第24話 グルーミーグルーピング
「さあ、これがゴールデンウィーク前最後の授業だ!例によって2時間ブチ抜きだけどな!」
4月29日。
大型連休を目前にして、夏先生と愛美先生の戦闘理論の授業が始まった。
「まったくメンドくせーな。これサボって、すぐにでも連休を謳歌したいところだ。諸君もそー思わないか?」
担当教員のやる気のない姿にも、この1ヶ月ですっかり慣れてしまった。
「愛美先生もそうでしょッ!!」
だが、もう一人の担当教員はそれを是せず、なぜか持ってきていたテニスラケットを使って、夏先生の頭に強烈な一撃をいれた。
「愛美先生?それ、スゲー痛いんすよ?わかってます?」
「痛いのが嫌でしたら、首輪みたいにはめておきますか?いいですね、そうしましょう。」
「ちょ、それはマズイですよ。いろんな意味で…」
「なら真面目にしてください。」
「はい。」
このやりとりも、もはや日常の一部になっている。
「えー、気を取り直して、今日のテーマは『才能の転化』だ。諸君の才能を転化させるための方針を決め、連休中に実践する。そんでもって、連休明けに手応えを確認する。とまあ、そんな感じでいく予定だ。」
「才能は人それぞれです。その性質やランクに応じて、転化のために取るべき方針も変わってきます。今回は最初ですので、個別的なものはいったんおいて、数ある転化方針の中で最も一般的で普遍的といわれている『組み分け』と呼ばれる手法を学んでもらいます。」
「つーわけで、秋、とりあえずお前をモデルケースとして解説していく。さぁ!喜べッッ!!!」
今度はホウキの柄が、夏先生の顔面にクリーンヒットした。
「どうして俺なんですか?」
「おいおい、これはスルーかよ?」
ちょうど目のあたりに残った、横一直線の、いい感じのアザを指差しながら、夏先生は不満をていする。
「……触れたら負けかと思いまして。」
「お、おう。そうか。」
反応に困ってますとでも言いたそうな夏先生が続ける。
「えー、お前を選んだ理由だっけか?『組み分け』ってワードからなにか閃かないか?」
俺の才能はSランクの「武具天稟」だ。
名も実も、「組み分け」なるワードと紐付きそうな要素はまったく見つからない。
「閃かないですね。」
「じゃ、秋も含めて、閃かない奴は教科書の41ページを開けー。そんで、下の方にある注釈を見ろー。」
教科書をめくる音が教室を包む。
あの奏でさえ教科書をめくっている。
俺が閃くはずないな。
そんなことを考えながら、目的のページを開くと、そこには衝撃の事実が書かれていた。
「奏、読んでみてくれ。」
「あ、はい!えっと、『組み分け(グルーピング)方式は、媛山大学の学生グループにより確立された、現在、最も一般的・普遍的な転化方針の一つです。Sランク「武具天稟」の才能の転化を実現したことでも知られています。』」
「つまり、そーいうことだ。わかったか?」
俺とまったく同じ才能の転化実績がある。
なるほど確かに、モデルケースとしてはこれ以上ないチョイスかもしれない。
「ついでに言うと、お前がこのクラス唯一のSランク保有者ってのも理由の一つだ。他の連中よりも単純なランクでいえば一枚上手かもしれないが、転化を目指すならダントツで不利だからな。まあ、サービスってやつだ。」
そんな夏先生の言葉に、周りからヤジが飛ぶ。
「とっしー、いいなー。」
「ええ、羨ましいわね。」
「冬華ちゃんといい、お前は本当にもう…。あれだな!」
「「「そーだそーだ!」」」
「「「あれだあれだー!」」」
いったい俺にどうしろって言うんだ⁉︎
「おーいお前ら。秋をいじめるのはほどほどにしとけよー。愛美先生から首輪ラケットをもらうことになるぞー。」
「「「「「「すいませんでしたー!」」」」」」
「え?え⁉︎」
無駄のない一連のやり取りに、愛美先生が一番困惑している。
「秋はあくまでも、全体説明のための、言わば都合のいいモデルケースにすぎん。俺と愛美先生でちゃんと全員に対応するから安心しろ。」
夏先生の宣言に、教室は一気に冷静さを取り戻していく。
生徒の誰もがその言葉を信用している証だ。
「そんじゃ、説明を始めますかね。愛美先生。」
「そ、そうですね。」
ようやく本題にはいるかと思われたが、ここで夏先生は閑話をはさんだ。
「さて、『組み分け』の説明をする前に、『才能の限界』と『最後の才能』という言葉を知っているか?」
おそらく、済陽学園の戦闘戦術科にいる時点でこの2つの言葉を知らない奴はいないだろう。
新でさえも、間違いなく知っていると断言できるレベルの言葉だ。
だから、俺たちは一様に、首を小さく縦に2回振って先生らに応える。
その光景に、夏先生はどこか満足気だ。
「じゃあ知ってるか?この二つの言葉が指すものには、明確な違いがある。」
教室中がどよめく。
それは俺も例外ではない。
なぜなら、
「一般には、どちらも『Sランクの才能』を指す言葉だと認知されています。」
俺たちの認識もそうだからだ。
「しかし、正確にいうならば、『才能の限界』は理論上転化可能なSランク才能を、『最後の才能』は転化が不可能かつ技能として発現する余地のないものを指します。両者の根本的な違いは、『才能の限界』はSランク才能それ自体を指すのに対し、『最後の才能』は必ずしもSランクとは限らないという点にあると言えますね。」
説明を聞いても、すぐには今までの認識を更新できず慣れない感じだが、奏だけは平静に見える。
まあ、奏なら知っていてもおかしくはないか。
「この違い自体は雑学みたいなもんだ。知り合いにでも披露してポイント稼ぎにでも使えばいい。」
これで稼げるポイントってなんだよ。
使えないポイントよりも、こちらとしては、いきつけのスーパーの買い物ポイントの方が欲しいところだ。
「重要なのは、秋、お前の才能が『才能の限界』で、理論上は転化可能ってことだ。実際、そこに書かれているように転化事例もあるしな。」
夏先生がきれいにまとめたが、ここで思わぬところから横槍が入る。
「この転化事例、和泉先生のことですけどね。」
愛美先生だ。
「そーいうことだ!秋!大船に乗ったつもりでいろ。」
組み分け方式確立のための被験者になった夏先生の被験者にされる俺。
いったいなんの因果なのか…
「少し話を戻しますが、最後の才能の例としては『寵児』が最も有名でしょう。教科書に出てくるような歴史上の人物の中にも、この才能を持っていたのではないかといわれている人は数多くいます。残念ながら、能力が可視化されるようになったのはここ十数年の話ですので、今となっては想像の域を出ませんが。ちなみに、現在の日本には2人のSランク最後の才能保有者が確認されています。」
「才能が転化した場合、そいつには新しい才能が発現することになると思うが、どんなものが発現するのか予測することはできない。もしそれが最後の才能だったら…、と思う奴も少なくないだろうが、それは同時に才能の打ち止めも意味するから、なにがいいのかはわからんな。最近の研究では、発現する才能と遺伝の関係性が証明されている。ちょっとした指標にはなるかもな。どっちにしろ、転化してみてのお楽しみってやつだ。」
才能は遺伝する、か…。
俺や冬華の才能も、父親や母親から受け継いだものなのだろうか?
ということは、冬華のあの才能も…?
いや、まさかな…。
「前置きが長くなったが、本題にはいっていこーか。知ってのとおり、秋の才能は『武具天稟』だ。てことで、自分の才能がどういった性質のものなのか、本人に解説していただこーか。」
とんだ無茶振りだ。
だが、俺はこの才能の性質についてある人から教えてもらったはずだ。
「確か、武器の取り扱いに関する能力ですよね?あくまでも、武器の操作面に特化したもので、実力に関わるようなものではないっていう…」
銃を使いこなすことと、銃弾を目標に命中させることは別の能力。
あの時の夏先生からの助言は、つまりはこういうことを言いたかったのだろう。
「そうだ。『武具天稟』とは、いわば武器を扱う際に取扱説明書を必要としなくなる能力だ。取説読まずに家電いじったり、チュートリアルを飛ばしてゲームしてたら、なんとなく上手くいったってのとたいして変わらない。要は、操作方法が直感的にわかるようになる能力だな。その意味で、転化を目指すにあたって、射撃技術を身につけるとか、剣術を修めるとか、そんなことは必要ない。じゃあ、どーすれば転化できると思う?」
それは…
「世の中の武器を全てマスターする…、とか?」
「できるのか?」
「無理です。」
「だろーな。現存する武器を数えるだけムダ。しかも、現在進行形で増え続けているときたもんだ。それをすべてマスターしようなんてのは夢物語もいいとこだ。そもそも、なにをもって武器と定義するかによってその数は大きく増減する。例えば…」
夏先生は教壇の下からいくつか小道具を取り出した。
「秋、こいつはなんだ?」
「さっきのテニスラケットですね。フレーム、曲がってますけど。」
「言いたいことはいろいろあるが、それは最後にしよう。じゃあ次だ。」
「それもさっきのホウキですね。」
「これは?」
「テレビのリモコンですね。」
「こいつは?」
「六法全書ですね。」
「最後はこれだ。」
「ゲームができるキューブですね。」
「そのとーりだ。が、見方を変えれば、こいつらは全て武器だ。殴られたらどれもクソ痛いからな。」
経験者は語る。
それゆえか、妙に説得力がある。
「つーことは、『武具天稟』を転化させるには、武器としてのラケットやリモコンをマスターする必要がある。もちろん、そんなこと考え始めたら転化なんて一生不可能だ。そこで『組み分け』が役立つわけだ。」
「『組み分け』とは、いくつも存在する対象を、大きな単位でまとめ、小さく捉える手法です。」
大きな単位で、小さく?
どういうことだ?
「つまり、『ラケット』、『ホウキ』、『リモコン』というように、ものを個別に認識するのではなく、『打撃系武器』とグルーピングすることで、『武器』と定義されるるものの数を減らすという手法になります。同じように、剣や刀は『斬撃系武器』、銃や大砲は『射撃系武器』、槍やレイピアは『刺突系武器』、手榴弾やC4は『爆発系武器』とグルーピングすれば、『武具天稟』転化のためにマスターすべき武器種をたった5つに絞ることができます。」
「たった5つに…⁉︎」
「そうです。重要なのは、才能の性質をきちんと把握すること、一度決めたグルーピングを崩さないこと、そして自分の脳を騙し切ること。以上の3点です。」
「たった3つで…⁉︎」
「こいつがスゲー難しいんだよなー。転化すれば終わりだから、それまでの辛抱ではあるんだが、ものを見るたびに『斬撃』だの『射撃』だの、いちいち分類で判別するのはしんどかったぜ。茶碗は『打撃』、箸は『刺突』、魚の骨も『刺突』、粉末茶葉は『爆発』、塩も胡椒も砂糖も小麦粉も、粉もんは全部『爆発』。飯を食うのも一苦労だったぜ。」
遠い目をして過去を振り返る夏先生の顔からは、一切の覇気が感じらない。
組み分け、恐るべし。
「まあ、あれだ。なんもかも武器と認識するからしんどいわけだ。秋、覚えとけ。食材はな、やっぱり食材なんだよ。誰だ?粉もんを粉塵爆発を起こすための武器なんて定義しやがったのは?」
それは…、あなたなのでは?
しかも、食材が食材のままでいいなら、ラケットもラケットのままでよかったんじゃないのか?
「それ抜きにしても、普通の武器。例えば銃を見たときなんかに、『M1911』や『S&WM19』なんて認識せずに、一様に『射撃系武器』として認識しなければならないのはかなりのストレスだ。覚悟しておけよ。」
俺、もう無理に才能転化させなくてもいいんじゃないかと思い始めているんですけど…
「そういや言い忘れてたな。この『組み分け』方式を確立させた学生グループの一員、というか発案者はここにいる愛美先生だ。」
「「「「「え!!!!!」」」」」
いきなりのカミングアウトに、教室が今日一番のざわつきをみせる。
「ちょ⁉︎俊くん⁉︎それは内緒だよ!」
愛美先生も同様に動揺だ。
「おい、愛美。素が出てるぞ。」
二人が大学生の頃、愛美先生の研究を、夏先生が被験者として手伝っていた。
それ以前からも付き合いがあるようだし、いったいどんな関係なのだろうか?
「内緒もなにも、ちょっとデータベースで検索すりゃでてくるだろ?お前が書いた傑作と名高い『論文』という名の、俺を虐げてきた記録がよ。」
「言い方!言い方が悪いかな!もう!俊くん!」
愛美先生が夏先生の肩をポカポカと叩いている。
………なんだか、愛美先生ってたまに、愛玩動物にも似たかわいらしさを感じるな。
「あー、はいはい。俺が悪かったって。だから戻ってきてくれー。」
もうすぐ最初の1限目が終わる。
この授業、ちゃんとゴールデンウィーク前には終わるのだろうか?
そんな不安を抱えたまま、2限目の授業へと続いていく。
本話に登場した、スポーツ用品、清掃道具、精密機器などは、当然ながら武器としての用途を想定したものではありません。現実において、人や動物などに危害を加える目的でこれらの道具を使用することなく、用量・用法を守って、正しくお使い下さい。




