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Final Gift  作者: トキハル
本編
29/49

第26話 関わるなキケン!

「あなたの才能(ギフト)、相当手強いわね。」

 ー放課後ー

 案の定と言うべきか、俺たちは授業時間内に全員の転化方針を決め切ることができなかった。

「ごめんね綾ちゃん。俊くんに新くんも…」

「わかりきっていたことよ。繰り返しになるけど、納得がいくまで続ければいいって言ったのはあなたよ。」

「それは…、そうなんだけど。」

「あら?なにか言いたそうな顔してるわね。」

「その…。まさか自分の才能(ギフト)が一番足を引っ張るとは思ってなかったから…」

 新の「転写(トレース)」、奏の「博識(ヴィッセン)」については、授業時間内に性質、転化方針ともに確認が終わっている。

 綾音の「要人警護(ガーディアン)」についても、さっきまで話し合いを続けた結果、なんとか転化方針が定まった。

 最後に残ったのは、奏のAランク才能(ギフト)狙撃手(スナイパー)」。

 気まずさと後ろめたさが顔に書かれている奏。

 そして最後まで教室に残ることになった俺たち。

 どうしてこうなったんだろうな…



「あと二つで、残り時間は15分だな。」

「どう考えても間に合わないでしょうね。」

「そうだなー。」

「みんなごめんね。」

「奏は悪くないだろ?放課後もやればどうにかなるだろ。」

「そうね。納得がいくまで続ければいいって話だものね。」

「あははは…」

 綾音の鋭い毒舌が、今日も奏に刺さる。

「でも、時間が有限なのは変わりないわ。早く次にいきましょう。」

 ただ、早足気味なのは変わらないようだ。

 夏先生が言うには、綾音はなんらかの悩みを抱えているらしい。

 それを俺たちはまだ把握できていない。

 本来であれば、友人として、相談に乗ったり、一緒に解決策を考えたりするところだ。

 だが、俺たちは夏先生から出されたある条件を飲んだ。

 その条件に従い、()()()()()()、この件について手出しするつもりはない。

「次も奏の才能(ギフト)ね。Aランクの『狙撃手(スナイパー)』」

 場を回す綾音に、奏が待ったをかける。

「それなんだけど、私は二つ目だから、綾ちゃんの先にしない?」

 やや控えめにされた提案を、綾音は真っ向から叩き切った。

「順番を入れ替えたところで、結局やることには変わりないのだから、最初に決めたとおり、あなたが先でいいわ。その代わり、綾のときは頼むわね。」

 毒舌家で、勘違いされることもあるが、綾音はなんだかんだで面倒見が良く、心を開いた人間に対しては思いやりに溢れている。

 生き急いでいても、その本質までを見失ってはいないようだ。

 間違いなくボコボコにされるから、本人には言えないけどな。

「うん!わかったよ!任せて!」

 そんな綾音の様子に、奏も調子を上げる。

「『狙撃手(スナイパー)』かー。どんな能力(アビリティ)なんだろうなー?」

 自身の才能(ギフト)に関して、綾音よりも先に奏からヒントを貰った新もやる気に満ち溢れている。

 いいことなのは間違い無いが、空回りしないか心配だ。

「名前から察するに、間違いなく『狙撃』に関係する能力(アビリティ)でしょうね。」

「問題なのは、『狙撃』という()()に関する能力なのか、あるいは『狙撃銃(スナイパーライフル)』という()()に関する能力なのかってことだな。」

「おおー?どう違うんだー?」

「もし前者なら、目標までの距離や気象条件に応じた弾道計算が得意になるとかはどうだ?」

「あり得そうね。なら、後者だった場合は、俊秋の才能(ギフト)のスナイパーライフル限定版といったところになるかしら?」

「なるほどなー。」

「ほかにもあるかもしれないが、いったんこれで検討してみるか。」

「そうね。本人の認識も確認しておきたいわ。」

 話を振られた奏に注目が集まる。

 しかし、当の本人は俺たちの顔を見回した後、そっと首をかしげる。

 そして申し訳なさそうに口を開いた。

「わからない…、かな。」

 能力(アビリティ)を持つ本人が、その能力(アビリティ)の性質について自覚を持っていないということ自体は、特別珍しいものではない。

 本人からしてみれば、能力(アビリティ)によって、対応する物事が無意識的に解決できてしまうからだ。

 ただ、それはあくまでも日常生活での話にすぎない。

 自分の能力(アビリティ)について検討するこの場面で、自身の能力(アビリティ)と普段の行動を振り返って、その能力(アビリティ)の守備範囲をざっくりとでも把握することは決して難しくない。

 だが、それができないと言っている。

 しかも、あの奏がだ。

「あら?」

「なにかあるのか?」

 理由を求める俺たちに、奏が応える。

「まず、『狙撃手(スナイパー)』がスナイパーライフルの取り扱いに関する能力(アビリティ)だった場合、初めてのスナイパーライフルでもすぐに扱えるようになるはずだよね。それこそ、Sランク(俊くん)に次ぐレベルで。」

「そうなるわね。」

「でも私の記憶では、新しいスナイパーライフルをすぐに扱えるようになったことはないかな。今でも、最低1ヶ月はかかると思うよ。」

俊秋(Sランク)が手に取った瞬間に取扱方法をマスターするのに、(Aランク)は1ヶ月というのはかかりすぎね。」

 確かに、物事を丁寧に進める奏が、操作はもちろん、分解、清掃といった、銃の取り扱いをマスターするまでの時間は早いどころか、むしろ平均よりも長いくらいと言える。

 しかも、これでもまだマシになった方だ。

 奏が初めてスナイパーライフルを手に取った時なんか、今とは比べ物にならないほど酷かった。

 バネの力に負けて弾倉(マガジン)に弾を詰めれないし、ようやく準備できたマガジンはなかなか挿さらないし、筋力が足りてないから当然コッキングできないし、零点規正(ゼロイン)には3日かかるしと、ついたあだ名は「お飾りスナイパー」だった。

 そう考えると、この仮説が間違っていることは明らかだろう。

「もう一つの方はどうなんだ〜?」

「『狙撃という()()に関する能力』という可能性ね。」

「うん…」

 ここでも奏が言葉を詰まらせる。

「正直、自信は持てないんだけど…。たぶん違うかな。」

「どういうことかしら?」

 判然としない様子の奏に、綾音も要領を得ないといった様子で聞き返す。

「私の技能(スキル)を思い出して欲しいんだけど…」

「ああ。」

 奏の能力(アビリティ)には、他の人にはない大きな特徴がある。

 世にも珍しい、才能(ギフト)2つ保有者であること。

 それがどちらもAランクという、高位のものであること。

 そして、ある5つの高ランク技能(スキル)を保有していることだ。

「Aランクの『集中(コンセントレート)』、『空間把握(エリアスキャン)』、『気象観測(メテオロジー)』、『弾道計測(バリスティック)』、それとCランクの『敵影捕捉(エネミーサーチ)』のことか?」

「うん。」

 それぞれがどのような能力(アビリティ)かというと、名前のとおりそのまんまだ。

 どのような環境でも物事に集中できる能力。

 一定の範囲の空間を立体的に把握できる能力。

 その場所の現在から数時間内の気象を観測できる能力。

 銃弾の弾道を予測し、狙い(レティクル)を素早く合わせることができる能力。

 擬態したものも含めて、その場所に存在する目標を見つけることができる能力。

「全部、『狙撃』向きじゃない?」

「「「あぁーー。」」」

 当たり前に存在していたせいか、今まであまり考えたことなかったが…

「そういえばそうね。」

「少し考えればわかることだったな。」

「そうだなー。」

 こうして俺たちは、挙げていた候補を全て失った。

「『狙撃手(スナイパー)』は、スナイパーライフルの取り扱いに関するものでも、狙撃技術に関するものでもないってことか。」

「ええ。今までの話をまとめると、そうとしかならないわね。」

 時間だけを消費し、肝心の議論が振り出しに戻ってしまった。

 次への手がかりもない。

 そして、こういう時に限って悪いことは続くものだ。

「かなやんの才能(ギフト)ってなんなんだろうなー。」

「正直お手上げね。筋肉こそ、なにか思い浮かばないのかしら?」

「んー?実は中身がなかったりしてなー。」

「どういうことかしら?」

「称号みたいな感じかと思ってなー。」

「『お飾り』ってことかしら?」

「おおー、それだなー。」

「そんなことあるわけ…」

 なにげない二人の会話を聞いていた奏が、突如として机に突っ伏した。

「おい、奏⁉︎」

「いきなりどうしたの⁉︎」

「ほへー?」

 面喰らう俺たちに、腕の中から顔を覗かせた奏が答える。

「やっぱり私って『お飾り』なのかな?」

 シクシク、シクシク。

 うなだれる今の奏には、そんな効果音がとても似合う。

「あー、奏?」

「俊くんもそう思うでしょ?そう思うよね?やっぱりそうだよね…」

 もとから奏の思考はやや後向きな傾向にある。

 一方で、決断力がないわけではない。

 選択肢を前にして、それらが与える影響を、消極面が強めながらもしっかりと吟味し、最善の選択するのが奏だ。

 だが、なんらかのきっかけで、思考回路が一気にネガティブ方向に振り切ることがある。

 今回がまさにそれだ。

「えっと…、俊秋?これはどうなっているのかしら?」

「綾音は初めてか?奏のスイッチが入っちまっただけだ。しばらくすればもとに戻るはずだ。」

「そ、そう。」

 さすがの綾音も困惑を隠せないようだ。

 奏に心配されていた綾音に心配される奏。

 なんというか、一周まわったって感じだな。

「なってしまったものはしかたないとして、きっかけはなにかしら?」

 思ったよりも早くこの状況を受け入れた綾音が、奏に聞こえないようにか、小声で尋ねてくる。

「それはあれだ。『お飾り』って言われたからだ。」

「どういうこと?」

「昔の話だが、才能(ギフト)に行動が追いついてなかったせいで『お飾りスナイパー』なんて呼ばれてな、ちょっとしたトラウマになっているんだ。」

「それは知らなかったわ。綾のミスね。」

「いや、別にお前は悪くないだろ。これは奏の問題だ。」

「あら?珍しく冷たいわね。」

「そうか?まあ、そうかもしれないな。」

 昔と今は違う。

 こと『狙撃』に関して言えば、今の奏は世界にも通用する水準にある。

 実際、学生の身でありながら、その腕を見込んだ防衛機関や民間軍事組織からスカウトが来るほどだ。

 中には「友好の印」と称して、「M82A3」なんて化け物(アンチマテリエル)ライフルを送りつけてくる組織もあるほどだ。

 そう、「お飾りスナイパー」と言ってた連中なんて目じゃない場所にいる。

 いつまでも取るに足らない過去の出来事に囚われていて欲しくはない。

 それだけなんだがな…

「私がポンコツじゃなかったら、俊くんを傷つけることもなかったのに…」

「おいおい、いつの話をしているんだ?」

「いつもなにも、2年前だよ…」

 奏が言っているのは、俺たちが中学2年生の頃の話だ。

 なにがあったのかを端的に表現すれば、俺は腕を奏に撃たれた。

 一歩間違えば死んでいた。

 そう言われればそうなのだが、奏がわざと俺を撃ったわけでもなく、俺自身も軽症で大事には至らなかった。

 この出来事以降、奏は愛用していたスナイパーライフル「PSG1」を封印することになるのだが…

「あれはもう時効だろ。」

 なんたって、この件について奏を責めてる奴なんていないんだからな。

「私の中では、時効がくることは永遠にないかな。」

 本人以外は。

「銃の整備は万全。安全装置(セーフティ)もかかっていた。いまだに理由の分からないあの暴発を、誰も予見することなんてできなかったんだ。おまえはなにも悪くない。」

「違うよ。私がもっと注意していればよかったんだよ。」

「いや、違わないな。おまえはなにも悪くない。だからそんな顔をするのはやめてくれ。前にも言っただろ?そんなくだらないことに囚われてないで、笑っていてくれ。」

「…………うん。」

 ぎこちないながらも、笑ってうなずく。

 そんな奏が妙に愛おしい。

「熱いわね。」

 不意の綾音からの一言で、俺たちは現実へと引き戻される。

「そうかー?まだ4月だし、暑くないと思うけどなー。」

「いいえ。熱い、熱すぎるわ。とても人間が暮らせる環境ではないわね。」

「あやちーはおおげさだなー。」

「そうかしら?あなたたちはいったん周りを見た方がいいわ。」

 綾音に促されるまま周囲を見渡す。

 さっきまで「才能(ギフト)の転化方針」というテーマで進んでいた教室の空気が、見事なまでに「俺と奏の関係性」という話題に染まっていた。

 殺意を発する数多の男子生徒と、色めき立つ少数精鋭の女子生徒。

 ガラリと変わった教室の雰囲気に困惑する愛美先生と、それを楽しんでいる夏先生。

 授業終了まで3分。

 未検討才能(ギフト)残り2つ。

 クラス全員の居残りが確定した瞬間だった。



「ごめんね。あの時は話の腰を折っちゃって…」

「そうね、反省して欲しいわ。俊秋も言っていたけれど、昔のことを引きずるのは悪い癖よ。綾としても、落ち込むあなたを慰めるのはもう勘弁願いたいところだわ。」

 例の暴発事件の時、腕を負傷した俺は、大袈裟にも緊急搬送され、病院に担ぎ込まれた。

 「銃で撃たれて負傷した」という情報だけを伝えられ、万全の準備で迎えてくれた搬送先の看護師に、安堵半分、ため息半分で俺がかすり傷の治療を受けていた時、罪悪感から泣きじゃくる奏を慰めていたのは綾音だった。

 ちなみに、緊急搬送された結果、その日の俺のバイト代が吹っ飛んだことも奏には秘密だ。

「はい。反省しています…」

「なら、しっかりと働いてもらおうかしら?他ならぬあなたの才能(ギフト)のためにね。」

「ぜ、善処します…」

「じゃあ、再開しましょう。」

 綾音の一声で、止まっていた議論が再開される。

「行き詰まっていたのは『狙撃手(スナイパー)』の性質についてだったな。」

「なんなんだろうなー?」

 結局のところ、これがわからなければ先に進むことができない。

 しかし、俺たちの力では解決できないことは明白だ。

 つまり、ここで俺たちに必要なのは…

「よぉ、諸君。勉強熱心でなによりだ。」

 この人だ。

「放課後になって1時間ほど経つが、進捗状況を聞かせてもらおうか?」

「最後の1つ。私の才能(ギフト)で詰まっています。」

 なんでもそうだが、行き詰まったら誰かに頼ることが重要だ。

 もちろん、誰でもいいわけではない。

 その状況を打開できる人物でなければならない。

 夏先生がこの状況には打ってつけだろう。

「奏は2つ才能(ギフト)を持っていたな。どっちだ?」

「『狙撃手(スナイパー)』の方です。」

「なるほどな………。今なんつった?」

 という俺の期待は早くも裏切られることとなった。

「え……?『狙撃手(スナイパー)』ですけど……。」

「『狙撃手(スナイパー)』で間違いないな?」

「はい……」

「そうか。そんじゃ、続けて頑張ってくれ。」

 そう言うと夏先生は、困っている教え子を置いて教室から出て行った。

 こうして残された俺たちは、抱いていた期待を打ち砕かれ、その背中を呆然と見送るほかなかった。

「どうしたものかしら…?」

 いつも冷静な綾音も、今回ばかりは動揺が隠せないようだ。

 むしろ、いつもどおりなのは…

「どうしたもんだろうなー?」

 この新ぐらいだ。

「えっと…、とりあえずもう一度考えてみる?」

「まあ、ほかに手もないしな。」

「そうするしかないわね。」

「わかったー。」

 とはいうものの、俺たちにできる限りの討論はすでに尽くされている。

「…」

「……」

「………」

「…………」

 「諦めて帰るか。」

 誰が最初にその提案をするのかというチキンレースが始まった。

 いつもなら現実主義者の綾音が真っ先に言い出しそうなものだが、今日に限ってそれはなさそうだ。

 新は、そもそもこの提案を思いつくような思考回路をしていない。

 つまり、俺か、奏のどちらかだ。

 同じ葛藤にさいなまれているのか、どうしたらいいのかわからないといった様子の奏が視線を送ってくる。

 だが、それは俺も同じで、残念ながら肩をすくめることしかできない。

 そんな状況が一変したのは、体感で20分ほど経過した頃だった。

「よぉ、諸君。続けているかね?」

 夏先生が再び現れた。

 しかもそれだけではない。

「どこに連れて行かれるのかと思えば、教室でしたか…」

 どこからか愛美先生を拉致してきたようだ。

「もう戻ってこないのかと思っていたわ。」

「信用ねーな。まだ3分しか経ってないんだから、大目に見てくれ。」

「今回だけよ。」

「頼むから次も用意しといてくれ。」

 綾音の容赦ない毒舌をヒラリと躱し、

「じゃ、そーいうことで…。俺、帰るわ。」

 綾音に受注した()をあっさりと消費した。

「「「え?」」」

「はへー。」

「ちょ⁉︎俊くん⁉︎」

 愛美先生の魂の叫びに、夏先生は冷静に返す。

「内容はそいつらから聞いてくれ。お前の領分だし、よろしく頼むわー。」

 そう言うと、愛美先生を置いて教室から出て行ってしまった。

「えっと…、愛美先生?」

「あの人は、昔からああなんです。桑原さんも天山さんも気をつけてくださいね。」

「あ、はい。」

「ええ…。」

「俊秋くんと古川くんは真似しないように。」

「え?あ、わかりました。」

「了解っす。」

 マネする気なんて毛頭ないんだがな。

「まあ、今はいいでしょう。とりあえず、今の状況を教えてもらえますか?」

 それはもう、あなたが夏先生と一緒に来たと思えば、夏先生に置いて行かれて俺たちもビックリって状況ですけど…

「私の才能(ギフト)の性質がわからなくて、転化方針が決まらない感じです。」

「ほかにも転化方針が決まっていないものはありますか?」

「いえ、私のが最後です。」

「わかりました。和泉先生が私の領分だと言っていましたが、もしかして『狙撃手(マークスマン)』についてですか?」

 愛美先生の言葉に、俺たちは顔を見合わせる。

 夏先生も、奏の才能(ギフト)名を聞いてから明らかに様子がおかしかった。

 愛美先生の言葉から察するに、おそらく、教師陣は奏の才能(ギフト)を『狙撃手(スナイパー)』ではなく『狙撃手(マークスマン)』だと勘違いしている。

「私の才能(ギフト)は『狙撃手(スナイパー)』ですけど…。」

「え?おかしいですね。学校のデータベースには『狙撃手(マークスマン)』とあったはずですが…。もしよければパーソナルデータを見せてもらってもいいですか?」

「わかりました。」

 愛美先生に促されて、奏が携帯端末を操作する。

 行政機関によって管理されている『パーソナルデータ』には、各種個人情報のほかに、能力(アビリティ)などの情報も正確に記載されている、

 ゆえに、他人はもちろん、学校などの組織であっても簡単には見ることができない。

 「パーソナルデータと暗唱番号は教えるな」が現代の合言葉だ。

 まあ、愛美先生なら大丈夫だろう。

「ありがとうございます。確かに、『狙撃手(スナイパー)』ですね。」

 確認を終えた愛美先生が、納得がいったというような感じで頷いている。

 そこに質問を飛ばしたのは新だった。

「せんせー。『まーくすまん』ってなんすかー?」

 言われてみれば、あまり馴染みのない言葉ではある。

「そうですね…。桑原さん、説明することはできますか?」

 質問に対して、すぐに答えを提示するのではなく、生徒に一度ボールを投げる。

 やや既視(夏先生)感を覚えるが、うちの教師陣この辺り徹底している。

「私にできるのは『役職』としての『狙撃手(スナイパー)』と『選抜射手(マークスマン)』ですけど…」

「それで構いません。」

 愛美先生からゴーサインが出た。

 奏は咳払いをして、新の方を向いて説明を始める。

「『狙撃手(スナイパー)』も『選抜射手(マークスマン)』も、比較的長距離から、専用の銃で対象を狙撃するという点は共通しているかな。違いは、『狙撃手(スナイパー)』が2、3人ほどの少人数による隠密行動が基本で、1kmを超える長距離狙撃と、対象を一撃で仕留める知識と技術が必要なのに対して、『選抜射手(マークスマン)』は10人以上の規模で、前線部隊を支援するために、800m程度離れた複数の対象に、威嚇、足止め、制圧のために短い間隔(スパン)で射撃をするところだね。」

「おおー、なるほどなー。」

 まったく理解していない様子の新が、形だけの相槌を打つ。

 かくいう俺も全く理解していないが…

 とはいっても、奏さえいれば、この件について俺が深く理解する必要はないな。

「そのとおりです。さすがですね。」

 愛美先生のお墨付きも出たし、これで心置きなく奏を頼れる。

 つまりは、これまでとかわらないということだ。

「役割が異なる以上、『狙撃手(スナイパー)』と『選抜射手(マークスマン)』に必ずしも優劣をつけることはできません。しかし、基本的には『選抜射手(マークスマン)』よりも『狙撃手(スナイパー)』の方が高い技術と知識を求められることとなります。そして、それは能力(アビリティ)においても踏襲されています。」

 愛美先生は黒板の前に移動し、チョークを手に取る。

能力(アビリティ)における『狙撃手(マークスマン)』の性質は、『武具天稟(ウエポンマスター)』のマークスマンライフル版といっていいでしょう。ライフル系統限定で、その取り扱いに長けた能力になります。」

 スラスラと板書していく様には、妙な安心感すら覚える。

「一方で、『狙撃手(スナイパー)』の性質は、精密狙撃に必要な技術、知識に関する複数の能力(アビリティ)を合わせ持つ、いわゆる『複合能力(アビリティ)』で、複合されている能力(アビリティ)の『完全上位互換』の能力(アビリティ)ともいえますね。」

 「完全上位互換」

 そのワードにやや引っ掛かりを覚える。

「夏せんせーが、『完全上位互換』の能力(アビリティ)はあまりないって言っていたなー。」

 そう、綾音が夏先生に突っかかっていた時に、夏先生が口にしていた言葉だ。

「複合能力(アビリティ)は数自体が少なく、その分、保有者も少ないのが現状です。ですが、あなたたちにとっては特段珍しい能力(アビリティ)ではないと思いますが…」

 思わせぶりな発言だが、いったいどういう意味だろうか?

「なるほどね。」

 それを一番最初に察したのは、綾音だった。

「『狙撃手(マークスマン)』は、『武具天稟(ウエポンマスター)』のマークスマンライフル版。言い換えれば、『武器天稟(ウエポンマスター)』は、『狙撃手(マークスマン)』その他複数の能力(アビリティ)を複合する複合能力(アビリティ)ということね。」

 つまり、「完全上位互換」の能力(アビリティ)ということか。

「そのとおりです。」

 今までまったく気にしたことはなかったが、まさか俺自身の能力(アビリティ)がそうだったとは…

「あまり実感ないけどな。」

「それが能力(アビリティ)というものなのです。だからこそ奥が深く、沼にはまりやすいのでしょうけど。」

 思わず出た言葉に、愛美先生がこれまた意味深な言葉を残す。

「話が逸れましたね。」

 そこにどのような意図が込められているのか、それは次回以降に持ち越しのようだ。

「さて、『狙撃手(スナイパー)』に複合されている能力(アビリティ)ですが、『集中(コンセントレート)』、『空間把握(エリアスキャン)』、『気象観測(メテオロジー)』、『弾道計測(バリスティック)』、『敵影捕捉(エネミーサーチ)』の5つになります。」

 おかしいな。

 どこかで聞いたことのあるラインナップだ。

「その能力(アビリティ)、全部私の技能(スキル)にあるんですけど…」

「ええ、把握しています。」

 板書された能力(アビリティ)名の隣に、奏の能力(アビリティ)ランクが書き足されていく。

「複合能力(アビリティ)の転化条件は、言うならば複合された各能力(アビリティ)をすべてその才能(ギフト)と同じランクの技能(スキル)にすることです。桑原さんの才能(ギフト)、『狙撃手(スナイパー)』のランクはA。転化に必要な条件は、5つの技能(スキル)をAランクにすることになりますね。」

「つまり、後は『敵影捕捉(エネミーサーチ)』をAランクにすればいいってことかしら?」

「そういうことですね。」

 これは、検討課題が「狙撃手(スナイパー)の転化方針決め」から「敵影捕捉(エネミーサーチ)」に変更されたことを意味する。

 俺たちの議論は振り出しに戻されることを運命づけられているのだろうか?

「しかし、一つ問題があります。」

 まだなにかあるのか?

 もう腹いっぱいなんだが…

「なんですか?」

「『敵影捕捉(エネミーサーチ)』は、組み分け(グルーピング)にはそぐわない能力(アビリティ)です。」

 …………。

「マジですか…?」

「マジですね。」

 振り出しに戻ったどころの話じゃない。

 俺たちのこの1時間ちょっとは、全て無駄だったようだ。

「『敵影捕捉(エネミーサーチ)』は名前のとおり、対象の位置を発見、特定する能力(アビリティ)で、組み分けをするまでもなく単純な能力(アビリティ)といえます。その意味で、複雑な能力(アビリティ)を単純化する方式である組み分け(グルーピング)には適合しません。転化できるかどうかは、純粋にこれまでの積み重ねがものをいうタイプの能力(アビリティ)になりますね。」

 長い時間をかけて、ようやく結論が得られた。

 最初から俺たちにはどうしようもなかったってことが。

「魔獣討伐のアルバイトなどはいい実践経験になるでしょう。それから、子供向けの書籍になりますが、街や人混みに紛れた特定の人物を探し出すなんてものもありますね。そういうものも、意外と役立ちますよ。」

 あの赤と白のボーダーシャツを着ている奴か。

「あとは、そうですね…。同じ能力(アビリティ)を持つ知り合いがいますが、その人は経験値を積むためにサバイバルゲームに参加していましたね。」

 それはまた、とんだ変人がいたものだ。

「参加者の中にはギリースーツと呼ばれる迷彩服を着用される方もいるようですし、一般的な対象はもちろん、そういう擬態した対象を見つけるという経験も得られるというのは魅力的かもしれません。対人戦の練習にもなりますし、皆さんで参加するのもいいかもしれませんね。」

 ほかにもいろいろと方法はありそうだな。

 乗りかかった船だ、もう少し考えてみるか。

「では、私は和泉先生と()()()()()があるので職員室に戻りますね。」

「了解っす。」

「お手柔らかにお願いするわ。」

「いつものことですので、大丈夫ですよ。」

 まあ、死にはしないだろう。

「連休中も私と和泉先生はそれぞれの寮にいます。なにかあれば遠慮なく寮監室に来てくださいね。」

「わかりました。」

「愛美先生、ありがとうございました!」

 裏に抱えた怒りを見せず、笑顔で愛美先生は教室を出た。

 自業自得とはいえ、夏先生が心配になるな。

「俊夏さんもタイヘンだよね〜。」

 そんなことを心の隅で考えていると、またしてもお客様が現れた。

「おー、みーさん。久しぶりっすね〜。」

「一昨日会ったばかりだよ〜、きんにくん。忘れちゃったの〜?」

「………忘れてないっすよ。」

「ホントに?今の間はあやしいな〜。」

 この二人が絡むと相変わらずだな。

「ところで音ちゃん、まだ終わらないの〜?あやちゃん待ちくたびれちゃったよ〜。」

「……?なにか約束していたかしら?」

「うんん〜、してないよ〜。」

「なら、姉さんの相手をしているほど暇ではないということね。アポ取って出直してきてくれるかしら?」

 こいつ、テレビドラマでしか聞かないような台詞をよりにもよって実の姉に…

 容赦ねぇ。

「え〜、今日は音ちゃんのために来たのに〜。」

 対する綾嶺さんは、不満を口にはするが、どこか楽しそうに見える。

 なんだかんだで姉妹仲はいいようだ。

 まあ、俺が妹に同じようにあしらわれたら、1ヶ月は落ち込む自信があるがな。

「どういうことかしら?」

()()()()()()、もうすぐでしょ〜。」

「ああ、なるほどね。それを先に言って欲しいわ。」

 綾嶺さんの言葉に、なにか納得がいった様子の綾音が俺たちに向き直る。

「ごめんなさい、姉さんが外せない用事を持ってきたみたい。ちゃんと埋め合わせはするから、今日は先に上がらせてもらうわ。」

 それは唐突な宣言ではあったが、正直なところ、綾嶺さんが来た時点でなんとなく察していたことでもある。

「愛美先生のおかげで糸口は見つかっているから、綾ちゃんは気にしなくても大丈夫だよ!」

「そうだな。あとは俺たちで軽く検討すれば大丈夫だろう。」

「おー、まかせとけー。」

 俺たちの言葉に、綾音はクスッと笑う。

「ありがとう。筋肉はともかく、俊秋がいれば大丈夫でしょう。それじゃあ、また今度。」

「みんなバイバ〜イ。」

 こうして、あやねーズは教室を去った。

 そして残された俺たちは、いまさらながら、妙な警戒心を抱き始めた。

「『例のイベント』ってなんだろうなー?」

「みぃさんが関わっているのもちょっと怖いかな。俊くんはどう思う?」

 それはもちろん、

「関わらないのが一番だろうな。」

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