第9話 兄妹の絆は最強ですから
「この4人で魔獣退治に行くのって、結構久しぶりだね。」
教室に戻った俺たち3人は、新の帰りを待つ間、昔話に華を咲かせていた。
「そうね。4人でとなると、最後に行ったのは中学2年生の時だったかしら。」
「あの時も新の奴に振り回されたな。」
「新くんが自分の武器をしまっていたロッカーの鍵を失くした時だよね?」
「ああ、全員で手分けして探したってのに、最後はあいつのポケットの中から出てくるんだもんな。」
「捜索に2時間ぐらいかかったわね。魔獣を狩りに行く前からクタクタだったわ。」
「大変だったね。」
「今回はあいつとペアか。何もないと信じたいが、ちょっと気が滅入るな。」
「そんなこと言いだしたら、普段からペアを組んでいる綾はどうなるのかしら?気が滅入るどころじゃ済まないわよ?」
「言えてるな。」
「頼りになる時もありはするのだけどね。」
「うん。新くん強いから。」
「まあ、否定はしないが、普段から頑張って欲しいとは思うな。」
やる時にはやってくれるが、やらない時はとことんやってくれないからなぁ…
「それは無理じゃないかしら?」
「あははは…」
こればかりは新の今後に期待するしかないが…
残念ながら勝率は低そうだ。
「待たせてごめんよー。」
噂をすればなんとやら、教室のドアが勢いよく開かれた。
俺たちは聴き慣れた声のする方向に目を向ける。
そこにいたのは、夏先生から借りたと思われる黒いガンケースが持った新だ。
「なに話してたんだー?」
「お前には振り回されっぱだって話だ。」
「ん〜?そうかなー?」
無自覚なのだから余計にタチが悪い。
それでこそ新とも言えるが…
「筋肉も戻ってきたし、明後日の確認をしないかしら?」
ちなみに、綾音の言う「筋肉」とは新のことだ。
筋肉質である新の特徴を表現した、そのまんまな呼び名ではあるのだが…
まあ、変わった呼び名であることには間違いない。
もう少しマシな呼び方はなかったものだろうか?
「あやちーはやる気マンマンだなー。」
綾音があだ名で呼ぶのは新ぐらいだが、対照的に新の方は、人をあだ名で呼ばない方が珍しい。
綾音は「あやちー」、奏は「かなやん」、俺のことは「とっしー」といった具合だ。
「やる気はないわ。やれと言われたからやっているだけよ。」
「そうなのかー?」
そして新にはもう一つ特徴がある。
「筋肉こそ、準備はいいのかしら?」
「いいぞー。夏せんせーに銃も借りたし、バッチリだー。」
こいつは敬語というものを知らない。
尊敬語や謙譲語、丁寧語といった中学校でも学んだはずのそれを、残念ながらなに一つ身に付けることはできなかったようだ。
「ロッカーの鍵を失くしたとかはもうやめて欲しいかな。」
「大丈夫だってー。かなやんは心配性だなー。」
ゆったりと話し、語尾を伸ばすのを忘れない。
これが普段の新で、少し前までは誰に対してもこの喋り方だった。
だが、そんな新に待ったをかける人物が現れた。
「信用できないわね。」
そう、綾音だ。
中学3年生の夏、4人で受験勉強をしていた頃。
「護衛のスペシャリスト」、「狙撃のエキスパート」、「Sランク能力保有者」、そして「他者の能力をある程度自分のものとして扱える者」。
そんな肩書きを持つ俺たちは、配点の多くを実技試験が占めるこの学校の入学試験を前に、かなりの余裕を持っていた。
しかし、綾音は気づいてしまった。
いや、俺たちが目を背けていたことに向き合ったという方が正しいかもしれない。
『筋肉は口述試験をどうするつもりなのかしら?』
この一言をきっかけに、古川新改造計画が始動した。
「同じ失敗はしないってー。」
「本当かしら?」
繰り返される意味を成さない問答。
「あなたがそう言って、できた試しはないと思うのだけど。」
「そうかー?」
数々の困難と挫折。
それらを繰り返して、俺たちは一つの答えに辿り着いた。
「っす」口調なら、体育会系のノリで大目に見てもらえるんじゃないか?
そして、敬語の習得は不可能であると悟った俺たちによる必死の詰め込み教育の結果、目上の人と対する時は「っす」口調で臨む、今の新ができあがった。
「行動で示して欲しいわね。」
「わかってるってー。」
思えば、あの時もこんな会話が延々と繰り返されていたな。
「まあいいわ。」
何かを諦めるように話を切りつつ、どこか楽しそうに見える綾音もまた、いつもの光景だ。
「まずは装備の確認でいいかしら?」
「ああ。」
「うん、いいよ。」
綾音の言葉に、俺と奏がうなずく。
「じゃあ、早速見せてもらいましょう。」
綾音が新に向き直る。
「夏先生から何を借りてきたのかしら?」
続くように俺たちも新に視線を向ける。
ここが今日一番の山場になるのは間違いない。
あの変人だが弁えはある夏先生のことだ。
初心者に「頭おかしい銃」は渡さないだろう。
だが、あの無駄なこだわりを持つ新のことだ。
並大抵の銃では満足しないだろう。
「それはなー、」
いったい何が出てくるんだ?
二人はどこで妥協したんだ?
「これだー!」
新がガンケースに手をかける。
緊張の一瞬だ。
「…………ん?」
蓋が開かれた。
姿を見せたその中身に、俺たちは目を丸くする。
「ガバメントね。」
「ガバメントだね。」
「ガバメントだな。」
輪郭に沿ってくり抜かれたスポンジの緩衝材に、ステンレスシルバーの銃がスッポリとはまっている。
M1911。
通称「ガバメント」。
夏先生がこよなく愛する、世界最高の自動拳銃。
そして、紛うことなき普通の、真っ当な拳銃。
「ちょっと身構えてたが…」
「そうね。思っていたよりもまともなものがきたわね。」
「うん。これなら大丈夫そうかな。」
どうやって新を説得したのかは知らないが、夏先生もいい仕事をする。
こればかりは感謝するほかない。
「みんなも気にいったみたいだなー。」
なぜかは知らないが、新もこのガバメントをとても気に入っているようだ。
「別に気に入っていってはないわ。いい意味で期待を裏切られて安心しただけよ。」
いつも以上にテンションが高い新に対して、綾音は相変わらずだ。
だが、綾音の気持ちは痛いほど理解できる。
俺もてっきり、「世界最強の自動拳銃」や「銃の形をした鈍器」あたりが出てくると…
「そうかー。」
やや残念そうに新が口を開き、
「俺は気に入ってるんだけどなー。この銃おもしろいからなー。」
おもむろに銃をはまっていたスポンジから抜き取る。
待ち受けていたのは、予想だにしない驚愕の真実だった。
「は⁉︎」
「え⁉︎」
そのあまりの出来事に、俺と奏は思わず声をあげ…
「……やっぱりダメだったわね。」
綾音は静かにため息を漏らした。
「なんだー?みんなどうしたんだー?」
「それはこっちのセリフだ!なんなんだそいつは⁉︎」
普通の銃だと思っていたそれは、まったくもって普通の銃ではなかった。
「なんだっけなー、確か名前が書いてあったようなー。」
一つの銃に二つの銃身。
「おお、これだー。『AF2011-A1』って銃だなー。」
まるで二つのガバメントを左右に貼り合わせたような、「威圧的」という言葉がよく似合う見た目をしている。
「何言ったらそんなもんくれんだよ!」
「んー?夏せんせーになー、デザートイーグルをくれー!って頼んだんだー。」
そこまでは想定の範囲内だ。
「そしたらなー、『こいつは一度に2発弾が出るから、1発しか出ないデザートイーグルより強い』って言われてなー。確かにそうだよなー。」
…………。
いったいどうコメントしたものか…
誰か助けてくれ。
「これの使用弾はなにかしら?」
綾音がAF2011-A1を指差しながら、新に確認を取る。
俺はすぐにその意図を察することができなかったが、
「『よんじゅうごなんとかピー弾』ってやつだなー。」
「『.45ACP弾』ね。」
「そうそう、それだー。」
その短いやりとりは、全てを察するに十分なものだった。
「確かに、発砲弾数についてはデザートイーグルより強いわね。」
.45ACP弾1発の威力を100とするならば、デザートイーグルが使用する.50AE弾の威力はおおむね400程度になる。
それを2発同時に発砲できたところで…
まあ、綾音も、夏先生も、ワントリガーの威力で勝っているとは言っていない。
つまりは、そういうことだ。
「新くん、あのね…」
「奏、ちょっと待ちなさい。」
あまりにも憐れな友人に事の真実を伝えようとする奏を、綾音が静止する。
「俊秋も、こっちに来てくれるかしら。」
「あ、ああ。」
俺は言われるがまま、新を置いて輪に加わる。
「綾ちゃん?」
「教えないのか?」
「その通りよ。」
新を一瞥して、綾音は小声で話を続ける。
「ここで本当のことを教えたら、きっとあの筋肉馬鹿はまた夏先生のところに行くわ。今度こそ最強の銃を借りるためにね。」
「それは…」
「ありえるな。」
昔から、綾音の話には説得力がある。
「正直、あれとデザートイーグルのどちらがマシなのかはわからないわ。でも、筋肉が銃を抜くかどうかは夏先生次第。おそらく、許可を出すつもりはないのでしょうね。」
「なら、デザートイーグルでもよかったんじゃないか?」
「これも綾の考えにすぎないけど、ガバメント系列の銃という点が重要なのだと思うわ。」
単に、論理的な思考にもとづいているというだけではない。
「俊秋の銃もガバメント系列の銃よね。」
「ああ。」
「なら、操作性は同じはずよね?おそらく、あなたが銃を使っているのを見せて、筋肉の能力に落とし込もうとか考えているんじゃないかしら?」
的確な予測が、それをより確からしいものへと昇華させている。
「俊くんと新くんをペアにしたのもそのためなのかな?」
「さあ、実際のところはわからないわね。あの人を過大評価しているだけかもしれないわ。ただ、筋肉の銃選びにこれ以上時間をかける必要性は感じられないわね。」
だからこそ、俺たち4人の中で綾音は参謀ともいえる重要な役割を担っている。
「さすがだな。」
「綾ちゃんが言うなら間違いかな。」
見事な手際に、俺たちは揃って賞賛の言葉を送る。
しかし、当の綾音はといえば…
「綾はたいしたことないわ。上には上がいくらでもいるものよ。」
ただ謙虚というわけではなく、何かを諦めたようにそう自分を評価する。
「さあ、戻りましょう。筋肉の我慢が限界を迎えないうちにね。」
視線を移すと、そこには「まだかー」と言わんばかりにうずうずを抑えられない様子の新がこちらをじっと見ていた。
「もういいのかー?」
「ええ、待たせたわね。確認を続けましょう。」
新に余計な興味を持たせずに、話をスムーズに進める方法。
それは何事もなかったかのように、素っ気なく振舞うこと。
中学時代に綾音が言っていたことだ。
「筋肉の他の武装はなにかしら?」
「場所は城山かー。『ささき』は使いづらそうだなー。いつも通りでいいんじゃないかー。」
それ以前に、こいつが物干し竿を使っている姿を最近見ていないような…
「俊くんはどうするの?」
「俺も銃以外はいつも通り、軍刀と小太刀の二振りでいくつもりだ。」
「確か、軍刀が『時雨』で、小太刀が『吹雪』だったかしら?」
「ああ、よく覚えているな。」
「兄妹で一振りずつ刀を交換しているなんて仲睦まじいエピソードを聞かされたら、忘れたくても忘れられなくなるわ。」
もともと時雨には、「秋雨」という対になる小太刀が存在する。
それを俺は、兄妹である証や絆といったものを形で残すために、冬華が所有する吹雪と交換している。
ただ、こう改めて言われると、どこか恥ずかしさが込み上げてくる。
「奏たちはどうするんだ?」
話を逸らすように質問する。
そんな俺の意図を汲み取ってか、奏はニヤつきながら答える。
「私の仕事は後方からの索敵と狙撃だから、あまり動くことはないはずだし…。M200とBerretaで大丈夫かな。」
「綾は奏の護衛ね。奏が定点行動するつもりなら、綾は小回りの利くMP7とGlockで行くわ。」
これで一通りの確認は済んだわけだが…
「みんないつも通りだなー。」
「そもそもの選択肢が少ないからな。」
「こればかりは仕方ないわね。」
「でも、この組み合わせでの行動は初めだから、そっちの確認もしておきたいかな。」
「そうね、今のうちにやっておきましょう。」
こうして、俺たちはそれぞれのペアに分かれて確認を始め…
「俊秋。あなただけが頼りよ。期待しているわ。頑張ってちょうだい。」
るのだった。
<済陽学園所蔵のAF2011-A1>
・製造メーカー「Arsenal Firearms (アーセナルファイヤーアームズ)」
・製造国「イタリア」
・正式名称「AF2011-A1 Second Century」
・通称「AF2011-A1」、「AF2011」
・ダブルバレルハンドガン
・シルバーカラー (ステンレス)
・装弾数(7+1)×2発
・M1911ベースのクローン銃
・実用性は無いに等しい、コレクション品




