第4話 誕生日
~~ホーエンツォ邸・庭~~
「今日は息子ディートフリートの十五歳の誕生日にお集まり頂き感謝する。
心ばかりの物だが皆楽しんでいって欲しい」
手にした杯を掲げながらアルベルト・ホーエンツォが告げると、その場に集まっていた者達が同じように手にした杯を一斉に掲げ、次々とディートフリートとホーエンツォ家に対して祝福の言葉を告げながら杯を干した。
ディートフリートの誕生日を祝うため、庭には学校の友人やホーエンツォ家と関わりのある街の者達に森の民であるエルフ達。
そして、当初はエルフ達の所へ交易のために訪れていたが、今では街の者達とも交流があるドワーフや獣人達もそこにはいた。
『ディート、誕生日おめでとう』
「ありがとう、二人とも」
笑みを浮かべ、声を揃えて祝福してきた鍛冶屋の双子にディートフリートは笑顔で答えた。
「ディート、これは俺達から」
そう言って二人が差し出した木箱をディートフリートは礼を言って受け取り、早速蓋を開いてみると、中には剣が一振り入っている。
「剣のようだけど…」
ディートフリートは木箱に納められている剣を見詰めながら不思議そうに呟いた。
何故かといえば、その剣は普通のものと比べて刀身が短く出来ていた。
だが、かと言って短剣と呼ぶほどには短くなかった。
そして、一番不思議なのはその剣の刀身は僅かに反りがあり、刀身の幅も普段ディートフリート達が使う剣の半分ほどしかなかった。
不思議そうにしているディートフリートに双子は悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべながら木箱から剣を取り出し、更に剣の下に隠されていた8の字に作られた革のベルトを取り出す。
よく見ると、ベルトの中央の革がクロスしている部分にもう一つ革の輪っかが付いている。
「まずは、このベルトの輪っかに剣を挿して…」
エミーリアの説明を聞きながらディートフリートはベルトの輪っかに剣を差し込み、次に8の字の部分に腕を通すと剣を背中に背負う形となった。
「抜いてみてくれよ」
言われるまま、ディートフリートは剣の柄に手を掛けると、少し抵抗があってからスラリと剣が抜ける。
自分が想像していたよりも簡単に剣が鞘から抜けたのでディートフリートは驚いてエンリコとエミーリアへ向くが、二人は納得していない様子の顔付きあった。
「やっぱりもう少しベルトの工夫が必要ね」
「もう少し幅を広くした方がいいんじゃないかな?」
「でも、これ以上幅を広げたら背負い難いでしょ?
それに、もっと剣が斜めになるようにしないと…」
ブツブツと何事か二人で呟き続ける双子の姿にディートフリートは苦笑を浮かべながら手にした剣を眺める。
「やっぱり反りがあるな」
「ああ、それな。
刀身が真っ直ぐだと抜き難いと思ったから反りを付けてみたんだよ。
それなら抜く時に鞘の内側を滑らせれば簡単だと思ったんだ。
それに、刀身も短くして幅も半分くらいにしたのも抜きやすくする工夫なんだ。
刀身に反りをつけても長かったり、幅が広いと片手じゃ抜き難いと思ってさ。
でも、ただ短くしたり幅を狭くしたりするだけじゃ強度不足になるから片刃にして、刀身の背の方は厚みを持たせてみた。
これで強度不足は補えるし、ある程度の重さも得られたから切れ味も上がったんじゃないかな?」
自分の打った剣を自慢するかのようにエンリコは告げる隣で、ディートフリートはその新しい剣を繁々と見詰めていて。
「いいな、これ」
満足そうな顔で告げるディートフリートにエンリコも満足げな顔になる。
「ほう、何だか変わった剣じゃないか」
ディートフリートの手にする剣を見つけた獣人が近付きながら声を掛けてきた。
「ヘクトールさん」
交易のためにエルフと街を訪れるキャラバン隊の護衛を仕事としているヘクトールは獅子の獣人族で、キャラバン隊の護衛をする前は王国騎士団に所属していてアルベルトとはその時の同僚であった。
「よぉ」
大の大人よりも頭三つ分は大きなヘクトールはディートフリートの頭にポンポンとその大きな手を乗せ、首周りのタテガミを揺らしながら和やかに挨拶をした。
ヘクトールからはキャラバン隊が訪れた街や王都の話しを聞いたりしていたため、ディートフリートもよく見知った人物であった。
キャラバン隊が街を訪れた時にしか会えない二人は、挨拶もそこそこにお互い近況を伝え合うと、ヘクトールが徐に問い掛ける。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「兄と同じように王都の術科学校へ行きます」
「南部のではなく、王都の?」
「はい。
先日入学証も届きました」
術科学校とは王国が作った兵士の育成機関で、東西南北の各地方に一校ずつと王都の合計五校があり、学費はかからないが、三年の教育後に各地の衛兵駐屯地で五年の兵役が課せられていた。
また、成績優秀な者はより上位の育成機関である士官学校へ進み、王国騎士団や魔法士団、各衛兵駐屯地の指揮官、または近衛兵団に所属していた。
五つ年上の兄カルロスも王都の術科学校へと進み、現在は士官学校に進学しており、父のアルベルトと母のベアトリクスも同じような道を進んでいた。
ただ、ベアトリクスの場合は魔法士としての素養が強かったため、術科学校の時代から魔法科へと進み最終的に魔法士団に所属していた。
「そうか、そうか。
では、お前もアルベルトと同じ道に進むんだな」
満足げにヘクトールは言い、「実は」と前置きしてから自分の息子も今年から王都の術科学校で学んでいる事を告げた。
「つまり、ディートの一つ先輩というわけだ」
ヘクトールはガハガハと豪快な笑い声を上げながら告げる。
「相変わらずの笑い声ですね、ヘクトールさん」
ヘクトールの笑い声にアルベルトは苦笑を浮かべながら声を掛け、手にしたワインを相手の杯に注ぎ、いつものように昔話を始める。
「そういえば、先日王都に寄った時に、まだあの店が残ってたぞ」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げるヘクトールにアルベルトが少し考えるような顔をしてから笑い声を上げた。
「ひょっとして、バッカスですか?」
「ああ」
「まだあの店があったんですか?」
「おまけに、あの小煩いオヤジまで残ってやがった」
「ははは、あのオヤジさんまだ元気にしてたんですね」
笑みを浮かべながら思い出深そうにアルベルトは語ると、バッカスというのは王都にある飲み屋の名前で、騎士団員達の行きつけの店だという。
「騎士団の宿舎は飯は出るし味も悪いもんじゃないんだが、酒が飲めないからなぁ…」
「私もそれほど飲む方ではないですが酒無しの食事というのは少々寂しいものがありますからね」
「飯は宿舎で食べて、酒はバッカスでってのが騎士団員達のお決まりだったな」
「あのオヤジさん、私達が酒やツマミばかり頼むから儲けが出ないといつもぼやいてましたからね」
「そうそう!
だけど、あの店は相当騎士団の金がつぎ込まれたはずだよな?」
「ええ、毎晩のように誰かしらが飲みに行っていましたからね」
当時の事を次々と思い出しては話しに花を咲かせる父とその友人に、ディートフリートは自分も早く王都へ向かいたいと思うのだった……