私のせいで……試合の決着着いちゃいました。
ムースはニヤリと笑うと指を鳴らし、不動の頭部に頭蓋骨粉砕機を出現させる。
ヘルメットに似た粉砕機を装着させると自動でネジを締めていく。
どんどんネジの締め付けが強くなる装置を前にムースは手を口に当てて高らかに笑う。
「不動様、頭蓋骨粉砕機のお味はいかがでしょうか」
「下らぬな。俺からすれば少々締め付けが足りぬように思えるが」
「冷や汗を流しながらもこのような軽口が叩けるとは大したものですわ。でも、もうじきそのようなことは言えなくなりますわよ」
白髪で衰弱した不動ならば効果はてきめんであるとムースは睨んでいた。
しかしながら、どれほど締め付けを強化しても、不動は呻き声ひとつ漏らさない。
「本当に強情な方ですわね。先ほどスター様もギブアップを勧めていましたわ。お師匠様の指示に従って、素直に敗北を認めたらいかがです?
もっとも、ギブアップしたところでわたくしが拷問を止めることはありませんが」
「……ゴミクズ。お前に一つだけ感謝したいことがある」
「藪から棒に何ですの?」
「俺の怒りを極限まで高めてくれて、礼を言う!」
「なっ……」
ニィッと口角を上げた不動の眉間には深い縦皺が刻まれ、猛禽類の如き目は血走り、やせ細っていた身体は肌艶の良い筋肉隆々の体躯に変わっていく。
盛り上がる彼の筋肉が木製の両手での拘束具を粉砕し、続いて頭部のヘルメットが装置ごと、崩れ去る。
頭蓋骨粉砕機から自由になった不動は腰に手を当て。
「さあ、次はどんな拷問を出す?」
「これはいかがでしょう」
続いて不動を拘束したのは電気椅子だった。
電流が不動の全身を駆け巡るが不動は悲鳴ひとつ発しない。
「不動様、一〇〇万ボルトの電流の前ではさすがのあなたも参ってしまうでしょう」
青白い電流はリング全体に放出されており、ムース自身も感電しないように傘でガードしている。
やがて、全ての電気を放出しきった椅子には首を垂れた不動の姿があった。
「しぶとい方でしたわ。最後の最後まで悲鳴を聞くことはできませんでしたけれど、これはこれで中々楽しい玩具でしたよ」
彼女は傘を閉じ、踵を返す。
「……誰が玩具だって?」
「まさか! あの電撃で生きている訳が――」
振り返ろうとした彼女を、巨大な両手が鷲掴みにする。
両頬を掴まれ言葉を発せないムースに不動は顔を近づけ。
「俺の身体は火傷ひとつしてはいない。確認を怠ったのはお前も同じのようだな」
不動の顔面を殴って逃れたムースは、肩で呼吸をする。
彼女の能力は拷問器具を生み出す能力だが、それには少なからず集中力想像力、そして体力を使う必要が出てくる。
戦闘という極限の場において多用するには不向きであり、その性質上、相手の絶命には時間を有する。
不動のように並外れた耐久力を誇る相手にはその特性が裏目に出てしまうのだ。
頭蓋骨粉砕機でもダメ、電気椅子も効果無し。
追い詰められたムースは、奥の手を発動することにした。
「不動様、次がわたくしのラストの攻撃になりますわ」
「ほほう。だが、俺はお前に最後の技を放たせるほど甘くはないのでな。先手必勝させてもらうぞッ!」
勢いよく突進した不動は、タックルで相手を上空高く吹き飛ばす。
そして自らもそれを追って舞い上がった。彼の動きを見ていたスターは美琴に微笑み。
「見ていてごらん。不動君の最強必殺技が出るよ」
「不動さんの最強必殺技……?」
上を見上げると両者は上空でピタリと停止していた。
不動は素早くムースの背後をとり、バックドロップのを仕掛ける。
「往生させてやるッ!」
そのままの体勢で超高速で落下していき、ムースの脳天をキャンバスに衝突させた。
「スター流超奥義がひとつ、不動倶利伽羅落としー!」
不動の勇ましい技名を叫ぶ声が聞こえ、衝突により生じた煙が晴れていく。
すると、そこに立っていたのは弱体化し貧相な体格となった不動だった。
技を解かれたムースはゆっくりと立ち上がり、傘の先端で背後から彼を小突く。
すると不動はゴロゴロと転がり、鉄柵の手前で停止する。
立ち上がろうと試みるが、疲労が大きく尻餅をついてしまった。
目に残虐な光を宿したムースは口に手をあてたあざとい笑いをしながら言った。
「惜しかったですわね。あの一歩でわたくしを倒せましたのに。
あなたは怒りで身体能力を強化する術を持っています。ですが、それはあくまで一時的。
タイムリミットが訪れれば、これまでの疲労やダメージが全て己に返ってくる諸刃の剣……」
「正解だが、俺が試合を放棄すると思うな」
「当然ですわよ。わたくしにはまだ最後の大技が残っているのですから」
ムースが手を不動に向け、指を鳴らそうとしたその時。美琴が言った。
「不動さん、ギブアップしてください! その体ではもう闘えません!」
「断る」
「何故……どうしてなのです?」
「決まっているだろう。李やお前の見ている前で、惨めな姿はさらせられないからだ。
命ある限り闘い続け、この身が犠牲になろうとも、このゴミだけは往生させなければならん!
それが俺の責任だ!」
背を向け啖呵を切る不動が美琴にはとても頼もしく見えた。
これまでなぜこれほど痛い思いをしても棄権しないのかわからなかった。
だが、今ならわかる。
彼は身をもってスター流の門下生とはどうあるべきかをわたし達に教えている。
いつも短気で自分のことを「ガキ」としか呼ばない不動仁王。
性格的には色々と問題のある人だとは思うが、こうして敵に立ち向かう姿はとても誇らしい。
それだけに彼をこの試合で死なせるわけにはいかない。
何としても助けなければならない。
彼はこの世界にとってもスター流にとっても、そして何よりわたしにとっても大切な人なのだから。
方法はこれしかない。
意を決した美琴はスターに悟られないような口調で訊ねた。
「スターさん、不動さんの汗すごいと思いませんか」
言われてみれば不動の背には滝のように大量の汗が流れている。
「確かにすごい汗だね」
「彼の汗を拭いてあげたいのですが、どうすればいいのでしょうか」
「リングに入るわけにはいかないからねえ。あっ、そう言えば、ここにいいものがあるよ」
彼が笑顔で差し出したのは一枚の赤いタオルだった。
「これをリングに投げ入れたらいい。きっと不動君は喜ぶだろうから」
「ありがとうございます」
礼を言ってタオルを受け取ると、それを思いきり放り投げる。
「不動さん、受け取ってください!」
投げられたタオルは鉄柵を通過し、リングの中へと入る。そしてふわふわと軽く舞いながら、対峙している二人の間に落下していく。
タオルの存在を確認した両者は互いに動きを止め、落下するタオルを目で追った。
そしてマットにタオルが触れた瞬間。試合終了を告げるゴングが高らかに鳴り響いた。




