先生が買って来たのであろう「.50BMG」「.408Chey-Tac」に、滅多に使わない「.500S&W」まで並んでいる。
「奏には狙撃銃を、新には自動拳銃をいくつか用意しておいたから、好きに撃ってくれ。」
「おおー。」
「んで、俺は諸君が持って来た銃であそ…。試射するとしよう。そう、後学のためにな。」
「おおおー。」
「ちょうど学園の演習で使用する銃も選定しないといけないしな。うん。」
取ってつけたような理由にも、新くんは疑う様子なくうなずいている。
よく後ろ向きだと言われる私に必要なのは、ああいう気楽さなのかな…
「そんじゃ早速、俺はPSG1でもっと…」
え…?
「M500は撃たないんすかー?」
「積極ではないな。腕痛くなるし、そもそもリボルバーは好みじゃないからな。」
「えーー!」
自分の銃に興味を持ってもらえなかったことがショックだったのか、新くんはやさぐれ気味だ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「あの、夏先生…」
「どーした?」
「PSG1はちょっと…」
「ちょっと?」
「そのですね…、問題があるといいますか…」
「大丈夫だ、問題ない。」
いやいやいやいや…
「ダメですよ!」
だって、このPSG1は…
「あれだろ?暴発するんだろ?原因不明の。」
…………あれ?
「知ってたんですか?」
「当たり前だろ?俺を誰だと思っているんだ?」
「和泉俊夏先生っすー。」
「そーだ、そのとーりだ。だから、この手のことは素直に任せとけばいいんだ。俺にな。」
夏先生に限って万が一なんてことはない。
そう確信するのに十分な実力と実績がこの人にはある。
でも…
「ただ撃ちたいだけじゃないですか?」
「そーともいう。」
…………。
「セレクターを『0』に入れたときに、引き金を引かなくても、銃にちょっとした衝撃が加わるだけで弾が出ます。『セイフティ』に入れている時が一番危険かも…。セレクターは常に『1』に入れて、撃たないときは装弾されないように弾倉を管理すれば暴発はしないと思います。」
「そこまでわかっているのに、原因不明ってのもおかしな話だな。」
「何人かの銃整備士に見てもらいましたけど、直りませんでした。」
「涼夜にも見せたのか?」
今日は夏先生に驚かされてばかりだ。
「大きい先生を知っているんですか?」
「……。あー、そうそう、『大きい先生』ね。」
…………?
「もちろん知っている。あいつとは長い付き合いだからな。」
「おおー。」
「そうだったんですね…」
気のせいかな?
「どーした?なにか気になることでもあるような顔してるぞ?」
「……今は、大丈夫です。」
あとで俊くんにも聞いてみようかな。
「そーか。じゃ、俺の質問にも答えてもらおーか。」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。涼夜に見せたのか?見せてないのか?」
そういえば、そんな話だった…
「もちろん見せました。一番最初に。」
「なんつってた?」
私が一番信頼しているガンスミス。
ほかのガンスミスが「原因不明」と口を揃えるなか、大きい先生のPSG1に対する評価は…
「『これでいいんだ』って、言ってました。」
私は唯一、この大きい先生の判断には疑問を抱いている。
「あいつが言うなら間違いないな。」
育ての親で、返しきれないほどの恩を受けた私ですら完全に信用していないこの評価を、夏先生はいとも簡単に受け入れた。
いったい二人はどんな関係なんだろうか?
俊くんとの話題がまた一つ増えたかな。
「そーいうことで、こっちは任せるんだな。その代わりに…」
夏先生が不敵な笑みを浮かべる。
「奏を現場監督に任命する。新がやらかさないようにしっかり見張っておけよー。」
「え⁉︎」
「かなやん、よろしくなー。」
新くんも、本当にそれでいいのかな?




