第21話 女子会リターンズ
済陽学園男子寮の401号室。
家主不在の中で開催されている女子会は、静寂と混沌に包まれていた。
「……………」
「……………」
兄の友人にして、自らの友人でもある綾ちゃんに銃を突きつける冬華ちゃん。
同じ屋根の下で何年も一緒に暮らしてきた仲だけど、こんなに気が立っている冬華ちゃんは初めて見る。
対して、綾ちゃんは一切取り乱すことなく、この状況を静かに受け入れている。
そして私はといえば、二人に取り残され、口を挟むに挟めない状況に追い込まれていた。
この状況を打開できる一手を必死で探していたその時、それは思わぬところから飛び込んできた。
「おっ、じゃま、しま〜っす!」
静寂を打ち破る元気な声の持ち主が、玄関のドアを突き破るような勢いで入ってきたのだ。
「およよ〜⁉︎」
突然の来客に、女子会参加メンバーは一斉に玄関の方へ視線を向ける。
そこにいたのは…
「見るからにデンジャラスな子がいるね〜。あれが『かなやん』?それとも『はなちゃん』なのかな〜?」
俊くんと新くん。
そして夏先生。
演習という名の補習に向かったはずの3人を引き連れた、綾ちゃんだった。
「こいつはまた、凄いタイミングで来ちまったな。」
「と、と、と、と、とっしー⁉︎はなちゃんが!あやちーが!」
「どうどう。新、落ち着け。落ち着くんだ。とりあえず深呼吸だ。」
「わ、わかったー。ハー、スー、ハー、スー。」
「順番、逆じゃないか?」
「そうかー?深呼吸ってどうやってするんだー?」
「なんかこう、それっぽいことしとけばいいんじゃないか?」
「それっぽいことー?『ひっ、ひっ、ふー』ってやつかー?」
「それは…、全部息吐くやつだよな?」
「んー?『ふー』で吸わないのかー?」
「ねぇねぇ!そんなことより、あの子はどっちなの〜?早く教えて〜。」
「あー、あれは『はなちゃん』の方だ。秋の妹で『冬華』って名前の子だ。」
「なるほど〜。てことは〜、あっちが『かなやん』だね〜?」
「そーいうことだ。」
さっきまで混沌としていた空気が、ベクトルの異なる、より大きな混沌へと塗り替えられていく。
とりあえず、誰でもいいから早くこの状況をなんとかしてよ!
「ところでお前、自分の妹が現在進行形でピンチっぽいわけだが、助けなくていいのか?」
「それもそうだね〜。じゃあ、とっしーくん!音ちゃんを救出するのです!失敗は許されないよ〜!」
「え?マジですか?」
「当然でしょ〜?音ちゃんを窮地に陥れているのはとっしーくんの妹ちゃんだよ〜?お兄ちゃんがしっかり面倒見ないとね〜。」
「それはそうですけど…」
「ゼェー、ハー、ゼェー、ハー、……」
「新、もーいいんじゃないか?」
「んー?そうっすかー?」
「ああ。深呼吸なんぞしてないで、戦場に赴く秋を見送ってやれ。」
「おおー、とっしーガンバレー。」
「……ガンバリマス。」
よくわからないけど、4人による井戸端会議の結果、この事態の収拾役に俊くんが任命されたみたい。
冬華ちゃんが原因であるという点をおいても、なんとなくこの中では一番適任のような気がする。
「あー、冬華?ただいま。」
おそるおそるといった様子で玄関から居間に足を踏み入れた俊くんは、遅めの帰宅の挨拶を交わす。
「うん、おかえり。にぃに。」
そして冬華ちゃんと綾ちゃんの間に入り、自分の体を盾にするように位置取る。
ただ、問題はここからだ。
どう切り出すのか。
どう説得するのか。
俊くんの交渉役としての真価が発揮される場面だ。
「早速だが、その銃を下ろしてくれないか?」
まさかのストレートど真ん中。
さあ、冬華ちゃんこれにどう返す⁉︎
「それは無理かな。」
ああ、うん、やっぱりそうですよねー。
「それよりにぃに、あの綾ねーは誰?わたしはどっちの綾ねーを撃てばいいのかな?」
しかも強烈なピッチャー返しのオマケつきだ。
俊くん、これを適切に処理できるか⁉︎
「どっちを撃たれても困る。」
「わたしは撃たないといけないんだよ。」
「それは前回と同じ理由か?」
え⁉︎
前回があるの⁉︎
これって2回目なの⁉︎
「……そだよ、にぃに。」
「そうか…。そいつは光栄だ。」
しかも「光栄」ってどういうこと⁉︎
「それでも、俺はお前を止めないといけないんだ。大事な妹を犯罪者にするわけにはいかないからな。」
いいこと言っているんだと思うけど、前回が気になりすぎて話が入ってこないよ。
いったいなにがあったのかな?
「それに、綾音は俺の大切な人なんだ。殺されるのは困る。」
「「え⁉︎」」
突然カミングアウトに、実況を忘れて思わず声が出てしまう。
それは冬華ちゃんも同じようで、目を見開いて唖然としている。
玄関にいる3人は3人でなにやら盛り上がっているようだが、なぜか俊くんが周りからの反応に一番困惑しているように見える。
「にぃに…?それ本気で言っているの?」
各々がそれぞれに複雑な思いを抱くなか、冬華ちゃんが口を開く。
俊くんはたまに、無自覚で思わせぶりな発言をすることがある。
今回もそういうことなんだよね?
そうだと言ってくれるよね?
「ん?ああ、ここで嘘をつく理由はないだろ?」
その答えに、なにかが割れるような音が聞こえた気がする。
まさか、こんなにも突然、思いもしないかたちで失恋するとは考えてなかったよ。
幼馴染だし、長い間一緒に暮らしてきたから大丈夫とかいう考えが甘かったのかな?
しかも相手は綾ちゃんだなんて…
「にぃに…。ホントなの?ホントの本気で言ってるの?」
「……?そうだけど?」
「────ッ!」
しなだれる私の心とは裏腹に、冬華ちゃんのボルテージがみるみるうちに上がっていく。
怒りに任せてCz75をコッキング、安全装置を解除し、実の兄に最後通牒を突きつける。
「にぃに、どいてくれるかな?」
「だからそれは…」
「どいてよ!じゃないと綾ねー殺せない!」
こうなったらもう選択肢は2つしかない。
戦争か和平か。
綾ちゃんか冬華ちゃんか。
私はこの際戦争でも────
やっぱりダメ!
綾ちゃんは大切な友達!
たとえ恋敵だとしても……
だとして……、も………
私、もうすでに負けてるから、敵にすらなれないのかな?
「……………」
「……………」
再び沈黙という名の静寂が訪れる。
どちらかを選ばなければならないが、選ぶことができない。
俊くんの立場に立てば、当然だ。
だが、この状況に第三の選択肢を提示する者が現れた。
「あやちゃんもま〜ぜ〜て〜!」
「ぐあッ!」
俊くんと一緒にやってきた、私の知る綾ちゃんより胸が格段に大きい第二の綾ちゃん。
噂にだけ聞く「あねね様」だと思われる彼女が、俊くんの背中に文字どおりダイブした。
「ちょ!にぃにになにするの⁉︎」
「なにっていわれても〜、遊びに混ぜてもらうだけだよ〜。」
「これは遊び…、なんか…、じゃ…」
眼前の光景に、冬華ちゃんの言葉が尻すぼみ的に勢いをなくしていく。
「あの…、綾嶺さん?これはいったい…」
「言ったでしょ〜?これは遊びだよ〜。」
ダイブによって体勢を崩され、膝立ち状態になった俊くんの頭に、あねね様はいつ抜いたのか、M1911を突きつけている。
「そう、遊び。遊びなんだよ〜。英語で言うとプレイだよ〜。」
「それだとちょっと意味が変わってくるような…」
「変わらないよ〜。あやちゃんは遊び続けるよ〜。おとーとくんの命を賭して、音ちゃんっていう配当を手に入れるためにね〜。」
子供のような口調とは裏腹に、やっていることはかなりえげつない。
「そもそも〜、おとーとくんが不甲斐ないのがいけないんだよ〜?もっと交渉力を鍛えないとね〜。」
銃を側頭部に突きつけたまま、俊くんの首に腕を回し、あねね様は耳元で囁く。
同時に、2人の体勢は、俊くんの背中にその大きな胸が押しつけられる形に変わった。
その光景を前に、私はなんとも言えない複雑な気分になる。
「まず確認だけど〜、『はなちゃん』であってるんだよね〜。」
「………新にーがわたしのことをそう呼びますね。和泉冬華です。それであなたは?」
「あやちゃんはね〜、天山綾嶺っていうんだよ〜。よろしくね〜。」
「『あまやま あやね』?わたしをからかっているんですか?」
「ええ〜!ヒドイな〜。音ちゃん!なにか言ってあげてよ〜!」
あねね様が、ここまでずっと沈黙を貫いていた綾ちゃんに助けを求める。
この状況でどんな対応をするのかと、私は少し身構える。
「────冬華。」
「綾ねー。綾ねーもわたしをからかうのかな?」
「そっちはもう手遅れね。まあ、それはそれとして、そこにいるのも、ここにいるのも『あまやま あやね』で間違いないわ。」
「………?」
しかし、それは私の杞憂に終わり、綾ちゃんは素直にあねね様への助け舟を出した。
ただ一方で、綾ちゃんの言葉を耳にした冬華ちゃんは、首をかしげている。
「音ちゃ〜ん。ちょっと指示語が多いんじゃないかな〜?はなちゃんたちが困惑してるよ〜。」
「あら?じゃあ、言い換えましょう。綾たち姉妹は同姓同名なのよ。漢字は違うけどね。」
あねね様の名前を知るのは初めてだ。
そして、これは冬華ちゃんも同じだと思うけど、困惑のより深い部分に飲み込まれていくような感覚を覚える。
「そういうわけで〜、はなちゃんをからかっているわけじゃないんだよ〜。名前ではね〜。わかってもらえたかな〜?」
「わかりました。とりあえず、二人とも撃てば解決するわけですね。」
「ええ〜〜。」
だが、冬華ちゃんは揺るがなかった。
いったいなにが、冬華ちゃんをここまで突き動かしているのかはわからない。
でも、一つだけ確かなのは…
「撃って最初にハチの巣になるのは〜、あやちゃんたちじゃなくて〜、おとーとくんだよ〜?」
今は、射線上に俊くんを立たせている、あねね様有利盤面だということだ。
「あの〜、綾嶺さん?冬華をあまり…」
「おとーとくんは黙っててくれるかな〜?」
しかも、元交渉役の実兄は言論の自由を封じられ、この状況をひっくり返す手立ても見えない。
これは限りなく詰みに近いといえる。
「どうして…。どうして、にぃにのことを『おとーとくん』って呼ぶんですか?」
最後の足掻きというべきか、はたまた投降前の情けを求めてか、冬華ちゃんはつぶやくように質問した。
「聞いたでしょ〜?おとーくんのセリフ〜。『綾音は俺の大切な人なんだ。殺されるのは困る』って〜。」
この人、俊くんの声マネがすごくうまい。
そのせいで俊くんが繰り返し綾ちゃんへの気持ちを言っているようで、流れ弾が私へのダメージを加算していく。
「つまり〜、音ちゃんとおとーとくんはお付き合いしているんでしょ〜?」
今まで、誰も直接的には表現しなかったことを、さらっと言ってのけるあねね様。
その言葉で受ける私のダメージは、流れ弾の比ではない。
「へ⁉︎ちょ…⁉︎」
なにかを口にしようとした俊くんの背中を、あねね様は銃で小突く。
「すいません、黙ります。」
「────ということはだよ〜。将来的にあやちゃんは〜、とっしーくんの『義姉』になるってことでしょ〜?だったら、今からバッチリ予行演習して〜、本番に備えておかないとね〜。」
つまり、あねね様はすでに未来を見据えているということだ。
俊くんの横に綾ちゃんがいる未来を。
そこに私がつけいる隙もなければ、もちろん…
「…たし…、…とり……ち…な…の?」
「およよ〜?」
「わたしは…、ひとりぼっちになるの?…にぃに?」
妹もいない。
そんな未来を突きつけられた冬華ちゃんの目からは涙が溢れ、カーペットにシミを作っていく。
「冬華ッ!」
さっきまで狂気に、そして今は悲哀に取り憑かれた唯一の肉親を前にして、あねね様の脅しを振り切って俊くんが飛び出した。
「にぃ…に…。」
そして冬華ちゃんを抱きしめ、その涙を拭う。
その二人を前に、あねね様も俊くんを止めることはなく、銃をホルスターに収めた。
「ちょっとやりすぎちゃったかな〜?」
「そうかもしれないわね。」
「でも、いい光景だね〜。音ちゃんも〜、おねーちゃんの胸に飛び込んできていいんだよ〜?」
「姉さんの胸に飛び込んでも跳ね返されそうだから、遠慮しておくわ。」
「素直じゃないな〜。」
綾ちゃんと綾嶺さん。
同じ名前に同じ顔立ちの二人だけど、内面は全然違うみたい。
「奏、ちょっと顔色が良くなったわね。」
「え⁉︎」
突然の綾ちゃんからの指摘に、ビクッと肩が強ばる。
「そうだね〜、さっきまで真っ青というか〜、真っ白みたいな顔してたもんね〜。」
あの状況で私の顔色まで把握していたらしい綾嶺さんまで参戦してきて、妙に嫌な予感を覚える。
「真っ白というのはおいておくとして、血色が戻ったのはいいことだわ。さすがに刺激が強すぎたかしら?」
「そ、そうかもしれない…、かな?」
「…?歯切れが悪わね…。ああ、そういうこと。理解したわ。」
「……な、なにを理解したのかな?」
「あら?言ってしまってもいいのかしら?」
「やめてくださいお願いします。」
「綾はそれでもいいけれど…」
「あやちゃんはよくないよ〜!」
綾嶺さんは私との距離を詰め、それにあわせて私自身はじりじりと後退していく。
壁際まで追い詰められ、逃げ場を失ったところで綾嶺さんが口を開く。
「顔色が元に戻ったということは〜、そうさせていたなにかが解消されたってことだよね〜。」
それは間違っていない。
問題はその内容だ。
「あやちゃんやはなちゃんが怖かった〜?あっ!人じゃなくて、さっきまでの状況自体が原因かな〜?」
いくつかの候補を挙げた後、綾嶺さんは耳打ち気味に言った。
「それとも〜、『とっしーくん』かな〜?」
図星だった。
「やった〜、当たりだ〜!」
綾ちゃんズの会話から察するに、俊くんと綾ちゃんはやっぱり付き合ってなんかいなかった。
どちらかというと今回の事態は、冬華ちゃんの早とちりと、そこにつけ込もうとした綾ちゃんの悪戯心が引き起こした、言わば勘違い冷戦だ。
結局のところ、綾ちゃんと、俊くんの思わせぶりな発言に振り回されただけだった。
「あやちゃんは応援してるよ〜。どうせなら今からアタックしてみる〜?」
「それはちょっと…」
「そうね、綾も反対だわ。さすがにもう一度は勘弁願いたいもの。」
私たちは、視線を俊くんの胸の中で涙を流す冬華ちゃんに向ける。
「かなやんも大変だね〜。とっしーくんもあんな調子だし、道のりは長そうだね〜。」
できれば、そうあって欲しくはないかな。
「どうにか収まりがつきそーだな。おい、デカイの、もう少し上手くできなかったのか?」
「ええ〜⁉︎これでもあやちゃんけっこう頑張ったんだよ〜?頭ナデナデの一つぐらいあってもいいのに〜。」
「次があればいいな。」
「あやちー、無事かー?」
「あら、筋肉じゃない。いたのね。」
「ひどいなー。心配してたのにー。」
「なら、今度は自分で助けに来なさい。」
「おー、まかせとけー。」
事態の収束を察して、傍観者の2人も合流する。
女子会も今日のところは幕引きだろう。
これでようやく平和な時間が戻ってきたかな。
「ね〜ね〜、俊夏さん!」
「なんだ?」
「この後話したいことがあるの〜。二人っきりでね〜。」
「そうか。そいつは楽しみだ。」
………たぶんね。




