スター流の作戦会議!開始早々不安です……
HNΩさんをあっさりと消滅させた謎の少女。
彼女は瞬間移動で姿を消す前にムースさんに恋の匂いがすると言っていました。
ムースさんからは以前に恋人がいたという話は聞いていませんから、もしかするとつい最近になって好きな人ができたのかもしれません。
ですが、どうにも府に落ちないのです。
彼女はわたし以外の人と行動を共にしておらず、この旅で一緒に話したのはカイザーさんとヨハネスさんだけです。
ヨハネスさんとは相性が悪そうでしたので、きっと彼女の想い人はカイザーさんなのでしょう。
五〇〇年前に助けてもらったそうですし、やっと憧れの人物に出会えたのですから恋心を抱いても不思議ではないでしょう。
ただ、わたしと会話をする際、時折頬を赤らめるのが気にはなりますが、同性のわたしを好きになることは天地がひっくり返ってもあり得ません。
それ以上に疑問なのが、カイザーさんが彼女の存在を秘密にしたがっていることです。
つまりそれほどカイザーさん、あるいはスター流にとって都合の悪い方なのでしょう。
そんな憶測を立てていますと、カイザーさんがコーヒーを一飲み干し。
「彼女について知りたければ、スター流門下生名簿を見てみるといい」
このように助言を受け、三人で本部に帰った後、わたしは早速ビルの三階にある図書室で名簿を探してみることにしました。
読書家のスターさんは世界各国の様々な本を集めているので、図書館に置かれている本の数は膨大なものがあります。
それでも今はネット時代ですから、スター流門下生名簿と検索をかければ、簡単に探し出すことができました。
本棚から目的の本を取り出し、読書スペースで開いてみます。
机の上に置いた名簿で百科事典のように厚く、表紙がボロボロなところから、相当昔に作られたことがわかります。
名簿の中には顔写真入りでこれまで所属していた門下生達のプロフィールが事細かに載っています。
中を見ますと長い歴史を誇る流派だけのことはあり、膨大な数の門下生がいます。
ですがその大半が病気や戦闘により他界しています。
ムースさんの説明によりますと、超人キャンディーはあくまで不老長寿にするだけであり、重い病気や闘いで命を落とすこともあるそうです。
そう考えますと毒薬を飲んで副作用を消すのは意味が無いように思えてきました。
ページを捲り、問題の少女の顔写真を探していきます。
ですが、幾度名簿を読み返しても彼女の姿はありません。
スター流の門下生なら全員載っているはずの名簿ですのに、これはどういうことなのでしょうか。
念には念を入れてもう一度だけ確認してみますと、四ページ目だけが破られていることに気が付きました。
いたずらでしょうか。
いえ、それでしたら他のページも破かれているはずです。
ところが失っているのはそこだけなのです。
これは恐らく、誰かがそこだけ破ったのでしょう。
目次を見てみますと、無いはずの四ページには『メープル=ラシック』と記されていました。
本来所属しているはずの門下生。
名前からして女性ですから、もしかするとこの方はわたし達が出会ったあの少女ではないでしょうか。
どうして彼女のページが破られているのか。
その理由をもう少し探ってみる必要がありそうです。
「誰か意見はないかね?」
スターさんが挙手を求めますと、不動さんが手を上げて。
「メープルを野放しにするのは危険だ。やつは俺が往生させてやるッ!」
不動さんがガキと呼ばずに名前呼びをしたということは、メープルさんは彼に実力を認められていたことになります。
となると、少なくともわたしやムースさんより高い実力はありそうです。
続いてヨハネスさんが挙手をして口を開きます。
「彼女が相手だと一人で闘うのは危険だ。
不測の事態に対応するためにも、ここはチームで行動した方がいいかもしれないね」
一人より二人だとより多彩な攻撃ができますし、HNΩさんとの死闘ではムースさんが彼を足止めし、わたしがカイザーさんのところへ向かうというチームプレーもできました。
経験からすると、チームで行動するのもいいかもしれません。
するとスターさんはカイザーさんに意見を求めました。
カイザーさんは暫く黙った後、低音で告げました。
「目黒、ムース、HNΩにメープル。
彼らは全て地獄監獄から解き放たれた。監獄は囚人達では絶対に脱獄できない。
仲間が助けに来ても不可能だ。牢獄を開ける専用の鍵がなければならない」
「そうだね。話を続けて」
スターさんが顎に手を置いて促しますとカイザーさんは頷き。
「地獄監獄の鍵束を持っている者はただ一人、ジャドウ=グレイだけです。
私は今回の大量脱獄は彼の仕業と見ています。
何らかの目的があって彼が囚人達を解き放った……そう考えるのが妥当でしょう。
メープルに関しては二人チームを構成して送り出し、事件の再発防止の為にも、我らにも地獄監獄の管理と監視の許可を与えてもらいたい」
カイザーさんの意見は真っ当なものでした。
どう考えても、多くの囚人を収容する監獄をたった一人で見守るのは無理があります。
警備の人数を増やして彼らの監視を強化するのは当然だと思いました。
けれどスターさんの返答は衝撃的なものでした。
「何度も訊ねられたことだけど、今一度言おう。
わたしは彼を信頼している。従って今後も地獄監獄の管理は彼一人で充分だよ」
「ですが、現実に囚人達の脱獄が――」
「君達ならメープルを捕まえられる! そうだろう?」
「私達が力を合わせれば可能ですが、再発防止に取り組まねば、人々の安全を守ることはできません」
「君の気持ちはわかるし、尊重もするよ。でも、地獄監獄の管理はジャドウ君だけで充分。
君も彼がどういう者かはよくわかっているはずだよ」
「……今後も、地獄監獄はジャドウに任せるという考えは変わらないのですね」
「すまないね。そこは貫かせて貰うよ」
お互い一歩も引かない舌戦を続けていましたが、スターさんの一点張りの前にカイザーさんは説得を諦めたようです。
普段は陽気で温厚なスターさんですが、何故かジャドウさんの話題になると決まって彼を庇います。
わたしが彼に攻撃されたと報告した時も冗談と言って、信用してもらえませんでした。
そして今回は重鎮であるカイザーさんの当然の意見も一蹴してしまいました。
それほどまでに信頼を置かれているジャドウさん。
わたしは彼が元殺し屋で、スターさんの最初の弟子ということしか知りません。
ですが、もしかすると彼らの間にはわたし達には明かしていない秘密があるのではないでしょうか。
「美琴ちゃん、君の意見を聞かせてもらおう」
不意に振られたことと頭で思案していたことが重なり、うまく言葉が見つかりません。
視線があちらこちらに移動し、動揺しているのが自分でもわかります。
ですがあまりにも長く沈黙していますと不動さんの喝が飛んできそうですので、早く考えをまとめなくてはなりません。
「えっと、わたしは、ヨハネスさんと同じ意見ですっ!」
その場を誤魔化すためとはいえ、ヨハネスさんの意見を利用した形になってしまったのは申し訳ないことです。
ヨハネスさんに小さく頭を下げ、腰を下ろしました。
その後はメープルさんについて詳しくないわたしにスターさんが彼女について説明してくれました。
彼からの情報をまとめますと。
一 彼女は元スター流の門下生であり、スターさんの後継者と言われるほどの実力者だった。
二 ある事情で流派を裏切り、地獄監獄に幽閉され、その存在はブラックリストに載せられることに。
三 何者かの手により脱獄し、HNΩを部下として従わせた。恐らく、他の囚人達も彼女の手引きにより脱獄していた可能性が高い。
一と二はともかく、三に関してはジャドウさんのせいということが誰の目からも明らかなのですが、そこを告げないあたり、彼に対する信頼が相当なものであることが伺えます。
この日はヨハネスさんの案が採用され、チームについては後日発表するとのことで会議は終了しました。
ですが、自分の部屋に戻った後も、メープルさんのことが頭から離れられません。
わたしから見て、スター流は厳しい修行こそありますが、皆さんは純粋に世界の平和を守る為に活動している方ばかりで、仲間意識も高い方だと思います。
豪華な食事もありますし、活躍に応じて報酬も受け取れますから悪い環境ではありません。
ですが、メープルさんはそこを裏切り悪の道へと走りました。
以前に会った際には外見からは悪意を感じなかったのですが、彼女の周囲からは禍々しい気が取り巻いていました。
何の理由もなく裏切るとは考えにくいですので、恐らくは裏切りたくなるほどの辛い事情があったのかもしれません。
彼女の過去を知ることはできませんでしたが、もしかするとこのスター流という流派には新参者のわたしの知らない面がまだまだあるのかもしれません。
歴史の長い流派ですから、過去と今では方針が違うということもあります。
ここで、わたしは一つの疑問に思い当たりました。
前に李さん入門した時は女性禁止だったと言っていました。
ですが、メープルさんは女の子です。
彼女の弟子入りした順は四番目ですから、李さんよりもずっと前ということになります。
そこから考えますと、スターさんはメープルさんの加入前は女子に対して寛容だったのでしょう。
ですが彼女の裏切りにより、一時期(と言っても三百年ほども)厳格になり、そこからまた考えを変えて入門を許可するようになったのです。
よほどメープルさんの離脱が悲しく、そして悔しかったと思いますが、それだけが理由ではないのかもしれません。
メープルさんの一件はまだまだ深い闇が隠れている気がします。
そして、わたしは何故か、彼女の件に関して他人事とは思えないほど強い関心が湧き出てくるのです。
同性だからかもしれませんが、それ以上に何か引っかかるものがあります。




