アイスはランチじゃありません!
「美琴様、船に乗りましょう」
「我慢してください」
「美琴様、タクシーを拾った方がいいですわ」
「諦めてください」
「美琴様、飛行機に……」
「無理です」
「もう! 旅に出てからずっと歩きばかりなんて耐えられませんわ!」
ムースさんの絶叫が街に響きました。現在、わたし達は森を抜け、街へとやってきました。
早朝から歩いて今は正午。
お腹も空いてくる時間です。
旅が始まってからずっと移動手段が徒歩しかないことと、中々目的地に辿り着かないことに対する不満からか、ムースさんは先ほどからしきりに乗り物に乗ろうと提案しています。
ですが、わたし達にはそれができないのです。
「どうして乗り物を使用しないんですの。何かわけでもおありなのですか」
「ムースさん、あなたは世間一般から見たら世界的大犯罪者なのですよ。そんな人が乗り物に乗ったらパニックになってしまいます。サングラスとマスクで顔を隠しているとはいえ警察に気づかないとも限りませんし」
「一理はありますわね」
そうなのです。スター流と地獄監獄の関係者ならいざ知らず、世界中の警察は彼女が仮釈放されたことを知りません。
もし彼女が外にいることがバレてしまえば、世界中の警察が彼女を逮捕しようと全力を尽くすことでしょう。
そうならないようにできる限り目立つような恰好や行動は慎みたいものです。
ムースさんはわたしの手をしっかりと握って、並んで歩くことをやめようとしません。
そんなにわたしの手の感触が気に入ったのでしょうか?
横に並んだら通行人の迷惑になってしまうのですが、彼女にはどこふく風のようです。
「お腹が空きましたわ。そろそろランチが食べたいですわ。美琴様はどうですか」
「そうですね……頃合いでもありますし、お昼にしましょうか」
「嬉しいですわ!」
目を輝かせ、レストランを探すべく駆け始めるムースさん。手は繋がられたままですので、わたしは引っ張られて何度も道行く人に衝突しそうになります。
それでも何とか回避できたのはスター流の特訓の賜物でしょうか。
「着きましたわ!」
彼女が足を止めたのはレストランではなくアイスクリーム屋さんでした。
「ムースさん。ここはアイスクリーム屋さんですよ」
「見ればわかりますわよ」
「まさか、昼食にアイスを食べる気ではないですよね……?」
「ご名答ですわ。わたくし、アイスが大好きですもの」
「甘いものばかり食べていては栄養が偏ってしまいますよ。ここはちゃんとした食事を摂った方がいいですよ。たとえば、和食とか」
「あなたは本当におバカさんですね。ここをどこだと思っていますの」
「……ドイツですね」
彼女の言うことも一理あります。
ドイツには和食はないのです。
そもそも和食は日本の文化ですから、当然といえば当然なのですが。
わたしはもう二日もおにぎりを食べていないので、無性にあのほかほかでふわふわの食感が恋しくなってきます。すると、その話を聞いたムースさんは。
「あなたがおにぎりが恋しいように、わたくしもアイスの味が恋しいのですわ。
最初に地獄監獄から出してもらった時には食べ損ねてしまいましたもの」
人差し指を口に入れ、ウルウルとした瞳で『食べたい』という気持ちをアピールしてきます。
どれだけ引っ張っても決してお店の前から離れようとしない彼女のアイスに対する執念の前についにわたしは根負けし、お店に入ることにしました。
「いただきますですわ!」
口を大きくあけて、チョコ、バニラ、ストロベリーのアイスの四段重ねのパフェをスプーンで頬張るムースさん。
一口食べる度に恍惚そうな表情を浮かべるその姿は可愛らしいのですが、同時に性格や所業とは異なる子供っぽさを感じます。
わたしはお腹を冷やしてはたまらないと考え、ワッフルを注文しました。
メニューが運ばれてくる間、わたしは彼女にいくつか質問をしてみようと思いました。
ムースさんについてはスターコンツェルンビルで少し資料をかじった程度なのと、一度対戦したぐらいで、殆どの情報を知らないのです。
任務が終わるまで彼女との付き合いは続きますから、色々なことを知って親交を深めるのも良いかもしれません。
彼女もそれに賛成し、互いのことをお喋りすることになりました。
「ムースさん。先ほどあなたは『最初に地獄監獄から出して貰った時』って言いましたよね」
「そうですわ」
「そのことについて詳しく教えてくださいませんか」
すると彼女はスプーンの先をわたしに向けて、舌をぺろっと出しました。
「それについて知りたいのでしたら、まずわたしの出生から遡ってお話しなければなりませんわね……」