短編 炎と氷の超決戦!ジャドウさんとカイザーさんです!
「カイザーよ。吾輩と一勝負していただけますかな」
「……君が望むのならば私は正々堂々と相手をするのみだ」
三本ロープが張り巡らされた白いマットのリング上にふたりの漢が並び立つ。
ひとりは金髪を後ろに束ね、白いコックコートをまとった巨漢、カイザー=ブレッド。
澄んだ緑の瞳で見据える先には、彼の対戦相手がいた。
銀髪をオールバックにし、立派な口髭を生やし白の軍服を着た長身痩躯の老紳士、ジャドウ=グレイだ。
両者はスター流の古参でありながら対戦経験は少ない。
相性の問題もあったし、ジャドウがどことなくカイザーを避けていた印象があったからだ。
けれど、今回はジャドウの方から試合を申し込んできた。
妙な胸騒ぎを覚えながらも、カイザーは彼の提案に乗ることにした。
純粋に灰色の騎士と評される男の実力がどの程度のものなのか、手合わせで確かめたかったのだ。
カイザーは頭ひとつ低い老紳士の眼前に拳を差し出した。
鐘は鳴らさないというので、せめてもの礼儀をしようというのだ。
ジャドウもそれに応え、両者は二回拳を重ね合わせて挨拶は終了した。リングで取れる限りの間合いを取って、相手の動向を探る。
ジャドウもカイザーも仕掛ける様子はない。
攻撃を出そうにも互いに隙が見つからず先手を打てないのだ。
リングをゆっくりと回りながら、無言の睨み合いが続く。
空気が張り詰める。
やがて、ジャドウが舞うように手を動かし始めた。布のように腕を動かしながら少しずつカイザーへと接近していく。
一方のカイザーは歩を止め、泰然と迎え撃つ覚悟だ。
ジャドウは強くマットを踏み込み、下から拳を穿つ。
だが、カイザーは掌で易々と受け止めて見せた。
拳を掴まれたわけではないので、素早く腕を引いてから、ジャドウは彼の脇腹めがけて回し蹴りを食らわせた。
骨と皮しかないジャドウの打撃技は並の相手ならば一撃で骨が粉砕するほどの威力を誇る。
加えて、彼は人体でも特に皮が薄い脇腹を狙ったのだ。蹴りが直に肋骨に響くはずだが、カイザーが蹴りを受けても怯まない。
右から左へ切り替えても、反応はない。
分厚い胸板に拳を放つが、鍛えられた胸の筋肉はパンチの威力を吸収してしまう。
腹に打ち込むと逆にジャドウの拳骨の皮が破れ血が噴き出す。
「ぬぅ……」
カイザーの堅牢さに唸り、脂汗を流しながらジャドウは手を止めた。
これまでのカイザーの試合を見て、彼が並外れた防御力を有しているのは知っていた。
だが観ると実践では全く印象が異なる。
ジャドウは数歩後退して腕を下げた。
攻撃を諦めたのかとカイザーが怪訝な顔をした刹那。
ジャドウの口から勢いよく紫色の液体が噴出された。
いわゆる毒霧攻撃だ。不意だったこともあり顔面に霧を浴びたカイザーは視界を封じられ、両手で顔を覆う。
「カイザーよ。吾輩は世間のものとは異なり本物の毒を使用しているのでな。さすがのお前もこの攻撃は効くであろう」
ジャドウは口角を下げて前のめりになったカイザーの太い首に自らの腕を巻き付け締め上げつつ、剛力で真上へ高々と抱え上げて、垂直落下式のプレーンバスターでマットへ激突させる。
直立不動となったカイザーの頭を引き抜き、上空へ放り投げてから頭を両足で挟み、胴を両手で抱え封じてのパイルドライバー。
脳天への強烈な二撃を受け、さすがのカイザーも仰向けに倒れるがジャドウは間を置かずに頭へ膝蹴りの連打を叩きこむ。
膝の強さに関しては宇宙一とも言われるジャドウの膝蹴りの雨に、カイザーの額は割れ、細い血が噴き出しジャドウの白い軍服を赤く染めていく。
「カイザーよ。お前ほどの男でもやはり血の色は赤だったようですな。吾輩はてっきり黄金色かと思っていたのだが、少々落胆しましたぞ」
自分が攻勢になったこともあってか軽口をたたく余裕を見せるジャドウに対し、カイザーは一言も言葉を返さない。
ダメージが大きく思考力さえ失われてしまったのか、それとも話す気がないのかは本人のみが知る。
元より寡黙なカイザーであるからこの反応はある種当然だとジャドウは踏んでいたが、一方的に痛めつけるばかりでは面白みに欠ける。
少々反撃してもらい、それを更なる力で返してこそ絶望感がより高まるというもの。
カイザーの身体を足蹴にして反応を確かめながら、わずかな可能性に警戒の糸は緩めない。
下手に追撃すれば逆転されることもあり得るからだ。
酒ばかり飲み鍛錬を怠っているジャドウは度重なる攻撃を続けたことにより息を切らし始めた。
それでもカイザーの極太の右腕を掴んで腕ひしぎに捉えようとする。
「必殺の太陽の拳を放つ命ともいえる右腕が使い物にならなくなれば、お前の戦力は半減。吾輩の勝率はより高まる」
口に歓喜の笑みを浮かべて渾身の力で腕を伸ばしにかかるジャドウだが、腕は中途で曲がったまま伸びきらない。どれほど力を加えてもこれ以上伸ばすことができないのだ。
「……ジャドウよ。私の腕を折るのではなかったのかな」
カイザーの言葉にジャドウは焦りを覚えた。奴は喋る余裕があるのだ。否、ひょっとすると腕を蒔き餌にしたのではあるまいか。
すると、カイザーはジャドウの心のうちを読んだかのように言った。
「……私の腕力を甘く考えないことだ」
カイザーの筋肉に覆われた腕の太さはジャドウの三倍の太さを誇る。
ボディービルダーの如く鍛え上げられた迫力のある腕は無類の怪力を宿し、ジャドウでは筋を切ることさえ至難の業だった。
カイザーは腕をゆっくりと曲げて力こぶを作ると、荒くジャドウの腕ひしぎを振りほどいた。
振りほどかれた勢いでジャドウは背中から鉄柱に激突。
衝撃でズルズルと尻餅をつくと、カイザーが仁王立ちしている光景が目に入った。
吾輩はこやつに勝利することはできないのか。否、力はともかく、知恵では負けぬ。まだ策はある。
カイザーは毒霧を受けた影響で視界は使えない。
だから攻撃を悟られることはない。
ジャドウは猿のようにコーナーポストの最上段に上り立つと、先ほどから一転集中で痛めつけておいたカイザーの頭頂部を狙って最大必殺技を繰り出す体勢に入った。
「冥府ニードローップ!!」
コーナーから飛び立った老紳士は自慢の膝を怨敵の脳に着弾。
返り血がジャドウの軍服を真紅に染めた。
「勝った!」
今度こそ勝利を確信したが、カイザーの両腕がにゅっと伸びて自らの身体を掴んだ途端、ジャドウの老いた顔が蒼白になる。
「馬鹿な。今の一撃で完全に貴様はKOされたはず」
「……常に私は相手の計算を上回らなければならない。小賢しい計算などに敗北していては、人々を悪の手から守ることはできぬ!」
カイザーはジャドウを引き抜き、先ほどの返礼とばかりに自らの両膝とジャドウの膝を鉢合わせて出血させると、今度は彼をファイアーマンズキャリーの体勢で担ぎ上げて猛烈な勢いで回転を始めた。
右足と首をがっちりと極められているうえに猛烈な回転で技から脱出することができない。やがて、カイザーが技を解いて上空に放り投げると生地を伸ばすかのようにジャドウの身体は薄く引き伸ばされ円形に変化していく。まるで人間ピザだ。
やがて回転が止まったジャドウがべちゃりと地面に落ちた。
全身の骨を砕かれ薄く引き伸ばされたピザ状のジャドウは元の威厳溢れる姿はどこにも見当たらない。
「……ジェット・ピザ・プレーンの味はいかがだったかな?」
ジャドウは気絶したまま答える力もない。
こうしてジャドウとカイザーの練習試合は蓋を開けてみればカイザーの完勝で幕を閉じたのだった。




