ムースさん、大奮闘です!
「お前との戦闘に付き合うのも面倒臭くなってきた。これで吹き飛ばしてやるとするか」
HNΩは両肩を展開し二〇発もの超小型ミサイルをムースに撃ち出す。
このミサイルは非常に小さいサイズとはいえ、命中すれば致命傷を与えられるほど高い威力を持つ。
それを何発も受けてしまえば、ムースと言えども無事では済まない。
だが、彼女はミサイルが自分の目と鼻の先に接近するまで行動を起こそうとしなかった
「どうやら観念したようだな。おとなしく消し炭になりな」
全てのミサイルがムースに命中し爆発。周囲は煙に包まれる。
HNΩは万が一のこともあるとして、煙が晴れぬうちに彼女がいた付近に接近する。
煙が徐々に晴れていき、視界が鮮明になると、愛用の傘を盾にして全弾を防ぎ切ったムースの姿があった。
「消し炭にならなくて、残念でしたわね」
「傘でガードするとは考えたものだが、お前の自慢の盾には決定的な弱点がある!」
HNΩは背中のブースターから炎を勢いよく発射しスピードを上昇させる。
そして素早く彼女の背後に回ると、その背に蹴りを打ちこむ。
「傘の盾で身を守れるのは前面だけ! 背後に回れば意味をなさない!」
鋭い蹴りを食らって地面を滑るムース。傘を閉じ、切っ先を剣に変換。
上空に飛んで振り上げるが、HNΩは真剣白羽取りの要領で難なくキャッチし、真ん中から傘をヘシ折ってしまう。
「傘が……!」
「大事な武器を失ってしまっては、お前の戦力は半減する」
ショックで動きが鈍る彼女にボディーブローを浴びせ前のめりにさせると、すかさず両手を組んだ打撃で追撃。
辛うじて躱すことに成功したが、肩で息をするほど呼吸が荒くなってきている。
相手は疲れ知らずのロボ。
対する自分ではスタミナと言う点に関して大きな差がある。
傘は破壊され、並の攻撃は通じず、斬首台も効かない。
頭蓋骨粉砕機でも彼の頭部の破壊は厳しい。
電気椅子だと電気は機械である彼の大好物。
ダメージを与えるどころかパワーアップさせてしまうだけだろう。
鞭の打撃などはカに刺されるよりも感じないはずだ。
闘いが長引くにつれて蓄積されていく疲労。そして技の引き出しがどんどんと少なくなっていく現実。
能力も無限に使用できるだけではなく、一つの拷問器具を生み出すのに一定の集中力と気力・体力を消耗する。
しかもその性質上、頑強な相手であるほど威力は薄くなる。
ここでふと、ムースは自分の闘いの意味を問いただす。
自分はなぜ闘っているのか?
目の前のポンコツロボに勝利するため?
違う。
時間稼ぎだ。
美琴が逃げる時間をできる限り稼ぎ、彼女をカイザーの元へと辿り着かせる。
カイザーがどんな人物かはわからないが、スターが招集をかけるほどの者なのだから相当な実力者であることは確かだ。
運が良ければ美琴は彼に守ってもらえるかもしれない。
最悪なのはこのロボが彼女を追跡し見つかった場合。
能力を封じられた美琴では分が悪い。
命を奪われることは十分に考えられる。
それだけは何としても避けなければならない。
自分の命はどうなっても構わない。
どの道、他人の手に命を握られた状態なのだから、長くは持たないだろう。
利用されて捨てられるのがオチだ。
それならせめて、美琴のためにこの命を散らそう。
愛を知らない自分に愛を教えてくれた美琴。
生まれて初めて触れた優しく温かなあの手の感触。
あの温もりを、こんなポンコツロボなどに奪われてたまるか。
ムースは歯を食いしばり、疲労困憊した体に鞭を打って、気力を奮い立たせて真っ直ぐに敵に向かっていく。泥臭い闘いは本来自分の性に合わない。
しかし今はファイトスタイルを選んでいる余裕など無いのだ。
重要なのは少しでも敵を足止めし、時間を稼ぐこと。
コルセットの裾からメリケンサックを取り出し、両手に装着。
速度に任せて敵の右頬を殴る。
体勢が崩れかけるHNΩだが、すぐさま立て直し、巨大な拳を振るってきた。
無防備で食らったムースは口が切れ、鮮血が細い顎を伝い地面に零れる。
だがその闘志は揺るがない。
相手の胴体を両足で挟み込み、思い切り頭を引き、渾身の力を込めて頭突きを炸裂させる。
一発、二発、三発。
ロボの金属の顔面にぶつかる度に額が割れて血が噴き出す。
それでも、彼女は攻撃を止めようとはしなかった。
少しでも自分が敵を足止めさせるという強い意思が、限界に近い彼女の身体を動かしているのだ。
「何故だ! 貴様はボロボロの身体でどうしてここまで動くことができる!?」
「ポンコツのあなたには、永遠にわからないことですわよ!」
理解できない。
愛用の武器である傘を粉砕され、能力の使用により肩で息をするほどに疲労困憊をしている少女。
並の人間であれば勝負を捨てて逃走するか命乞いをするはず。
だが彼女はそれをせずに頭突きを連発している。ロボである自分の強固な頭部にそのような技が通用しないことは一目瞭然であるはずなのに、彼女は攻撃を止めない。
もしかすると疲労により判断能力が鈍っているのではないだろうか。
訊ねてみても答える素振りはない。
密着されても鬱陶しい。ここは引き離すに限る。
HNΩはそのように結論を付け、瞳から赤く細い光線を放つ。
頭突きを仕掛けたムースはギリギリで躱すものの、初動が遅く、頬を掠めてしまった。
血がポタポタと流れるが彼女は気にする素振りを見せずもう一発頭突きを見舞った。
幾度も頭部に衝撃を受けたからか、HNΩはほんの数瞬怯んでしまう。
ムースは脚力にモノをいわせて彼の巨体を反転させ、その頭部を再び地面に叩き付ける。
「二度も同じ手を使うとは、お前も芸のない女――」
全て語り終わらないうちにムースの蹴りがHNΩの頬に当たった。
「オオオオオッ……」
スタミナが切れかけているはずの少女から放たれた蹴りはロボを一〇メートル先まで吹き飛ばし、頬に靴跡を刻みつけた。
「ダメージ率二〇〇パーセントだと!?」
自らのダメージを分析し驚愕する彼に、間髪入れずに二撃目の蹴りが飛んでくる。
これもヒットされ、三回、四回、五回と四方八方から目まぐるしく襲いくるキックの雨嵐に翻弄され、遂に彼は片膝を付く。
その隙を逃さずムースは彼を持ち上げ、顎と太腿をガッチリと掴み、自らの首を支点として彼の身体を一気に弓なりに反らし上げる。
「このアルゼンチンバックブリーカーで、あなたを真っ二つにヘシ折って差し上げますわよ」
「その疲労が蓄積した体でできるとでも?」
「やってみますわよ。パスティス家の名誉にかけて!」
次第に空の雲行きが怪しくなり、ムース達が闘いを繰り広げている場所にはバケツをひっくり返したかのような豪雨が降ってきた。
地面はぬかるみ足元をすくわれそうになる。
それでもムースは力強く血を踏みつけ、更に相手を反らす。
反らされ続けた影響からか、HNΩの体内から小さなネジやナットなどが飛び出してきた。
彼の身体が悲鳴をあげている証拠である。
必死で歯を食いしばり、視界が朦朧となりながらも技をかけ続ける姫に殺し屋ロボは疑念を強めた。
豪雨により自分の身体は滑りやすくなり技のかかりは甘くなる。
そうでなくとも疲労により、やがて緩みが生じるはずだ。
俺は奴の気力が尽きるのを待てばよいだけだが、この女は何のために無謀な闘いをしているのか?
自分のためではない。
するとこいつは美琴が逃げるための時間を稼ぐために俺と闘っているというのか。
「お前にとってあの美琴とかいう存在がどれほど大事なのかは知らんが、圧倒的な存在の俺を相手に負け戦をする選択をとるとは、俺には到底理解できん……もっとも、理解する気もないが。
これ以上時間を引き延ばされては面倒臭いからな、次で終わらせるとしよう」




