第15話 デザートの後の追加注文はありですか?
「城山」は、俺たちが暮らす媛山市市街地のほぼ中央に位置する山だ。
実際には山というより、小高い丘に近い。
そんな城山は、山頂に戦国時代後期から江戸時代にかけて築城された国の重要文化財である「媛山城」の天守閣が現存していることから、この都市の1、2を争う観光地となっている。
そのため、城山に魔獣が進入するたびに、市民や観光客の安全確保のため討伐隊が派遣されているわけだが…
「さて、諸君。今日はいろいろとあったが、とりあえずご苦労さんだった。」
できることなら俺はもう勘弁願いたい。
「あんなに魔獣が湧き出ることなんて、滅多にあるもんじゃないからなー。運がいいというか、悪いというか…」
教壇に立っている夏先生の喋りはいつもどおり軽やかだ。
とても俺たちを窮地から救い、俺たちが窮地に陥る原因を作った張本人とは思えない。
「まあ、一番運が悪いのは、今も魔獣の対応に追われている愛美先生だろーなー。」
城山では現在進行形で溢れ出した魔獣の掃討作戦が展開されている。
それも、学園の上級生や彼らを指揮する愛美先生はもちろん、自衛隊まで参加している大掛かりのものだ。
「こーいう不測の事態は実戦ならではといったとこか。正直やってらんねーよなー。とりあえず、正確な事前情報をよこさなかった学年主任には後で文句を言うとして…」
対して、疲労困憊で教室に戻っていた俺たちを待っていたのは、
「諸君にも振り返るべきことは振り返ってもらわないとな。」
紛うことなき反省会だった。
「まずは、出撃メンバー諸君の装備についてだ。」
そう切り出すと、黒板に俺たちの名前を、縦に並ぶよう殴り書いていく。
「秋と新の装備は種類に違いがありはするが、2人とも刃渡り80センチほどの剣と、それを補う短剣。そして拳銃1挺。予備マガジンは秋が7発、新が8発のものを2本ずつか…」
俺たちの名前の横に、それぞれの装備が書き出されていく。
「まあ、これしかないっていうなら選びようもないし、特別悪い選択でもない。携行弾数についてもサブとしてなら十分だろう。いわば無難なチョイスってやつだ。」
無難呼ばわりには引っ掛かりを覚えるが、悪い評価でないならまあいいか。
「っても、このご時世に近接武器をメインに据えて持ち出す奴はそーそーいないし、事例としてはあまり参考にならんな。」
んなこと言われてもな。
「次に綾音だな。綾音の装備はメインがMP7。40発マガジンが3本だったな。そしてサブにGlock 18Cで、17発マガジン2本と、奏に33発マガジン1本。合わせて187発か。」
改めて聞くと、綾音はかなりの弾数を携行していたんだな。
それでも、
「こんだけ持っていたにも関わらず、結果論でいえば弾が足りなかったわけだ。」
これを聞けば、あれがどれだけ異常な状況だったかがすぐにわかる。
もしかすると、あの異常さを明確に数値化できる唯一の指標かもしれない。
「とはいえ、事前情報を前提にすれば必要最低限プラスアルファの必要十分量の弾薬は持っていたと評価できる。武器選びについても、『護衛』という自分の役割を理解した、小回りの効くいいチョイスだったといえる。結果についてはまあ、運が悪かったと今回は言っておこう。」
俺たちの時とは違って明らかにいい評価だが、綾音の顔はどこかくぐもっているように見える。
「さて、問題なのは…」
だが、夏先生の視線の先には綾音以上に暗い顔の奴がいた。
「奏。」
最後の一人にして、俺の幼馴染だ。
「理由はわかっているな?」
夏先生の問いに、恐る恐ると行った様子で奏が答える。
「……『M200』、ですよね。」
M200 Intervention。
「介入」という二つ名のとおり、前線から遠く離れた場所にいても脅威という名の存在感を放つその銃は…
「そう、M200だ。城山で使うにはオーバースペックのな。」
高い性能に反して、あまり活躍しなかった。
「インタベは総重量10キロオーバーのバケモンだ。当然、移動には困難と苦労がついてまわったはずだ。」
実際、移動する時は奏と綾音の2人がかりで運搬を行っていた。
それは俺が奏と組む時も同じだ。
「しかも、城山は端的に表現すれば山林だ。木が並び立つ地形は身を隠すのには適していても、その地形のなかで狙撃を完結させるのには向いていない。なんたって射線が通らないからな。まあ、成果がないわけではないが…」
今回、奏がインタベを発砲した回数は、魔獣に取り囲まれていた時の2回。
成果は3匹。
あんな状況の中、1発で2匹を仕留めたりと、なんだかんだすごいことをしてはいるのだが…
「1人で持ち運びできる軽量な武器であれば、もうちょいまともに応戦できたはずだ。もちろん、綾音の負担を軽減させることもな。そういう意味で、足を引っ張っていたのは間違いないだろう。総合的に評価するとしたらDだが、今回は参加報酬ってことでC判定にしといてやろー。」
総合評価D。
それはどちらかというと新の代名詞で、奏はこれまで一度も取ったことのない補習待ったなしの落第点だ。
「俺の確認不足だったら悪いんだが、インタベ以外にも狙撃銃を持っているのは間違いないよな?」
奏が所有するスナイパーライフルは全部で3挺。
今は一番採用率が高いインタベ。
逆に一度も採用されたことのない「Barrett M82A3」。
そして、ある出来事以来まったく採用されなくなった
「てっきり『PSG1』を持ってくると思っていたんだがな…」
もし俺が夏先生の立場なら、おそらく同じことを言うだろう。
ただ、それは奏も当然承知している。
それでも使わないのには、それなりの理由がある。
「あの銃はちょっと問題があるので…」
やや歯切れの悪い答えに、夏先生は
「信頼が置けないから使わない。その選択自体は間違っていない。だが、そうなると、お前にはインタベとバレットしか選択肢が残らないことになる。どっちも重量があって使える場所が限られるから、新しい選択肢を探した方がいいな。」
確かに、考えておいて損はないだろう。
そのための方法といえば…
「銃を新調するということですか?」
「そうだな。それが一番手っ取り早くい方法だな。学校にもそれなりに備品があるから、俺か愛美先生に声をかけてくれれば試し撃ちぐらいはさせてやる。必要なら相談にも乗るから、遠慮なく言うよーに。」
「はい!お願いします!」
今日痛い目を見たせいか、奏も乗り気のようだ。
俺としても、奏と組む時の行動に幅が増えるのは大歓迎だ。
ただまあ、俺自身は1挺あれば十分かな。
整備も手間だし、他にも手続きとか、いろいろと面倒だし…
「おいおい、秋。ボーっとしている暇はないぞ?反省会はまだ終わってないし、終わった後もお前と新にはちょっとばかし付き合ってもらう予定なんだからな。」
え⁉︎
「おー、なんかやるんすかー?」
へ⁉︎
「それはお楽しみってやつだ。」
「おおー!」
おかしい。
もう魔獣退治は終わって、すでに反省会を迎えているはず…
それにも関わらず、これ以上まだ何か出てくるっていうのか?
いつものやる気ない夏先生はどこに行ったっていうんだ⁉︎
というか新、お前順応早すぎないか?
「じゃあ、次にそれぞれの動きについて振り返るとしよーか。」
え?俺は放置なの?
「待たせっぱなしも悪いし、オペレーターからいくとしようか。」
その言葉に、冬華の顔が少し強ばる。
「特筆すべきはやはり、奏たちが魔獣に強襲された時の対応だろう。2人から報告がくる前に魔獣の襲撃に気づき、秋たちに救援要請をするまでの手際の良さ。愛美先生への報告、学園と自衛隊への救援依頼の発出、並の人間なら尻込みして対応が遅れがちになるところだが、咄嗟の行動力も見事だったというほかない。」
褒めちぎられた冬華が見せたのは、「喜び」というよりも「驚き」の表情だった。
「え?夏先生はあの時、モニタールームには…」
「モニタールームもモニターされていた。つまりはそーいうことだ。」
本当に底知れないな、この人は…
「先生!質問してもいいですか?」
兄が放置されていることには見向きもせず、妹は知識欲の赴くがまま突き進んでいく。
「夏先生は、あの魔獣の襲撃を事前に察知していたように見えたんですけど、どうですか?」
「『確実に』というまでの自信はなかったが、『可能性がある』ぐらいには思っていたな。」
「その可能性に気づいたのは熱探知をした時で合ってますか?」
「お察しのとーりだ。」
「正直、わたしはあの熱探知画像でその予兆を読み取ることはできませんでした。どうしてあれでわかったんですか?」
教室が少しざわめく。
聞こえてくる言葉はどれも、魔獣の存在を予見できてたかどうかを問うものばかりだ。
俺は直接その熱探知画像とやらを見てないからよくわからないが、確かにあの時の冬華からの報告は、1匹の魔獣の居場所だけだった。
それなりに経験を積んでいる冬華ですら気づけなかったという事実に加え、他の連中の反応も見る限り、とても魔獣襲撃の予兆が読み取れるものではなかったのだろう。
「そーだな…。答えを知ってそうな奴に電話してみるか。」
授業時間に教師が携帯電話を取り出した。
スピーカー機能を使用しているのか、コール音が教室に鳴り響く。
夏先生の突拍子もない行動にも驚かされるが、それ以上に驚かされたのは…
『もしもし⁉︎俊くん⁉︎いったいなんの用かな?』
普段とは印象が違いすぎる愛美先生の話し方だ。
「ああ、今どんな感じか聞こうと思ってな。」
『どんな感じもなにも、メチャクチャ忙しいかな。こんなに魔獣が潜んでいるなんて、管理体制がなってないんだよ。』
電話口の向こうからは銃声が漏れ聞こえる。
今も作戦行動の最中であることは間違いないだろう。
「どこに潜んでいたんだ?」
『どこって、「地中」だよ「地中」。俊くんが言ったんでしょ?』
「そうだっけな?ちなみに、原因はわかったのか?」
『え?「もぐり」だけど…?それも俊くんが言ってたことでしょ?』
「悪い、最近物忘れが激しくてな。」
『そういう冗談はいいかな。そっちは反省会終わったの?』
「ん?今まさに反省会の途中だが?」
『え⁉︎どういうこと⁉︎俊くんなにしてるの⁉︎』
「愛美先生に遠隔授業をお願いしてるところだ。」
『え⁉︎え⁉︎これ生徒も聞いてるの⁉︎』
「そうだけど?」
『ちょ!そんなこと聞いてな────』
夏先生が指を少し動かすとともに、プー、プーと通話が切られた音がスピーカーから流れる。
「聞いたか諸君。そういうことだ。」
最早、いったいなにが、いったいどういうことなのか、俺にはよくわからない。
ただ、夏先生に会えるのは今日が最後かもしれない。
そんな予兆を察知することができたのは俺だけではないだろう。
「『もぐり』ってのは土竜型の魔獣で、掘削能力に優れている。今回の強襲劇の大きな特徴は、もぐりが掘ったトンネルを他の魔獣が移動手段として利用したってとこだ。」
俺としては、愛美先生を利用したあなたの無謀さの方がよっぽど気になる。
「もぐりがトンネルを掘る時、呼吸をするためなのかよくわからんが、時々地表に顔を出す。当然、顔出すために穴を開けた部分は、他の地表部分とは温度が異なる。それが斑点のような形で熱探知に現れていた。俺が見つけた予兆といえば、まあ、そんなところだ。」
皆が呆然とする中、冬華だけが忙しくメモを取っていた。
「他に質問はないかー?」
俺が反省会で覚えているのはここまでだ。
この後は愛美先生のことが気になりすぎて身に入ってこなかった。
ただ一つ、俺から報告すべきことがあるとするならば
「これで反省会を終わりにする。みんなご苦労だった、ゆっくり休んでくれ。秋と新は俺のところに来るよーに。そんじゃ、かいさーん。」
追加注文からは逃れることができなかった。




