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隻腕剣士の英雄譚  作者: 蒼空
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第1話 森の泉

~~ホーエンツォ邸・庭~~


朝の日課である父親アルベルトと5才年長の兄カルロスとの剣術の稽古を終えたホーエンツォ家の次男ディートフリートは今年で8才となった。


父親のアルベルトは若い頃に王国の騎士団に所属していたが、父親の急逝により騎士団を辞して王国南方にある領地へ戻りホーエンツォ家を継いだ。


その後、騎士団に所属していた頃に出会った、東方の小貴族の出で魔法士団に所属していたベアトリクスと結婚し、産まれたのがカルロスとディートフリートである。


両親の影響か二人の息子は剣術と魔法の両方の才に恵まれており、その才を伸ばすように幼い頃から親やその臣から稽古を受けていた…


「ディート、今日は早く学校へ行くんじゃないのか?」


父親であるアルベルトと同じ金色の髪の毛をワシャワシャと拭きながら兄のカルロスが弟のディートフリートへ声を掛けた。


「うん!

今日は郊外の森の泉に行くんだ!!」


兄とは違い黒い髪のディートフリートは満面の笑みを浮かべながら答え、手にしていたタオルを首に掛ける。


「最近は街の近くにも魔物が現れるって話だから気を付けないとな」


まだ幼いディートフリートとは違い年長のカルロスのクラスでは街や学校で色々な話や噂を見聞きするためか、少し心配そうに弟の頭を撫でながら呟いた。


「引率は教師だけではなく衛兵も行くのだろう?」


汗を拭いてサッパリとした父親の問い掛けにカルロスは頷く。


「はい。だけど、まだ小さなこいつらばかりでは色々と大変なんじゃないかと」


「大丈夫!!

魔物が出ても僕がやっつけてやるんだ!!」


稽古に使用している木剣を掲げながら意気揚々と告げるディートフリートにアルベルトとカルロスは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。


「ディートフリート、貴方はそろそろ朝食になさい」


屋敷の扉を開けて母親のベアトリクスが息子へ声を掛けると、その声に3人が振り返った…


~ダイニング~

「ディートフリート、森の泉に行くのならこれを持って行きなさい」


そう言ってベアトリクスはダイニングテーブルの上にワインボトルを置いた。


「母様、それは?」


ダイニングテーブルへ置かれたワインボトルにディートフリートは不思議そうな顔をしながら母親を見やる。


「森の民へのお供え物よ」


ニコリと笑みを浮かべながらベアトリクスは告げると、朝の稽古を終えたアルベルトとカルロスがダイニングへ入って来た。


「あの森の泉には祠があるからそこに納めるんだぞ」


ダイニングテーブルに置かれたワインボトルを見つけたアルベルトが言う。


「あの森には森の民が住んでいるだ」


「森の民?」


「森に住むエルフのことよ」


ディートフリートの耳元でまるでイタズラをする子供の様にベアトリクスが囁く。


「エルフ!?」


母親の言葉にディートフリートは瞳を爛々と輝かせながら顔を上げる。


「ああ、そうさ♪

あの森にはエルフが住んでいるんだ。

でも、森のエルフは凄く恥ずかしがり屋だから滅多に人前には姿を現さないんだ」


ベアトリクスと同じく子供の様な笑顔でアルベルトが告げた。


「じゃあ、そのワインを持って行ったら会えるの!?」


瞳をキラキラとさせながら問い掛けてくるディートフリートにアルベルトは「会えるかもしれないな」と告げながら椅子へ腰を下ろした…



~~街中・初等学校付近~~

屋敷を出たディートフリートはいつもならば兄と共に通う道を一人で歩く。


いつもより早い時間のためか、普段会わない街の人々を目の端でとらえながら足を進めていると、少し先の角をよく見知った者達が曲がってくる。


「エンリコ、エミーリア!」


ディートフリートが声を上げると名前を呼ばれた二人が振り返った。


「ディート」


「おはようございます」


街で鍛冶屋を営む家の双子の兄妹はディートフリートとは同じ年齢であった。


また、双子の家の鍛冶屋は腕前も良いと評判で、昔からホーエンツォ家へ剣等の武具を納めていた。


そのような事もあり、三人は幼い頃からの付き合いで、気心もよく分かっていた。


「ディート、その背中の荷物袋はどうしたの?」


自分達に追いついたディートフリートが背中に背負う荷物袋に気が付いた双子の兄のエンリコが問い掛けると妹のエミーリアも背中へ視線を向けた。


「お昼のパンとワインだよ」


王都の大きな学校には食堂があるが、地方の小さな街の学校では食堂などないため昼食は各自持参が基本で、自宅が学校の近くの者に限っては一度帰宅して昼食を食べてから再び登校する事が許されていた。


しかし、今日は森の泉へ行くためディートフリートのみならず皆が昼食持参で登校しており、目の前の双子も手には小さなバスケットを持っていた。


「パンは分かるけど…」


「何でワインまで…?」


「ああ、それは…」


ディートフリートは今朝の出来事を説明しながら三人で再び学校へと足を進め始めた…



~~森の泉~~

街中の初等学校を出発したディートフリート達は郊外の田園地帯を抜け、森を進んだ先にある泉に到着していた。


ディートフリート達生徒が15人に女性教師が一人、そして衛兵が四人の20人は泉の傍らにある祠の近くに集まっている。


「皆も知っていると思うけど、この祠に感謝祭のお供え物をするのよ。

祠はこの街を中心とした領地を持つホーエンツォ家の初代領主様が作られた物で、干ばつでも枯れない泉に感謝して作られた物です」


教師の説明に他の子供達が『わぁ~!』歓声を上げながら一斉にディートフリートへ視線を向ける。


だが、ディートフリートは今朝父親から聞いた話しとは少し違う為にキョトンとしていた。


しかし、それに気づかない教師は話しを続けていた…


教師の話が終わるとディートフリートは背中の荷物袋を開いてワインボトルを取り出し、それを祠へ納める。


その後ろでは双子のエンリコとエミーリアが物珍しそうにそれを眺めている。


「ねぇ、ディート、さっきの先生の話しだけど…」


祠へワインを納めたディートフリートにエミーリアが声を掛けると、先ほどの教師から聞いた話しと今朝ディートフリートから聞いた話しが違う事について問い掛けた。


「うん、僕もおかしいと思ったんだ。

父様から聞いた話とは少し違うなって」


そう呟きながらディートフリートは今朝父親から聞いた話を反芻する…



ホーエンツォ家の初代当主は王国の戦争に従軍し、武功をたてて現在の領地を下賜された。


初代領主は王都から領地へ向かう途中、戦火により住んでいた森を離れたエルフの一団と出会い、自らの領地へと誘った。


そして、街から近く豊かな森が広がるこの場所をエルフ達の新たな住み家として提供したのだった。


ホーエンツォ家初代当主の厚意にエルフ達は感謝し、森の中にある泉を教えた。


その泉は真夏や干ばつでも不思議と枯れる事が無く、肥沃な農地を開墾する事が出来たのだった。


初代当主は枯れる事のない泉に感謝し、祠を建てて収穫された農作物をエルフ達へのお裾分けとして納めるようになったのが、いまの感謝祭の始まりだった…



「まぁ、少し話しは違うけど、この泉が大切なのは同じだから」


双子にそう答えながらディートフリートは泉の方へ向くと、突然背後から他の子供達の歓声が聞こえてくる。


「何かあったのかな?」


子供達の集まる方へ何事かと双子の妹であるエミーリアが向き直ると、集まりの中から女子生徒の一人が大きく手を振りながら声を掛けてくる。


「エミーリアちゃん、ウサギさんだよ~♪」


嬉々として聞こえてくる声にエミーリアもウサギを見たいのか小走りで近付いて行くと、森の中から幾筋もの黒い影が降り注いできた。


ウサギを見つけて楽しんでいた子供達の歓声が一斉に悲鳴に変わり、その場に倒れる子、泣きだす子、逃げ惑う子など、子供達が一斉に様々な行動を始める。


周囲を警戒していた衛兵は何が起こったのか分からずにその場に立ち尽くしていたが、泣き始める子供達の声に慌てて駆けつけ倒れている子供達を抱き起こそうとする。


「エミーリア!?」


突然の事に何が分からなかったディートフリートだったが子供達とはまだ少し距離のあったエミーリアはその場にペタンと尻餅をついているのを見つけて駆け出す。


しかし、当のエミーリア本人は一体何が起こったのか分からずにキョロキョロと辺りに視線を向け、立ち上がろうとする事すら出来ないでいた。


「エミーリア!?」


すぐ隣へ駆け付けたディートフリートは彼女を立ち上がらせようとする。


だか、子供一人の力ではそれも出来ずにいると、その場に双子の兄のエンリコが駆け付け、ディートフリートと共にエミーリアを助け起こそうとする。


「大丈夫か!?」


二人に気が付いた衛兵の一人がディートフリートに代わってエミーリアを強引に引っ張り上げると、エンリコが妹に肩を貸して立たせる。


「怪我は無いよう…!?」


エミーリアが怪我をしていないか確認していた衛兵はその言葉が終わらぬうちに頭を射貫かれ、糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちる。


『!?』


ディートフリートとエンリコは目の前で起こった突然の死に驚きながらも衛兵こ頭に突き刺さった矢が放たれた方へ視線を向けると、そこには森の中から飛び出してくるゴブリンの群れの姿が目に飛び込み、その内の数匹はすでに他の衛兵達へ襲い掛かり、中にはその場で泣き崩れていた子供達の髪の毛や腕を掴んで森の中へ引き摺り込もうとしていた。


「この!!」


ディートフリートは倒れている衛兵の腰の剣を引き抜くと女の子の髪の毛を掴んでいるゴブリン目掛けて駆け出す。


「ギギ!?」


近付いてくるディートフリートに気が付いたゴブリンは掴んでいた女の子の髪の毛を離し、手にしていた棍棒を振り上げて襲い掛かる。


それを見たディートフリートは身を低く構えながら近付き振り下ろされる棍棒を掻い潜り、ゴブリンの柔らかな脇腹を斬り裂いた。


「ギャギャ!?」


脇腹を斬られたゴブリンは悲鳴を上げながら地面を転げ回る。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


肩で息をしながらディートフリートは転げ回るゴブリンを見下ろす。


『いいか、魔物との戦いは油断したら負けだ。

目の前で死にそうだからといって油断して次の敵へ向いた直後に背後から襲われる事もある。

だから、確実にトドメを刺すんだ』


父親が兄に稽古をつけている時に告げた言葉がディートフリートの頭を過り、自然と腕が動く。


ズシャ…


振り下ろされた剣が転げ回っていたゴブリンの頭蓋を砕きピクピクと体を震わせる。


体の中から込み上げてくる何かにディートフリートは思わず口元を押さえるが、その小さな手では押さえきれずに足下にあるゴブリンの割れた頭蓋へ吐しゃしてしまう。


「うぅ…」


自ら吐き出した吐しゃ物とゴブリンの血の臭いにディートフリートは再び吐き気をもよおすが、近付いてくる足音に気が付いて顔を上げる。


1メートル程離れた場所から飛び掛かろうとしてくるゴブリンの姿が飛び込んでくる。


「うわぁ!?」


悲鳴とも驚きとも分からない声を上げながらディートフリートは地面に突き立てていた剣を慌てて振り上げると、飛び掛かってきたゴブリンの胸に突き刺さる。


「ギャ…ギャ」


苦しそうな声を漏らしながらゴブリンは力なくその場に崩れる。


すでに動かなくなったゴブリンからディートフリートは剣を引き抜こうとする。


だが、突き刺さった剣は骨の間に引っかかっているのかなかなか引き抜けないでいると、ディートフリートはゴブリンの死体に足を掛けて強引に剣を引き抜く。


やっとの思いで剣を引き抜いたディートフリートは再びゴブリンへ立ち向かおうと振り向いた直後、体の右側から突然の衝撃を受けて弾き飛ばされた…



~~ホーエンツォ邸・執務室~~

息子達を学校へ送り出したアルベルトは自身の執務室で街から上がってきた陳述に目を通していた。


街には役場や議会も存在するが大きな街と比べてあまり上手くは機能しない。


だが、それでもホーエンツォ家の直轄地となっている街はそれなりに役場が機能しているため、アルベルトの仕事も円滑に進んでいた。


(一休みするか…)


執務机の上にあった陳情書の何枚かを処理したアルベルトは椅子に腰掛けたまま軽く伸びをすると部屋の外に控えている側用人に紅茶を持ってくるよう声を掛け、背後の窓から眼下に広がる街並みと肥沃な農地に視線を向ける。


離れた屋敷からでも分かる程に実った小麦畑に今年の感謝祭へとアルベルトは思いを馳せていると、突然農地の先の森の中から炎が打ち上げられた。


アルベルトはすぐさま振り返ると執務机に立て掛けてあった剣を手にして扉を壊しそうな程の勢いで開け放ち、廊下を駆けだした…



~~中等学校~~

同じ頃、校舎で授業を受けていたカルロスも異変に気が付き教室を飛び出すと、同じ様に教室から飛び出してきた者達がいる。


そのほとんどはホーエンツォ家に仕えている者達の子弟である事にカルロスはすぐに気が付いた。


「カルロス様!!」


「森の泉だ!!」


呼ぶ声にカルロスはそれだけ応えると校舎を駆け抜けて外へ出ると馬屋の方へ走った…



~~森の泉~~

「……ゲホッ!?」


激しい咳き込みで目覚めたディートフリートは全身の激しい痛みと吐き気に涙声が溢れる、その場で悲鳴を上げてしまう。


一頻り悲鳴を上げたディートフリートだったが自分が置かれている状況を思い出すと、今度は立ち上がろうともがきはじめた。


しかし、全身を駆け巡る激痛にもんどり打って倒れ込む。


「ギギギ…」


その様子に気が付いたゴブリンがゆっくりと近付いてくるのがディートフリートの目に映る。


「…剣は…」


ディートフリートは動かぬ体でそれまで自分が手にしていた剣を探し、視線だけをキョロキョロと辺りを見回すと、すぐ近くに落ちている剣を見つけた。


ディートフリートはすぐにその剣を拾おうと必死に右腕を伸ばす。


だが、いくら剣を拾おうと右腕を伸ばしても届かず、激痛だけが全身に襲い掛かった。


(…あと…少し…なのに…)


目の前に落ちている剣だけを見詰めているディートフリートは自分の右腕の肘から先が失われている事に気が付かないまま必死に腕を伸ばしていた。


しかし、失われた右腕から流れ出す血液と激痛に、ディートフリートの視界は狭く、そして暗くなっていく。


(…け、けんを…)


腕を伸ばしたままの格好でディートフリートの意識が徐々に失われつつあった。


しかし、その一方で僅かに残されているディートフリートの意識は剣にだけ注がれていた。


「ギギ」


(…ぅん…)


近くで聞こえたゴブリンの声にディートフリートの目が僅かに開き、その視界の端に動く影をとらえる。


「ギャギャギャ」


下卑た笑みを浮かべながらゴブリンが手にしたボロボロの剣を振り上げる。


ディートフリートはまるで氷で作られた手で心臓を鷲摑みにされたような感覚に襲われた。


(!?)


殺されると感じた瞬間、右腕の先に何が触れた。


考える間もなくディートフリートは右腕を振った。


「ギャ…」


不意に飛んできた剣によってゴブリンの喉が切り裂かれ、わずかな断末魔の声とともに鮮血が吹き出した。


「ギ!?」


「ギギ!?」


仲間の様子に他のゴブリンが一斉にディートフリートへ視線を注ぐ。


ディートフリートは顔を上げ、視界に入るゴブリンを睨みつけながら立ち上がろうとすると、それを見ていたゴブリンが襲い掛かってくる。


「うぁぁぁっ!!」


迫り来るゴブリンに対してディートフリートは右腕を振るうと、先にゴブリンの喉を切り裂いて地面に突き刺さっていた剣が浮かび上がり、新たに襲い掛かってきたゴブリンの手にしていた棍棒を弾き返し、そのまま一回転してゴブリンの頭を一閃して切り裂く。


「ギャギャ!?」


「ギャ!?」


宙に浮く剣にゴブリン達は驚いて動きが止まる。


ディートフリートも何が起こっているのか分からなかった。


だが、それを考えている余裕などいまのディートフリートには無く、ただただ無心に迫り来るゴブリンに対して宙に浮く剣を振るい続けた……


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