わたしの試合、そして観客席にはあの人物が……
試合開始直後、ムースはいきなり美琴に突進し、彼女の右腕を掴んでロープへと振った。
正面からロープに当たった美琴はその反動で返ってくる。
ムースは隙を逃さず背後からエルボーを首めがけて叩き込む。
だが、そのエルボーは空振りに終わる。
エルボーの気配に気づいた美琴が屈んで躱したからだ。
屈んだ相手に鉄拳を見舞うが、命中したのは白いマットだ。
美琴はパンチを倒立で躱すと同時に素早くムースの首を両足で挟み込み、コーナーポストの鉄柱へと勢いよく放り投げる。
咄嗟の反撃に対応が遅れたムースはまともに鉄柱と衝突。
額が割れ、血が噴き出す。
彼女は愛用の白ハンカチで血を噴くとゆっくりと立ち上がり。
「少しはやるようですわね。痛めつけ甲斐がありそうですわ」
「ムースさん。わたしがあなたに勝つことができたら、地獄監獄へと戻っていただけますか?」
「そうしたいのでしたらわたくしを心身共に完全敗北させるしかありませんわね。もっとも、あなたのお力では不可能だとは思いますけれど」
「……やってみなければわからないこともあります」
「既に結果は見えていますわ。圧倒的な実力差でわたくしが勝利すると!」
ムースはタックルを敢行するがそれを飛び越えられてしまう。
だが、すぐさま裏拳で反撃に出た。
美琴は反転して右腕でキャッチし、片腕の力だけでムースをマットに叩き付ける。
二度、三度と投げつけたところで手を離すと、ムースはケロリとした表情で立ち上がってきた。
「そのような投げ技、痛くも痒くもありませんわよ」
美琴の頸動脈を狙い左右で手刀を放つが、またも掴まれてしまう。
「打撃を受け止めるのがお上手ですこと。でも、この攻撃は無理でしょう」
両腕の自由を奪われた体勢で、足を思いきり引いてバネのように一気に解放する。
両足を揃えた蹴りは美琴の腹に命中したかのように見えたが、紙一重で美琴はムースの両腕を離し後ろに飛びのいた。
鉄柵にぶつからないように足でブレーキをかけ急停止をする。
両者は暫し動きと止め、相手の出方を伺うことにした。
その様子を特別席から眺めていたスターがポツリと呟く。
「消極的だね……」
そして隣を見てみるが、そこに不動の姿は無い。
「いつの間に病院に行ったのだろうか。それにしても一人で試合を見ていると話し相手もいないし、リアクションする人もいないから、寂しいものだ。そうだ! 電話で彼を呼ぶことにしよう!」
スターは携帯を取り出し、ある人物に電話をかける。
そして再びリングに視線を戻した。
リングの上では美琴がムースが繰り出す手刀や打撃を全て捌いている。
「来ましたぞ」
不意に背後から声をかけられ、スターが振り返るとそこにはジャドウ=グレイがいた。
スターは彼を見るなり肩を叩いて。
「ジャドウ君! 急なお願いにも関わらずよくきてくれた! 一緒に試合を観戦してくれる子がいなくて寂しかったんだよ」
「スター様のご命令なら吾輩はいつ何時でも駆けつけますぞ。ところで、どうですかな、試合の方は」
ジャドウが隣に腰を下ろすと、スターは美琴用にと買っておいたホッドドックを彼に渡し、ため息を吐いて言った。
「美琴ちゃんが消極的過ぎてね。どうも盛り上がりに欠けるんだよ。もっと積極的に攻めて欲しいのだが」
ジャドウはホッドドックからソーセージを抜き取りスターに返すと、含み笑いをして。
「成程。先ほどから全ての攻撃を捌いておりますな。
まるで自分に攻撃が命中するのを恐れているかのように」
「そうなんだよ。今の彼女には攻撃を食らっても攻めてやるという意志を感じない。素質的には申し分ないものを持っているはずなんだけど……」
「まあ、仕方がないでしょうなあ。
彼女の得た新たなる能力を使用しないためにはそれが最善の策と言えますからな」
するとスターは目を丸くして。
「アレ? ジャドウ君、何でわたしが美琴ちゃんに超人キャンディーをあげたことを知っているの? あの事を知るのはわたしと彼女だけなのに」
痛いところを突かれたジャドウは一筋の冷や汗を流し、こほんと咳をして。
「勘ですよ」




