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短編 夢と現実の境界線はどこからなのでしょう?

ムースは地獄監獄で大きく嘆息をした。いつまで経っても自分の恋は実らない。


告白しても恋愛の機微に疎い美琴は自分の恋心に気づかず友好の一環としか思っていない。


これでは関係はいつまでも発展することはなく永遠の平行線をたどるのみだ。


そしてもう1つ。彼女の頭を悩ませている問題があった。スター流の掟である。


地球が誕生する遥か以前から宇宙の平和を守り続けてきた最強の武術家スター=アーナツメルツ。


彼が自らの技術を伝授し宇宙の平和を維持するために立ち上げたのがスター流である。


スターが直々にスカウトした弟子達により構成された精鋭集団。


ムースもまた、一時的ではあるにせよスターに弟子入りしていた期間がある。


だからこそ彼女は不老長寿にもなれたし類まれなる身体能力と拷問器具を生成するという特殊能力も身に着けた。


その点については彼女なりに感謝しつつも、ひとつだけ大きな不満があった。


スター流には両想いを認めないという創設以来の鉄の掟がある。


片思いは認められるが、両想いは断じて認められず、掟を破った者は例外なく追放処分にさせられる。


この牢獄に収容されているメープル=ラシックもそれが元でスター流を裏切り、今では監獄に入っていると聞いたことがあった。


何人もの者が異議を唱えてもスターの意思は固く、掟を無くすということはこれまでに一度もなかった。


彼の最も優れた弟子のひとりであるカイザーが何度意見をしても、スターは一向に耳を貸そうとはしなかった。


スターの言い分はこうだ。


自分達は不老長寿であるため、寿命の違う人間と両想いになれば必ず別れる苦しみに遭い、哀しみを経験してしまうため。


恋愛に夢中になるあまり世界平和を疎かにしてしまう危険と愛する者のために暴走してしまうため。


仮にスター流の門下生同士と言えども世界平和のために悪と戦う仕事は常に危険がつきまとい、命を落とすことも多い。


愛する者のどちらかが失ったら喪失感が凄まじいという理由でスターは両想いを禁止にしているのである。


「そんなの理不尽ですわ!」


ムースは頬を膨らませ憤った。スターはもう何億年前も前からスター流の頂点に君臨し続けている。


そろそろ誰かが引退させて新しいリーダーを決めるべきではないか。


例えばカイザー=ブレッド。あるいはわたくし――ムース=パスティスに。


ムースはそのようなことを考え、日々を過ごす。そして久しぶりに牢獄の外へ出る日がやってきた。


ジャドウに鍵を開けられて早々、ムースはスターの元へと向かい、彼に意見した。


「スター流の掟の撤廃を求めます!」


彼女の一声にスターは柔和な笑みをして言った。


「ムース。君は昔と比べて随分と丸くなったねえ。これも全て美琴ちゃんとカイザー君の尽力というのはわかるよ。そして君が美琴ちゃんと両想いになりたいことも、君の態度を見ていればすぐに読み取れる。でも、君がいかに望んでも掟は絶対だよ」


「では、わたくしがスター様と戦って勝利したら、掟の撤廃を認めてくださいますの?」


挑戦的な物言いにスターは目を見開き机から身を乗り出した。その口元には歓喜の笑みがある。


「面白い!運動不足でもあるし、久々に戦ってみるのも悪くない!どう思うかね、ジャドウ君」


スターが側近のジャドウに話を振ると、彼は白い髭を撫で冷笑した。


「吾輩はスター様が望むのでしたら異論はありませぬ。スター様が小娘に敗北するなど天地が反転してもあり得ぬ話ですし、スター様の偉大さを満天下に示し、弟子達にもその素晴らしきお力を再確認させるには絶好の機会と言えましょう」

「話は決まった。それではムース、試合の日を楽しみにしているよ!」


青く輝く瞳で語るスターにムースは無言で闘志の炎を燃やす。


「スター様は史上最高の玩具ですから、たっぷりと遊んで差し上げますわよ」


ムースには勝算があった。スターは指導者としては優秀だが、実際に戦った姿を見たことがある者はジャドウ、カイザー、不動の3人だけである。


不動曰く「今の俺でさえスターには足元にも及ばない」

ジャドウ曰く「全宇宙で最強のお方」

カイザーも「全盛期のスター様はこの世で最強の存在だった」


彼らの語る評価を聞けば確かに強かったのであることは想像できるが、現在のスターは違う。長らく実戦の舞台から遠ざかり体力も衰えているだろう。技術も鈍っている。


今のスターなら勝てる。


そう思おうとしたが一抹の不安が拭えない。


スターは飄々としており、どこか底の見えない雰囲気がある。


ムースは彼が一度として怒っている姿を見たことがない。


どんな時でも余裕があり笑みを絶やさない陽気さを出している。


それがどこか不気味なのだ。常人とは何かが異なる気がする。


しかし、それでも勝たなければならない。勝利することが自分と美琴の幸せになるのだから――


試合前日。ムースは美琴と夕食を共にした。美しい夕焼けが見えるいつものレストランで、メニューは決まったように美琴のおにぎりである。


三角に握られたおにぎりを口にすると優しい味がした。まるで美琴の心のように。


もしかすると、これが最後の食事になるかもしれない。ムースは味を噛みしめ、味わい尽くした。


付け合わせの沢庵も食べ終わってからムースはどこか憂いを帯びた顔で言った。


「わたくしは明日、スター様と戦います」

「スターさんと・・・・・・」


美琴は衝撃で口を開くが次の言葉が出てこず、口をぱくぱくさせるばかりだ。


ごくりと唾を飲み込んでからようやく問うた。


「どうして――ですか」


「わたくしはスター様に鉄の掟の撤回を求めます」


「やめてください!危険すぎます!相手はスターさんなんですよ!!」


「百も承知です。ですが、美琴様も長い人生、誰かを好きになることがあるかもしれません。

その時に掟が邪魔になるのです。美琴様には堂々と人を愛してほしいですから・・・・・・」


「気持ちは大変嬉しいです。ですがムースさんの身体を思えばこの戦いだけは絶対にやめた方がいいと思います。わたしはその気持ちだけで嬉しいですから」


「いえ、今回ばかりは美琴様のお願いでも聞き入れるわけにはいきませんわ。大丈夫です。わたくしは必ず勝ちますから」


「ムースさん・・・・・・」


心配そうに見つめる美琴の手を握り、ムースは満面の笑みを見せるのだった。


試合当日。会場には美琴とジャドウが観客席に腰かけ、リングにはスターとムースが向かい合って並んでいる。


スター=アーナツメルツ、身長185㎝、体重101㎏


ムース=パスティス 身長160㎝ 体重46㎏


スターはいつものように茶色の三つ揃えのスーツ姿だったが、勢いよく服を脱ぎ捨てた。


体格はスター流の中ではさほど大きくはない。しかしその筋肉は何年も表舞台に上がっていないにも関わらず、鋼の如き筋肉美を維持していた。黒のパンツスタイルとなって初めて分かったことだが、

スターは足の筋肉も鍛え上げられ発達していた。


そして背後からは黄金色の闘気が陽炎のように揺れ動いているのがムースには見えた。


スターは間違いなく本気だ。本気で自分と戦うつもりなのだ。それでも、負けられない。

ムースの額に冷たい汗が流れる。予想が外れたからだ。


「ムース、良い勝負をしよう」

「握手はしませんわよ」


ふいとそっぽを向く彼女にスターは快活に笑って背を向ける。彼の金髪が風に靡く。

互いのコーナーに戻ったところで、試合開始のゴング。


スターは手を広げて力比べを挑もうとするが、ムースはそれを拒絶し、いきなり体当たりを食らわせた。どてっ腹にムースの全身を受けたスターだが、その身体は微動だにしない。


まるで弾丸のような速度で体当たりを見舞ったのに一歩さえも後退していないのだ。


そればかりか前のめりになったムースの腰を掴まえ、パワーボムで切り返す。


勢いよく背を叩きつけられたが、ムースは軽快に立ち上がり鉄拳を見舞う。


身長差があるがスターは手を広げ、一切のガードをしない。


急所になるはずの脇腹への打撃を受けても尚、その笑顔は崩れない。


まるで攻撃など効いていないというように。


ムースは間合いを取って、スターの出方を待つが、スターは再び力比べに挑んでくる。


あくまでも力を比べたいらしい。


「そこまでしたいのでしたら望み通り、組んで差し上げますわよ!」


ガシッとリングの中央で手を組み合わせた途端、ムースの全身に電流が走ったかのような衝撃が与えられた。


単に組んでいるだけなのだが、恐るべき怪力でねじ伏せられそうになる。


これが、何年も戦闘を経験していない男の力なのかと思うと同時に歯を食いしばって耐える。


ここで押し負けては一気に不利になるからだ。


「不動様にも力負けはしないはずのわたくしがここまで押されるなんて、やりますわね」


「君が言っているのは弱体化した不動君の話だろう。

万全とは程遠い彼を相手にしても、あまり凄いとは言えないね」


スターがムースの手を掴んで、まるで木を抜くかのようにひょいと持ち上げた。


その隙を逃さず素早く足を伸ばしてスターの腹を蹴飛ばし、力比べから脱出。


トンボを切って跳躍するとスターの首元にモンゴリアンチョップを叩き込む。


鉄柱でも容易に切断するムースの手刀を受けても、スターは笑っている。


その場で回転して顎を蹴り上げるが、スターは流血さえ起こさない。


スターはムースの腕を掴んで軽々とハンマー投げで投げ捨てると瞬時に腕ひしぎ十字固めを極め、ムースの右腕を伸ばし、痛めつける。


続いて首に太い両足を絡ませて首4の字を極める。


首に腕が食い込みムースは苦悶の表情を浮かべるが、爪をスターの脚に食い込ませて技から抜け出す。


「君は飛び技が得意みたいだけど、私の飛び技はどうかな?」


スターは軽々とジャンプしてコーナーポストの頂点に立つと、錐揉み回転した頭突きで突撃してきた。辛うじて身を翻して回避すると、マットに深々とした穴が開く。


この技を受けていたらムースの腹に風穴が開いていただろう。

やはり、この男は強い。


打撃でも飛び技でもタックルも通用しない。


だが、まだ望みはある。ムースはスターの周囲をぐるぐると回って焦点を乱すと、背後を取ってジャーマンスープレックスに決めた。


後頭部を強打したスターは地面に頭を突き刺しジャーマンを食らった体勢のまま動かない。


「やりましたわ・・・・・・」


肩で息をして勝利を確信した途端、頭から流血したスターがゆっくりと立ち上がってきた。


「いやぁ、強くなったよムース!私から背後を取るなんて実に素晴らしいよ!これでやっと私も本気を出せそうだよ」


頭から血を流しながらもポタポタと笑うスターの表情を見て、美琴は戦慄した。


口元は笑っているが目が氷のように冷たいのだ。いつもの快活の様子とは異なる。


その顔を見たジャドウが歓喜の声を上げた。


「スター様がお戻りになられた!吾輩たちを教育されていたあの頃に!」


試合を観戦していた美琴は嫌な予感が胸をよぎった。


これまでにスターがあのような表情をしたことは一度もない。


もしも、いつもの姿が道化の仮面で今の顔こそが素だとするならば、あの凍てついた目からは微塵の優しさも感じることはできない。ただ、相手を殲滅するための機械のような――


スターは疾風の如き速度でムースに詰め寄り、彼女の腹に膝蹴りを叩き込む。


唾を吐き出したムースの顔面に容赦のない打撃を放ち、血を吐き出させ、大きく後退させる。


目にも止まらぬ速さで背後に回りこむと羽交い絞めに極めて振り回し始めた。


軽々と回し続けて放り投げれば、リングの外まで吹き飛ぶほどの威力だ。


ムースの衣服は破れ、背中が剥き出しになっている。放り出された衝撃でダメージを受け紫色に変色している。それでもムースは後退せず、再びリングに戻ると遂に能力を発動させた。


最大出力の電気椅子。並みの人間が食らえば骨しか残らぬほどの電気を受けてもスターは表情ひとつ変えず、電力に椅子が耐え切れず、逆に破壊されてしまった。


「アイアンメイデン!」


ムースは己の最強技をスターに発動した。


女性型の拷問器具の中に閉じ込められたスターに無数の鋭利で極太の棘が襲いかかる。遠慮はない。


この男は最高の玩具なのだ。たとえ肉片にしても問題はない。


「ムース。君は正義の心に目覚め、昔のような残虐さが薄れてしまったようだねえ。

それが良いことなのか悪いことなのか、私にはわからなくなってきたよ」


アイアンメイデンが開けられ出てきたスターは、傷ひとつ付いていない。

鎧のような筋肉が棘の貫きを防いだのだ。


「必殺技も封じられ、君にはもう武器がなくなった。終わりだね」


スターはムースの首を掴んで持ち上げると、上空に放り投げ、ムースの背骨に頭を当て、両腕を羽交い絞めにして動きを封じ、足を絡ませ脱出を封じないように極める。


「スター流奥義№13 流星開き落とし!」


勢いよく落下した途端、スターの頭部はムースの背骨を完璧に破壊。


更には極めている両足を粉砕していく。


ムースは胸や腹が横に裂け、まるで噴水のように真っ赤な血を噴き出しながら、白目を剥き、舌を出して意識を失う。


この瞬間、スターの勝利が決まった。


ピクピクと痙攣しているムースを一瞥したスターはいつもの柔和な顔に戻り。


「どうやら少しハッスルし過ぎたみたいだねえ。まあ運動不足の解消にはなったかな」


「ムースさん!」


美琴はすぐさま駆け寄り、声をかけるが反応がない。


両足は反対方向に折れ曲がり、白目を剥いて息をしていない。


自分の愛弟子をここまで徹底的に痛めつけられるものなのか――


美琴は初めてスターの恐るべき実力と掟を破った場合の冷徹な態度を知った。


美琴はすぐさま自らの能力で可能な限りムースの負傷箇所を治癒する。


すると、ようやくムースは辛うじて息を吹き返した。


少し安堵したものの、美琴は涙を流して叫んだ。


「スターさん!あなたは最低です!どうして教え子を痛めつけてここまで平然としていられるんですか!!」


「勝負なんだから傷つくのは仕方のないことだよ。それに彼女から提案したことだから、身から出た錆でしかない」


ニコニコしながら言い切るスターに美琴は言い切れぬ恐怖を覚えた。


彼には人の心がないのだろうか?


歯を食いしばり身体を怒りで震わせるしか今の彼女にはできない。


すると、ようやくムースが目を開けた。


「美琴様、わたくしは美琴様のお役に立ちませんでした」


「いいえ。ムースさん、あなたの闘いぶりは本当に立派なものでした。わたしのこれからの闘いにも参考にさせてください」


「美琴様・・・・・・」


「さあ、医務室に行きましょう。今夜は私がずっと傍にいますから、安心して傷を治してくださいね」


美琴はムースをお姫様抱っこで抱え、リングを後にしていくのだった。


「美琴様ぁ……」


「朝ですよ。ムースさん、起きてください」


とろけきった顔で寝ていたムースは地獄監獄に面会に来た美琴の声で目を覚ます。


半分、寝ぼけた頭で言った。


「美琴様、夢の中でわたくしは幸せでした」


「いい夢が見られてよかったですね」


美琴はムースの夢の事情などは知らないが、彼女が喜ぶ姿を見るだけで嬉しかった。


面会が終わって地獄監獄に背を向けてから美琴は言った。


「スターさんとのスパーリングで1週間も気絶していたなんて、嘘みたい元気でよかったです」

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