決意を胸に!私、初めてリングに立ちます!!
「ガキ、何故あのような真似をした!」
試合終了後、不動は美琴の行いを許すことができず彼女を問い詰める。
美琴は少しの間俯いていたものの、やがて顔を上げて言った。
「不動さんの汗を拭きたかったんです」
「俺の汗だと」
「はい。試合中の不動さんの背中には大量の汗が流れていました。
それが見ていて気になって……
タオルで拭いてもらえたら試合もしやすくなるだろうって思ったんです」
「お前はタオルを投げ入れたら判定負けになることを知らなかったのか!」
「……はい」
「俺はまだまだ奴と戦えたというのに、折角の機会を不意にするとは、何というガキだ」
「……本当に、申し訳ありません」
美琴は思った。
ごめんなさい。あなたを止めるには、これしか方法がなかった。
あのまま試合を続けていたら、彼はムースに命を奪われていたかもしれない。
でも、単に試合を止めたのでは、彼の奮闘に泥を塗ってしまうかもしれない。
だからこそ真意を悟られないようにミスに見せかける必要があった。
彼はこの事実を知らない。いや、知る必要は無い。
彼は何も悪くはない。悪いのはわたし。
仲間に隠し事をしてまで試合を止めたのだから、怒られるのは当然のことだ。
頭を下げる美琴に仁王立ちで不満を露わにする不動。そんな両者の間にスターが割って入った。
「不動君、美琴ちゃんも悪気がなかったんだし、許してあげたらどうかな」
「だが、このガキの下らぬミスのせいで、俺はあのゴミクズに勝ち星を譲る羽目になってしまった。これが怒らずにいられるか」
「不動君。あのまま試合を続けていても、勝機が無かったことぐらい君にもわかっているはずだ」
「しかし――」
「あのタイミングで美琴ちゃんがタオルを投げ入れてくれたから、君は命を救われた。気持ちはわかるが、ここは美琴ちゃんに感謝するべきだよ」
いつもの朗らかな声とは違う、冷静で厳格な師の一言に、不動は言葉を飲み込む。
そして美琴に頭を下げ。
「ありがとう」
その様子を見たスターはにこにことした顔に戻り。
「よく言えたね不動君。実に偉い!」
「俺にだって礼ぐらいは言える」
不動に礼を言われ美琴は自分の心に温かみを覚えた。スターは彼女の耳に顔を近づけ囁く。
「君の判断は正解だった」
「知っていたのですか!?」
「さあ、どうだろうね」
「お前達、何をコソコソ言っている?」
「何でもない(です)」
二人が不動の疑問を誤魔化した時、リング内からムースがマイクを持って彼らに声をかけた。
「わたくしの次の対戦相手はどなたですか?」
「わたしです!」
美琴は真っ直ぐにムースを見つめる。
人を玩具と称し命を奪うことに何の躊躇いもない少女。
良心の欠片もない、あるのは底知れぬ悲鳴と鮮血に対する快感だけという人の皮を被った悪魔のような存在。
彼女を野放しにするわけにはいかない。
多くの仲間を傷つけ利用する彼女は自分が改心させなければならない。
それが敗北した不動さんに対するせめてもの償いでもあり、スターに対する恩返しにもなる。
「あなたはわたしが倒します」
怯えも恐れもなく、はきはきと言い切る美琴に観客席からは大歓声があがる。
百戦錬磨の不動に土を付けたムースの相手は今回がデビュー戦となる謎の美女、美琴。
素性が一切不明の未知の強豪の参戦に会場の盛り上がりは最高潮に達した。
連戦ということもあり、ダメージを負ったムースの疲労回復のために一〇分のインターバルが与えられた。
当然ながらその間は、李の時限爆弾の時も停止されている。
不動は試合開始二〇分でTKOに終わったので、残り時間は四〇分。
一見すると多いように見えるが、時が過ぎるのは早い。
美琴はこの短時間で不動を破った強敵を倒さなければならないのだ。
インターバルが終了し、美琴はリングに入る。
格闘の構えをとり、相手を見つめる。刻一刻と迫る時間。
この試合で何としても勝利し李を救いたい。
美琴にとっては初めてとなるこの試合で、彼女は結果を残せるのだろうか。
運命のゴングが打ち鳴らされた。




