一生懸命頑張れば、運命だって変えられるんです!
李は自分の最期が訪れるのを待っていた。けれどもどれほど纏うと剣が振り下ろされる気配がない。
何が起きたのかと見てみると、目黒が剣を振り下ろす寸前で空中で停止していた。
瞬きもなく、口も開く様子もない。まるで時間が停止したかのようだ。
驚いて立ち上がり、彼の身体をつついてみるが何の反応も示さない。
明らかに普通ではない様子に疑問を抱いていると、背後に何者かの気配を感じ取り、李は慌てて振り返る。
するとそこには、いつものスーツを身に纏ったスターの姿があった。右手には大きな鞄を持っている。
「ギリギリ間に合ったようだね」
「スターさん。この現象はあなたが……?」
「その通り。指を鳴らしてこの場の時間を止めたんだ。動けるのは君とわたしだけだから安心して」
スターは嘘を吐くような人物ではないことを承知していた李はこの現状も彼が本当に時間を止めたのだと納得した。
だが、瞬間移動だけでなく時間さえも停止することができるとは初耳だったので、冷や汗を流して戦慄を覚える。
「助けていただき、ありがとうございます。ところでその鞄には何が入っているのですか」
「よくぞ聞いてくれたね。これは私から君へのプレゼントだよ」
彼が鞄を開けて中から取り出したのは真新しい李の拳法服だった。
「防御力を一〇倍にしておいたから、目黒の攻撃で傷つくことはないよ。最も、わたしとしては今の恰好の方がベッドに押し倒して、イイコトをしたいなーと思わせる分、好みなんだが」
「なんてことを言うんですかっ」
「まあ、そう怒らないでよ」
スターに礼を言って服を受け取った李は早速着てみることにした。
デザインも着心地も前と同じなのでそこまで際立った変化は感じられない。
「よく似合っているね。じゃあ、わたしはこれで」
踵を返して立ち去ろうとするスターを李は慌てて止める。
「待ってください! 一緒に闘ってくれないんですか!?」
「わたしは闘いを観るのは好きだけど、自分が闘うのは遠慮したいタイプなんだよ。それに、これも修行の一環だと思えばいいよ」
「そうは言いましても、今の僕の力では彼に太刀打ちできるとは思えません」
「わからないよ。やってみれば勝てるかもしれない」
「でも――」
自信なく呟く李にスターは彼女の肩に手を置き。
「ジャドウ君から今日の占いの結果を聞いたよ。もしかして、それが闘いに影響しているのかな」
「その通りです」
「確かにジャドウ君の占いはこれまで一度として外れたことがない。
そう考えると君の占いの結果も当たると言えるかもしれない」
彼はここで言葉を切り。
「運命と諦めてしまっては何も変えることはできない。しかし何かしら行動を起こせば未来が変わることもあるかもしれない」
「では、僕の運命は変えることができると言うことでしょうか?」
「どうだろう。それは君の頑張り次第だろうね。
そうだ、もし君さえよければ時間を止めているんだから、そのまま好き放題に攻撃するという手もある」
「いくら何でもそれは卑怯ではないでしょうか」
「確かにね。じゃあ、闘いが始まったら指示を出してあげるから、言われた通りにするんだよ」
「はいっ!」
元気よく頷く李にスターは地面に腰を下ろして胡坐をかくと、再び指を鳴らす。
すると目黒が李に剣を振り下ろしてきた。
「ハッ!」
間一髪で回避する彼女に目黒は驚愕の表情を見せる。
「馬鹿な。お前は虫の息だったはずだ。それに服は失ったはず――」
動揺し動きが止まる彼に李は素早く懐に入り込んで、彼の胸に正拳突きを食らわせる。
まともに食らい後退する目黒。李はスターに訊ねる。
「助言をお願いします」
スターは何処から取り出したのか茶碗に入ったお茶を飲み。
「髪を使いなさい」
余所見をしている李に持ち直した目黒が剣で切りかかるが、彼女はそれを躱し、トレードマークである三つ編みを彼の首に蛇のように巻き付け、髪の力で持ち上げると地面へ叩き付けた。
「こんなものッ!」
目黒は彼女の髪を剣で斬ろうとするが、いくら剣を当てても斬れない。
「たかが髪にこれほどの強度があるとは!」
「髪は女の子の命だからね。自由に硬度や長さを変えられるように鍛えたのさ」
得意気に言うと李は髪を伸ばして間合いをとり、髪を綱代わりにしてハンマー投げの要領で振り回し、彼を上空へと投げる。それを追いかけ、腹につま先蹴りの一撃。
「調子に乗るなよ」
目黒は再度剣で斬りかかるものの、初動が遅く真剣白羽取りでキャッチされた上に、武器を真ん中からポキリとへし折られてしまった。
「武器が無くとも、俺にはまだ怨みの力が残っている!」
両掌から衝撃波を撃ち出し李を地面へ叩きつけようとするが、身を翻され着地されてしまう。
目黒は悪魔の羽を羽ばたかせ宙に浮き、相手の出方を観察することにした。
「スターさん、次は?」
「ジャドウ君から習った技を使ってみなさい」
李が中々空中へ来ないので痺れを切らした目黒が降りてきた。
両者は地上で激しい火花を散らす。先に動いたのは目黒だ。
「いかに服が戻ろうと意思が復活しようとも、圧倒的な実力差は覆せぬーッ!」
「君の言う通り。今の僕の力では、悲しいけれど君に及ばない。だから、人の技を借りることにした!」
目黒のエネルギー弾をものともせずに突進していく李。
彼女は彼の喉元に貫手を炸裂させる。
「ゴフハッ……」
喉を抑え悶絶する彼の金的を思いきり蹴り上げ、両手で捉えにきたところを宙返りで空へと逃げ、目黒の頭頂部に頭突きを食らわせる。
更に目黒の両肩に乗り、両足で首をぐいぐいと絞め、空いた右手で上方から目潰しを敢行。
「目がァ!」
素早く両肩から離れると、延髄蹴りで目黒をよろめかせ、バランスが崩れたところにフライングヘッドシザースで地面へ押し倒すと、そのまま鍵固めへ移行する。
「非力なお前の関節技など、こうしてくれるッ」
力で勝る目黒は鍵固めに極められたまま、李を持ち上げ、放り投げる。
だが、李は身軽さをいかして再度地面に着地する。
相手のラリアートをかいぐぐって懐に入ると、口から火炎を噴射。
「グオオオオッ」
「僕の攻撃はまだ終わっていないよ!」
炎の拳で目黒の腹を殴り続けるが、彼は微動だにしない。
「パンチに力が入っていないが、どうやら体力が底を尽きたようだな」
「そう、みたいだね」
「ジャドウの得意技である金的や目潰しを使った時は焦ったが、付け焼刃だったようだな。お前はよく頑張ったが、どの道、最後は俺の怨みのパワーに負けるのだ!」
勝利を確信した目黒は彼女を葬り去るべく、特大の怨みのエネルギー弾を放つ。
李の身の丈三倍はあろうかという巨大な紫のエネルギー球が迫ってくるが、李は逃げようとはしない。
「……初めてでうまくできるかわからないけれど、技を借ります」
李は目を瞑り、自らの右腕に己の全エネルギーを注ぎ込む。
右拳が黄金色の輝きを放ち、彼女の全身を覆っていく。
「スター流超奥義 太陽の拳!」
解き放たれた黄金の拳圧は怨みのエネルギー弾を一瞬のうちにかき消し、凄まじい爆風をのせて目黒に向かってくる。
受け止めようと手を貸さず目黒だが、その両手は一瞬のうちに光の粒子となって消滅する。
「カイザーの最大技まで真似るとは。要注意すべきは星野とカイザーだけかと思っていたが、こんな伏兵に阻まれるとはな……」
全身が赤い粒子と化していく中、目黒は最後の言葉を吐いた。
「地獄監獄からこの世に蘇ったのが俺だけだと思うなよ。
お前達が名前を聞いただけで震えあがる奴らも、この世に復活し、暗黒星団に入っている。奴らが現れるまで、せいぜい幸せを噛みしめるがいい! フハハハハハハハハハ!」
目黒は赤い粒子となってこの世から姿を消した。
「スターさん、やりましたよ……」
遥か遠くまで地面が抉れた光景と目黒の消滅を目の当たりにした李は、勝利した喜びからか、全身の力を使い果たしたせいなのか、前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「よくやったね、李ちゃん。わたしがアドバイスするまでもなかったようだ。この勝利は君が最後まで諦めず死力を尽くしたからこそ、得られたものだよ」
動かなくなった李をお姫様抱っこで担ぎ上げ、帰路につこうと歩き出す。
すると、彼の目の前にジャドウが現れた。
ジャドウは肩膝を突き騎士風のお辞儀をすると、スターに口を開く。
「スター様。なぜ、李を助けたのですか」
「美少女が殺し屋になぶり殺しにされるのが可哀想だったからねえ」
「相手が李ではなくカイザーであったとしても、同じことをしましたか」
「……どうだろうね。見捨てたかもしれない」
「でしょうな」
スターが去った後ジャドウは一人、戦闘中に李の服から落ちたカードを拾い上げる。
カードには死神の姿が描かれていた。




