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隻腕剣士の英雄譚  作者: 蒼空
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第2話 エルフの秘薬

~~森の泉付近~~

街中から田園地帯を抜けて泉のある森林地帯に入る頃にはホーエンツォ家の当主であるアルベルトの周囲には六騎の騎馬兵があり、さらにやや後方に十騎の騎馬兵がいた。


しかし、アルベルトの周囲にいる騎馬兵は息子のカルロスや自分に仕える臣下の子弟達といったまだ年若い者達であった。


勿論、息子であるカルロスはもとより臣下の子弟達も剣術の稽古はしており、中には魔法に秀でた者もいる事はアルベルトも当然知っていた。


それでも息子であるカルロスと同じくまだ子供であることには変わりは無い。


その事にアルベルトは一抹の不安を感じてはいたが、緊急事態を知らせる魔法が発せられた森の泉にいるであろうもう一人の息子であるディートフリートの事の方がが気掛かりであったため馬を急がせていた。


そして、森の泉の入り口を示している石造りの門柱が見えてくると、その傍らに隠れるようにしている一人の子供を見つけた。


その様子だけで何か異常事態が起こっている事は誰の目にも明らかであった。


「誰か、あの子供を!!」


アルベルトの言葉にカルロスが背後を振り返ると、後に続く子弟の一人が頷いき、手綱を引いて馬を減速させる。


他の者達はアルベルトに続いて門柱を駆け抜ける。


その途端、それまでは森の木々に遮られていた子供達の泣き声が一斉に聞こえてきた。


「何が起きたんだ…」


呻くように呟いたアルベルトの目に泣き叫ぶ子供よりも大きな体の衛兵が倒れている姿目に入り、次いでその周囲にあるゴブリンの死体に気が付いた。


アルベルトは手綱を引いて馬を倒れている衛兵の近くで止める。


「カルロス、ゴブリンの死体がある!

周りに気を付けながら子供達を集めるんだ!!」


「はい、父様!!」


アルベルトの指示にカルロスは周囲を確認してすでにゴブリンの姿がない事を確認してから馬を降り、集まった子弟達と共に泣き声を上げる子供達をなだめながら一人一人に声を掛けて廻る。


そして、アルベルトは倒れている衛兵の首筋にそっと手を触れる。


まだ体温は温かかったが脈は無かく、よく見れば背中には大きな傷跡があり地面には血溜まりが出来ていた。


アルベルトは衛兵の目を閉じ、手を組ませて立ち上がる。


その頃にはアルベルト達に

続いて到着した臣下の者達が二手に別れて子供達の救助と周囲の森に分け入ってまだ近くにゴブリンが隠れていないか警戒をしていた。


「アルベルトさま~」


突然泣きながら自分に抱きついてきた二人の子供に驚いたが、すぐにその子供達が鍛冶屋の双子であるエンリコとエミーリアであることに気が付いた。


「二人とも無事だったのか」


泣き声を上げる双子をアルベルトは優しく抱きしめる。


「ディートが…、ディートが…」


「うわぁ~~ん!!」


二人の言葉にアルベルトの体が強張る。


そして、少し離れた場所でカルロスや臣下の者達数人が集まり声を荒げながら必死に治癒魔法を使い続ける姿がアルベルトの目に映った…



~~ホーエンツォ邸・執務室~~

「ご苦労だった、ありがとう…」


森の泉から屋敷へ戻ったアルベルトは衛兵長から教師や子供達、生き残った衛兵の話から事態の顛末を聞き、力なく返事をした。


不幸中の幸いと言うべきか、衛兵に死者は出たが子供達に死者はいなかった。


それでも何人かは腕や背中に矢傷を受けたり、転んだり殴られたりといった怪我人は多数いた。


だが、領主の息子であるディートフリートの事を聞いた街の者達はアルベルトを非難するような言葉を口にするような事はなかった。


しかし、いまはそのような事よりもディートフリートの事が気掛かりなアルベルトは心ここにあらずといった様子で、去り際に衛兵長が告げたディートフリートを気遣う言葉もよく覚えてはいなかった。


「アルベルト様、神父様がいらっしゃいました」


衛兵長が部屋を辞したのた入れ替わりに側用人が声を掛けてきたので、アルベルトは部屋へ入ってもらうように答えた。


地方の街ではあるが領主のホーエンツォ家があるため、街の教会には神父の他に数人がの修道士やシスターがいた。


王国の庇護下にある教会は葬祭や身寄りのない子供達などの保護、怪我をした者達の治療等をしているため、いまも息子であるディートフリートに対してシスターや修道士達が代わる代わる治癒魔法を施していた。


アルベルトは椅子から立ち上がって神父を迎え、応接用の長椅子へ座るように促す。


神父はアルベルトが心配しているであろうディートフリートの容態について告げる。


「ご子息はお強く、容態は安定してきてはおります…

ですが、小さな体で血を流しすぎたようで再び悪化する恐れもあります…

ですので、今夜は我々もお近くに控えているいようと思うのですが、如何でしょうか?」


アルベルトは神父の言葉に感謝を告げると側用人に彼らの寝所と簡単な夜食を作るように早速指示をする…



~ディートフリートの部屋~

深夜のため、アルベルトは部屋の扉をゆっくりと開けると、ベッドの傍らには妻のベアトリクスが、そして、部屋の隅にはカルロスが小さな寝息をたてていた。


荒い息遣いをさせながらディートフリートはベッドに横たわっている。


掛け布団から出ている右腕は何度見ても肘から先が失われており、そこに巻かれている包帯にはまだ血が滲んでいた。


アルベルトは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうなほど顔を歪める。


ベッドの脇には今朝の稽古で使っていた木剣が立て掛けられている。


(利き腕を失ってしまってはもう剣を振るう事は出来ないだろう…

だが、生きてさえいてくれれば…)


祈るように、アルベルトは心の中で呟くと、部屋のバルコニーから微かな物音が聞こえた。


「誰だ!?」


咄嗟に傍らの木剣を手にして身構えたアルベルトの声にベアトリクスとカルロスが目を覚ました。


「あなた…」


「父様…」


声を抑えつつベアトリクスとカルロスはベッドに横たわるディートフリートを守るように身構えると、アルベルトはゆっくりとした動きでバルコニーへ出られるガラス戸のカーテンを開く。


すると、そこには細身の剣を床に置き、全身を隠すように真っ黒なローブを頭からすっぽりと被った者が片膝をついて跪礼をしていた。


「何者だ?」


相手が剣を置き、跪礼をしている事にアルベルトはやや警戒を解くと、ローブの人物がフードを脱ぐ。


「エルフ…か?」


フードから現れた白銀の髪に先端が尖ったような耳、そして、透き通るような白い肌。


アルベルトもエルフを見るのは初めてであったが、その姿はホーエンツォ家に伝わる森に住むと言われているエルフそのままの姿をしていた。


「族長からの使いで参りました。

ホーエンツォ家の御当主様であらせられますか?」


膝付きの姿勢を崩さずにそのエルフはアルベルトに問い掛けた。


「そうだが…

君は森の民…

つまり…、あの森に住んでいるというエルフなのか?」


「はい。ホーエンツォ家の初代当主様に新たな森を頂いた一族の者です」


「そうか…

それで森の…、いや、族長殿からの使いとは…」


アルベルトは困惑した様子で目の前のエルフへ問い掛けた。


すると、エルフはローブの懐からガラスで出来た小瓶を取り出し、両手て恭しく差し出した。


「エルフの秘薬を小さき英雄へ」


「エルフの秘薬!?」


アルベルトの背後でディートフリートを守るようにしていたベアトリクスが驚きの声を上げてエルフの差し出すガラスの小瓶を見詰める。


「ベアトリクス、知っているのかい?」


「ええ…

私の産まれた王国の東方地域では万病に効く薬として伝えられているもので、例え命を落としてしまうような怪我人でも小さなスプーン一杯で治してしまうと言われている霊薬よ」


エルフ自体があまり人里には現れず珍しい種族である上に万病に効く霊薬ともなればそれを欲しがる者は多くなる。


その為、王国の東方地域では怪我の治療に使われる治療薬をエルフの秘薬として貴族から大金を騙し取る詐欺師もいた。


だが、いま目の前にいるのは本物のエルフである。


言い伝えの通りであればエルフは言葉の真贋を見抜く能力がある反面、自分達も偽りの言葉を口にする事が出来ないと言われている。


そのエルフが自分達の秘薬であると差し出す物が偽物であるはずかない。


ベアトリクスはそう確信するとバルコニーへのガラス戸を開き、エルフの手を取る。


「では…、これがあれば息子は…ディートは助かるのね!?」


「はい。

奥様の言われる通り、この秘薬を用いればどのような怪我でもたちどころに治してしまう事が出来ます。

ですが…」


ベアトリクスを見詰めるながら答えていたエルフはそこで一度言葉を句切り、ベッドに横たわるディートフリートを見やる。


「我々エルフやドワーフといった体の中に多くの魔力を宿す種族ならば例え腕や足が斬り落とされようとも月日が経つにつれ、元に戻る事もあるでしょう。

ですか、人の体では斬られた腕は元には戻りません…

我々エルフの秘薬にも限界はあります…」


顔を曇らせ、申し訳なさそうにエルフは告げた。


「それでも…、それでも…、息子が助かるのなら…」


エルフの手を取ったままベアトリクスは頷くと、アルベルトはそっと妻の肩に手を置いた。


「私も同じだ。

ディートフリートには辛いかもしれないが、それでもこの子がまた元気になってくれるのならば…」


二人の言葉にエルフは頷いて手にしていた秘薬をベアトリクスへ手渡した。


秘薬を受け取ったベアトリクスはディートフリートの傍らに立ちガラスの小瓶を開く。


「母様」


カルロスの差し出すスプーンを受け取ったベアトリクスはガラスの小瓶をゆっくりと傾け、それに注ぐ。


エルフの秘薬はまるで岩の割れ目から湧き出た清水のように澄んだ無色透明の液体であったが、水とは違い蜂蜜のようにトロリとしていた。


ベアトリクスはスプーンへ乗せた秘薬を溢さぬようにゆっくりとディートフリートの口に注ごうとする。


だが、その瞬間それまで眠るようにしていたディートフリートが突然痙攣を起こし、ベアトリクスの手にしていたスプーンが床に堕ちてしまった。


床に落ちてしまったスプーンにベアトリクスは慌ててスプーンを拾い上げるが、すでにエルフの秘薬はほとんど溢れてしまっていた。


「あぁ…」


貴重な秘薬を無駄にしてしまったベアトリクスは大きな溜息を漏らす。


その背後では痙攣を起こしているディートフリートをアルベルトとカルロスの二人が必死に押さえ込もうとしていた。


「ビーチェ、ディートの口を!?」


慌てたアルベルトが結婚する前に呼んでいた妻の愛称を叫ぶとベアトリクスはハッとなって立ち上がり汗を拭くために用意してあったタオルの一枚を手にしてディートフリートの口に押し込んだ。


痙攣をしたままにしておくとまれに舌を噛み切ってしまう事がある。


それを防ぐためにタオルを息子の口に押し込んだベアトリクスはそのままディートフリートを押さえつけていた。


その様子をバルコニーで見ていたエルフが立ち上がり、部屋の中に入ってくる。


「失礼致します」


ディートフリートを押さえているアルベルトへ軽く頭を下げながら告げたエルフはベアトリクスの置いた秘薬の入った小瓶を手にし、蓋を開いた。


「失礼致します」


今度はディートフリートの汗ばむ額に手を当て、そっと髪の毛を押さえるようにして顔を僅かに上げる。


そして、小瓶を持つ手でタオルをディートフリートの口から取ると、エルフは手にした秘薬を口に含んだ。


次の瞬間、エルフがディートフリートに口付る。


『!?』


ディートフリートの体を押さえ付けていたアルベルト達三人は突然の事に目を丸くしながらその様子を見詰めている。


しかし、エルフはそんな事など意に介ずに口付けを続けていると、やがてディートフリートの痙攣は治まり始める。


そして、完全に痙攣が治まった頃にエルフは唇を離した。


「はぁ…」


舌を切ったのか、エルフの口から溜息とともに唾液に混じった血が口元を伝う。


ハッとなってベアトリクスは新しいタオルをエルフに差し出す。


エルフはそれを辞すと、腰袋から布を取り出して口元を拭い、再び三人から少し離れた場所で跪礼をする。


「申し訳ありません。

ご子息の様子が危険だと思い、私の判断で秘薬を飲ませてました」


「あ、ああ…、そういう事か…

いや、問題ない。

こちらこそ助かった」


エルフの行為の意味をやっと理解出来たアルベルトはどこかホッとした様子で答えると、ベッドに横たわる息子を見やる。


「恐らく、夜明けまでには腕の血も止まり傷口も塞がると思われますが、数日は高熱が続くと思います。

ですが、その後は落ち着きを取り戻す事でしょう」


その言葉に三人はホッと胸を撫で下ろすと、アルベルトがエルフへと向き直って手を取る。


「ありがとう。

お陰で息子も助かった。

この礼は必ずしよう」


ジッとアルベルトの瞳を見詰めながらエルフはその言葉を聞く。


それはアルベルトの言葉の真贋を推し量るようにも見て取れたが、エルフは確かめずともその言葉は真実であろうと感じていた……

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