短編 ムースさんから悲願の勝利を!不動さんを応援します!
不動は思案していた。先日、初めてムースに料理対決の審査で勝利した。
半ば強引な形ではあったが確かに勝利を手にした。
だが、彼の心の中で、新たな思いが芽生えていた。格闘でも純粋に勝ちたい。
これまで数度対戦の機会に恵まれたことはあれど、ただの一度として勝利をしたことがなかった。
それは、彼の体質に由来する。不動は女子を相手にすると急激に弱体化してしまうのだ。
「このままでは、永久にあのゴミクズには勝てん・・・・・・」
拳を固めて壁を殴る。その威力で壁に亀裂が走った。
彼がムースを打倒するために編み出した必勝法。それは――
「私、ですか?」
「そうだ。お前の協力が必要不可欠だ」
リングで小首を傾げるのは彼の愛弟子になっている美琴である。
「お前に勝つことで、俺は弱点を根本的に克服する」
「良い心がけですね。不動さんの頑張りをわたしは応援します」
にっこりと笑って、格闘の構えをする。
いきなり不動の重い蹴りが放たれた。右腕で防御するが、ビリビリと痺れる感覚に美琴は陥った。
この蹴りは普段の不動の威力である。まだ、弱体化はしていない。
放たれる正拳突きを受け、美琴は壁際まで吹き飛ばされた。
壁には激突した衝撃で人型の穴ができる。彼女は吐血しつつ、リングに舞い戻った。
「不動さん、強いですよ。自信を持ってください」
「持てないからお前とこうして戦っているんだろうが!」
「それもそうですね」
穏やかに笑いながら、二の矢として放たれた拳を受け流し、腕を掴んで不動の巨体を地面に叩きつける。
不動は美琴の足を狙って蹴りを見舞うが、跳躍で回避され、続く頭突きも簡単に受け止められ、顎に膝蹴りをもらってしまう。
衝撃でフラつく不動に、美琴は心配な表情で駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「敵の心配などするな。お前はただ、俺を倒すことだけ考えろ!」
「わかりました」
指示を受けた美琴が仕掛けたのは、脇に不動を抱え、締め上げるヘッドロックだ。
あまりにも単純だが、美琴の細腕とは思えぬ怪力にかかれば恐るべき必殺技と化す。
頭蓋骨が締められる激痛に呻く不動に、美琴は訊ねる。
「このままだと頭が破裂してしまうかもしれませんよ。いいんですかっ!?」
「上等だ。お前にそれほどの非情さがあるなら、破裂して本望!」
脂汗が噴き出しつつも、不動はニッと口角を上げて笑っていた。
土壇場ながら彼は勝利への布石を掴んでいた。
不動はしめあげられつつ、美琴の腰に手を回して彼女の胴をクラッチ。
マットを強く踏んで跳躍し、必殺技を放った。
「不動俱利伽羅落としーッ!」
勢いよく頭を激突させた美琴だが、首で受け身をとっていたので軽々と起き上がってきてしまう。
その様子を見た不動は問うた。
「俺が不動俱利伽羅落としを放つとわかっていて、ヘッドロックをかけたな」
「不動さんの想像にまかせることにします」
「そうか・・・・・・だが、俺はまだ隠し玉があるのでな」
不動は突進して軽く美琴を吹き飛ばし、肩に担いでのカナディアンバックブリーカー。
彼の怪力で美琴の背骨がきしみ、メリメリと音をたてる。
カイザーとのスパーリングにより生み出した不動の新技を食らい、美琴は薄く笑った。
「さすがです、不動さん。わたしの知らない間にこんな技を習得されていたのですね」
「どうだ、この技ならあのゴミクズに勝てそうか」
「いえ、残念ながらまだ及ばないでしょう」
「なぜだ」
無言の美琴に不動は考えた。彼女は自分で答えを見つけろと言っているのだ。
互いに動きをみせないまま、時間だけが過ぎていく。
直立で美琴の体重を支える不動の手脚がしびれてきた。
軽量級とはいえ、長時間相手を抱えるのはそれなりに負担がかかるのだ。汗が流れ、目に入る。
ポタポタと汗がマットに滴り落ちる。
長時間に及ぶ果てしなき耐久合戦は一時間もの末に、遂に不動が技を解いた。
不動は大きく息を吐き出し、四つん這いとなる。先ほどの新技で体力がきれてしまったのだ。
だが、戦いは終わらない。
「まだ途中ですよ」
満身創痍の不動の腕をとってロープに投げつけ、戻ってきたところを美琴はジャーマンスープレックス。
大きな弧を描き、両足をぴたりとマットにつけた人間橋は消耗しきった兄弟子を仕留めるにはじゅうぶんすぎるほどの威力だった。
練習試合が終わり、大の字になって倒れる不動。疲労の色が濃いので、立ち上がることもできない。
美琴はひざまずいて彼にたずねる。
「わたしと戦って何か得るものはありましたか?」
「大収穫だ。先ほど仕掛けた新技は高度が足りなかった。
だから背骨に与えるダメージが軽減し、耐久合戦に挑まれた。
そして、仮にロープ際で放ったらロープブレイクされることもわかった。これからはリング中央で思いきり相手を飛ばし、一発で背骨どころか胴体さえもヘシ折り往生させる必要がある」
「相変わらず容赦がないですね」
「それが俺の流儀だ。怒りをもって人を救いに導く。甘いお前とは違う」
「でも、改善点が見つかって良かったです」
美琴は黒髪をなびかせ、リングを降りると、部屋の隅に置いてあったランチボックスを持ってきて、ニコニコの笑顔で言った。
「一緒に食べましょう」
ボックスの中を開くとボール型のおにぎりが入っていた。
「お前は本当に握り飯が好きだな」
「うふふっ、わたしにとっては命ですから」
「具は何が入っている?」
「食べてからのお楽しみです!」
宿敵のムースの打倒への道のりはまだ遠い。けれど一試合ごとに、不動は確実に進化を遂げていた。彼女を追い越すのも、夢ではないかもしれない。
「今度こそお前を完全に往生させてやる!」
「玩具なりにせいぜいがんばるといいですわ、不動様」
眉間に深い皺を刻み猛禽類の如き鋭い眼光を向ける不動仁王と、それとは対照的に柔和な笑みを浮かべるムース=パスティス。
一見するとどちらが正義で悪なのかわからなくなる試合は、双方の睨み合いから開幕した。
互いの自軍コーナーに戻り、鐘が打ちなされた瞬間に互いはパッと飛び出した。
リング中央で王道の手四つからの力比べ。
筋力に勝る不動が押し倒し、跳躍して、ムースの腹に鋭い角度の膝を叩きつける。
噴水のように唾を吐き出し悶絶する彼女に、一切の情けを見せることなく、二発目を打ち込む。
だが、同じ技を食らうムースではない。
不動の膝をキャッチして直撃を防ぐ。片膝を止められた不動は空いている左足で踏みつけ、防御を剥がすと、間合いをとり、相手が起き上がるのを待つ。
ムースは服の埃を軽く叩くと、指を鳴らしてマントを出現させた。
それをヒラヒラとはためかせる姿はまるで闘牛士のようだ。
不動は口角を上げ。
「俺を牛とでも言いたいのか」
「不動様は恐れを知らぬ猛牛ですわ。力はお強いのですけれど、頭が足りないのですわ」
「その減らず口、2度と叩けぬようにしてやるッ!」
「まあ、なんて恐ろしいのでしょう」
ショルダータックルで挑む不動をマントを動かし、巧みに躱す。
けれど不動も彼女の行動は想定の範囲内。
ロープに触れる直前でUターンをして、もう一度タックルを慣行してくる。
「きゃっ」
不動の巨体に吹き飛ばされ、コーナーに叩きつけられるムース。
ズルズルとコーナーに沈み、試合開始から初のダウン。
しかし不動は寝ている間を与えることなく、三度目の体当たり。
突進してくる不動にムースの目が怪しく光った。
「わたくしの策にかかりましたわね」
猪突猛進する不動にムースは所持していたマントを覆いかぶせた。
たちまち彼の視界は暗黒に包まれ、動きを停止していた。
身動きが取れない不動に対し、美少女は蹴りと拳の雨を降らせる。
「貴様、マントなどを出したのはこれが目的だったのか!」
「気づくのが少し遅すぎましてよ」
首を腕で固定してのDDTで頭部にダメージを与え、うつ伏せに倒れた不動にのしかかり、首を両腕で掴み背骨を攻めるラクダ固めを発動させる。
不動の身体が弓なりとなり、メリメリと骨の軋む音が耳に聞こえてくる。
「真っ二つになるといいですわ」
「そうはさせん」
上腕にものを言わせて這う這うの体勢でロープブレイクした不動。
ルールは絶対なので、渋々とムースが技を解く。
立ち上がった不動は少女の胸板に空手チョップの水平打ち。
バチイィン!
打たれた音が無観客の会場に響くと、ムースはゆっくりと体を傾け、ダウン。
倒れた彼女を反転させ、先ほどのお返しとばかりに美少女をタコ殴りにする。
見る見る腫れ上がり、唾や血を噴き出すムース。凄惨な光景だが、不動は表情を変えない。
彼女のこれまでの行いから考えれば、当然の報いと思っていた。
後頭部を掴んで思いきりマットに叩きつける。グシャリと潰れた音がして、ムースの額や鼻、口から流れた血がマットを朱に染めていく。
少女は痙攣しており、反撃する力も残っていないように思えた。
不動は凶悪な笑みを浮かべ、怒りを拳に纏い、最後の一撃を炸裂させるべく、腕を大きく引いた。
この一撃で長きに渡る因縁に決着がつき、料理だけではない、試合でも勝利を収めることになるのだ。
唸りを生じた鉄拳が真っすぐにムースに迫る――せつな、ムースが身体を反転させ、不動の拳が着弾する直前に、不動の股間を爪先で蹴ったのだ。
「があああああああああッ!」
全身を駆け抜ける激痛に不動は吠え、打撃はムースの頭を掠め、マットに直撃。
更に下から突き上げるように一本手による貫手を見舞われ、喉に甚大なダメージを負い、不動が初めてダウンを喫した。
スカートの裾を持ち上げ、恭しく礼をしてムースはにっこりと微笑んだ。
「立ってくださいな。試合はまだ始まったばかりですわよ?」
痙攣の擬態に騙され、反撃を食らってしまった。
試合が長引けば、不利になるのは女子と戦うと弱体化する不動であるのは明白だった。
可能な限り短期決戦に持ち込まねば、勝機は無い。出し惜しみしている場合ではない。
持てる技の全てを駆使しなければ、彼女に勝つことはできない。
不動は追撃にきたムースを捉え、空中に放り投げ、自らも追って跳躍。彼女の腰を掴んで、バックドロップの体勢で高速落下していく。
「不動俱利伽羅落としー!」
「攻略され続けた技でわたくしを本気で倒せると思っているのでしたら、思い上がりも甚だしいですわよ」
くるりと反転し、両手を突いて不動の身体から離れると、空中からの頭突きを不動の腹に命中させた。
敢えて敵の懐に入り込む危険な技が放てたのは、ムースが不動に負けるはずがないという絶対的な自信からだった。
得意技を攻略され、意気消沈するかと思われた不動だったが、その顔には笑みがある。串刺し状態の少女を引き抜き、肩に担ぎ上げての着地。
不動の新技カナディアンバックブリーカーが炸裂したのだ。
「ゴミ、俺が無策でお前に挑むとでも思ったか?」
「こんな隠し玉があるなんて考えもしませんでしたわ」
不動が技を仕掛けたのはリング中央。ロープ際ではないから、ロープブレイクもできない。
彼は美琴との練習から学びを得ていたのだ。
「今度はお前が背骨を折られる番だ」
「まだまだですわ」
ムースは自由の利く両手でフォークを生成し、不動のクラッチしている手に突き刺す。
鮮血が迸るが、不動の腕は緩まない。
不動の息は荒く、汗が額から滲んでいた。髪は先から徐々に白く変色してきている。
急激なパワーの欠乏がはじまったのだ。
ムースも背骨を攻められ、服の背中部分が裂け、血が滴り落ちてくる。
少女の全身が真っ二つになるのが先か。それとも、不動のパワーが尽きるのが先か。
地獄の我慢比べがはじまった。だが、ムースは涼しい顔をしていた。
消耗合戦ならこちらが断然有利であると高を括っているのだ。
「不動様、あまり無理をなされない方がよろしくってよ」
「ゴミに心配されるほど、弱体化した覚えはない!」
「強気な方ですわね」
暫くして、不動が肩膝をついた。髪は白髪と化し、鋼のような筋肉は細くなっている。
当然、クラッチの力も弱まっているので、ムースは上体を起こし、技を外しにかかる。
「玩具は玩具らしく、わたくしを楽しませることができればそれでいいのです。
もっとも、今の不動様はそのお力も無いようですけれど」
簡単に不動の拘束を外し技からの脱出に成功――したかに思われた。
男の両眼が光り、再びムースの胴を捉え、跳躍した。
彼女の身体を目よりも高々と抱え上げ、告げた。
「俺の最後の攻撃、受けて見ろおおおおおおッ!」
錐揉み回転しながら放たれたムースの身体は抵抗することも許されず、深々とマットに突き刺さった。
頭から刺さった彼女はゆっくりと倒れ込み、ダウン。
大の字に倒れ伏したままで、相手に訊ねる。
「不動俱利伽羅落としも新技も、全て撒き餌だったのですの?
今の技を成功させるために、がこれまでの技を破ることも計算して?」
「ゴミの問いに答える義理はない」
「楽しい試合でしたわ・・・・・・」
ムースは吐血後に気絶し、遂に不動は初の勝利を奪取した。
不動は高々と勝利の手を挙げる。
出会ってから三百年、ようやく長きに渡っての因縁の相手に鉄槌を下ろすことができのだった。




