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隻腕剣士の英雄譚  作者: 蒼空
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第3話 剣と魔法

~~ホーエンツォ邸・ディートフリートの部屋~~

「ん……」


ゆっくりと目を開けたディートフリートの視界によく見慣れた天井が映る。


「…部屋…?」


確認するようにディートフリートは小さな声で呟き、ベッドから起き上がろうとするが、やけに布団が重く感じられて起き上がることが出来なかった。


ディートフリートは怪訝そうに視線を体に掛かる布団へ視線を向けると自分の体を挟むように母親のベアトリクスと兄のカルロスが自分のベッドへ上半身を突っ伏すように体を預けて寝ている姿が見えた。


「母様に…、兄さん…?」


起き抜けのためか頭の中が霞がかったようにボウッとしているディートフリートは身動ぎしながらどうにか体を起こそうとしている。


すると、それに気が付いたのか兄のカルロスが眠い目を擦りながら目を覚ます。


「兄様?」


ベッドから顔を上げた兄にディートフリートは声を掛ける。


すると、カルロスはゆっくりと顔をディートフリートへと向け、その瞳を大きく見開き弟へと抱き付いた。


「ディート!!」


それまで聞いたことのないほどの大きな声でカルロスは弟の名前を叫ぶと、同じようにディートフリートのベッドで寝ていたベアトリクスも目を覚ました…



ディートフリートが目覚めてから早一週間。


目覚めてからというもの鍛冶屋の双子のエンリコとエミーリアを初めとした友人達や、街でホーエンツォ家と特に関わりのある者達の見舞いを受けていたディートフリートは少し疲れた様子で上半身を起こしてベッドの上に座っていた。


「はぁ…」


溜息を漏らしながら、ディートフリートは包帯が巻かれている右腕を見る。


腕を無くした事を知った時は当然のように衝撃を受け、涙を流して悲嘆に暮れた。


だが、それよりも父や母が何時までも自分を病人扱いして部屋に押し込めている事に辟易していた。


「はぁ…」


ディートフリートはその日何度目かの溜息を漏らすと、ベッドサイドのテーブルに置かれた水挿しへ思わず右腕を伸ばした。


その瞬間、ディートフリートの脳裏に森の泉でゴブリンと戦った時の事がフラッシュバックの様に蘇る。


「うぅ…」


左手と失った右腕で頭を抱え込むような仕草をしたディートフリートはあの時の光景を思い出し身震いするが、同時に自分がどうやってゴブリンと戦ったのかを思い出す。


そして、ディートフリートはゆっくりと失われた右腕を再び水挿しへと向けた……


~執務室~

ディートフリートが自室で暇を持て余していた頃、ホーエンツォ家の当主であるアルベルトは執務室で二人のエルフと対面していた。


一人は、先日息子のためにエルフの秘薬を手に屋敷を訪れた森の民で名をフィーネと言った。


もう一人はフィーネが連れて来た森の民の族長を名乗る人物でゲルトと紹介された。


アルベルトは先ずは息子のためにエルフの秘薬をフィーネに持たせてきてくれた事に感謝の意を示した。


その様子にゲルトは笑みを浮かべながら頷く。


「それで、今回はどのようなお話しでしょうか?」


アルベルトはテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばしながら問い掛けた。


同じように紅茶に口を付けたゲルトは少し言い淀んでから話しを始める。


「実は…、助力をお願いしに参りました…」

「助力…?」


アルベルトは少し怪訝そうに呟くとゲルトは黙ったまま頷いた。


ゲルトが言うには最近森の中で魔物の発生が多くのなり、そのせいで森の民であるエルフや使役している動物が被害に遭っているとの事で、その魔物の討伐を手伝って欲しいとの事だった。


「なるほど、そういう事でしたら喜んでお手伝いさせて頂きます」


魔物の発生については衛兵隊からも報告が上がっており、それを討伐するとなればエルフ達のためだけではなく自分達のためにもなる事であるため、アルベルトは二つ返事で応じた。


そして、ゲルトは自分達との連絡役としてフィーネをアルベルトの元へ置くように提案してきた。


「確かにあなた方と連絡を取る方法があると我々は助かりますが…」


そこで一旦言葉を区切ったアルベルトは、ゲルトの隣に座るフィーネへ一度視線を向けてから再び口を開く。


「彼女はそれでも構わないのでしょうか?

その…、彼女にも家族がいるでしょうし、魔物を討伐するとなれば一度や二度の戦いでは済まないでしょう。

恐らく一年か二年…、もしかしたらそれ以上になるかもしれませんが?」


子供を持つ親であるアルベルトは親子が長く引き裂かれてしまうかもしれないという事を心配そうに問い掛けた。


すると、ゲルトは少し驚いた顔をした後にニコリと笑みを浮かべる。


「我等は森の民、郷は目と鼻の先です」


アルベルトの意図を察したゲルトは笑みを絶やさずに告げ、隣のフィーネに視線を向けた。


「族長の言われる通り、我等の郷はすぐ目の前です。

何かあればすぐに駆け付ける事は出来ます。

しかし、私の仕事は御当主様と郷との連絡役。

それを投げ出す事などありません」


「わかりました。

ですが、何かあった場合は無理をせずきちんと話しをしてほしい」


「仰せとあれば」


頭を下げながら返事をするフィーネにアルベルトは満足そうに頷いた……


~庭~

エルフの族長との話し合いから一ヶ月。


アルベルトはフィーネを介してエルフの郷と連絡を取り合い着々とその準備をしており、その合間に長男のカルロスの稽古相手をしていた。


「それにしても、まさかエルフの郷との連絡に鳥を使うとは思わなかったよ」


腕に止まる鷹に餌の干し肉を与えているフィーネを見やりながらアルベルトは告げると、近くで稽古の準備をしているカルロスも同様に頷いた。


「ええ。てっきり何か魔法で連絡をするのかと僕も思ってました」


「確かにご子息の言われるような魔法もありますが、それはあまりながい距離では届かないのです。

ですから、ある程度離れた場所にいる仲間と連絡を取るのであれば使役している動物や魔獣を使う方がよいのです」


「魔獣?

エルフは魔獣も使役しているんですか?」


「私はこういった鷹などの小動物程度ですが、郷の者の中にはフォレストウルフやアルミラージなど森に住む魔獣を使役している者のいます」


驚いた顔をしているカルロスにフィーネは実際に森に潜んでいる魔獣の名前告げて話しをする。


「ふむ…、それは魔法で動物や魔獣を使役しているのかい?」


「普通の獣であれば魔法で簡単に使役する事も出来ますが、魔獣の場合は魔法で使役する場合と、ツガイにさせて産ませた子供を小さなうちから育てて使役する場合もあります。

もちろん、その場合も魔法によって徐々に術者の言うことを聞くようにしていきますが、成熟した魔獣を魔法で使役するよりも容易だと聞きました」


あまり聞く事の無い話しにアルベルトとカルロスは物珍しそうに聞き入っていると、屋敷の中からベアトリクスの悲鳴が聞こえてきた。


『!?』


アルベルト達三人は一体何が起こったのかと慌てた様子で屋敷の両開きの玄関へ向かおうとすると、その扉が開かれて屋敷の中からオロオロとした様子のベアトリクスとどうやって着替えたのか革の胸当てや左腕の篭手を付けた稽古着姿のディートフリートが木剣を手に現れた。


『ディート!?』


アルベルトとカルロスが同時に驚きの声を上げた。


「父様、僕も稽古をします」


左手に持った木剣を掲げながら告げるディートフリートにベアトリクスはオロオロとしながら隻腕の息子と自分の夫のアルベルトを交互に見やる。


だが、アルベルトもディートフリートへ困惑の視線を向けるだけで精一杯であった。


すると、そんな両親の様子に兄のカルロスがディートフリートの前に立つ。


「ディート、もう…大丈夫なのか?」


「はい、兄様!」


元気一杯に答える弟の姿にカルロスは暫く考えるような顔をしていると、自分も同じ様に稽古用の木剣を掲げた。


「なら父様よりも先に俺が相手をしてやる」


「ありがとうございます、兄様!」


満面の笑みを浮かべながら返事をするディートフリートにカルロスは神経な顔付きで頷いた。


「カ、カール…、あなた一体何を…」


息子達を止めようとベアトリクスがそう声を掛けると、それを制するようにアルベルトがその肩に手を掛けた。


「あなた…」


「二人を信じてみよう」


心配そうな視線を向けてくるベアトリクスにアルベルトは小さく頷きながら告げ、二人の息子に顔を向けた…


木剣を両手で握るカルロスはいつも通りに構える。


それに対しディートフリートは左腕一本で木剣を構えていると、その木剣を突然地面に突き立てた。


「いきます、兄様!」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら肘から先を失った右腕を突き出す。


「く……、うう……」


歯を食いしばりながら唸り声を上げるディートフリートにカルロスは何をするのだろうかと身構えていた。


「いっっっけえぇーーー!!」


グンッ!!


ディートフリートの掛け声と共に木剣が震えた次の瞬間、木剣は空中に浮かび上がりその切っ先をカルロスに向ける。


『!?』


カルロスのみならずその場にいたアルベルト、ベアトリクス、フィーネの三人も突然空中に浮かんだ木剣に驚いた。


だが、次の瞬間には木剣がまるで意思を持った様にカルロスへと斬り掛かり、周りの者達はさらに驚き目を丸くする。


「たぁっ!!

やぁっ!!」


皆が驚きで言葉を失っている最中もディートフリートは掛け声と共に右腕を振り回し、それに合わせる様に木剣が空中を舞ってカルロスへ斬り掛かる。


当のカルロスは最初こそ浮かび上がり斬り掛かってくる木剣に驚きはしたがすぐに迫り来る木剣を冷静に打ち払い続ける。


「さすがっ…!兄様!」


「まだまだ!ディートには負けないぞ!」


ディートフリートとカルロスは木剣を振り回しながらその間隙を縫うようにして言葉を繋げる。


そして、打ち合うこと十数合、上段から打ち下ろされてくる木剣をカルロスが横薙ぎに打ち払いながら地面に叩き付けると地面を蹴ってディートフリートとの間合いを一気に詰める。


(マズイ!?)


ディートフリートは咄嗟に後ろへ跳んで間合いを開こうとするが、カルロスはさらに地面を蹴って接近してきた。


「やぁっ!」


気合い一閃、迫る勢いのままカルロスの木剣が左から右へ横薙ぎに振るわれた。


ガンッ!!


鈍く乾いた音が響。


「クソ…」


苦々しげに呟いたカルロスの木剣が空中で制止しているディートフリートの木剣が受け止めている。


カルロスは一旦ディートフリートから離れて仕切り直し、改めて木剣を構える。


「ま、待て待て!?

二人とも待つんだ!!」


間合いが開いた直後にアルベルトが二人の間に割って入り、稽古を中断させてディートフリートへ問い掛ける。


「ディート…、今のはその…魔法…なのかい?」


アルベルトはディートフリートと妻のベアトリクスに確認するように言った。


「風魔法のようにも見えたけど…」


ベアトリクスは自分が感じたままを告げるが、魔法には大なり小なり詠唱がある。


熟練の度合いや魔力量の多い魔法使いならば詠唱を短くしての発動が可能な事はベアトリクスも知っていたし、自身も初歩の魔法ならば短い詠唱での魔法発動が可能であった。


しかし、いま目の前で息子が行ったのは風魔法のように見えたが魔法の詠唱が全く行われなかった。


「いえ、風の魔法ではないと思います」


ベアトリクスの近くにいたエルフのフィーネがそう告げると、その場に居た皆がそちらへ視線を向けた。


「我々森に住むエルフは風の魔法を得意としています。

ですので、風の魔法の発動には特に鋭敏に感じる事が出来ますが、ディートフリート様から風魔法の発動は感じられませんでした。

むしろ、魔力の動きしか感じられませんでした」


「魔力だけの動き…?

でも、魔力だけでは魔法は発動しないはず…」


「はい。魔法の発動には魔力を糧に火、水、風、土の四大エレメント等の力を借ります。

ですので、ディートフリート様が行われたのは我々エルフの使役魔法に近い感じを受けました」


「使役魔法…

でも、私はそんな魔法を教えていないし、そもそも仕えないわ…」


二人の息子達に魔法の指導をしているベアトリクスは不思議そうにディートフリートを見ると、何故そのような魔法が使えるのか問い掛けた。


するとディートフリートは腕組みしながら虚空を見上げたり地面を見詰めたりして暫く考え込んでいた。


だが、結局肝心な事は何も思い出せなかった。


「あ、でも…

ゴブリンと戦った時に…」


何故自分が木剣を自在に扱えるようになったのかはわからなかったが、ゴブリンに襲われた時に倒れた衛兵の剣を操れていた事を思い出して説明をした。


「つまり…、生命の危機を感じて新たな魔法…?を会得した…と?」


ベアトリクスとフィーネの話、そして、ディートフリートの話しからアルベルトは自分でもまだ納得は出来ていないが、精一杯理解しようとするかのようにそう呟いた……

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