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スター流恒例の入門テスト……って聞いてません!?

老紳士はわたしを一瞥しますと、踵を返して出口に向かって歩き出しました。


そして部屋を出ていく直前に、風格のある低音ボイスで言いました。


「吾輩の名はジャドウ=グレイ。スター様の忠実なる騎士だ」


その言葉を残し去ってしまったジャドウさんですが、なんとも不思議な名前です。


何故、シャドウ(影)ではなくジャドウ(邪道)なのでしょうか。


本人なら名前の由来を何か知っているかもしれませんので、また会う機会があった時は名前の由来を聞いてみるのも良いかもしれません。


もっとも、ジャドウさんが教えてくれるかどうかはわかりませんが……


「美琴ちゃん、考え事をしているようだけど、ちょっといいかな」


スターさんが肩を叩きましたので、慌てて我に返ります。


「スターさん、どうかしましたか」


「実は君にスター流恒例の入門テストを行おうと思ってね」


「ええっ、入門テストですか!?」


急に入門テストと言われましても格闘技に関してわたしはズブの素人ですし、勉強もしたことがないのですから、いきなりテストと言われましても合格する自信がありません。


もしも落ちてしまったらどうなるのでしょうか。


「不合格だった場合は門前払いになってしまうけど、わたしとしてはこの試験だけは自分でスカウトした子であろうと弟子入り志願した子であろうと必ず受けさせるようにしているんだ。

君なら落ちることはないはずだから、きっと大丈夫だと思うんだけど」


「あのっ! 入門テストって何をすればいいのでしょうか」


「スター流に入門するにはコレができないと駄目ということにしている。

今から君の入門テストを行うからついてきなさい」


「はい……」


ううっ……心なしか返事も小さくなっている気がします。


きっと落ちてしまうという不安が声を小さくさせてしまっているのでしょうか。


すると李さんがわたしの耳に顔を近づけて。


「美琴さん、がんばって。あなたならできるはずだよ」


「え、えっと! わ、わたし、頑張ります!!」


美形の李さんから耳元で励ましの言葉を貰ったのですからこの美琴、弱気になってはいけません。


スター流の入門テスト、必ず合格してみせます!


心意気を新たにしてスターさんについていきますと、案内されたのはスターコンツェルンビルの中にあるレストランでした。


格闘技とは一見すると無縁な場所だと思いますが、ここでテストをするのでしょうか。


スターさんは外の景色がよく見える窓側の席に腰かけ、両手を組んでいいました。


「これからスター流恒例の入門テストを行います。テスト内容は一つだけ。自分の得意料理を作る事」


「りょ、料理ですかぁ!?」


先ほどから驚きの連続で何回も舌を噛んでいる気がしますが、まさかスター流のテストが料理だとは予想外過ぎます。


「お客さんはわたし以外にいないし、厨房のシェフたちも君がテストを行う間は追い払ったから大丈夫だよ。食材は何でも揃っているから、自由にどうぞ。制限時間は二時間だから、それを超えないように注意してね。あと、魚は骨無しを使うように」


今のスターさんの話を纏めますと。


一 制限時間は二時間。


二 食材は自由に使ってもいい。


三 お魚は骨無しを使うようにする。


彼の言葉を頭にインプットして厨房に入ったわたしですが、すぐさま頭を抱えてしまいました。


これまで料理というものは小学・中学の家庭科の時間でしかしたことがなく、山奥で生活していた時も基本的にお肉やお魚は丸焼き、野菜は水洗いしたものを生のままかぶりついていたものですから、料理のスキルなど全くないのです。


とはいえ、このまま悶々としていても時間は過ぎていくだけです。


さりとて豚や鳥の丸焼きを出したところでスターさんが喜んでくれるかどうか……


時計を見上げますと、テスト開始から既に一〇分も経過しています。


考え事をすると時があっという間に去ってしまうというのは本当のようです。


先ほどの彼の発言を振り返る限り、少なくともスターさんは骨のあるお魚を使った料理を好んでいないのは確かです。


わたしには骨抜きの技術などないでですので単なる焼き魚を出した時点で失格になるのは間違いないでしょう。


そうなるとわたしができて、なおかつスターさんを満足させることができる料理があるとすればーー

ここでわたしの頭の中にはっきりとあの料理の形が思い浮かんできました。


わたしがもっとも大好きで、もっとも感動したあの味!


あれならば、スターさんにもきっと喜んでもらえるはずです。


「美琴、やってみせます!」


腕まくりをして気合をいれなおし、いざ、料理開始です。


一時間近く経って、ようやく完成した料理をテレビ番組などでよく出てくる釣鐘型の銀の覆いで隠して、落とさないように気を付けながらスターさんの元へと運びます。


「お待たせしました」


「君がどんな料理を作ったのか楽しみだよ。それでは、オープン!」


自分で言って覆いを開けたスターさんは目を丸くて、ほんの少し呆然として動かなくなりました。


無理もありません。


わたしが彼に出した料理は、ごく普通の塩おにぎりだったのですから。


彼は覆いとついでに左手に持っていたナイフを置くと、こほんと一つ咳払いをしました。


「まさか、おにぎりを出してくるとは思わなかった」


「……すみません」


「いや、謝る必要はないのだよ。骨付きの魚料理以外は何を作ってもいいのだから。それにしてもおにぎりとは……ううむ」


ほかほかと湯気を立てている白い三角のおにぎり。


作り方はとても簡単で、あつあつのご飯にお塩をふって、優しく握って海苔を巻くだけです。


日本人なら小学校低学年の子でも恐らくは簡単にできるであろうメニューですが、わたしの大好物であることと彼にご馳走になった時の味が忘れられずに、おにぎりを作りました。


スターさんは大企業の社長さんらしいのでわたしが食べたことがないほどの高級料理を数多く口にしているはずです。


果たして庶民の料理の代表格であるおにぎりを彼の舌は受け付けてくれるのでしょうか。


「いただきます」


スターさんは手を合わせて感謝をするなりおにぎりを手づかみで口に放り込みました。


普通サイズとはいえ、侮れない大きさのおにぎりを一口で頬張るとは、一体どれほどの口の大きさなのでしょうか?


そんなわたしの疑問を露知らず、彼はムシャムシャと合計三個のおにぎりを瞬く間に完食してしまいました。


そしてわたしの顔を見て訊ねました。


「なぜ、おにぎりを作るのに一時間以上もかかったのかね」


「ご飯を炊いていたものですから」


「一から作ったということだね。成程」


わたしの返事に彼は目を閉じ、腕組をして真剣な顔つきになりました。


二人だけの空間で静かな時が流れていきます。


たっぷり一分間の沈黙の後、彼は結果を口にしました。


「おめでとう! 合格だよ!」


「えッ……どうして、ですか?」


「美味しいからさ! それ以外に理由なんて無い! 

君はこの前わたしがご馳走した塩おにぎりの味を再現しようと試みた! 結果、その気持ちがわたしに伝わったという訳だ。美味しいおにぎりをご馳走様!」


彼が喜んでくれて、しかも合格まで貰えるなんて、これほどうれしいことはないでしょう。


わたしも晴れてスター流の門下生の一員となることができたのです。


「でも、どうして入門テストをお料理で行うのですか」


「わたしは料理ができないから、毎日の食事を弟子達に作ってもらうことにしている。だから何か一品でも得意料理があったら助かるのさ」


……格闘と全く関係ない上におそろしく身勝手な理由ですが、本当にこれで良いのでしょうか。


ほんの少しこのスターさんという方が師匠として相応しいのか心配になってきました。


「ところで美琴ちゃん」


「何でしょう?」


「さっき、わたしのところに電話があったんだけど、近くの街で機関銃を所持した数名の強盗が現れてスーパーで人質をとったみたいなんだ。修行の一環でもあるし、一人で倒しにいってもらえないかな」


「……へ?」


さらりと告げた彼の言葉はわたしを天国から地獄に引きずり落とすのに十分な威力を持っていました。

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