無敵なはずの不動さんがボロボロです!
ムースは笑い声を発しながら、電流を食らって動けない不動を鞭で滅多打ちにする。
不動が立ち上がり腕でガードの体勢をとるが、ムースは巧みな鞭さばきで防御が難しい足や肩などを狙って当てていく。
しなる鞭は音速を超えるスピードで放たれ、百発百中で不動の足や肩に激しい痛みを与えていく。
ズボンや皮膚は切り裂け、肌からは血がダラダラと流れていく。
鞭による切り傷はその数と深さをましていく。
あまりに一方的な展開に、最初は不満を漏らしていた観客も目の前の光景の凄惨さに声も出ない。
するとムースは鞭をマットに落とし。
「皆様の反応がイマイチですわね。
それにわたくしも鞭で甚振るのは飽きましたわ。今度は、これで苦しんでいただきましょう」
彼女が指を鳴らして虚空から取り出したのは機関銃だ。銃口を不動に向け、ムースは言った。
「蜂の巣になってくださいな」
可愛らしい声とは裏腹に無慈悲に引き金を引くと、無数の弾丸が不動目がけて飛び出してくる。
普段なら超高速で躱してのけるか、片手で全ての銃弾を掴まえるくらいのことは不動にとっては朝飯前だった。
しかし今の彼は度重なる鞭による打撃を受け続け、体力をかなり消耗していた。
もはや躱す気力も弾を握る体力もなく、それらの銃弾をまともに受けてしまう。
「グ……ムッ!」
不動は腕を交差させて防御をとるも、その衝撃の凄まじさに後退を余儀なくされる。
ムースにとって残弾数などは問題ではなかった。
彼女にとって重要なのはいかにして不動を苦しめるかだけなのだ。
弾切れを気にすることなく撃ちまくる彼女に不動は防戦一方だった。
普段は銃弾を受けてもビクともしない頑丈な肉体を誇る不動であるが、今は事情が違う。
ムースの機関銃の弾が尽きた頃には、リングには大量に散らばる銃弾と地面に倒れ伏した不動の姿があった。
「た、立たなければ……」
両腕に力を込めて立ち上がろうとする不動を、ムースは靴で彼の頭を踏みつけ、地面に押し付ける。
そして先ほど自分がされたように冷たい光を宿した瞳と狂気の漂う満面の笑みで見下ろし。
「無様ですわね不動様。あの時わたくしの演技に気づいていれば、ここまで痛めつけられることはありませんでしたのに」
「お前の攻撃など屁でもない」
「言ってくれますわね。わたくしは早くあなたの口から出される悲鳴が聴きたいのですよ。涙を流して許しを請いて絶叫するあなたの姿、そろそろ見せてくださいな」
「生憎だが、俺は怒りの感情以外はとうに捨てたのでな。お前の願いは永久に叶わん」
するとムースは握った両腕を顔の前に持ってきてわざとらしく驚いた。
「まあ! それは初耳ですわ。
あなたの断末魔と鮮血を見るのを楽しみにこの試合を用意いたしましたのに。
仕方ありませんわね。
願いが叶えられないのでしたら、あなたには夢の世界に旅だっていただくしかなさそうですね。
永遠に」
彼の耳に顔を近づけ囁くムース。
こうすることで不動の恐怖を煽ろうとしたのだが、彼は仏頂面を崩さない。
諦めたのか小さくため息を吐き、肩をすくめる。
そして間をとると、彼の顔面に強烈な蹴りを打つ。
その衝撃に不動はうつ伏せから仰向けにされてしまう。
大の字になった彼に迫るは、上空から錐揉み回転しながら落下してくるムースの身体だった。
「ゴフッ」
頭で腹を串刺しにされ呻き声と血を吐き出す不動。だが、彼女の攻撃は終わらない。そ
の細い腕のどこにそれほどの力が潜在しているのかと思われるほどの怪力で高々と不動を持ち上げ、マットに突き刺す。
マットに両足が埋まり、無理やりに直立不動となった彼を見て、ムースは天井の鉄柵に届きそうなほど高く跳びあがり、そこからドロップキックを打ち込む。
斜め上からジェット機のように襲い掛かるそれを躱せる体力は不動にはない。
腕を掠めた蹴りは鎌鼬のように彼の腕を切り裂き、血を噴き出す。四方八方、縦横無尽に放たれる飛び蹴りの連射砲を食らい続ける不動に美琴が言った。
「不動さん、動いてください」
絞り出されるように言ったその声が不動に届いたかはわからない。
自分の師匠のような存在の男は、無言でいいように敵に甚振られている。
それが美琴には耐えられなかった。
入門した当初から圧倒的な実力を誇ってきた不動。
厳格ながらも心の奥には確かな優しさを宿した不動。
彼が敵に何もできずにやられている。美琴はその現実を認めたくなかった。
「こんなの、嘘です!
あの不動さんが、何もできずに倒されるなんて、そんなの不動さんじゃありません!」
鉄柵を掴み、ボロボロと涙を流しながら美琴は訴える。
「李さんを助けられなくていいんですかっ!」
すると、不動が口を開いた。
「……すまん」
彼の発した一言に美琴は耳を疑った。
あの不動さんが謝った?
これまで一度も聞いたことがない、不動の謝罪。彼の短い一言を聞き、美琴は悟った。
彼は自分と相手の実力差を知っている。
その上で何もできない無力な自分を恥じている。
自分では彼女をどうすることもできない。
そんな自分が恥ずかしくて情けないのだろう。
彼の口から出た精一杯の謝罪の言葉に美琴は鉄柵から手を離した。
一生懸命頑張っている相手にこれ以上頑張れと語るのは無理をさせていることになる。
自分は安全なリングの外にいて、彼の苦しみを理解できる立場にない。
それにも関わらず彼を励ますのは残酷なことではないだろうか。
そんな思いが美琴の頭を駆け巡った。
その時、美琴は気づいてしまった。
不動の身体に異変が起きていることを。